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〜第6章〜ラドン編

69.5話「閑話」

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 ズルズルと長い尾を引きずりながら、小さな影が洞窟の道で歩みを進める。
 10メートル近くはあろう尻尾がマントの下から露出し、それは数メートルある大きな石像に巻きつき、それを引っ張って運んでいる。
 ガリガリと角の部分が硬い地面に当たるが、それを気にするほどこの石像は柔ではなかった。
 小さな影・・・ヨルムンガンドは目的地なのか広場のように大きな円状の空間に出ると、ふぅと軽く息を吐いて石像を床に置いた。

 それなりの重量を持つ石像は、いかに竜といえど子竜の体では運ぶのも一苦労だった。それなのになぜ手間をかけてまで石像を入手したのか。
 実はヨルムンガンド、ウロボロスに言った迷子というのは完全な嘘で、本当はこの石像を入手することこそが目的であったのだ。
 では何故ウロボロスの知り合いを自称する彼が本人に嘘をついたのか。それは誰も知ることはできない。

「来たよ」

 どこを見るわけでもなく、ウロボロスの時とは違ってかなり感情を削ぎ落とした冷たい声でヨルムンガンドは言葉を発した。
 それを合図とするように、暗闇からゆらゆらと幽鬼のように歩きながら姿を現わす。
 全身を包帯で巻き、ミイラ男の仮装ではないかと尋ねたくなるような格好。その男は巻きつけた包帯の下にある口を開く。

「あははぁ、待ってたよぅ」

 クルーウ・ネット。リメットに所属するSランカー冒険者である。視界を包帯で閉ざしているクセに、その視線は間違いなくヨルムンガンドに向いていた。超人的な・・・否、それ以上の感覚を有するヨルムンガンドはそれを察する。
 舌で顔を舐められるような不快な視線だが、別にどうこうされたわけではないので気にしないことにした。

「でぇ?それがぁお目当ての石像ぅ?」

「あぁ、触るなよ。殺すぞ」

「おぉ~、怖いなぁ」

 脅しではない鋭い視線を向けられ、クルーウはおどけたように笑いつつも、後ろへ下がった。もし本気でやり合ったら自分がどうなるかわかっているからだ。万が一でも、勝てる可能性はない。

 それほどの力をクルーウは感じ取っていた。
 実を言うとクルーウはドラゴンと戦ったことがある。その時は若い竜であったが、結局は相打ちで引き分けに終わった。それでも数ヶ月は治療を必要とする怪我を負ったのだが。

 この子竜はそんなもんじゃない。クルーウは無意識に震えた手を握る。
 得体が知れないのだ。ガルムと共にいたエルフの従魔なのだろう子竜とは比べ物にならないほど。自分と相対したドラゴンが赤子と思えるほど。
 だがこのドラゴンは伝説上に登場する竜王や、その他の伝承などにも一切登場しない無名の竜なのだ。
 ラドンの領主バージ・ルブイエ伯爵に紹介された際はただの子竜かと思ったが、目の前で威圧されればそれが仮初の姿なのだということは嫌でもわかった。

 世界の歴史の表舞台には一切登場しないこのドラゴン。いったいどのような理由があって貴族だとしても人間でしかないバージ・ルブイエと接触し、さらには協力者という形で関係を取っているかは不明だ。

「すごいねぇ、これがぁ、ウロボロスゥ?」

「そうだ。美しいだろう?」

 フンと鼻息を吹き、得意げな表情を作るヨルムンガンド。その様子にクルーウは「おや」と目を見開いた。といっても包帯で目は隠してあるのだが。

「珍しいねぇ。君がぁ、何かをほめるなんてぇ」

「失敬だな僕にだって美を愛する心はあるさ。ただ、あの卵男の趣味とは合わないだけさ」

 そう言われてしまえば、クルーウも返す言葉がない。卵男というのはバージ・ルブイエ伯爵の事だろうとクルーウは察しがついた。あの男のセンスとは間違いなく相容れないと、クルーウ自身そう感じていたからだ。

(と言ってもぉ、そこらの宝石とかぁふんだんに使う貴族よりはぁマシだけどぉ)

 少なくとも黄金を使うような成金っぽい貴族よりは落ち着きがあるのだが。

「そのウロボロスっていうのがぁ、不老不死の秘密のカギなんだよねぇ」

 あまりバージ・ルブイエの会話を続けたくないのか、クルーウは話題を変えるように・・・というより戻すように話を振った。ヨルムンガンドもこれに限っては同意見なのか素直にクルーウの言葉に頷いた。

「そう、竜王ウロボロス。一万年以上の時代の中で在り続けたドラゴンさ」

 生き続けたではなく、在り続けたという表現は、何度か勇者によって討伐されてしまった過去があるからだろう。それでも幾度もなく蘇っているのも事実なのだが。

「ウロボロスかぁ。確かあのかぁいいおチビちゃんたちもぉ、そんなこと言ってたなぁ。仲良くできるんじゃないぃ?」

 クルーウが思い浮かべたのは黒髪をショートカットにした目つきの悪い双子の幼女。レッド・キャップのベタとガマの二人だ。

 彼女らも竜王ウロボロスの事は知っていて、崇拝に近い想いを寄せていた。もっともそれが実は異種間を超えた歪んだ愛情で、人の身でありながら竜の子を宿そうと目論んでいるところまではクルーウは知らないが。知ったらショック死するかもしれない。あるいは新たな性癖を開拓するか。いずれにせよクルーウに大きな衝撃を与えることには変わりない。

 様々な種族が存在し、戦争も終わり、別種族とも恋愛を育むことが当たり前となっているこの世界であっても、すべての生物の頂点に君臨する・・・それこそ支配種ともいえるドラゴンにそのような感情を向けることが不可能なのだから。

 人語を話していても、結局は畏怖と恐怖の対象だ。あるいは崇拝、神。

「僕と・・・あいつらを一緒にするなよ」

 クルーウの冗談交じりの提案はお気に召さなかったらしい。鋭く、視線だけで小動物を殺せるような殺気をクルーウにぶち当てる。

「・・・!!」

 思わず後ずさったクルーウに満足したのかそれ以上は何もしなかった。が、機嫌そうに爪をがりがりと噛んで見えない何かを睨む。

「どうして僕じゃなくてあいつらなんだ。理解できない。あんな出来損ないども、僕のほうが完璧なはずなのに。やっぱりウロボロスのデータを触媒としないとだめなのか。でも今更ウロボロスに干渉するのは・・・くそくそくそ、たかが人間ごときがウロボロスの血を使うだなんておこがましい。ウロボロスもウロボロスだ。なんで人間なんかに固執するんだ。僕なら必ず君を幸せにしてあげられるのに。どうしていつも信じてくれないんだ。覚えていてくれないんだ。君のために何千年と尽くしてきてあげたのに・・・」

 ブツブツと小さく呪いのように言葉を発するヨルムンガンドに、クルーウは壊れたゴーレムでも見るかのように異様な恐怖を感じた。
 自分の世界にトリップしてしまっている。どうやら彼にとってベタとガマは地雷だったらしい。クル―ウは慎重に言葉を選んでヨルムンガンドを現実へ引き戻そうと口を開いた。

「そ、それよりぃ、この石像を綺麗な場所にぃ置かなきゃじゃなぁい?ほらぁ、ここも汚いしぃ」

 下手に機嫌を損ねれば自分の存在ごとこの世界から抹消される可能性は否めない。クルーウを殺しても代わりはいるとヨルムンガンドは考えているのだ。
 実際はSランカーほどの冒険者を容易に補充するなど到底不可能なのだが、ヨルムンガンドにとってはそれこそ誤差でしかない。
 Sランカーといえど、伝説級に迫るドラゴンにとってはそれくらいでしかないのだ。

「・・・あぁそうだね、そうだった。大切に保管しないと」

 一応は正気を取り戻したらしい。しかし、それでも不機嫌な表情は隠しはしない。ヨルムンガンドはそのままクルーウに顔を向けることすらせず、その姿を徐々に透明へと変化させ、そして消えていった。それはウロボロスがヨルムンガンドを見失った時のように。

「・・・頭おかしいのばっかだなぁ、ドラゴンってぇ」

 自分を棚に上げて、クルーウは呟くのだった。
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