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第1章〜ウロボロス復活〜

第49話「ひとりぼっち」

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「うおわあわわわっ!!」

 カスミの魔力は洞窟はおろか、地表にあるすべての物質を包むとそれを圧倒的な暴力のエネルギーへと変換した。
 土が押しつぶされ、石のように凝縮していく。逆にある程度の強度を持った地面や岩などは粉々に砕けていく。
 しかし破壊されたものは落ちず、むしろ水から湧き上がる空気の気泡のように浮かんでいく。

 完全に洞窟が破壊され、我らは地上に浮き出た。地面が真っ二つに割れ、幾度も地割れを引き起こす。周囲の物が川を泳ぐ魚のように飛び交う。カスミの魔法だが、間違いなく暴走している!

 ちょっと前に食らったブラックホールとやらを作った空間に似ているが、先のと違うのは、カスミの支配領域の範囲内の物質が中心に引き寄せられないということだ。
 単純に魔法の中が無重力空間となっているのかもしれない。

 が、全く害がないと言うわけではないようだ。現に土やら小石やらが圧縮され、塊になったり粉砕されたりしている。
 不安定な空間だ。目には見えんが、ある一定の条件を満たすとあぁなってしまうのだろう。あんなの喰らったら我なんかペシャンコだぞ!

「カスミ!悪かった!すまん!ここお主の夢!ドリーム!だからこの空間を解いてくれ!」

「どうしよう、どうしよう、これで最後だと思ってたのに」

「うんお主全然話聞こえてないのね!」

 我の声が届いていないらしい。独り言を口ずさむだけで、魔法を止める気配が一切感じられない。
 一体彼女の中で何が根深く突き刺さっているのだろう?この世界を夢だと思い、魔法や魔物がいることを不自然だと信じ込んでる。

 目を覚ます?自分が我に倒されることで?カスミにとってこの世界は夢で、自分が死ぬことで夢から覚めるのと言いたいのか?訳がわからん!

「ぬおおおおおおおおっ!!」

 我はカエルが水中を泳ぐようにしながら無重力空間を進む。向かう先はカスミだ。今は無意識に魔法を発動してるだけだろうから、距離を詰めるのは容易なはず。
 実際、近づけた。

「カスミ!おい!」

 彼女の肩を掴み、グラグラと揺らした。刺激を与えたことで、カスミは我の姿を認識したようで、目を見開きながら見上げてくる。
 目は真っ赤で、泣いていた。

「帰りたい‥‥‥お母さんに会いたい。あたしを殺して。ねぇ、ねぇ」

「どう言うことだ。お主はどこに帰りたいのだ!?」

「日本。ここじゃない別の世界」

 にっぽん?なんだ?聞いたことがない。それに別の世界だと?そんなものが存在するのか?
 信じがたい。今までの常識を覆すようなとんでもない発言だ。この世界とは別の異世界があるというのか?

 だが嘘をついてるようには見えん。とういうことはこの子は異なる世界からやってきて、帰りたがっている。

「あたしは勇者で、だからすごく強くて、だからもっとあたしより強い人じゃないといけないの。魔王とか、違う勇者とか、竜王とか」

 我の両頬を包むように、カスミが触れてくる。藁にもすがる、という表現が最も合うほど悲痛な表情。我は自分の命の危険も忘れて叫んだ。

「だめだ。死んだとして、そのにっぽんとやらには帰ることなどできん!ここは夢なんかじゃない!」

「あたしね、ひと、殺してるの。人を殺すことって悪いことだよね?でも、夢の中だから平気なの」

 引きつった笑みを浮かべながら、カスミはそう言う。
 それを見て我は確信した。そうか、やはりこの子は悪い奴ではないのだ。善良と言っても良い。

 この子は罪の意識に苛まれている。
 心の底ではわかってるのだ。夢ではないと。自分が悪事をしたことに強く後悔している。
 信じたくないのだ。認められないのだ。だから思い込みをし、自分に嘘をつき、それが事実であると言い聞かせた。
 強大な力を持つ者は利用される。彼女は力を持っていたが、心が弱かったのだ。そして、きっと誰も助けてはくれなかった。

「終わりにすれば、死ねば終わるから、そうすればあたしの夢も終わって、全部元どおりだから」

 本当にそう思ってるのか?カスミ。お主は、本当に?

「だからお願い。こんなこと、あたしを倒せるのはあなたくらいしらいないの」

 違う。死にたい奴はこんなことなどしない。死を恐れず、生を投げ捨てたい人間はこんなに必死になったりしない。
 自身の生きる世界を夢だと思い込んでいるなら尚更だ。怖がる必要がないのだ。
 そう、この子は怖がってる。死ぬことにも、生きることにも、何もかもが恐ろしくてたまらないのだ。

 そもそも、戦って死ぬなら我でなくても良いだろう。それこそ魔王でも良いはずだ。
 死にたいんじゃない。欲しているのは生からの解放ではない。

「おねがい、おねがいだから‥‥‥」

 助けて欲しい。たったそれだけ。誰かに手を差し伸べてもらいたいのだ。
 たった一人で、誰にも擦り寄ってもらえず、強大な力を他者に利用される。信用できる人など誰もいない、ひたすら冷たいだけの孤独。

 あぁ、そうだ。そうなのだ。この子は我だ。あの時、シオンとサエラに抱きしめられなかった我なのだ。

『ウチに来ます?』

 飢餓に苦しみ、なぜ我がこんな目に遭わなくてはならんのかと悩み、湧き出る暗い感情から逃れるために誰かも知らん他人に憎しみを向ける。
 きっと、あの時二人に出会わなければ、我は世界を呪っていた。また同じ生を繰り返すところだった。あれは、我の分岐点だったのだ。
 我は歯をくいしばった。

「カスミ!よいか、ここは現実。お主は異世界におる!」

「‥‥‥!?」

「魔法も、魔物も、何もかも実在している!お主は一人この世界に迷い込んできたのだ!」

「ちがう、ちがうよ」

「お主はここにいる!お主の人生は偽物ではない!!」

「やだ、いやだ‥‥‥っ!!」

 カスミの魔法がさらに不安定化する。宙に浮き、支配領域にある物質が問答無用に圧縮されていく。
 大地がさらに砕け、どこかの川に当たったのか、あるいは地下水脈が地表に浮き出たのか、物凄い濁流が割れた大地の隙間走り出した。
 嵐の大雨も相まって、怒り狂った龍のような轟音がする。まるでカスミの感情を表すように。
 だが負けるわけにはいかん。いかないのだ。

「我は偽物か!?お主を掴むこの手は、まがい物なのか?どうだ!我の手は、触っていてどう感じる!?」

「‥‥‥まるくて、ちっちゃくて、つるつるしてて、あったかい」

 そう言うと、カスミは大粒の涙を目元に浮かべた。虚ろだった目がハッキリとし、まっすぐに我を見た。カスミは、初めて我をまともに見た。

「どうしよう、どうしよう、あたし、悪いこと、いっぱいした。たくさん、たくさん」

 前髪の隙間から見える目は、潤いがあった。やっと夢から覚めたような、ハッキリと意識が浮かんでいた。
 涙が溢れる。

「お主はどうしたい?どうなりたい?」

「帰りたい。お母さんに会いたい。でも、もう帰れない。あたしは、どうしたら、どうしたら、わかんない。わかんないよぉ‥‥‥」

 そうだ。わかんないのだ。何をしたら良いのか、状況を変えるにはどうしたらいいのか。一人じゃわからないのだ。逃げ道が見つからない。頼れる相手などいない。
 だから殻にこもる。何をしても無駄だ。なら塞ぎ込んで、現状を維持するほかない。
 誰かに救われないと、そうなるのだ。だから、だから、我は大きく息を吸い込む。


「大丈夫、我がお主を救ってみせる!!」

 
 川の轟音なんぞに負けないくらいの大声で叫んだ。
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