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〜第6章〜ラドン編

66話

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 竜と幼女が互いによそよそしげに目を合わせようとしない。視界に入れたくないというより、避け合っている結果生まれた光景である。
 長い間、お互いの親しい関係の間に亀裂が起きたことなどなかったのだろう。どうすればいいのか答えがわからない困惑が、正解を求める繊細さが、優柔不断に繋がる。

 いざ勇気を持って話しかけようとすると、ウロボロスとレッド・キャップが「「「あの」。」」と同時に声をかけ、するとどうぞどうぞお先にと遠慮し合い、最終的に黙り込む。
 側から見れば御免なさいの一言で済むだろうにと、悶々とした様子を見せるトリオにシオンはイライラとあぐらをかき、膝に肘を当てて頬杖をつく。

「・・・姉さん」

 誰もが黙り込む空気の中、サエラが小声でシオンの耳元に囁いた。シオンは視線だけそちらに寄越し、なんですか?と目だけで伝える。
 乱暴な仕草をする姉にサエラは多少言いづらそうにしながらも、続けて口を開けた。

「ベタとガマは大丈夫?」

「大丈夫なんじゃないですか?途中クズってましたけど」

 ふんと鼻息を荒げ、上唇を突き出す。とりあえずシング族から貸し出された仮住まいの住居に戻ってきたシオンとレッド・キャップはなんとも不思議な格好であった。

 両脇にだるんとうなだれるベタとガマを挟み、むすっとした様子で帰還した姉を見たときはサエラは目を疑った。
 その姿は逃げ出そうとする猫をガッシリ押さえ込んでいるようにも見えたし、あるいは鬼が村の小娘を攫ってきたようにも。

 事情を聞けばウロボロスとラスに謝ると決心した二人だったが、次第に仮住まいに近づいていくにつれ「お腹痛い。」だの「やはり我ら。野宿を・・・。」と何度か逃亡を図ろうとしたらしい。

 弱音を吐くベタとガマについにキレたシオンは、持ち前の怪力を生かし無理やり連れて帰ってきたのだ。
 Sランカーが逃げ出せない拘束とは?と疑問を感じ、姉の身体能力はどこに到達しているのかと呆れ半分畏怖半分の感情を抱いたサエラであったが、それは今気にすべきことではない。
 思えば昔から万力じみた怪力なのだから気にする必要すらない。

「そっちはどうなんですか?」

 今度はシオンがサエラに事情を尋ねた。内容は、ベタとガマが捨て台詞を吐いて逃げ出した後のことだ。
 サエラは困ったように眉を下げ、ちらっとウロボロスを一瞥してから喋る。

「おんなじ感じ。ついに反抗期かとか、言いすぎたかとか、嫌われたとか落ち込んでた」

「・・・普段から二人を甘やかすからですよ」

 自業自得だと珍しくウロボロスに厳しい意見を吐いたシオン。聞こえているのかいないのか、ウロボロスは肩身を狭そうにもごもごと言葉を口の中で噛み砕いていた。
 たいそう哀れな姿である。竜王とはなんなのか。ただの娘との接し方がわからなくなった父親である。

 自身の極太に肥大化した尻尾の先端を抱える様子はいじらしくあるが、実際は年を食ったジジイだ。長く生きているくせに子供みたいに戸惑っている。
 もっとも、今まで竜王として勇者に立ち塞がる壁としてしか生きてこなかったのだから、ある意味年を食っただけ・・なのかもしれないが。

 それでもシャキッとしてほしい。シオンはそう思った。

「・・・トイレ行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「サエラも行くんですよ」

「・・・なぜ」

 ここに第三者がいるから話が進まないのだろう。シオンは首を傾げるサエラの服を掴むとそのまま引き摺るように部屋の外へ向かった。
 竜と幼女らが見捨てられた!とでも言いたげに見上げてくるが知ったことではない。シオンは縋るような視線を強引に無視し、扉を開けた。

「あっ」

「あら」

 するとそこにはラスが立っていた。入れ替わり、というより入ろうとして入れなかった所でシオンたちが出てきた、と言うべきだろう。
 手にはシング族の主食であるミミズの料理が乗った大皿がある。夕食を運びにきたのか。もしかしたらシオンがレッド・キャップを連れて戻ってきた時からずっとここにいたのかもしれない。
 ちょうどいい。この子がいるならベタとガマも謝りやすいだろう。シオンはにっこりと笑い、ラスに顔を近づけた。

「わたしたち、すこし席を外しますね」

「は、はい」

「だから、なんで私も?」

「トイレに行きたくなってきたでしょう?」

「私、尿意はない」

「トイレに行きたいでしょ?」

「どうしよう。今日の姉さん強引」

 シオンに引き摺られていくサエラを見てラスは混乱していたが、二人の影が物陰に消えていくと意を決したように唇を噛んで肩をドアに当てて開いた。

「は、入ります」

「・・・ラス?」

「「っ!!」」

 突如として現れたラスにウロボロスは驚き、ベタとガマは居心地が悪そうに肩身を縮めた。しかし助けの視線を送る相手はどこにもいない。

「な、何しに来たのだ?」

「えっと、ご飯、もって、きたの」

「おぉぅ、そうか。うむ」

 緊張が混ざった形だけの会話。それをシオンとサエラは隠れて聞きつつ、どういう結末になるかを見守った。

「・・・あのっ。」

 意外にも展開はベタによって進んだ。覚悟を決めたように顔を上げ、ラスに向かって声をかける。ラスはびくんと驚きながら振り返るが、声をかけた当の本人は冷や汗を流しながら目玉を泳がせた。えっとと意味にならない言葉を挟みながら。

「ご。」

「ご?」

「「ごめんなさい。」。」

 ベタとガマが一斉に顔を下げ、謝った。ラスは同い年ほどの少女らに頭を下げられて戸惑っていたが。

「我ら。悪いことした。」
「ごめんなさい。」

「え、え、え?」

 なんでわたしは謝られてるんだろう?ラスの困惑した表情はそんな心情を物語っていた。
 ベタとガマは頭を下げているため気付いていないが、ウロボロスはむ?と首をかしげると三人の会話に自然に入った。

「ラス。もしやお主威圧されたことがわかっておらんのか?」

「いあつ?うぅん、ちょっとびっくりしたよ?」

 実感のこもってない曖昧な感想。それを聞き、ウロボロスはあぁと納得した。ラスは子供であり、その身体能力はSランカー並みの化け物じみたものではない。ごく普通の子供だ。
 例えば大魔法が魔法を構築して脅して見せても、魔法が使えない者にとっては目には見えないし感じ取れもしない。

 言い方は悪いが、つまりラスは弱すぎたのでベタとガマの威圧を喰らっても本能で恐怖は感じるが、それが何なのかは理解はできなかったのだ。

「わ、わたし全然気にしてないからっ」

「しかし。」
「敵対。事実。」

 困った顔を浮かべるラスはウロボロスに向かって視線を向けた。なんとかしてということだろう。
 ウロボロスは丸まった鉤爪で頰を掻き、しかし目を合わせず天井を見て返答した。

「あぁ~、詫びに願いでも叶えて貰えば良いのではないか?」

「それ!。」
「名案。」

 喧嘩していたのは何処へといったのか秒速でウロボロスを褒めると、ベタとガマは今度は神に祈る信者のようにラスの目の前に移動して見上げた。
 そんなことしなくてもと呟いたラスだが、期待される視線を向けられると無下にはできない。うーんと唸りながら考え込み、数秒後恥ずかしがるように二人を見返した。

「わたしと、と、友達になってください!」

 ギュッと手を握られたベタとガマは呆気にとられた様子でぽかんと阿保面を晒した。

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