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第2章〜不死編〜

第132話「激突寸前」

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「おいちび助コンビ。この鎖はなんだよ。とっとと離せ」

「断る」

「この中で脅威は貴様だ」

 鎖によって動きが制限されたガルムは、軽く引き笑いを浮かべながらベタとガマを睨みつける。
 しかしレッド・キャップはガルムの威圧をものともしない。それもそのはず、ベタとガマの実力はガルムと同等クラスである。
 だがベタとガマは武器も持っている。対して武器を持ってきていない素手のガルムは不利と言っていいだろう。
 勝率は傾いていた。

「ガルムさっ‥‥‥」

 ガルムの加勢をしようとしたサエラだったが、反対側では凶暴化したウーロが隙を狙って睨みつけている。
 大きさ20メートルはある巨大な爬虫類。さらに理性を失い、凶暴性のみを浮き彫りにしているウーロもまた危険な存在だった。

 サエラは冷静に状況を分析する。この場で最も戦力が低いのは自分で、二番目にフィン。そしてウーロとガルムとレッド・キャップが同列。
 それでもほぼ獣と化してるウーロは、弱いわけではないが戦いやすい部類に入るだろう。さらにはベタとガマの意識はガルムに向いており、自分は眼中にない。
 無理に物事を推し進めるよりかは、流れに乗って問題に対処すべきだ。サエラはガルムに短く自分の意見を伝えた。

「私がウーロを相手する。ガルムさんはベタとガマをお願い」

「は!?無茶だろ!」

「大丈夫」

 所詮ウーロだから。

「じゃっ」

「おいこら、待てって!」

 ガルムの静止の呼びかけに応えることなく、サエラはウーロに向かって走り出した。身軽な体格によって生み出される速度は地を駆ける鹿よりも早い。
 無理やりにでも止めたいが、ガルムの体はベタとガマによって制限されている。
 クソがと悪態をつき、ガルムはフィンに指示を出した。

「フィン!サエラを援護してやれ!俺は平気だ!」

「わん!」

 するとフィンはサエラの後を追って走り出す。
 少なくともフィンの機動力ならウーロの攻撃をかわすことは難しくない。万が一サエラに危険が迫ってもフィンがいればなんとかなるだろう。
 ガルムは目前の敵に集中する。

「我らを1人で相手取る気か?」

「安く見られたものだ」

 不機嫌そうに表情を歪めるベタとガマ。自分たちの力にプライドでもあったのか、わざわざ戦力を減らす真似をしたガルムにコケにされたと思ったのかもしれない。
 より敵意を強めた2人に対抗するため、ガルムも睨み返す。

「うるせー、こんな騒ぎ起こしやがって何が目的だ?」

 ベタとガマはその不気味さと中身の読み取れなさが相まって、殺し屋だの密売者だのと黒い噂が耐えない。しかし少なくともガルムの集めた情報では、極悪な性格をしているわけではなく、どちらかと言えば善寄りの人物たちであったはずだ。

 報酬が払えない村からは金ではない別の物で手を打ったり、指名手配を狩ってバウンティハンターとして名を上げたり、盗賊から守ってくれたなどという話も聞いていた。

 ウーロも、ベタとガマはから感じるわずかな優しさを察していた。だから今回こうも易々と罠に嵌められたのだろう。
 それでもウーロの無防備さは問題だが。

「街のど真ん中でドラゴン呼び出しやがって‥‥‥クーデターだの言われても文句は言えねえぞ。それに、下手したらウーロだってこの街に住めなくなる。こんなことして何になる?」

 市民は知らないが、街の権力者たちはサラマンダーの対処に追われている。よりによってこんなデリケートな時期に騒ぎを起こすのは、明らかに不審でしかなかった。

 ガルムの言葉にもベタとガマは怯まない。それどころかさらにガルムに対する圧力を強くし、鎖で引っ張ってきた。魔力が通っていて振り解こうにも力が足りない。

「我らの望みは竜王さまの解放」

「それ以外は何も望まぬ」

「てめーら、気付いてたのかよ」

 やはりベタとガマはウーロが竜王ウロボロスだということに気付いていた。こうなると様々な疑問が湧いてくる。
 本当に竜王の信者なのか?ならなぜウロボロスに仕えたがっているのか?なぜウーロにとって不利になりそうな展開を作り出したのか。ウーロに何をしたのか。こんなことをして、具体的にどうしたいのか。

 今の状況で聞き出すのは難しいだろう。なら、なんとかベタとガマを無力化するしかない。
 ガルムは風魔法の魔力を拘束されている手足に纏わせた。空間を歪める魔力は鎖の魔力に干渉し、反発し、バチバチと火花を散らせて振動した。

 バチン!火打ち石を叩いたような一瞬の炸裂音が鳴り、同時に手足を縛っていた鎖を弾き返した。
 魔力による力技。小細工抜きに、内側から風を発生させて無理やり解除したのだ。
 魔法使いでも簡単にはできない使い方。しかしベタとガマにとっては想定内だったのか、怯むことなく振り解かれた鎖を自在に操り、手元に引き返す。
 強力な力を持つ者同士が睨み合った。空気が震える。

「幼児虐待とか言うなよ。コイツは指導だ」

「黙れ若造」

「犬が竜に楯突くな」



「キュルルルゥアアアアアア!!」

 甲高く、喉を回転させるような独特の鳴き声がサエラを迎え撃つ。
 獰猛な蛇の牙は毒を注入させるために長いのではなく、肉を食いちぎるために長かった。
 綺麗に並んだナイフ状の歯が並んだ口が大きく開く。四つ足をバタバタと乱暴に動かし、暴走列車のように粉塵と瓦礫を飛ばしてウーロが突進してきた。
 馬より早い。だが、サエラの動体視力はウーロの動きを正確に見切っていた。

 左前足が動くと右の後ろ足が動く。それを今度は肩と腰の力で固定して、さらに右前足をと左後ろ足を前に出す。
 胴から腰はアーチ状に膨らみ曲がっていて、腹が擦れないように上に引っ込めている。
 尻尾はズルズルとひきづっているが、これは速度を安定させる重りであり、走る向きを決める舵でもあった。
 爬虫類、主に陸上のトカゲが用いる疾走だ。これはドラゴン特有という動きではない。

 サエラは知らない事だが、ドラゴンと呼ばれても、姿形は爬虫類の特徴があるだけで統一性はない。
 馬のような姿をしていたり、哺乳類のように手足が下向きに生えていたり、蛇のように手足がなかったり、前足を使って下半身を引きずったりなど。
 ウーロはたまたまトカゲ型のドラゴンであったのだ。それはサエラにとって幸運だった。大型の爬虫類を相手にするのは、何も初めてのことじゃない。
 サエラは正面からウーロに特攻するが、避ける気配を見せずに足だけを動かした。

「ウーロ!」

「ジャァァァァァア!!」

 立ち向かうサエラを喰おうと、ウーロは牙を剥いた。


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