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一章

職場体験にいきませんか?2

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 階段を下り、着いた先にある扉を開けばそこはもう研究施設だった。
 扉はキィィと地面を擦り付ける音を立てながら、俺の見たこともない光景を見せつけてきた。
 試験管と思わしき半透明の瓶の中には、何重にも敷き詰められた葉っぱがあったり、見たこともない動物の頭部が無造作に机の上に置いてあったりと、未知な物がごちゃごちゃになっていた。
 薬品研究室というより、黒魔術か何かをしているようにしか見えない現場である。

「‥‥‥親父」

「ん?なんだいサバ?」

「帰っていい?」

「ははっ、ダメ❤︎」

 クソが。

「ここは‥‥‥?」

 気味の悪い物でも見たかのように、ユーグは口元をひきつらせる。この仕事場に若干引いているのかもしれない。ユーグがわかりやすく表情を作るとか相当だぞ。

 まぁ、明らかに子供に見せていいものではないよな。主に精神衛生上の問題で。
 年端もいかない子供を連れてきた元凶はと言うと。

「はっはっはっ!凄いだろぉサバ!パパの自慢の仕事場だよ!」

 親父の頭のネジはドライバーで抜き取られてしまったようだ。軽く足を蹴ってやった。くらえ弁慶の泣き所だバーロォ。
 ガスっといい音が鳴り、親父は顔を青ざめると膝をついた。

「いてて、何するんだいサバ」

「何すんだじゃねぇーよ!グロすぎるもん見せんじゃねぇ!」

 軽くトラウマもんだわ!ゴミ捨て場にあった冷蔵庫を好奇心で開いてみたら中にウジ虫が大量に湧いてた時ぐらいのショッキングだわ!誰のことだって?俺だよ!

 キッと親父に向かって視線で責めると、親父は悪びれずにニコニコしながらこう言った。

「いやぁ、だって見せる機会がなかなかなくて‥‥‥」

「大方母さんにも反対されてたんじゃねぇのか!?」

「‥‥‥」

 そう怒鳴ると、親父は逃げるように顔をプイッと背けてしまった。おいコラ!!あとで母さんにチクるからな!覚えてろよ!

「おっふー!チミがサバ君かネ?」

 あぁん!?誰じゃワレェ!と振り返ってみると、そこには顔よりはるかに大きいアフロヘヤーをしているオッサンが立っているのが見えた。
 目にはナルトみたいなぐるぐる渦巻きメガネをかけている。白衣を着ていることから研究員だというのがなんとなくわかったが、やっぱりアフロの方へ目がいってしまう。

 なんだこいつ、変なやつだ!

「やぁワッフル君。どうだい?僕の自慢の息子のサバは」

 親父がはっはっはっと爽やか~スースーしそうな笑顔でアフロ男に向かって笑いかける。
 アフロ男はそんな親父のオーラを軽く無視して俺の顔をジロジロ見始めた。
 な、なんだよ?やる気かこら!

「んっふー、お母さん似だネー!君の遺伝子は継いでないんじゃないかネ?」

「はっはっはっ!そんな事ないだろうこのブロッコリー」

「死ね」

 おい、今一瞬素に戻ったぞ。
 どうやらこのアフロ男、ワッフルというらしいオッサンが親父の同僚の研究者らしい。
 なかなかインパクトのある男だな。
 俺が二人の会話を観察がてら眺めていると、ワッフルはこっちに向かって歩いてきた。

 ゲッこっちきた。

「むっふー!はじめまして!私はアルトバー研究員副署長のワッフルと申します!」

 ワッフルはアフロをスライムみたいに揺れ動かしながら自己紹介をしてきた。
 副署長って、マジか。偉い人なんだな。隣で親父が「ちなみに僕が所長ね!すごいだろう!」と言ってるけど知らん。
 俺は失礼のないようにユーグから習った貴族の礼儀作法で頭を下げて挨拶する。

 別に貴族ではないんだけど、覚えておいた方がいいと言われたんだよな。なんでだろ。

「はじめまして。僕はサバ・アルンバートといいます。日頃から父様がお世話になっているようで‥‥‥これからもどうぞよろしくお願いいたします」

 まぁ話し方は普通に敬語になる。貴族式の喋り方とか知らないし。

「んっふー!レン君、やはり君の遺伝子は継いでいないんじゃないかネ!?」

「騙されるなよワッフル!サバは猫被りが上手いんだ!」

 何を失礼なことを言っているのだねお父様。僕はいつもこんな感じじゃないですかははは。
 と親父に向かって笑顔で威圧する。

 親父は蛇に睨まれたカエルみたいに顔を逸らしてしまった。
 俺は母さん似らしいので俺の笑顔と母さんの笑顔がダブってしまうのかもしれない。
 ほんと親父って尻に敷かれてるよな。

 大黒柱の威厳もありもしない親父に呆れていると、その隙にワッフルが俺の後ろにいるユーグに向かって行った。
 たぶん普通に挨拶するだけなんだろうけど、相手は研究者だ。普通の人の対応を期待してはならない。

 うーむ。顔も隠してるし、たぶんゴブリンナイトとバレないと思うけど‥‥‥何かあったらフォローを入れよう。

「こんにちワ、お嬢さん。私はワッフルと言いマス」

 ん?待て、なんであのオッサン顔見えてないのにユーグが女の子ってわかるんだ?

 やっぱー?うちの使用人かわいいからな!見なくても分かっちゃうかー!分かってしまうかー!
 俺はニコニコしながらそっとワッフルの後ろに近づいた。

「はじめまして」

 ユーグはワッフルに向かって頭を下げた。使用人という立場からあまり喋らないようにしているようだ。それでも元々喋らない方だけど。
 コミュ障ってわけじゃないんだけどな。あ、俺はコミュ症じゃないからね全然。うん。多分。

「んーっ?ダークエルフなんて珍しいネェ!私も初めて見たヨー!」

 ワッフルはわざとらしく驚く演技をして見せた。その様子を見て親父は不愉快そうに頭をかきだした。
 ダークエルフだとバレ、ユーグの瞳が大きく揺れたのが見えた。同様しているのか一瞬だけ動きもぎこちなかった。

 そんなユーグの反応は興味ないのか、ワッフルはズバズバとマシンガントークを繰り広げる。

「おかしいネェ!この村はダークエルフの入居をいつ許可したんだイ?そう言ったハナシは聞いてないネー。キミにはどんなワケありがあるのカナー?」

「え、えっと‥‥‥」

「んー?」

 そろそろ止めとくか。

「はーい質問タイムしゅーりょー!これ以上先は事務所を通してくださいねー!」

 ニコニコ顔を崩さないままで、俺はワッフルとユーグの間に割り込んだ。
 俺がワッフルを遮ったせいか、ぐるぐるメガネの内にある鋭い目がキランと光ったような気がする。
 親父の同僚だし、何も考えずにユーグに詰め寄った訳ではないと思う。
 理由があると思う。

  だーがしかーし!何を考えてるかわからんおっさんにこれ以上うちの使用人を近づけるわけにはいかんのだよ!
 ワッフルは立ちふさがる形でユーグの前に出た俺に何かを言おうとするが、少し間を空けると親父の方へ振り向いた。

「ふーむっ!レン君!やはり君の息子のようだネ!」

「ふっ!当然だよ!僕の息子は妻やユーグにはとても優しいからね!僕には辛辣だけど!」

「むっふー!それは喜ぶべきカナ!?」

 まぁ君のことはどうでもいいけどネー!と付け加え、やれやれと首を振るワッフル。
 そして彼は改めて俺たちの方へ向き直るとメガネを持ち上げ、キラーン!と光らせた。

「ではチミたち!我がアルトバー研究所見学!楽しんでくれたまえ!」

「何代表者みたいなこと言ってんだいブロッコリー。所長は僕だろ」

「くたばれ」

 どうやらブロッコリーというとあのアフロブロッコリーは素に戻るようだ。
 いきなりキャラ濃いやつに会ったなー。ワッフルはゆらゆらとアフロを揺らして立ち去っていった。

 ただの予感だけど、次会った時は小鳥が頭に巣を作ってそうだ。そんなアフロだ。
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