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第2章〜不死編〜

第121話「竜王」

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 ともかく、我はすごくイライラしていた。プーレを傷つけ、身勝手な振る舞いをするぽんすけに‥‥‥ではない。
 ぽんすけの所業にイラついたのは事実だが、本当にムカついた原因は、竜に成り上がろうとする考えに対してである。

 シオンたちと暮らしていて、随分と性格が軟化してきたと思う。が、どうしてか導火線に火をつけられたようにぽんすけの語る夢に腹が立ったのである。
 竜としてのプライドか。
 最低かもしれないが、下等生物が上位生物への成り上がりが気に食わないのだろうか。自分でも、なぜここまで激怒しているのかがわからない。
 とりあえず今しがた生えたアフロを脱ぎ捨て、ぽんすけを睨みつけた。

「は!ちょっとは戦えるようやな!けど、ワイの方が長ーく生きてるんや!経験ならこっちが上やで!」

 ぽんすけは吐き捨てるようにそう言い放ち、丸い身体を両手で押しつぶしたゴムボールのように縮めると、一気に身体を伸ばして飛び上がった。体をバネのようにして跳ねたのか。そして、その後の攻撃の狙いは明らかである。

「つ~ぶ~れ~ろぉお!」

 思った通り、自身の体重を利用して我を押し潰しにきた。バカめ。経験ならこちらが上だ。アホ。

「むん!」

 ぽんすけと同じように、我も身体を縮める。違うのは体のバネを使うのは胴の肉ではなく、足という事だ。
 思い切り地を蹴りってぽんすけの落下攻撃を避ける。だがぽんすけはこの程度想定済みらしい。

「避けるのはわかってたでぇ!喰らえや!」

 そう叫び、顔を回避した我の方を向くと口を大きく開けて、巨大な白い塊を吐き捨てた。
 粘質の高い物質らしく、球体状に放射されたが形をほとんど保ったまま、液状化率が高い一部を撒き散らしながら我に迫ってくる。
 空中では回避は身体をひねるしかないが、そもそも我以上の大きさの球体である以上避けるのは難しい。かといって地下室というスペースの小さい場所では翼を動かすこともできん。
 仕方なく、我は謎の球体を破壊しようと火炎のブレスを吐いた。

「アホーが!引っかかったな!」

 嘲笑いを含めたぽんすけの発言に反応するまでもなく、変化が起きた。炎のブレスを球体に当てた瞬間、まさに火に‥‥‥否油に火を入れたように爆発したのである。
 もはや比較ではなく事実である。球体の正体は油の塊であったのだ。炎を加えれば、より苛烈に燃え盛るのは当然。

「ぐっ!」

 熱ではなく、衝撃が我を襲った。膨張した空気が拳のように殴りかかってくる。吹き飛ばされた我はベタとガマの位置まで戻された。
 足の爪を剥き出しにしてガリガリと削りながら着地する。

「はっはー!大したことないなぁ!コイツはオマケやで!」

 顎と腹、爬虫類における鱗の薄い弱点部分に新たに棘を生やし、それで腹部を覆ったぽんすけは身体を丸めてボールのように転がってきた。
 高速回転しているおかげか、あたかも全体にトゲの生えたボールみたいにも見える。
 先程は簡単に壊れたトゲだったが、今では地面を荒く削っている。当たればひとたまりもないだろう。
 避けようと足に力を入れるが、何故か力が入らない。それどころかズルッと滑ってバランスを崩した。
 まずい。

「ウーロ殿」

「失礼する」

 ベタとガマが左右に我の横に立ち、互いが我の両手を掴むとぽんすけのローリング攻撃が来る前に引っ張って避けさせてくれた。
 我らが立っていた場所でぽんすけはギュルギュルと回転速度を引き上げ、溝にハマった馬車の車輪のように同じ場所を回転させ続ける。
 重点的にすりつぶし、確実に命を奪うつもりだろう。ぽんすけという名前に反して、その性格はかなり冷酷のようだ。

「まだ身体が慣れていない」

「体の変化についていくのは大変」

「す、すまぬ二人とも」

 身体が4、5センチ大きくなったのか。いざ動こうとすると身体がうまいこと反応してくれない。
 竹馬に乗ったような感覚だ。急激な肉体の成長が、操ることを阻害している。
 竜になったときは容易に動けたのだが、あれは骨格ごと変化したからか。大口叩いてこのザマは情けない。

「よーワイの攻撃を避けたなぁ!けど次で終わりやっ!」

 我を引き殺せなかったことが分かったのか、ぽんすけは床を破壊しながら方向転換し、我の方へ再び突進を始めた。
 我が邪魔しているせいでベタとガマも思うように動けないだろう。
 ブレスで迎え撃つか。そう思って口内に力を入れると。

「メアリー!」

「承知している!《ロックウォール!》」

 横からサエラとメアリーの声が聞こえてきた。メアリーがフィールドに巨大な壁のような岩石を出現させ、その影をサエラが掴むとハンマー投のように振り回し、岩石をぽんすけの横側にたたき込んだ。
 その瞬間ぽんすけの身体がぐちゃりと曲がり、運動を阻害されたタイヤは岩石に押されるままに横に吹き飛ばされた。

「おがぁ!?」

 完全に警戒の範囲外だったのだろう。モロに喰らい、一撃で吹っ飛ばされた。
 サエラとメアリーの援護に礼を言おうとすると、瞬時に我の身体を緑色の魔力が包んだ。
 さっきの爆発で焦げた鱗や、熱では浮き出た血管が見える皮膚が魔力に覆われて、代替になるかのように傷を消して体に吸収されていく。
 シオンのヒールである。

「今、わたし!最っ高にヒーラーっぽくないですか!?」

 そうだね。

「貴様。蜥蜴如きが竜に成り代わろうなどと」

「無礼」

 続いてベタとガマが攻撃をまた仕掛けた。だが、今度は鎖を蜘蛛の巣を張るかのように撒き散らし、その先端にある武器をブンブン振り回しながらぽんすけに接近していった。
 岩に殴られ、さらには自重を支えるのも難しいぽんすけは起き上がることに苦労していた。

「に、ニンゲンどもめぇ、ワイを、ワイをなめんなや!」

 ぽんすけの感情がスイッチになったかのように、額のマークが煌々と点滅し始める。その様子に異質な気配を感じたのか、ベタとガマは攻撃を中止し、左右に散った。
 二人の判断は正しかった。ぽんすけの魔力が突如急増し、腕が体より数倍大きくなってベタのいた場所を叩き潰した。

「はー、ははは!これが竜王の力やで!驚いたか!」

「な!?急にでかくなったんですけど!」

「変異魔法?いやもっと時間がかかるはずだが」

「キモ」

 それぞれがそれぞれの感想を抱き、なぜかベタとガマは無言に、しかしかなり不機嫌そうにぽんすけを睨みつけた。
 が、一番の感情に変化があったのは我だった。
 急激に変異した腕。感情に身を任せ、より強力な力を得る。ぽんすけはどんどん、歯止めが効かなくなったように溢れ出る力に身を委ねている。
 片腕も、変異した腕に近づこうと巨大化していく。

「い、いかん」

 どこか。いつの時代か。眠っていた我の記憶が不安を煽った。具体的に何がいかんのか、それもわからない。
 ただ、力を求め、ひたすら変異していくぽんすけの姿に禁忌にも似た考えが頭を埋め尽くしていく。
 止めなければ、止めなければ!まるでかつて自分が経験したことがフラッシュバックしたようにも思える。

「やめんか!!今すぐそれをやめろ!」

「やめる?バカ言うな。ははは!ワイは最強や!!」

 酒に酔っているようだった。ぽんすけは笑いながら力の上昇の快楽を味わっている。
 イライラしていた苛つきが、その姿を見て臨界点を超えた。頭の中の血管が弾けたのを感じた。
 今までに無いほど、デカい声で我は叫ぶ。

「やめろと‥‥‥言っているだろうがっ!!!」

「っ!?」

 ギラリと、我の額の紋様が光った。それに睨まれた瞬間ぽんすけはぴくりと動きを止める。
 恐る恐ると瞳だけを我に向け、ひぃと悲鳴を出して後退った。
 ぽんすけの目には恐怖の感情に染まっていた。しかしそれは我に対してではない。我の額のマークに恐怖していた。
 ガタガタと小さく身体を震わせ、ぷよぷよと脂肪を揺らす。

「あ、あぁっ‥‥‥う、嘘や。なんで、なんでお前がっ!?まさかおお、お前が‥‥‥ウロボ」

 何かを言い掛けた次の瞬間、ぽんすけの身体が空気を入れ過ぎた風船のように破裂した。
 グロテスクに内臓が飛び出たのではなく、火薬に火をつけたように爆発したのだ。
 周囲に肉を焼いた焦げ臭い香りが漂う。粉塵が朝方の霧のように空気の中を泳ぐ。
 そしてその霧の中に小さなシルエットが二人、佇んでいた。二人は片手ずつ持ち上げていて掌をこちらに向けていた。ぽんすけを背後から不意打ちしたのだろう。
 手には微小な魔力が溜まっていた。

「「《ブラッド・ボム》」」

 ベタとガマだ。どうやらぽんすけのトドメをさしてくれたらしい。
 ぽんすけが消し飛んで、周りには安堵の雰囲気が立ち込める。しかし我は心の中の焦りを感じずにはいられなかった。
 自身の掌を見る。さっきまで見覚えのない怒りが我の中を支配していた。
 我じゃない、誰かの怒りが乗り移ったかのようだった。
 ‥‥‥この記憶はのだ?我なのか?

「なんだったのだ‥‥‥今のは」

「ウーロ、またアフロになってる」

 だからうるさい。


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