ウロボロス「竜王やめます」

ケモトカゲ

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第1章〜ウロボロス復活〜

第2話「エルフの姉妹」

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「はぁ、はぁ、はぁ」

 ベヒモスウォールの麓にある村、レッテル。エルフとよばれる種族が暮らすこの村で、1人の少女が走っていた。
 運動に慣れていないのか足の動きは遅い。息も荒げている。歩けばいいのに彼女はそうしない。

 緑色の髪をふわふわと揺らし、それに連動するように一本のアホ毛がアンテナのように動く。
 幼そうな顔立ちであるが、その胸部から垂れ下がる二つの果実が随分と重いようだ。

「おや、シオン。そんなに急いでどうしました?」

 そんな彼女に話しかける1人の青年がいた。荷物を運んでいる最中なのか、手には木箱が抱えられている。
 シオンと呼ばれた少女は足を止めてブレーキを掛け、軽く息を整えながら返事を返す。

「はぁ、はぁ、カッサム兄さん!こんにちはっ!」

「はいはいこんにちは。そんなに急いで、どうかしました?」

 落ち着いた口調で話す青年、カッサムは金髪の隙間から細長い耳を見せた。エルフの特徴である。当然シオンにも長い耳が付いていた。

「実は、実は実はですね!すっごいびっくなニュースがあるんです!」

「へぇ、どんなニュースですか?」

「むふふん!内緒です!」

 ドヤ顔を浮かべながら胸を張るシオンに、カッサムは苦笑いを浮かべた。
 ニュースなのに教えてくれないのか。

「最初はサエラに教えるんです!それまでは秘密ですよ!」

「あぁ、なるほど」

 シオンの言葉にカッサムは納得して頷いた。
 サエラとはシオンの妹のことである。2人の仲の良さは村人みなが知っているほどだ。
 またいつものように、大好きな妹に構ってもらおうとしているのだろう。とカッサムは察する。

「むふふ、きっとサエラも驚きますよぉ!」

 珍しいものを見つけたか、行商人から面白い話が聞けたのか、とにかく妹と話題の共有がしたいらしい。体の端々が揺れ動き、興奮しているのが目に見える。
 飼い主を見て遊びたがっている犬のようだと、カッサムは口に出さず感想を思い浮かべた。

「それじゃ、また後で!」

「あまり急ぐと転びますから、気をつけなさい」

「平気ですよー!何年この村で生きてると思っぶふぅ!?」

 カッサムが注意した瞬間に、シオンは転んだ。顔面を強打した。カッサムの表情が固まり、シオンは倒れたままピクリともしない。
 絶対に痛いやつだ。見るからにいけない転び方をしたとわかるダイナミックな転倒であった。

 静止した時間の中、次第に倒れていたシオンがプルプルと震えだし、膝をついたまま両腕で上半身を持ち上げた。
 ゆっくりと振り向いたシオンの顔はトマトのように真っ赤で、目元には涙が浮かんでいた。

「‥‥‥パフォーマンスです」

「は?」

 ひねり出すかのように小さな声で放たれた言葉は、意味不明であった。脳内が疑問符で埋まったカッサムは反射的に聞き返した。
 いまだにシオンの顔は羞恥に染まった朱色で、言い訳するようにボソボソとセリフを吐く。

「パフォーマンスです。サーカスとかで、スタントマンがすごい格好で飛ぶじゃないですか。あれの練習です」

「‥‥‥そうですか」

 子供の言い訳に大人の返答。

「気をつけてくださいね」

「はい、気をつけます」

 カッサムの注意にシオンは静かに答えた。今度は走りではなく、ゆっくりとした歩行で目的地へ向かい始める。
 おてんばな少女に、青年は見えなくなるまでその背中を見続けた。また転ばないか心配そうに見張りながら。


 すこししてシオンがたどり着いたのは一軒の古い家だった。ボロいといった雰囲気ではなく、単純に作られてから時間がたったというだけだ。
 何度か修理された跡があるが、気になるほどではない。むしろ小さな村であるレッテルでは、こういった建物が普通という認識である。
 長寿であるエルフは出生率が低く、基本的に爆発的に人口が増えることはないのだ。

「ただいまーです!」

 勢いよく扉を開き、シオンは大きな声で帰宅の挨拶を告げる。ここはシオンと家族の家だった。なので無遠慮でドタドタと慌ただしく床から音を鳴らし、目的の人物のいるであろう部屋に直行する。
 ドアノブに手を掛けると、それは抵抗なく捻ることができた。鍵はかかっていない。つまり中に人がいる。

「サエラー!サエラ!サエラサエラサエラ!」

 ドタン!と大きな音を立て、扉を開く。部屋の中はこれといった特徴的な家具はなく、必要最低限しかないという印象を受ける。
 だがよく見れば棚に弓が立て掛けられていて、近くには刀を手入れするための道具があった。

 見た者は思わず武器庫かと思ってしまうだろうが、残念ながらここで生活している人物がいた。つまり武器庫ではない。
 短く切られた灰色の髪に、細身の体。目は鋭く眠そうに半目となっている。一見少年のように見えるが、シオンを見つめて言い放った声は低いが、間違いなく女性のものだった。

「姉さん。まずノックしてよ」

 そっけなく冷たい声だが、それがデフォルトであり、鋭い目も別に睨んでるわけじゃないのを知っているシオンは怯まない。
 そんな彼女は今、毛布に包まっていも虫のように寝転がっていた。外で活発に走り、精神状態も高まっているせいかシオンは気がついていないが、気温はそれなりに低かったりする。

 今日は外に出る予定がないのだろう。サエラは寒さから逃れるために部屋で体を丸めていた。

「びっくニュースですよサエラ!びっくニュース!」

「無視しないで」

 妹の小さな抗議など耳に入っていない。いつものことで、平時はキチンと話を聞くので「あぁまたか」とサエラはシオンの状態を一瞬で把握した。
 そして毛布を引っ張り、体全体を中へ入れる。

「はいはい、イエティはいる」

「違いますよ!いつの話してるんですか!」

「一週間前」

 そう言ってついに顔も毛布の中に潜ってしまった。まるで亀である。
 実はシオンは好奇心が強く、旅人や行商人から聞いた胡散くさい情報ネタなどが大好きなのだ。
 本人曰く、ロマンがある。ということらしい。しかし姉とは対照的にリアリスト気味のサエラからしたら「1人でしてくれ」といった気持ちが多少ある。
 一週間前はイエティ探しに山へ向かった。もうごめんである。

「今日は寒いから出たくない」

 毛布の中からもぞもぞとそんな声が聞こえてきた。
 このままでは本当に寝てしまうと思ったシオンは、サエラから毛布を剥がそうと掴んで引っ張る。だが篭った亀も甲羅を手放さまいと抵抗する。

「違いますー!イエティの話題はもう終わりましたぁ!」

「じゃぁえいりあん?キャトった?」

「キャトルミューティレーションです!何ですかその略し方!」

「トイレにおかっぱの女の子が」

「ハナコさん!ハナコさんです!」

「雲の中にお城が」

「違いますってええええええ!!」

 盛大なツッコミを入れ、シオンは根菜を引き抜くが如く腕の力でサエラから毛布を引き剝がした。
 中にいた丸まった妹の姿があらわになる。サエラは不満そうに唇を尖らせた。

「私の皮膚返して」

「何が皮膚ですか!なわけないでしょ!」

 奪い取った毛布を高速で折りたたみ、タンスの中に放り込む。サエラは未練がましく「あぁー」と悲しく呻いた。

「‥‥‥もう、今度はなんのブーム?」

「ブームって言い方やめてくれません?」

 サエラはめんどくさそうにしながらも、あぐらをかいてシオンを見上げた。なんだかんだ言っても、最終的に折れるのがサエラだった。
 別に実は楽しみにしていたとかは一切ないのだが、姉の無邪気な笑顔を見ているとしかたないなぁと思ってしまうのだ。はたしてどちらが姉なのか。

「ふふふ、わたしには特殊な魔法があることはご存知ですね?」

「頭にお花畑咲かす魔法だっけ」

「わーいメルヘンチック。脳内麻薬ではっぴーですね。カケテアゲマショウカ?」

「いらない」

 迫るシオンの視線から逃れるため、プイッとそっけなく顔を背ける。
 魔法とは、数少ない人間が扱える特殊な技術だ。何もない空間から火を作ったり、水を噴き出したり、風を生み出す。単純な自然現象の再現から複雑な方式まで、魔法とはつまり奇跡を強制的に引き起こす能力のことなのだ。
 そしてシオンは、その数少ない魔法使いでもある。

「《竜検知》ですよ!《竜検知》!わたしはドラゴンの参上を察知することができるんですよ!」

「輝け、わたしのドラゴンサーチ。キラッ」

「あのわたしの黒歴史を掘り出すのやめてくれません?」

 無表情でポーズを決めたサエラにシオンもまた、無表情で反応した。
 この魔法を習得した時、幼心にクリティカルヒットし、色々と痛い経験をしたのだが、それらをすでにシオンは記憶の彼方へ投げ飛ばしていた。
 今や思い出したいとも思わない。失うものが何もなかったあの時間へ戻りたい。
 そしてあんな恥ずかしいマネをした自分をぶんなぐりたい。

「まぁ‥‥‥いいです。どうでも」

「それで早い話、要はドラゴンが出たってこと?」

 虚ろな目をしたシオンに、サエラが話題を変えるためにそう問いかけた。
 シオンがその魔法について話すということは、つまり《竜検知》の範囲内にドラゴンが現れたということだ。

 《竜検知》はその名の通り、竜を見つけることができる能力である。
 ドラゴンは他の生物とは違う強力な力を持っている。その異質とも言える未知の力を探知し、発見することができるのだ。
 シオンはハッと目を開き、正気に戻るとグッと両手を握った。

「そう、そうなんですよ!これは伝説の、竜王ウロボロスが出現したに違いありません!」

 (出た。姉さんのファンタスティックドリーム。本日のテーマは村の伝承その謎に迫る)

 皮肉的な言い回しを脳内に浮かべる。一週間前のイエティブームも同じような感じだった。

「竜王って、700年くらい前のお話でしょ?なんで今出てくるの」

 ウロボロスが復活しなくなって以降、その伝説は時とともに廃れていった。
 特にウロボロスがいなくなってから生まれたエルフたちにとっては、その存在は神話や物語に登場する架空の存在という感覚が強かった。

 シオンとサエラはエルフだが、珍しくその実年齢と外見年齢が一致している16歳と15歳である。長寿のエルフは外見が20代に見えても、実年齢が100歳を超えてるなんてことはザラにある。
 それでも充分に若い方なのだが、さらに若い2人にとって大昔の神話など作り話以外の何物でもないのだ。

「きっと復活したんですって!地獄からこう、ゴゴゴって!」

「絶対ウソ。不死なのに死んでるって矛盾してるし」

 ごもっともである。

「ぐぅっ!で、でも《竜検知》に引っかかったのは本当なんです!」

「またトカゲとかじゃないの。昔、姉さんオオトカゲを岩竜ロックドラゴンとか言い張って飼ってたじゃん。次の日逃げられてたし」

「だーかーらー!わたしの黒歴史を掘り出すのはやめてくださいっ!」

 らちがあかない長い長い押し問答は、朝だった時刻が昼を超えるくらいまで続いた。

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