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第1章〜ウロボロス復活〜

第51話「」

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「あたし、ウロボロスにひどいことして‥‥‥」

「?‥‥‥うん?」

 まさかカスミが勇者で、ウロボロスである我を襲ってきたなど知りもしないだろう。サエラは依然と意味がわからないという表現を浮かべたまま疑問符を顔に貼り付けていた。
 我は二人の間に入り、話を変えることにした。

「あぁその件については後で説明する。それよりサエラよ、どうしたのだその格好。一体何があったというのだ?」

 今話したところで長くなる。別の機会にじっくりと話すとしよう。それにこちらの問題は解決済みだが、サエラの方は現在進行形であるようだし、優先すべきはそちらだろう。
 我が尋ねると、サエラは無表情だったいつもの顔を一切見せず、焦りを浮かべたまま教えてくれた。

「皇国って国がウーロを狙ってて、姉さんが攫われた」

「何?なぜ、なぜシオンが」

「たぶん竜の巫女姫だから、情報目的」

 なんということだ。我のせいでシオンまで巻き込んだというのか。
 いや、シオンだけではない。この様子からしてサエラも皇国とやらの連中に襲われたのだろう。

 くそ!我が、我が腑抜けた選択ばかりしてたから‥‥‥シオンたちから離れたくないとか、そんなことなど考えずにとっくにこの村を出て行くべきだったのだ‥‥‥!!
 ギッと奥歯を噛み、手を力強く握りしめる。爪が食い込み血が滲むが、どうでもいい。
 我は、我は本当に馬鹿者だ!

「シオンは、たぶん、ウロボロスの洞窟にいる」

 カスミが小さく呟いた。そのことに我とサエラはパッと彼女を見つめた。
 そうか。カスミは皇国の勇者で、その仲間の計画を知っている。シオンの居場所を知っているということだな!
 暗く落ち込んだ感情が上向きに浮かんだのを感じた。まだ間に合う。取り返しのつかない事態になる前に、シオンを救い出すのだ。
 我がシオンとサエラと別れるのは、シオンを助けた後だ。責任は必ずとる。

「なんで、知ってるの?」

 サエラが疑問を投げかけた。そりゃそうだ。サエラはカスミが皇国の一員であることを知らないのだから。流石の我もどう弁解しようか迷った。

 この件については、我が後々に説明しようと思ってたのだが‥‥‥カスミが反省してるといっても、サエラには関係ない話である。大事な姉妹に危害を加えられて、血管が破裂しないわけがない。
 とりわけサエラはキレたら収集つかないし。

 しかし、カスミは言いづらそうに口をもごもごさせつつも意を決したように息を飲み、勇気を振り絞って答えを出そうとした‥‥‥その時だった。

「カスミ。貴様、何をしている」

 ゾォッと背筋が凍った。低い男性の声。中年くらいか、男はローブに身を包み、巨大な大剣を片手で持ちながら森の中から出てきた。
 ひどく異質な気配がする。魔力が相当ある。それこそ、ガルムの仲間のオカマ男であるゴードンと比べても劣らぬくらいには。
 男を見て、サエラは睨みつけた。

「お前っ」

「なんだ?知り合いか?」

「姉さんをさらった奴」

「‥‥‥なんだと」

 ということは、こやつが皇国の兵士で、カスミの仲間か。
 実力はいわゆる、人間でいうところのAランカークラスといったところか。サエラも、我も太刀打ちできる相手ではない。
 間違いなく、奴は皇国の人間だ。そして敵である。
 男は不機嫌さを隠す努力もせず、怒りを滲ませた口調で話しながら我らに近づいてくる。

「その小さいのが目的の竜だ。早く殺せ。それか眠らせて捕獲しろ」

「‥‥‥いやだ」

「何?」

 カスミが反発したことに、男はさらに機嫌を悪くした。おい、無理をするな。最悪我が大人しく捕まれば、誰も傷つかずには済む。
 が、カスミは強く男をにらんだまま敵意を止めない。

「貴様、皇女様への恩義を忘れたか。あの方のお陰で異邦人である貴様はこの世で生き延びれたのだぞ」

「いやだ。もう誰にもひどいことはしたくない!」

「いいから殺せ。どれだけ計画が狂っていると思っている!」

「ウロボロスはあたしをたすけてくれた!手を握ってくれた!辛かったって、もう大丈夫だって慰めてくれた!とっても優しい人!こんな優しい人、傷つけたくない!!」

「チッ。懐柔されたか。ガキめ、もういい私がやる」

 男は舌打ちをすると、手に持った大剣の剣先を我に向けた。そして、そこに尋常ではないほどのエネルギーが集約されていくのを我は見てしまった。
 やばい。この男、ハッタリやカスミのように手加減などしてこない。一発で我を仕留める気だ。
 しかもここにはサエラもいる。我は慌ててサエラを庇うために前へ出た。

「ま、待ってくれ!我が目的なのだろ!?降参する。だから手荒な真似はしないでくれ!」

「ウーロ?」

 後ろでサエラが戸惑った声を出したが、今は反応してやれない。男は我を怪訝そうに見下ろしながらも、剣を降ろしてくれた。

「随分と物分かりがいいな。だがな、だからこそ怪しい。本当に大人しく捕まる気はあるのか?」

「頼む‥‥‥この子たちだけは、シオンもサエラも無関係なのだ。だから‥‥‥」

 頭を下げて頼み込む。男は剣を下げたまま、ゆっくりと我の方へ歩み寄ってくる。足音が聞こえる。
 ホッと息を吐くも束の間。まるで嘲笑うかのような下品な笑い声で、我は男を再び見上げた。

「ダメだな。お前が良くてもその娘が諦めないだろう。不安要素は、今のうちに排除する」

「き、貴様っ!!」

 くそ、やはり外道に何を言っても通じはしないか。どうする!?我はまたエネルギーが溜まり始めた剣先を見ながら必死に考える。
 魔力もない。力もない。この場を切り抜ける知恵も口もない。

 あぁ、我はこんなに‥‥‥こんなに無力だったのか。大事な存在も守れない。自分の身すらも。
 力があった頃でもそうだ。我はいつだって勇者に負けてきた。人生の負け犬。我は一度だって勝ち上がったことがない。
 助けてもらってばかりで、我自身にはなんの力もない。きっと、きっとこれは‥‥‥。

「あぁああああああっ!!!」

「っ!?」

 我が完全に諦めていると獣の雄叫びのような声と、感じたことのあるエネルギーが迫ってきたのがわかった。
 カスミだ。カスミが剣に重力魔法を集中させ、それを男に解き放ったのだ。
 男は完全に不意を突かれる形でカスミの攻撃を受けた。だが男も相当な実力の持ち主。カスミの放った斬撃に反射的に反応し、剣先のエネルギーをギリギリで放出した。

「ぬぅ、裏切り者が!『ホワイトジャベリン』!!」

 剣から光でできた槍が放たれた。が、カスミの斬撃に当たることはなく、すれすれで避けられた。
 三日月状のエネルギーの集合体は真っ直ぐ男に向かっていき、その頭に着弾した。
 音もなく、男の悲鳴もなかった。斬撃は一瞬で男の頭を消滅させると役目を終えたかのように消え去った。

 いくら実力が高くとも、頭を失っては生きていける人間はいない。男はゆらりと少し揺らぐと、仰向きで倒れたこんだ。血が雨で流され、川を作る。

 ほんの一瞬の出来事で、我はポカンとしていたが、すぐに助かったのだとわかった。
 よ、よかった。終わったかと思った。我はカスミにお礼を言うために、彼女の方を見上げた。

「カスミ、助かった。ありが‥‥‥」

 そこから先の声は出なかった。言ったところで伝わらなかっただろうが。
 カスミの目は虚空を見ていた。我を襲ってきた時のような無機質な目。だがそこに意思は感じ取れない。
 ゆらゆらと左右に少しだけ揺れ、動きは血を流した。

 カスミの頭の、半分が無くなっていた。あの男が放った魔法が、当たったのだ。

「カス‥‥‥ミ?」

 我は何が何だか分からなかった。カスミは糸を失った人形のように力を失うと、後ろに向かって倒れた。
 彼女の後ろは、彼女の魔法によってできた地割れの崖と、その底は濁流が流れていた。
 我は手を伸ばすが、当然のように握り返してはもらえない。虚空を掴んだ我は見ることしかできないまま、カスミは崖下まで落ちていった。


「カスミ!!」

 ドボンと水と空気と、落下物の混ざった音がした。我は慌てて飛び込もうと体を投げた。が、すぐに身体が捕まれ身動きが取れなくなった。
 カスミの後を追おうとする我を、サエラが掴んだのだ。

「ウーロ!何してるの!やめて!」

「離せ!離してくれ!カスミが落ちたのだ!助けなければ、助けなければ!!」

「助けるって‥‥‥」

「あの子は一人ぼっちなのだ!このままでは誰にも救われん!あの子は我だ!人と出会えなかった我だ!だから我が助けてあげないと!!」

「ウーロ!!」

 サエラが大きな声で怒鳴った。聞いたこともない音量に我は動きを止め、サエラは震えながら言い聞かせるようにゆっくりと喋った。

「あんな怪我して‥‥‥生きてなんかないよ」

 ‥‥‥、くそ、くそ、くそ、クソが!!

「うわあああああああああっ!!!」



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