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〜第6章〜ラドン編
62話
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ピチャリ、ピチャリと水分を多分に含んだ布が鱗をこする。分厚いながらも柔軟性を誇る柔らかな鱗から体温が抜き取られ、代わりに冷気が体の部位を冷やした。
その刺激は、痛打によって意識を失ったウロボロスを目覚めさせるには十分なものであった。上下にある瞼が収縮し、熟した果実のように大きな瞳があらわになる。大気に触れた黄色の眼球の中で、ギョロリと縦割れした猫目が回った。
見上げてみると茶色い土が固まった天井が見え、それより低い位置で白髪の赤い目をした女性が自身を見下ろしているのが見えた。
ダボっとした、チュニックに近い簡易的な服だ。むき出しになった胸元と太ももが女性らしいラインを浮かばせている。年頃の男子なら目に毒だろう。だが性的な欲求を活性化させるにはウロボロスは理性的過ぎたし、なによりも枯れていた。
なので目覚めがてら、もやもやした頼りない思考で冷静に状況を分析する。
「・・・ここは?」
考えてもわからないので体を拭いていたのであろう女性に話しかけてみた。するとアルビノと言っても間違いではない白さが目立つ女性が「まぁ!」と口に手を当て驚いて見せ、そのまま立ち上がるとパタパタと小走りで「大変だわ」と走り去っていってしまう。
謎の女性の謎の行動にあっけにとられたウロボロスは阿呆そうに大口を開け、寝ころんだまま女性の背中を見ることしかできない。
「・・・あ、喋ってもうた」
女性の不可解な行動で頭が少し冷静になったウロボロスは、自らが犯してしまったミスにあっと気づく。もしかしたら急に子竜が喋って驚かせてしまったのかもしれない。もしそうだとしたら、次あったらネコをかぶろうと心に決める。
そして次には、いやいやいやとだからここはどこなのだ?と疑問を生み出し、起き上がって周囲を見渡した。粘土で固めた壁に、血管のように広がる木枠・・・否、石の柱だ。
アドべレンガというものだろうか。ジャー二ィバードから聞いた日干し煉瓦で、その作りやすさからウロボロスも寝床を作る際によく利用した。
砂や粘土と藁、そして有機物質を練り合わせて作る煉瓦。ウロボロスは自身の糞を混ぜて作っていたが、ここにあるのは粘土と藁を混ぜて作ったものだろう。
サッと爪で傷つけないように軽く触ると、手触りの良いザラザラとした感触があった。ふむと顎に手を当て、頷く。大丈夫だ、糞は混ざってない。
「ウ―ロさんっ」
「キィ!」
聞きなれた呼び声に反応して振り返ると、そこには灰色の髪が綺麗なエルフの少女と、その肩に乗るスプリガンがいた。
一人と一匹はドアのついてない入口に佇み、ウロボロスが驚きながら目を見開いているのを認めるとその身の元へと駆け出す。ギュッと小さな子竜を抱き上げ、むっちりとした柔らかい肉に顔をうずめる。
「よかった。怪我無くて」
「キィ、キィ」
サエラに抱かれたウロボロスはちょうど肩に乗ったティと顔が合い、頬をペロリと舐められた。動物らしい親愛の示し方に、状況が把握しきれてないウロボロスも自然と表情を緩めた。
仲睦まじい様子に三人目の仲間は呆れた視線を送りながら唇を尖らせてやってくる。
「なんですかもう・・・けっこうわたしより仲良しですよね」
シオンはゆっくりと歩みながら、それでも頭に岩をぶつけたウロボロスの無事を見て息を吐く。すねたようなセリフが、果たしてサエラに言ったのかウロボロスに言ったのか。もしかしたら両方か。
老人らしい鈍い思考なウロボロスはシオンの言葉に気づくことはなく、皆の様子を見て笑みを浮かべる。
「おお、皆も無事であったか。温水に流されたときは冷や冷やしたぞ」
「・・・ちょっと待ってください。ウ―ロさんは頭に石ぶつけて気絶したんですよ?」
「んう?」
コテンと小首をかしげるウロボロス。どうやら記憶が飛んでしまっているようだ。シオンはため息をつきながらも、ここまで来た経緯を改めて説明した。
そうすることで、ウロボロスもようやくなぜ自分が寝ていたのかを思い出したらしい。
なるほどと腕を組んでシオンを見上げる。
「それで、遭難者は無事救助できたのか?」
「そうですね。怪我一つありませんよ」
ウロボロスの問いにシオンが頷き、流れるようにして背後へ顔を向けた。シオンの言葉を合図に、ひょっこりと少女が建物の入り口から顔を出す。
白くて透き通る髪や肌。ルビーのような赤い瞳。けれども先ほどの女性ではなく、幼さを残した少女は表情に戸惑いや遠慮を浮かべて眉を八の字に下げていた。
あぁ、そういえばこんな少女だったと、ウロボロスは完全に思い出す。精神は老いていても、脳みそは若かった。
「えっと、ドラゴンさん。助けてくれて・・・その、ありがとう・・・ございます」
人見知りなのだろうか。きれいな声とは裏腹にこれだけのセリフ量で大層な勇気を感じる。
ウロボロスは応えていいのかと焦ってシオンたちを見渡すが、サエラが「みんな事情しってる」と伝えてくれたことにより、ニッコリと笑みを浮かべて少女に返答した。
「うむ、どこか体を痛めてはいないかね?」
「う、うん。へーき」
「そうかそうか、それはよかった。かわいい女子の肌に傷がついてはいかんからのぅ」
「あぅ」
ほっほっほとジジイらしい言葉を吐くウロボロス。少女の方は未知の生命体に少々戸惑いを感じていたようだが、物腰の柔らかい言い方に警戒心は氷のように溶けだしたようだ。小さく笑みを浮かべる。
「あんなこと言ってますよサエラ、ティちゃん」
「キィィィィ・・・」
「ベタとガマにチクろう?そうしよう」
ちょ、やめてとウロボロスは土下座をかます勢いでサエラに詰め寄るのであった。
その刺激は、痛打によって意識を失ったウロボロスを目覚めさせるには十分なものであった。上下にある瞼が収縮し、熟した果実のように大きな瞳があらわになる。大気に触れた黄色の眼球の中で、ギョロリと縦割れした猫目が回った。
見上げてみると茶色い土が固まった天井が見え、それより低い位置で白髪の赤い目をした女性が自身を見下ろしているのが見えた。
ダボっとした、チュニックに近い簡易的な服だ。むき出しになった胸元と太ももが女性らしいラインを浮かばせている。年頃の男子なら目に毒だろう。だが性的な欲求を活性化させるにはウロボロスは理性的過ぎたし、なによりも枯れていた。
なので目覚めがてら、もやもやした頼りない思考で冷静に状況を分析する。
「・・・ここは?」
考えてもわからないので体を拭いていたのであろう女性に話しかけてみた。するとアルビノと言っても間違いではない白さが目立つ女性が「まぁ!」と口に手を当て驚いて見せ、そのまま立ち上がるとパタパタと小走りで「大変だわ」と走り去っていってしまう。
謎の女性の謎の行動にあっけにとられたウロボロスは阿呆そうに大口を開け、寝ころんだまま女性の背中を見ることしかできない。
「・・・あ、喋ってもうた」
女性の不可解な行動で頭が少し冷静になったウロボロスは、自らが犯してしまったミスにあっと気づく。もしかしたら急に子竜が喋って驚かせてしまったのかもしれない。もしそうだとしたら、次あったらネコをかぶろうと心に決める。
そして次には、いやいやいやとだからここはどこなのだ?と疑問を生み出し、起き上がって周囲を見渡した。粘土で固めた壁に、血管のように広がる木枠・・・否、石の柱だ。
アドべレンガというものだろうか。ジャー二ィバードから聞いた日干し煉瓦で、その作りやすさからウロボロスも寝床を作る際によく利用した。
砂や粘土と藁、そして有機物質を練り合わせて作る煉瓦。ウロボロスは自身の糞を混ぜて作っていたが、ここにあるのは粘土と藁を混ぜて作ったものだろう。
サッと爪で傷つけないように軽く触ると、手触りの良いザラザラとした感触があった。ふむと顎に手を当て、頷く。大丈夫だ、糞は混ざってない。
「ウ―ロさんっ」
「キィ!」
聞きなれた呼び声に反応して振り返ると、そこには灰色の髪が綺麗なエルフの少女と、その肩に乗るスプリガンがいた。
一人と一匹はドアのついてない入口に佇み、ウロボロスが驚きながら目を見開いているのを認めるとその身の元へと駆け出す。ギュッと小さな子竜を抱き上げ、むっちりとした柔らかい肉に顔をうずめる。
「よかった。怪我無くて」
「キィ、キィ」
サエラに抱かれたウロボロスはちょうど肩に乗ったティと顔が合い、頬をペロリと舐められた。動物らしい親愛の示し方に、状況が把握しきれてないウロボロスも自然と表情を緩めた。
仲睦まじい様子に三人目の仲間は呆れた視線を送りながら唇を尖らせてやってくる。
「なんですかもう・・・けっこうわたしより仲良しですよね」
シオンはゆっくりと歩みながら、それでも頭に岩をぶつけたウロボロスの無事を見て息を吐く。すねたようなセリフが、果たしてサエラに言ったのかウロボロスに言ったのか。もしかしたら両方か。
老人らしい鈍い思考なウロボロスはシオンの言葉に気づくことはなく、皆の様子を見て笑みを浮かべる。
「おお、皆も無事であったか。温水に流されたときは冷や冷やしたぞ」
「・・・ちょっと待ってください。ウ―ロさんは頭に石ぶつけて気絶したんですよ?」
「んう?」
コテンと小首をかしげるウロボロス。どうやら記憶が飛んでしまっているようだ。シオンはため息をつきながらも、ここまで来た経緯を改めて説明した。
そうすることで、ウロボロスもようやくなぜ自分が寝ていたのかを思い出したらしい。
なるほどと腕を組んでシオンを見上げる。
「それで、遭難者は無事救助できたのか?」
「そうですね。怪我一つありませんよ」
ウロボロスの問いにシオンが頷き、流れるようにして背後へ顔を向けた。シオンの言葉を合図に、ひょっこりと少女が建物の入り口から顔を出す。
白くて透き通る髪や肌。ルビーのような赤い瞳。けれども先ほどの女性ではなく、幼さを残した少女は表情に戸惑いや遠慮を浮かべて眉を八の字に下げていた。
あぁ、そういえばこんな少女だったと、ウロボロスは完全に思い出す。精神は老いていても、脳みそは若かった。
「えっと、ドラゴンさん。助けてくれて・・・その、ありがとう・・・ございます」
人見知りなのだろうか。きれいな声とは裏腹にこれだけのセリフ量で大層な勇気を感じる。
ウロボロスは応えていいのかと焦ってシオンたちを見渡すが、サエラが「みんな事情しってる」と伝えてくれたことにより、ニッコリと笑みを浮かべて少女に返答した。
「うむ、どこか体を痛めてはいないかね?」
「う、うん。へーき」
「そうかそうか、それはよかった。かわいい女子の肌に傷がついてはいかんからのぅ」
「あぅ」
ほっほっほとジジイらしい言葉を吐くウロボロス。少女の方は未知の生命体に少々戸惑いを感じていたようだが、物腰の柔らかい言い方に警戒心は氷のように溶けだしたようだ。小さく笑みを浮かべる。
「あんなこと言ってますよサエラ、ティちゃん」
「キィィィィ・・・」
「ベタとガマにチクろう?そうしよう」
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