上 下
168 / 237
〜第6章〜ラドン編

53話

しおりを挟む
「おぉ!あれが『猛獣使いのガルム』か。思ったより若いな」
「あの真っ赤なとんがり帽子、まさか『レッド・キャップ』?本物か?」
「見ろ!『紅の魔女メアリー』殿だ。噂通りなんと愛らしいお姿・・・!」
「あの二人はエルフか?人里に降りるとは珍しい」
「肩に乗ってるのスプリガンか。それに・・・り、竜だと!?」
「なんなんだあの集団。戦争でも起こす気か?」

 ざわざわと遠目から人々の混乱した雑多な声が耳に入る。ガルムは「チッ」と舌打ちを漏らし、それを合図に自分たちの周りをボイスカットの魔法で覆った。

「だからやりたくなかったんだよ。こうなることは予想できたろメアリー?」

「う、うむ・・・」

 ちょんちょんと指先でおでこを突かれたメアリーが苦虫を噛み潰したような顔をする。
 ベタとガマは無表情で周囲のざわめきなど気にもしてない様子だが、時々ジャラジャラと威嚇するように腕に巻いた鎖を鳴らす。ボイスカットの影響で野次馬たちには一切聞こえていないのだが。

「・・・なんでこんなに騒がしい?」

 聴覚の優れた耳を持つサエラが飛び回るハエを見るような鬱陶しそう目で周囲の人々を見回す。
 刃物のように鋭く、そして不機嫌さを隠そうともせずに瞳にその色を浮かべた。睨まれた人の何人かが怯えて後ずさる。

「俺たちがいるからだよ」

 諦めたように疲れたため息を吐き捨ててガルムが言った。言っていることを理解できず、サエラは「?」と小首を傾げる。

「ここはリメットとは違って交易都市でもなけりゃダンジョンが眠ってるわけでもねぇ。だから冒険者が珍しいのさ」

「しかもSランカーという英雄以上の存在。住人たちが好奇心を刺激されるのもしかたがない」

 ガルムとメアリーの説明にサエラはようやく納得いったと腕を組んで頷いてみせた。
 ラドンは観光都市として非常に有名で、各国からも要人が来日したりと普段会えないような人物を遠目から見ることができる。
 それとは対照的に荒くれ者の多い冒険者がラドンに訪れることは滅多にないのだ。
 まず距離。冬でなくとも、リメットからラドンまで移動するのに数日、下手したら一週間かかる場合がある。
 ワイバーンに乗ればその限りではないが、ワイバーンに乗れるほどの貸し出し料金を払える額も、騎乗する許可書を手に入れている冒険者もほとんどいない。

 貯蓄している冒険者など全くと言っていいほど存在しておらず、その日の金を酒に変える者たちは多い。
 故に観光地に行くような金も時間もない。そして先ほどガルムが言ったようにモンスターも少なく、ダンジョンすらないこの土地で冒険者稼業しようとする酔狂な輩もいない。

 故に武器を持ち防具を着る者は衛兵ばかりで、冒険者を見る機会などそうそうないのだ。ましてや伝説級の冒険者となれば一生に一度見れるかどうかかもしれない。
 それがラドンに住む住人たちの共通認識であった。
 ガルムは珍獣を見るような視線も、絵本の英雄を見るような情景のこもった眼差しも、何もかもが苦手だった。
 ベーっと小僧っぽくピンク色の舌をさらけ出す。

「あー、めんどくせぇめんどくせぇ」

「ん?だれかこっちに向かってくるぞ?」

 街中を堂々と歩いている一行の前に、ウロボロスたちと同じように・・・否、それ以上に堂々と道のど真ん中を歩く一団がいた。
 ガルムはウロボロスの発見につられてチラッと前方の集団を確認すると、軽く舌打ちをして不機嫌そうな顔をにっこりに作り変えた。
 不良のように猫背にだった背中もピンと伸ばし、ポケットに突っ込んだ手も腰の横に移動させた。

 突然ガルムが立ち振る舞いを整えたことに一同は「どうした?」と目線で伝えるが、同じく前を見てみるとその原因がはっきりとわかり「あー」と納得して同じくピシッと格好をつける。

 黒い革の豪華な服を着込み、しかしその隙間から見える白いシャツが明らかに膨張している身体であると視覚的情報を与え、ボールのような肉の塊が詰まっていることを表していた。

 短い足で大股歩きをしているのを見ると、ウロボロスのような歩行を連想させるがそこに愛らしさは微塵もない。それどころか既に服の中では脂肪のような汗が吹き出しているのか、中年男性特有の異臭がかすかに漂う。
 まるで卵に手足を生やしたような姿だ。ハンプティダンプティと言っても過言ではないだろう。

「・・・領主のバージ・ルブイエ伯爵だ」

 ガルムがポツリと仲間のみに聞こえる音量で呟く。ボイスカットで領主側には聞こえないハズだが、貴族である相手ならその手のマジックアイテムを保有してる可能性も否定できない。
 弱みを握られないよう、ガルムたちは警戒しつつ伯爵の到着を待った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

大人じゃない

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

英雄の条件

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:78

公爵家三男に転生しましたが・・・

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:4,011

婚約者の浮気をゴシップ誌で知った私のその後

恋愛 / 完結 24h.ポイント:269pt お気に入り:361

俺の短編集

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

看取り人

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

ニューハーフな生活

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:262pt お気に入り:29

処理中です...