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〜第6章〜ラドン編

53話

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 そして現在。無事ガルムは領主とアポをとれたらしく、全面規制の理由を聞き出したらしい。果たしてそれは合法的な手段で獲得した情報なのか定かではないが、少なくとも状況が合えば竜に相当する戦闘能力を有するSランカーが鬼気迫るオーラを纏って突撃してくれば、なぜ領主が易々と情報を明け渡したか察しがつくだろう。

 とりあえず立って話すのもなんなので、一旦全員宿の部屋に戻りこれからどうするかという作戦会議を始めたのである。
 
「それで、温泉入れない理由って何?」

 シオンからウロボロスを奪い取り、膝の上に乗せたサエラがガルムに尋ねる。慣れたウロボロスは表情を変えず踏ん反り返る。

「・・・メガネウロプシスが大繁殖したらしい」

「メガネウーロシオン?」

 サエラからウロボロスを奪い返し、指で輪っかを作ったシオンが自身の目に当てて聞き返した。
 ガルムはくだらないシオンのギャグに口を尖らせる。

「なんだそのごちゃ混ぜにした生きモン。メガネウロプシスだメ ガ ネ ウ ロ プ シ ス」

「めがねうにょぷしりあ?」

「メアリーは黙ってろ」

 ピシャリと容赦なく言われたメアリーはシュンと露骨に肩を落として落ち込んで見せた。口の動きからしてシオンのようにギャグとして言ったのではなく、本当に噛んで言い間違えただけだったのだが。

「言いやすくすると、メガニューラだな。バカでっけぇトンボだよ」

巨大なメガ。」
翅脈ニューラ。」

 ガルムの台詞の後にベタとガマが名前の由来を解説する。翅脈とは、昆虫などの羽にある脈のことだ。メガニューラはその巨大さゆえ、透き通る羽に浮かぶ脈の線が見やすいことからこの名が付けられたのだろう。
 ウロボロスは難しい単語を言い切ったベタとガマに向かって「おぉー」と感嘆の声を漏らし、パチパチと手を叩いた。

「難しい言葉を知ってるのぅ。すごいであるぞ」

「恐縮。竜王様。」
「幸甚。」

 ウロボロスに褒められ、二人はえへへと体をくねくねさせながら喜ぶ。
 実はウロボロス。ベタとガマの正体を知ってからというもの、時々ではあるがどんなことでも成功したら褒める親バカの片鱗を見せつつあった。
 こうなると止まらなくなるので、ガルムはやや大きな声で「おーい、話戻すぞー」と三人を現実に引き戻した。

「で、そいつらなんだが・・・普通のトンボと同じで水に卵を産むんだよ。それがどうゆうわけか、温泉として湧き出る湯の溜まった地底湖で繁殖しちまったらしい」

「地底湖で繁殖して、温泉に何の影響が起きるのだ?」

 ウロボロスの疑問にガルムは心底めんどくさそうにボリボリと後頭部を掻いてみせた。
 領主から聞いた話によると、地底湖で数を増やしたトンボの子供・・・つまりメガニューラのヤゴが湯の通る道を使って地上に出現してしまっているのだという。
 しかし所詮は大型の虫でしかなく、お湯のせいで動きの鈍っているヤゴを倒すなら冒険者でなくても衛兵で十分対処できる。
 なので一度地下に部隊を送ったのだが、誰一人として戻ってこなかったのだ。
 衛兵の数は15名。弱っているヤゴに負ける人数ではない。
 つまり物量で衛兵隊が負けるほどの数が居たと考えられた。その場合、広範囲に攻撃が可能な魔法を使える魔法使いが必要となる。

「だが、ラドンに高位の魔法を使える術師は居ねぇ。だからちょびちょび出でくるヤゴを少量づつ処理していく方針に切り替えたそうだ」

 そうなれば時間はかかるが犠牲者は出なくて済む。街を守るのが衛兵の仕事だが、かといって簡単に散らしていい命でもなかった。
 なるほど、と全員が現在のラドンの状況を理解した。そして同時に皆が思う。どうしたものかと。
 すると尻尾を縮めた犬のように固まっていたメアリーが立ち上がり、まるで劇団にでも立ったかのようにポーズを決めながら口を動かした。

「高位の魔術師!?このやつかれがいるではないか!」

 キラーンと目元に星を浮かべるメアリー。だがそれを冷たい目で見るのはガルムだった。

「・・・盾役はどうすんだよ」

 いくら魔術師の最高位の一つ、魔女だとしても前衛なしに戦いを挑むのは危険だ。ましてや接近戦能力を持たないメアリーでは5メートル以内に近づかれてしまうと袋叩きされること間違いない。
 固定砲台特化型のメアリーでは一人でヤゴを全滅させることは不可能だった。
 ガルムに言われ、なんとも同情を誘うような情けない表情を浮かべる。

「・・・ガルムきてくれないの?」

「俺だって休みてぇわ。ヤゴ何百匹相手してどんだけ時間かかるんだよ」

 少なくとも一週間かそこらで終わる作業ではないだろう。地下、しかもダンジョンではない天然の洞窟で戦うとなると単に大火力をぶちかませば良いわけではない。
 そんなことしたら洞窟が崩壊し、全員生き埋めだ。やるとしても、少しづつ削るしかないだろう。
 バンパイアロード戦で疲労の溜まったガルムは、正直遠慮したかった。
 ぐぬぬと悔しげに歯を噛むメアリー。と、そこに思わぬ人物が立ち上がった。

「わかりました!わたしが盾になりましょう!」

 バンパイアロードの怪力を得た某か弱い後衛(笑)がグッと手を握りしめた。
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