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〜第6章〜ラドン編

59話

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 コツ、コツ、コツ。

 硬い地面を歩く靴の音が聞こえる。緊張の糸を鳴子のように張っていたガルムはピクンと肩を揺らし、洞窟の奥を睨んだ。

 誰か・・来る。

 薙刀を握り、いつでも反撃できるように意識を切り替えた。
 緩かったガルムの雰囲気が一変したことで、メアリーも杖を構える。ただ何が起こったかは把握していない。視線を向けず、言葉だけガルムに向けた。

「どうした?」

「・・・敵か、味方か」

 広い空洞の中で、硬い地面を踏む人間の足音は意外と大きく聞こえる。メアリーが察知できていないのなら、おそらくまだ相当な距離があるのだろう。
 今のうちにウロボロスたちを呼ぼうかと考えていると、反対方向から別の足音・・・それも複数聞こえてきた。
 こちらの正体はわかる。なぜならベタとガマがシオンを連れて行った方角からだからだ。

 軽く背後に目を向けると、先頭をサエラが歩いていてその後ろから他のメンバーが付いてきているのが確認できた。
 どうやらサエラたちも異常を検知したらしい。

「・・・誰か来る?」

 水筒を片手にサエラが不快そうに口をモゴモゴと動かしながら尋ねる。肩では同じようにウロボロスも口をモゴモゴしていた。

 何かの流行りブームなのかと怪訝に目を細めるガルムだが、シオンやベタとガマ、ティが真顔なのを見ると違うのだろうと考える。
 とにかく今は新手の気配についての情報共有が先決だと思い、ガルムはサエラの問いに「あぁ」と頷いた。

「にしてもよくわかったな?メアリーでもまだ気付いてねぇぞ」

「は、ははは!何を言うかガルム。偉大な魔女の一族たるこのやつかれが侵入者一人検知できぬわけが・・・」

「気配は二人だぞ」

「え、嘘!?」

「うそ」

 俺の反応を見てカンニングしただけだろうと半目をすると、メアリーは悔しげにむむむと口を尖らせた。
 どうやらサエラたちに先輩風を吹かしたいらしい。紹介した時からこうだなと思い出すように目を瞑る。

「私は魔力検知のスキルあるから」

 サエラが親指で自分を指し、無表情ながらもどこか得意げな雰囲気を醸し出しながら言った。
 少量の魔力を、透明な水の中に落として波紋を作るように広げて周辺を検知する能力。
 障害物がなければどこまでも広がる魔力のパルス。このようなだだっ広い洞窟ではかなり有効に活用できるだろう。
 理解したガルムはなるほどと指を鳴らした。

「さすがサエラである」

 ウロボロスが褒めると、サエラは喉を撫でられた猫のように目を瞑り、軽く顎を上げて口元を緩ませる。

「もっと褒めてもいいよ?」

「さすがサエラである」

「うん?」

「さすがサエラである」

「同じことを言ってって意味じゃない」

「すまん」

「もういい」

 なんだこれと独特な会話を聞いたガルムはどう反応したらいいかわからないようで、なんとも言えない表情になる。

「・・・生存者、ですかね?」

 軽くなった空気を変えようと、シオンが指をピンと立てて言ってくるが、果たしてどうだろうと全員が地底湖の奥を覗く。
 数百匹いたヤゴの群れを相手に、たった数十人の衛兵が生き残るなどできるのだろうか。
 仲間を囮にし、隠れていた生存者が人の姿を見て出てきた可能性もある。が、それにしてはだいぶ奥から来る足音だ。

 「だとしたら相当つえー衛兵だろうな。メガニューラの群れを捌けるだけの実力があるやつ」

 皮肉を含んだガルムのセリフに「ですよねー」と同意を示したシオン。
 ヤゴ単体は弱いが数百匹を倒す実力があるとなると、冒険者でいうBランカーかAランカー辺りの戦闘力が必要になるだろう。
 しかし、案内してくれた衛兵の隊長の様子からして、そのような実力者が潜り込んだとは思えない。
 ベタとガマが頭を揺らしながら口を開く。

「鬼が来るか。」
「蛇が来るか。」

「蛇が出たら我に任せよ。手懐けてみせよう」

「そういうことじゃないですよウーロさん」

「うむ?」

 そんな会話をしつつ洞窟の奥を見張っていると、数分経ってようやく足音の正体が現れた。
 ヒカリゴケの明かりに照らされた人物の姿は、まるで砂漠に住む人のようにゆったりとした服を着ており、そこからはみ出る手足や顔を乱暴に包帯で巻いている。

 ミイラのような姿をしたその者は、目も隠しているはずなのに前方で待ち構えているウロボロスたちに気付いたようでクイっと顔を前に押し出した。

「・・・おやまぁ、ボクのかわいい子たちがぁ」

 包帯に阻まれたくぐもった声は、その身につけた服装のようにゆっくりとした喋り方をしている。
 顔は見えないが男だろう。低い声と広い肩幅が証明していた。

「あぁ~あ、ひどいぃ。ひどいよぉ」

 視覚は使っていないはずなのに、まるで見えているようにキョロキョロと首を曲げる。サエラのように検知するスキルの類を持っているかも知れんとウロボロスは警戒を強めた。

「どうしてくれるのぅ?みぃんな殺っちゃってぇ」

「・・・死人が出てんだ。ペットを飼うなら自分でやるべきだったな」

「それはムリィ、だってぇエサが集めにくいんだもぉん」

 口では悲しんでいる様子を見せる男だが、声質はまったく変化していない。彼にとって、そのペットとやらは別段大して大事でもないのだろう。あるいは代わりがいるのか。

「クルーウ・ネット。」
「チッ。」

 ベタとガマが忌々しそうに、吐き捨てるようにその名を口にした。その声で気付いたのか、男は包帯の上からでもわかるほどニンマリと笑ったようなシワを作る。

「あぁ、血塗れの赤帽子ぃ。久しぶりだねぇ。わざわざボクに会いに来てくれたのぉ?」

「冗談。」
「我ら。竜王様に身を捧げし者。」
「ウム。貴様なんぞ興味はない。」

「つれないなぁ、つれないなぁ」

 くねくねと体を揺らすクルーウ・ネットと呼ばれた男。サエラとシオンは、その名に聞き覚えがあった。

「・・・クルーウ・ネット?たしかマンドさんの言ってた」

 シオンはリメットに訪れる際、馬車に乗せてくれた魔導具売りの商人マンドとの会話を思い出す。あの時はリメットの実力者として名高い冒険者を尋ねたのだ。


『そうだなぁ・・・リメットはでけーから冒険者も多いし・・・知名度の高さだっていうなら、「猛獣使いのガルム」「血濡れの赤帽子レッド・キャップ」「クルーウ・ネット」この3つだな』


「あっ・・・Sランカー冒険者だ」

 ポンっと手を叩き、閃いたようにサエラが呟く。実際その通りらしく、その呟きが聞こえたらしいクルーウはねっとりとした口調を口から垂れ流した。

「そぅそぅ!ボクはSランカァ冒険者ぁ!クルーウ・ネット!でもなんでかなぁなんでかなぁ?なんでぇここにSランカァが揃ってるのかなぁ」

「観光だよ、観光」

「へぇ!へぇ!そうなんだザンネェン。ラドンは今、お風呂にはいれませぇん」

 ガルムの神経を逆なでするように煽ってくる。額に青筋が浮かんだ。
 一つクルーウの言葉に同意できるのは、リメットを代表するSランカーが3組揃っているという事だ。
 偶然ではあるが、この奇妙な巡り合わせは何か理由があるように思える。
 特に一番目の発言者。口に出したクルーウがそもそも怪しい。

「・・・お前が今回の騒動の犯人か?」

「そうだよお!」

 ガルムの問いにあっさりと答えたクルーウ。それは実力の自信からの余裕か、単にからかっているだけなのか。

 黒幕かどうかは不明だが、何かしらで関わってはいるのだろう。「そーかい」とだけ言葉を吐いたガルムはその答えだけで充分と言いたげに薙刀を力強く握った。
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