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第1章〜ウロボロス復活〜

第33話「傾きの始まり2」

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 ウーロが屋根から落下し、安らかな失神ねむりについている頃、グロータルの姿はとある一軒家にあった。
 レッテルの建物はみな古いのだが、それらよりはるかに歴史を感じるほど老朽化が進んだ家がある。
 家の中は魔法を施された札を張り巡らせており、時折それが小さな紫電を放つ。
 ピカリと光った小さな電気が、グロータルの白髪を暗闇に浮かす。

「一体何を言っている?」

 グロータルは暗闇の中、不気味に引き攣るような笑い声を漏らす老婆に、そう尋ねる。
 揺れる炎の光に影が連動するように、振り返った老婆は幽鬼じみた動きだった。

「だから、何度も言ったじゃないか。ウロボロスだ‥‥‥あのウロボロスが蘇ったんだよ!」

 ウロボロスは、言わずもがなこのレッテルに伝わる伝説の古竜であり、世界に名だたる魔物の王の一角、竜王として知られるドラゴンの名前だ。
 もしウロボロスを知る者がそれを聞けば、たちまちに震え上がり、世界の終わりだと嘆くだろう。

 魔王、獣王、そして竜王。この世を統べる三大王の1匹。その強さは軍隊でも赤子のように捻られ、勇者でしか太刀打ちできないという。
 常に人間を憎んでいて、復讐の憎悪に燃えている破壊の化身。それが神話に伝わる竜王の姿なのだ。

 だが老婆にはそんな様子は見られない。むしろ復活が喜ばしいと、歓喜に満ちていた。

 なぜなら彼女は竜の巫女姫メリーア。ウロボロスの秘密を知る者の1人であるからだ。
 ウロボロスは巨万の富を生む。金のなる木でしかない。

「ウロボロスの素材は強力な兵器の材料になるだけじゃない。不老不死の薬、竜の力を得るための儀式の装飾品。果てには新たな生物を創り出すこともできる悪魔の魔道具にもなる」

 さらにメリーアの顔が歪む。

「あたしたちのすることはたった一つだよ。大国に情報を売るのさ。そうすれば国から支援金を受け取ることができる!またあの頃の暮らしができるようになるんだよ!」

 メリーアの言うあの頃とは、まだウロボロス100年周期で復活していた時代のことだ。
 かつてレッテルは竜の巫女姫の力を使い、復活を果たしたウロボロスの情報を王国や帝国に売り渡してきた。

 ウロボロスの素材は魔王に対抗するための強力な武器に加工された‥‥‥が、実際はそれだけじゃない。
 人間同士の戦争に備えた強力な広範囲破壊兵器の素材にも使われたのだ。
 それらは非常に強力な兵器で、実際には強力すぎて使われないような代物だが、抑止力としては十分すぎる効果を発揮した。

 どれだけウロボロス兵器を所有できるか。
 過去の時代は、国の強さを表すためにそういった競争が行われていた。より強い国になるためには、他の国よりも多くの兵器を持たなければならない。
 故に各国はより早くウロボロスの情報を得るために、レッテルに多額の支援金を支払っていた。

 集めれば国家予算クラスの大金。レッテルは辺境の地にある村であったが、その当時は貴族と大差ない豪遊することが許された毎日を送っていたのだ。

 メリーアはそういった時代を生きてきた。そして、その生活が破壊された時代も。
 ウロボロスが復活しなくなり、レッテルは今のような姿になってしまった。メリーアの中にあるものはたった一つ。あの生活に戻りたい。それだけだ。

「‥‥‥ウロボロスが復活?バカ言うな。一体どこにいるっていうんだ?言っておくが、巣はいなかったぞ」

 グロータルが誤魔化すように、すこしバカにした口調でメリーアに言う。
 彼女はギロリとグロータルを睨んだ。

「なぁにしらばっくれてんだい?シオンたちが連れてただろう!あれだよ!あの子竜がそうだ!」

「あれはただのトカゲだ。前みたいにシオンが勝手にドラゴンと言ってるだけさ。モグラを捕まえてグランドドラゴンとから言ってただろう」

 今この場にシオンがいたら、己の黒歴史を明かされのたうちまわっていただろう。
 が、今のメリーアにはそんなボケは通じることはなかった。苛立ち、発散するために机にあった文房具を乱暴に振り払って落とす。

「いいかげんにしな!アンタも本当は気付いていたはずだろう!?気付けないアンタじゃない!!」

「‥‥‥仮にウーロがウロボロスだとして、だからなんだと言うんだ?まさか国に売り渡すのか?」

「当たり前だろう?それ以外何をしろって言うんだい?」

  なにを当たり前のことをと、メリーアがグロータルを見上げた。ウロボロスの価値は、金にしてこそ上がるものだ。それ以外に有効な利用方法などない。
 グロータルは一筋の汗を流し、表情を険しくした。

「やめろ。また罪を重ねるつもりか?あの子たちからあいつを取り上げるつもりか」

「あの子たちもわかってくれるはずさ。賢い子なんだ。これから死ぬまで遊んで暮らせるんだよ?」

「いいかげんにしろ!」

 グロータルが異常なほど強力な威圧を放ち、鬼のような形相でメリーアを睨みつけた。並大抵の人間なら失神か、怯えて座り込むほどの気迫。
 だがメリーアは冷え切った目つきでグロータルを見ていた。まるで道具を見るような感情のない瞳で。それでもグロータルは構わず続けた。

「ウロボロスを利用してあの2人が喜ぶだと?そんなはずがないだろう!アレはもうあの子たちの家族だ!大切な存在なんだぞ!それをあまつさえ殺して剥いで、金にしようとするなど‥‥‥!!」

「たかが魔物1匹に、なにをそんなに熱くなってるんだい?」

 はぁと深いため息をついて、メリーアはグロータルから視線を外す。

「アンタが協力しないのはもうわかったよ。だけどね、それだけでもうあたしが止まらないと思ってるのかい?すでにとある国にしらせてあるんだよ」

「‥‥‥まさか」

「皇国さ。まだウロボロスの兵器を欲しがる連中が残っててね」

 厄介なとグロータルはギリィッと音が鳴るほど奥歯を強く噛んだ。皇国はウロボロスを最もよく狙っていた国だからだ。ウロボロスのことを知れば、血なまこになって手に入れようとするはずだ。
 今のウロボロスでは太刀打ちできない。

「通信の道具でもう知らせてある。ウロボロスが狩られるのも時間の問題だねぇ、ひひひ、あははははは!」

「お前は、あの頃から何も変わってないのか?自分が何をしているのか、わかってないのか?」

 狂ったように笑うメリーアを見て、グロータルは一瞬だけ怯える目をして一歩下がる。
 するとメリーアは笑っていた口をピタリと止め、見開いた目をグロータルへ向けた。輝きのない目は濁っていて、とてもじゃないが人とは思えなかった。
 魔物のような視線は、けれどもグロータルの心を確実に読んでいた。

「あんたも、あたしと同じだろうが。偽善者ぶるんじゃないよ罪人が」

「‥‥‥」

「止めたければ止めてみな。だからといって、あんたの罪が消えるわけじゃないからね」

 もう用はないと、メリーアは高笑いしながら暗闇の奥へと消えていった。
 グロータルはただ、顔を下げて床を見た。無意識に自分の手が血が出るほど強く握っていたことに気が付いた。

 俺も同じだ。その自覚は深くグロータルの心を抉りとる。そして無気力そうに振り返ると、外へ出て自分の家に向かって帰った。



 何事もなく家にたどり着くと、もう家の中には酔っ払いたちはいなかった。だいぶ前に宴は終わってしまったのだろうとグロータルは理解し、体を拭いて寝巻きに着替えるために足を動かす。
 それらも手っ取り早く済ませた後、なんとなくグロータルはシオンの部屋に赴いた。

 起こさないようそっとドアを開けると、部屋では変な顔で唾液を垂らすシオンと、抱きしめられ圧迫されて苦しそうに呻いているウーロの寝ている姿があった。
 魔法薬の効果が切れていてもう子竜の姿であるが、グロータルは人間モードの姿の記憶がないので割愛。

「‥‥‥」

 複雑な気分がグロータルに湧き出る。敵対していたエルフの子孫と、その本人であるウロボロスが別人として生き、子竜として仲良く暮らしている。
 本来ならウロボロスは全人類を憎み、それこそ神話のように恐ろしい怪物となってもおかしくはない。
 大罪を人類は犯したのだ。しかし、ウロボロスはそれを選ばなかった。

「おじさんどうしたの?」

「‥‥‥サエラか」

 気配なく近寄られ、振り返ると枕を抱いたサエラがグロータルを見上げていた。
 無意識の内に気配を消すことができるとは、我ながら末恐ろしい孫だなとグロータルは思う。

「どうした?」

「寒いから、姉さんの布団に入ろうと思って」

 そう言ってサエラはテコテコとシオンの部屋に侵入し、シオンとウーロの姿を視認して猫のような滑らかな動きで布団に潜り込んだ。
 もぞもぞと布団の中で動き、水中から出て息をするように頭を布団から出す。
 ウーロの背中が邪魔なのか、何度か頭を押し当てる。それで位置調整するとようやく満足したのか「すぅすぅ」と寝息を立てた。

 姉妹にサンドイッチにされたウーロはうーん、うーんと窮屈そうに「わ、われ、腸詰めちがう」と寝言を言いはじめる。

 その光景を目で収め、グロータルはソッとドアを閉じた。

「‥‥‥これじゃぁ、ダメなのか?」

 グロータルの足取りは、いつもより重かった。

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