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〜第5章〜

49話「シオン、鍋パがしたい」 5

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 まさに断末魔と呼んで等しかった叫び声。しかしそんな悲鳴も、熱湯に煮られて力尽きるようにか細くなり、最終的には何も発しなくなってしまった。
 ウロボロスは大人しくなった"何か"を確認し、満足そうに「うむ」と頷いて「次」と言ってベタとガマに具材を入れるように急かした。
 シオンとサエラが暗闇の中であるというのに立ち上がる。

「いやいやいやおかしいですから!なんで具材から悲鳴が出るんですか!?」

「一体何を入れた!?」

 明るかったら肩を掴んで揺さぶってきそうなほどの勢いでウロボロスにツッコミを入れるシオンと問いただすサエラ。
 ウロボロスは混乱する二人の声を聞いて満足そうにニンマリと嗤う。

「うふふ、秘密である」

 いたずらが成功した子供のような声だ。反射的に明かりを点けて正体を確かめたくなる気持ちが湧き上がる。
 しかし自分たちも食材の内容を秘密にしているし、元々具材をバラさないようにするのが闇鍋だ。となればこれ以上詰め寄るわけにもいかず、二人は納得しきれぬ顔をしつつも、大人しく席に座った。

「心配するな。ティと一緒に採ってきたのだ」

(ティちゃんじゃなくてあなたが不安なんですよ)

(生き餌かな?)
 
((贄?。))

 もはや誰が何を入れても不安が残る。
 さて、いよいよレッド・キャップのベタとガマの番が回ってきた。
 シオンの警戒レベルが最大である対象の幼女たち。その原因はウロボロス教崇拝者と表現してもおかしくないほどの思考回路をしているせいだ。

 同居が始まってからというものの、レッド・キャップは暇さえあれば常にウロボロスにまとわりついている。
 その度にウロボロスから剥がれた古い鱗を回収し、爪研ぎ後の残りカスを袋に詰め、ウロボロスの排泄物を持ち出したかと思えば堆肥箱コンポストボックスにぶち込んで肥料を作り始める。おそらくアレで作物を作る気だろう。そして食うのだろう。

 この前は老廃物の入った袋を二人でスースーと危ない薬のように吸い込んでいた。
 ぶっちゃけて言うと、ベタとガマは色々やばいのだ。そしてウロボロスは一切気づいていない。

(・・・まさか鍋にウーロ産のモノを入れたりしないでしょうけど・・・)

 この鍋はウロボロスも食べるのだ。そうそうやらかすとは思えないが、万が一という可能性もありうる。
 例えばドラゴンしか食べられないような劇物を入れたり、ドラゴンが食べるとピリ辛程度で済む毒薬を入れたり・・・不安を上げればキリがない。
 今はただ、レッド・キャップの微かに残っている常識を信じるしかない。余計に不安になるが。

「ではベタ、ガマ、任せたぞ」

「期待して。」
「承知。」

 ピキーン!と敬礼をするレッド・キャップ。彼女らは鍋に近寄り、手元にある袋から中身を鍋へと転がした。
 小さいであろうそれはポトポトとそれほど激しい音を立てずに、ゆっくりと鍋底に沈んでいく。

「終わった。」

「次。」

 それだけで、ベタとガマは席に戻ってしまった。

(((・・・一番普通だった)))

 一番怪しんでいた連中が、一番マトモな音を出したことにみな驚きを隠せない。
 不自然に黙ったせいか、見えないはずのレッド・キャップから怪訝そうな視線が飛んでくるのを感じたシオンは、気を取り直すように元気な声で喋った。

「じゃ、じゃぁ・・・残りも入れちゃいますか!」

「そ、そうだね」

「うむ・・・うむ」

 ぽちゃん。
 どぱん。
 ぽちゃぽちゃ。
 ぽちゃん。
 どぷっ。
『ギィヤアァァァァァ!!』

「また声したんですけど!?」

「気のせいである!」

 そして数分かけて、全員が持ち込んだ食材を鍋に入れ終わった。




 グツグツと蓋を閉めた土鍋が、噴火前の火山のようにその身を震わせて蒸気を吐き出す。
 実に個性豊かな面々の選んだ食材の収まった土鍋は、最早パンドラの箱のように恐ろしく見えた。
 シオンは手を厚い布でぐるぐる巻きにし、さらに『シールド』の魔法で完全防御を整えてから鍋の蓋を開けることにした。

「じゃぁ・・・いきますよ?」

 シオンがそう言うと、みんながゴクリと唾を飲み込んだ。
 顔をできるだけ鍋から離し、手だけ伸ばして蓋の持ち手を掴む。シオンの怪力なら蓋くらい片手で持ち上げられる。
 恐ろしいものから目を背けるように目を瞑り、一気に蓋を開けてみた。
 すると・・・


「・・・ん?」

「結構いい」

「おぉー」

 鍋の蓋を開けて解放されたのは、異臭でも刺激的な劇物の臭いでもなかった。
 香ばしく、しっとりとした濃厚な匂いが全員の嗅覚を刺激する。それは決して不快なものではない。
 では鍋の中はどうなっているのか?覗いてみると、これまた美味そうに仕上がっていた。

 沸騰して気泡を弾く汁は始めた当初の白く濁ったお湯ではなく、黄土色の出汁へと変わっていた。
 その出汁に堂々と居座るのは丸ごと煮込まれた大きなカニだ。
 茹で上がり、すっかり真っ赤になったカニは未だに旨味を出汁に落としているように見える。
 その他の具材も馬鈴薯っぽい何かだったり、店で並んでいるが買ったことのない野菜だったりと、決してゲテモノが入った地獄の鍋というわけではなかった。

「ふつうに良さげな仕上がりじゃないですか!わたし皆さんゲテモノしか入れてないと思ってました!」

 安心から緊張の糸が切れたのだろう。本音を喋るシオンにウロボロスとサエラは顔をそらした。
 自分以外全員がゲテモノを入れてると思っていた。

「そ、それで・・・シオンは何を入れたのだ?液体っぽかったが」

「あぁこれですか?昆布のお出汁ですよ」

 そう言ってシオンはふやけた海藻の入った鍋を見せてくる。どうやら味のついた出汁を投入していたらしい。

「まぁお湯に入れて大丈夫か心配でしたけど・・・サエラは何を入れたんですか?」

「カニ」

「カニか。我てっきり石でも入れたのかと」

「失礼」

 ウロボロスの言葉にむっと目を細めるサエラ。彼女が言うには、あの大きな音はカニを丸ごとぶち込んだ音だという。

「・・・ウォリアーアントではないだろうな?」

「ちゃんとしたの。安心して」

 警戒した視線に臆することなく、サエラはウロボロスの頭を撫でながら言った。
 ダンジョンで同じカニの仲間であるウォリアーアントの肉を食った時はゴムのような食感で、とても食べられるものではなかった。その苦味はサエラも覚えている。
 だからこそ、ちゃんとしたカニを味わいたかったのだ。
 ちなみにこのカニは川で捕獲されることのある大型のカニで、時々市場に出回ることのあるれっきとした食用のカニだ。

「サエラのあのでかい着水音は、カニを丸ごと放り込んだからなんですね」

 冬の冬眠時期であるためか、ぎっしりと身の詰まった重量感のあるカニを見て、シオンは納得したのだった。
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