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〜第6章〜ラドン編

61話

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「今・・・声がしましたよね?」

 シオンがキョロキョロと辺りを見回しながら尋ねる。見知らぬ誰かの声が聞こえた気がしたが、仲間の姿以外は見当たらない。
 気のせいか?と曖昧な情報を無かったことにしようとしたが、サエラも聞こえていたらしい。シオンのセリフに頷いていた。

「聞こえた、けど」

 誰もいない。サエラが言外に続ける。 自分ならともかく、感覚の鋭いサエラが同意するなら信憑性も増す。疑いかけた自身の聴覚に確信が強まった。
 声を再び拾おうと耳を傾けるが、一度きりの掛け声が二度目にやってくることはなかった。代わりに鼓膜を揺らしたのはウロボロスの情けないうめき声である。

「ちょっ、マジでやめっ・・あふん」

「キィ!キキィィ!」

 側から見ればじゃれあってるように見えるウロボロスとティの攻防。謎の声は2匹に届かなかったようだ。というかウロボロスに関しては自分に必死すぎて周りに意識を向けるのは難しいのかもしれない。
 聞こえてきた声は大きな筒状となっている洞窟の通路全体を走るように伝わってきた。だが音量自体が大きいわけではなかった。ぎゃーぎゃー騒いでいたペットコンビの耳に入らなかったのは仕方ないかもしれない。

 情報共有するためサエラがティの首元を、シオンがウロボロスを掴んで引き剥がした。親猫が子猫を咥えるように持ち上げる。

「はーい、そろそろストップですよ」

「・・・お主、もっと早く助けてくれても良かったのではないか?」

 そう言ってウロボロスが恨みがましい視線をよこすが、そもそも助ける気は一切なかったので無視する。

「ウーロさん、何か聞こえませんか?」

「あ、これうるさいから止めてくれたパターンだな。・・・別に何も聞こえんが?」

 ティの絡みによって迷彩色柄になったウロボロスが周囲をキョロキョロと見渡す。
 視界には何も映らないし、声も聞こえない。二人の気のせいではないか?と口を開けようとした。
 するとそのタイミングで再び正体不明の声が聞こえてきた。

「お願い・・・誰か、聞こえてるなら・・・」

 か細いが、洞窟の構造のおかげか響くように聴こえる。音質からして女性のようだ。
 力がなく、衰弱しているのだろうと予想ができる。それは確かに助けを求める声で、気のせいなどではなかった。

「何者ですか!?」

「ここから・・・出して・・・たすけて」

 シオンの質問に答えている余裕はないのか、ブツブツと響く声。だが洞窟の中では声が反響し、拡散してしまう。なのでどこから聞こえてきているのかが全くわからないのだ。

 例えるなら、耳ではなく頭の中に直接語りかけられているようなものだろう。助けようにも本人がどこにいるのか見当もつかない。
 サエラも魔力パルスで周囲を確認しているが、声の主は見つからないようだ。

「ふむ、こっちか」

 しかし、手詰まりだった捜索は洗濯物のようにぶら下がるウロボロスによって解決した。
 ピクリと角を犬の耳のように上下させ、短い首を洞窟の奥の方へ向けたのだ。皮が三重ほどかさなる。

「わかるんですか?」

「うむ。反響を辿ったのだが、この奥にいるらしいぞ」

  子竜といえど、ウロボロスはドラゴン・・・それもかつてはエンシェントドラゴンだった。
 その優れた感覚で本能的に音の発生源を辿ることに成功したらしい。

 ウロボロスの向いた方角は自分たちが来た方向とは逆。つまり先へ進む方角だ。

「いこ」

 ティの首根っこを掴んだままのサエラが先導する。ティはなすがままに、吊るされたソーセージのように無言で振れていた。本能からか、じっとしている。
  なるほど、次に暴走したらそこを掴むと良いのだなとさりげなくウロボロスが学習しつつ、一行は声の聞こえる方へ足を歩ませた。

 少し進むとヒカリゴケの密集地帯から抜けていき、ところどころ岩壁を飾るようなまだら模様に点々と生えているだけになる。
 その岩壁の一角、人一人分くらいの部分がゴツゴツと石垣みたいにおうとつの多い壁があった。
 ほかの湿気で濡れたようなつるりとした岩壁とは異なる。

「この奥であるな」

 シオンの手から解放されたウロボロスが、コンコンと岩壁を叩いた。するとそれに反応したのか、中からくぐもった女性の声が聞こえてくる。
 近くにいるからか聞こえにくいが、おそらく助けを求める言葉を続けているのだろう。

「もしかして・・・生き埋め?」

「かもしれんのぅ。この壁、おそらく土砂のように崩れた岩が固まってできたのだろう」

 どういった事情があるかは不明だが、人間が一人壁の中に埋まっているらしい。さすがにこれを見捨てるような冷酷さを持ち合わせているメンバーはいない。どうにかして救出せねば。
 ウロボロスは品定めするように天井から下を見定め、ふむと頷くと壁に頭をめり込ませた。そしてその身体はどんどん壁の中へ埋まっていく。

「ここから入れるのぅ」

 うんしょ、うんしょと尻尾と一緒に尻を振るう。石と石の隙間から入れる穴を見つけたらしい。
 人が通るのは不可能なサイズだが、ウロボロスやティならば侵入は可能だろう。一度息継ぎするように「ぷはっ」と穴から出てきたウロボロスは、サエラにつかまったままのティを見上げる。

「お主ならここも通れよう?ついてきてくれ」

「・・・」

 しかし返答は無言とジト目だ。臭いと言われたことをまだ気にしているのだろう。
 ウロボロスもそれがわからないほど鈍くはない。怒っている原因を作り出してしまった本人でもあるので、ウロボロスは素直に頭を下げた。

「すまんかったティ。女子おなごの前で言う言葉ではなかった。以降無いように気を付ける。だから一緒に来てくれないか?」

 しっかりとした謝罪の意思が伝わったのだろう。ティは頬を膨らめせむくれつつも、小さく「しょうがないなぁ」とでもいうように「キィ・・・」と鳴いた。
 無事仲直りを果たした二匹は、シオンとサエラに見送られながら穴の中に入っていった。全身真みどりと斑みどりに発光する小動物が穴の中に入っていく様子は、なんともシュールな光景である。

「ケガしちゃだめですよー」

「うむー」

「寄り道したらだめだよウ―ロさん」

「そもそも寄り道などないだろう」

「夕方までには帰ってくるんですよー」

「親かお主」

 くだらない問答をしつつ、ウロボロスたちはついに見えなくなってしまった。時折「ぎゃぁ」とか「尻尾踏んどる」などという悲鳴だけが、彼らの無事を証明する唯一の手段となってしまった。
 この部分だけ複数の岩が重なってできた壁らしいので、いつ崩れてしまうかはわからない。最悪の場合ティが巨大化して脱出を図るだろうが、その場合ウロボロスは潰れる可能性があるので何事もないのを祈る。

 すると壁を触って心配そうに見ていたサエラが急に背後を振り向き、背中に背負った弓を構えだした。臨戦態勢である。
 突然緊張感をまとったサエラに反射的にシオンは杖を構えてシールドを作った。

「どうしたんですか?」

「・・・ここを死守する必要がありそう」

 鋭くサエラが睨んだ先には、赤い複眼をらんらんと輝かせるヤゴの姿があった。どうやら温水に流されたのは自分たちだけで放ったらしい。

「ギュルルルルル・・・」

 ヤゴの脆い節足なら水の濁流で足が折れていてもおかしくないが、ヤゴは五体満足だった。低く唸るヤゴの背後から、類似した姿の幼虫たちがやってくる。
 それも複数。吸血鬼化のレベルで言えば最下級クラスにも及ばない雑魚だろうが、それでも肉体を完全再生させるほどの再生能力はあるようだ。

「ウ―ロさんがいる・・・この先は、通さない」

「メガニューラじゃ通れないでしょうこの穴」

「・・・今宵の私の血濡れ鴉は血に飢えている」

 いまいち防衛する意味がなくても、サエラは何とかやる気を出すために弓をしまい小太刀を構えた。正直シールドの中でこもっていれば良かったなど思ってはいけなかった。

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