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〜第6章〜ラドン編

64話

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 廃墟に入り、ランタンで中を確認すると巨大な石の塊に向かってメアリーが土下座をしていた。
 何してんだこいつ。

「ごめんなさいごめんなさい。やつかれは一日一つと決めていた甘味を二つ食べましたごめんなさい」

 なぜこいつは石に向かって懺悔しているのか。どういう状況か全く理解できないガルムは、足グセの悪いつま先でメアリーの尻を蹴る。

 強くはなく、軽く触る程度。メアリーは突然の後方からの接触に飛び上がると「いひゃぁ!?」という悲鳴を上げて振り返った。
 そして尻を蹴ったのがガルムだという事に気付き、安堵と同時にセクハラに対する怒りをか弱い拳で訴える。
 ポカポカと虫も殺せない貧弱な攻撃を受けつつ、ガルムは苦々しく口元を歪めていた。しょーもない。

「ばかばかばかバカガルム!心臓が飛び出ると思ったぞ!」

「おー、おー、そりゃ悪かったな。で?お前は石に向かって何頭下げてんだ」

「・・・は!そうだ!ここにドラゴンが!!」

 あわわと慌てふためくメアリーにガルムは「ドラゴン?」とアホを見る目をしながら首をかしげる。
 どこにドラゴンなどいるのか。メアリーの両頬を親指と人差し指で挟んで黙らせ、ランタンを持つ方の手を石のある方へ掲げた。

 ランタンの明かりに照らされ、石の正体が明らかになる。それは精巧に作られたドラゴンの石像であったのだ。
 メアリーはこれを本物と勘違いし、命乞いをしていたらしい。

 確かに本物と見間違えるほど竜の石像は完成度が高い。だからといってあの助命方法はどうなのか。せめて適当な神辺りにしろよ。というのがガルムの意見であった。
 ドラゴンに罪を明かしても許されるわけないだろうに。

「本物じゃねぇよ。彫刻だ彫刻」

「・・・噛んだりしない?」

 「どこの"真実の口"だよ。ねーから」

 怯えるメアリーにガルムがランタンに風魔法を使い、さらに光の強さを上げる。そうして照らされた石像はさらに細部までハッキリと容姿が明らかとなり、ようやくメアリーが落ち着いて不敵な笑みを浮かべた。

「ふ、ふん。なんだただの石か。脅かせよって・・・しかし、この偉大な魔女の一族がこの程度に屈するわけが」

石鱗竜ストーンドラゴンかもしれねーな」

「ひえっ!?」

 慌ててガルムの背後に隠れたメアリーに、ガルムは苦笑を浮かべながら冗談冗談と魔女の頭をさすった。赤毛の魔女は今度はガルムの背中にポコポコパンチを食らわせる。

「ばかばかばかばか」

「わりーわりぃ。つーか、随分と出来がいい石像だな」

 ドラゴンの石像は、染色すれば本物と見間違えるくらいの完成度だ。
 ここまで腕のいい彫刻師を探そうとすれば、何年かかるか分かったものではない。並大抵の技術力では再現すら叶わないかもしれない。

 そもそもだ。このドラゴンの彫刻を掘れるということは、実際にドラゴンを目にしたということだ。
 本物と勘違いする石像を掘れる彫刻家に、ドラゴンを目に焼き付ける機会を得るという幸運に巡り会えた者。

 一体この世にどれだけ存在しているのか。普通はいないだろう。だから街で売ってるような竜の彫刻は、大抵が想像上のオリジナルなのだから。

 この石像もオリジナルの可能性があるが、にしてはクオリティが高すぎた。
 さて、なんの竜だ?と石像をよく観察すると、その外見はどこかで見たような気がしてガルムの記憶に突っかかった。
 ん?と目を凝らして記憶と照らし合わせていると、先にメアリーが口を開く。

「これ、ウロボロスじゃないか?」

「は?あのチビが?」

「前に一度大きくなったじゃないか」

 メアリーが言っているのはバンパイアロード戦でルーデスを消し去ったウロボロスの姿のことだろう。
 業火を放つため一時的に成体となり、空をかけた時の姿は確かにガルムの記憶にも残っていた。
 言われてみれば、確かにこの竜の石像はウロボロスと酷似している。

 蛇のように長い首と胴体、丸太のように太い手足、動物の耳のように立つ太い角。
 ウロボロスのトレードマークである額の紋様は見受けられないが、ウロボロスと言われればそうとしか見えないくらい、記憶の姿と瓜二つであった。

「・・・なんでウロボロスの石像がこんなところにあんだ?」

「相当古いのだろうか」

 ガルムとメアリーがペタペタと、熱を持たない冷たい石像を触る。人の手が加えられていないのか、表面には砂とも埃ともつかない粉塵か付着しており、手に張り付いた。

「ウーロの最後の記録って、800年前だろ?ってことは800年以前に作られたのか?」

「あるいはその付近かもしれないな」

「だからって・・・なんでラドンの地下にこんなもん・・・ベヒモスウォールだったらわかるけどさ」

 ウロボロスの伝説が色濃く残っているのはベヒモスウォールに住まうエルフの村、レッテルだ。
 そこが最もウロボロスの巣に近い集落で、竜の巫女姫やらウロボロスに関連した特徴があることから、今でも語り継がれている。
 だがラドンとウロボロスが関連する伝説などなかったはずだ。

 ガルムは顎に手を当て、つるりと撫でた。単に趣味で作った石像を置いておくには完成度が高すぎるし、わざわざこんな遺跡に置いておく理由もないはずだ。
 何かしらの理由があるのだろうが、中途半端にしか伝説を知らないガルムには推測らしい推測もできるはずなかった。






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