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〜第6章〜ラドン編
63話
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「お主ら、日の光を浴びたことはないのか?」
物の試しにとウロボロスが訪ねてみると、ラスとトールマンは「日の光?」と小さく首をかしげていた。
だがトールマンは数秒後には単語の意味を思い出したらしく、しかし首は横に振る。
「日光・・・あぁ、日の光か。いいや浴びたことはないな。この目で見たこともない」
「本当にか?生まれてこの方一度も?」
「物心つく前に一度はあったかもしれない。・・・だが、記憶に残るほど鮮明に見た覚えはないな」
トールマンはその朴念仁な表情を難しそうに動かすが、けれども日の光を浴びたことはないという。本当に地底人なのか。だが吸血鬼のような色素の失われた肉体を見れば、納得できる材料も確かに揃っていた。この体で地上へ出れば、わずかな日の光でもその身を焦がすだろう。
視力を失っていないのは、ヒカリゴケの影響か。この地下都市ともいえる空間は大量のヒカリゴケによって明るさが保たれている。
なるほどとウロボロスが頷いていると、シオンがおずおずと言いにくそうに片手をあげた。
「あの・・・じゃぁ出口とかって」
「地上への行き方か?残念ながら知らん」
マジすかとうなだれる。困ったなという感情は、伝達するようにウロボロスとサエラにも芽生えた。ただティだけがどうしよっかとウロボロスの顔を覗き込むのみである。
さすがは住処を求めて放浪していた身。リメットにある家は愛着こそあれ、執着心はなかった。
「ここに、す、住めば・・・?」
トールマンの陰から小さく顔を出したラスがそう提案する。ウロボロスがうぅむと窓の外を見上げる。一面茶色、広いは広いが圧迫感を感じる。
洞窟に住んでいたころも、やはり大半を外で過ごした。爬虫類であり、熱を生み出す力を持たないウロボロスは全身に光を当てることが好きであったし、なにより日向ぼっこは心を落ち着かせる。
ないなと心の中で呟いた。
「それはできんな。なんとかして帰らねば」
「ど、どうして?」
「日向ぼっこしたいし」
ひなたぼっこ?と小首をかしげるラス。太陽の光を知らぬ彼女に言ってもわからぬかとくつくつと笑う。
「ベタさんにガマさん、ガルムさんにメアリーさんにも早く合流しないとですね」
「ほかにも仲間が?」
「はい、地面が崩れてみんな・・・」
「あぁ、あの時の大地震か」
どうやら温水が流れたあの大崩落の影響は、シング族と名乗る地底人の彼らにまで影響を与えていたものらしい。といっても人的被害はなく、単純に驚いただけらしいが。
しいて言えばその大崩落の影響でラスが誘拐され、ウロボロスたちを流した温水がこの地下街まで流れてきたことだろう。
「・・・?誘拐であるか?」
ウロボロスが呟き、視線をラスの方へ向ける。小さな子竜がジジイ口調で喋るのは子供に対して警戒心を解くコミカルなキャラクターに見えたようだ。シオンとサエラが見るととたんに隠れてしまう少女は、じーっと見てくるウロボロスの視線を見返し、なわばりを主張する獣のように見つめた。
試しに小首をかしげてみると、餌を追う犬みたいに動作を重ねてくる。それがなんだかおかしかった。
「私たちも一枚岩というわけではない・・・が、恩人に話すようなことでもない。気にしないでくれ」
トールマンが硬い口調で言い切る。言葉がそのまま鉄壁のようにウロボロスたちの侵入を妨害する。これ以上は踏み込むべきでない話題だと伝えているのだ。仕方ないとウロボロスは足を踏み込まない。
彼らには彼らの事情があり、ウロボロスたちには自分たちの事情がある。踏み込みすぎず、手助けできる範囲内で手を貸すのが最もベターな選択だろう。
例え娘の命を救ってくれた者たちに対しても、トールマンを筆頭にシング族にとっては初めての外来人なのだ。対応に困っているのだろうなとなんとなしに察した。
「君たちが地上へ戻る方法、それに仲間たちと合流するまでの間は私たちが寝床を提供しよう。遠慮はいらん」
そうして話し合いは纏まり、ウロボロスたちはその申し出を受け取った。知知らぬ地下での生活で明るい場所や地上に近い環境を拠点にすることができるというのはありがたかったからだ。
しばらく太陽が見えないのも、ダンジョンに潜っていると思えばさほどストレスにもならないだろう。
「うむ、よろしく頼む。トールマン殿」
「呼び捨てで構わん。それよりも竜について少々話したいことがあるのだが、伝説で竜王という―――」
「ドラゴンさん・・・あそぼ?わたし、えっと、町も案内・・・できる、し」
「―――お守をしてくれないか」
「ククク、相分かった。子供は好きなのでな」
妙になつかれたウロボロスは満更でもなさそうにラスの頭を撫でた。小さな頭が、義理の娘であるベタとガマを連想させた。
が、心配はいらないだろう。実際彼女らは強いし、自分を置いて死ぬとも思えなかった。ウロボロスに会うために転生の儀式まで成功させた狂信っぷりなのである。
ラスを孫を見るような目をしていると、頭上から不満そうなサエラの声が聞こえてきた。
「・・・ウ―ロさん」
「ん?なんであるか?」
「私の頭を撫でてもいいよ」
スっと差し出された灰色の髪に覆われた頭。短くも長くもない長さを保った髪は、乾いていて絹のように滑らかそうだ。
ウロボロスは無言でその手触りを堪能しつつ、声をかけた。
「お主・・・人間ならあと少しで成人だろうに」
「ばぶー」
「やめんか」
「わたしの妹がウ―ロさんと会ってから幼児化が進んでるんですけど」
かつて自分に突っ込みを入れていた大人びた妹の影はどこへやら。シオンは悲しそうに茶色と緑の混ざった天井を見上げる。
状況が把握できず、トールマンとラスが不思議そうにしていた。
物の試しにとウロボロスが訪ねてみると、ラスとトールマンは「日の光?」と小さく首をかしげていた。
だがトールマンは数秒後には単語の意味を思い出したらしく、しかし首は横に振る。
「日光・・・あぁ、日の光か。いいや浴びたことはないな。この目で見たこともない」
「本当にか?生まれてこの方一度も?」
「物心つく前に一度はあったかもしれない。・・・だが、記憶に残るほど鮮明に見た覚えはないな」
トールマンはその朴念仁な表情を難しそうに動かすが、けれども日の光を浴びたことはないという。本当に地底人なのか。だが吸血鬼のような色素の失われた肉体を見れば、納得できる材料も確かに揃っていた。この体で地上へ出れば、わずかな日の光でもその身を焦がすだろう。
視力を失っていないのは、ヒカリゴケの影響か。この地下都市ともいえる空間は大量のヒカリゴケによって明るさが保たれている。
なるほどとウロボロスが頷いていると、シオンがおずおずと言いにくそうに片手をあげた。
「あの・・・じゃぁ出口とかって」
「地上への行き方か?残念ながら知らん」
マジすかとうなだれる。困ったなという感情は、伝達するようにウロボロスとサエラにも芽生えた。ただティだけがどうしよっかとウロボロスの顔を覗き込むのみである。
さすがは住処を求めて放浪していた身。リメットにある家は愛着こそあれ、執着心はなかった。
「ここに、す、住めば・・・?」
トールマンの陰から小さく顔を出したラスがそう提案する。ウロボロスがうぅむと窓の外を見上げる。一面茶色、広いは広いが圧迫感を感じる。
洞窟に住んでいたころも、やはり大半を外で過ごした。爬虫類であり、熱を生み出す力を持たないウロボロスは全身に光を当てることが好きであったし、なにより日向ぼっこは心を落ち着かせる。
ないなと心の中で呟いた。
「それはできんな。なんとかして帰らねば」
「ど、どうして?」
「日向ぼっこしたいし」
ひなたぼっこ?と小首をかしげるラス。太陽の光を知らぬ彼女に言ってもわからぬかとくつくつと笑う。
「ベタさんにガマさん、ガルムさんにメアリーさんにも早く合流しないとですね」
「ほかにも仲間が?」
「はい、地面が崩れてみんな・・・」
「あぁ、あの時の大地震か」
どうやら温水が流れたあの大崩落の影響は、シング族と名乗る地底人の彼らにまで影響を与えていたものらしい。といっても人的被害はなく、単純に驚いただけらしいが。
しいて言えばその大崩落の影響でラスが誘拐され、ウロボロスたちを流した温水がこの地下街まで流れてきたことだろう。
「・・・?誘拐であるか?」
ウロボロスが呟き、視線をラスの方へ向ける。小さな子竜がジジイ口調で喋るのは子供に対して警戒心を解くコミカルなキャラクターに見えたようだ。シオンとサエラが見るととたんに隠れてしまう少女は、じーっと見てくるウロボロスの視線を見返し、なわばりを主張する獣のように見つめた。
試しに小首をかしげてみると、餌を追う犬みたいに動作を重ねてくる。それがなんだかおかしかった。
「私たちも一枚岩というわけではない・・・が、恩人に話すようなことでもない。気にしないでくれ」
トールマンが硬い口調で言い切る。言葉がそのまま鉄壁のようにウロボロスたちの侵入を妨害する。これ以上は踏み込むべきでない話題だと伝えているのだ。仕方ないとウロボロスは足を踏み込まない。
彼らには彼らの事情があり、ウロボロスたちには自分たちの事情がある。踏み込みすぎず、手助けできる範囲内で手を貸すのが最もベターな選択だろう。
例え娘の命を救ってくれた者たちに対しても、トールマンを筆頭にシング族にとっては初めての外来人なのだ。対応に困っているのだろうなとなんとなしに察した。
「君たちが地上へ戻る方法、それに仲間たちと合流するまでの間は私たちが寝床を提供しよう。遠慮はいらん」
そうして話し合いは纏まり、ウロボロスたちはその申し出を受け取った。知知らぬ地下での生活で明るい場所や地上に近い環境を拠点にすることができるというのはありがたかったからだ。
しばらく太陽が見えないのも、ダンジョンに潜っていると思えばさほどストレスにもならないだろう。
「うむ、よろしく頼む。トールマン殿」
「呼び捨てで構わん。それよりも竜について少々話したいことがあるのだが、伝説で竜王という―――」
「ドラゴンさん・・・あそぼ?わたし、えっと、町も案内・・・できる、し」
「―――お守をしてくれないか」
「ククク、相分かった。子供は好きなのでな」
妙になつかれたウロボロスは満更でもなさそうにラスの頭を撫でた。小さな頭が、義理の娘であるベタとガマを連想させた。
が、心配はいらないだろう。実際彼女らは強いし、自分を置いて死ぬとも思えなかった。ウロボロスに会うために転生の儀式まで成功させた狂信っぷりなのである。
ラスを孫を見るような目をしていると、頭上から不満そうなサエラの声が聞こえてきた。
「・・・ウ―ロさん」
「ん?なんであるか?」
「私の頭を撫でてもいいよ」
スっと差し出された灰色の髪に覆われた頭。短くも長くもない長さを保った髪は、乾いていて絹のように滑らかそうだ。
ウロボロスは無言でその手触りを堪能しつつ、声をかけた。
「お主・・・人間ならあと少しで成人だろうに」
「ばぶー」
「やめんか」
「わたしの妹がウ―ロさんと会ってから幼児化が進んでるんですけど」
かつて自分に突っ込みを入れていた大人びた妹の影はどこへやら。シオンは悲しそうに茶色と緑の混ざった天井を見上げる。
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