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2章 迷猫編
第21話 本能的学習行動
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瑠璃の自己紹介も済み、仕事も残り少なくなったから、今日は帰って良いことになった。
それは嬉しいのだが、やはり自室は物一つなく、生活感を感じさせない空虚さが漂っていた。
「ん……あっ! ヤッベェ、忘れてた!」
「何を?」
急に何かを思い出したテイラ。毎度のことながら、忘れっぽいその性格に僕はため息をついた。
「いや、実は……俺がやったんだ、これ」
「……ん?」
聞き捨てならない言葉を、僕はちゃんと漏らさずに拾った。
「えっとな……話すと長いんだが……。俺が地球に引っ越す前のこと、知らないだろ?」
「そりゃあ……そうだね」
テイラの口から語られたのは、僕も知らない彼の残酷な過去だった。
あれは、俺がまだ5歳にも満たない頃のことだ。俺はの家族は、人を殺しては物を奪い、その場しのぎの生活をしていた。
「ふふっ、今日も良い鴨を捕まえたじゃないか、テイラ」
「う、うん……」
俺はガキだったから、迷子のふりしては富豪を捕まえて親のいる路地裏に連れ込み、殺されるのを眺めていた。
「じゃあ、ご褒美な。ん」
「ありがと……」
最低1人でも犠牲にしないと、俺は1週間の食事を禁じられる。俺が生きるために、誰かが死ぬ。それが嫌で嫌で、逃げたいと思っていた。
そんなある日のことだった。俺は、ある人物に接触した。
(あれ、地球の人だ)
俺は、宇宙港の近くで若いモスイに出会った。軍服姿でオレンジ色の髪だ。まだ宇宙にアクセスできていない地球の人がここにいる。それだけでも目立つんだが、あの容姿だ。めっちゃ目立ってたし、すぐにマークした。
「あのっ! ボク、迷子で……。親探すの、手伝ってくれませんか?」
「おっ、ボウズ迷子か。よしっ、じっくり話聞いてやる。ご馳走してやっから、こっち来い」
モスイは宇宙語翻訳アプリを通じて俺にコンタクト取り始めた。そして、ほぼ無理矢理、俺はモスイのやつに宇宙港の中の高級レストランに入れられた。
汚れたボロ服を着た俺は、完全に浮いていた。それでも、モスイのやつは笑顔を絶やすことはなかった。
「で、どこで迷ったのかな?」
「わからない……気付けば、1人だったから」
その俺の言葉を聞いた途端、アイツはニヤッと笑った。今でもゾッとするぜ。
「ほーう。おまえさん、例の行方不明事件に関わってるやつだな」
「えっ? な、なんのこと?」
唐突にそう言われて、俺は正直戸惑ったぜ。行方不明事件のこと自体、知らなかったくらいだしな。
「知らない時点でおかしいなぁ。ここらじゃ、新聞にもニュースにもなってる話みてぇだが? 知らねぇってなると、それこそ事件の関係者くらいしか思いつかねぇぜ」
俺は、まんまとモスイの誘導尋問に引っかかっちまった。
「まっ、『気付けば1人だった』という時点でな。お前さんみてぇなガキの言い訳には思えねぇ」
それもそうだろう。この言葉は、俺のものじゃねぇ。親からこう言えと指示されて、言っていただけの言葉。
言葉遣いとか、そういうのはまだ考えられなかった。
「ガキなら、泣きじゃくるはずだなぁ。寂しさと、恐怖心で」
「……寂しくなんか、ないもん」
だが、俺はモスイに反論した。寂しいなんて、思ったことはねぇからな。
「ほぅ。まっ、飯食うぞ」
「え……」
聞くだけ聞いておいて、そのままにしておこうとするモスイに、俺は正直、「なんだコイツ」って思ったぜ。
食うだけ食った後に、モスイは近くの公園で俺の心を何が何でも探ろうとしてきたな。
「寂しくなんかない。嫌々でも協力してるのか?」
「だったら何?」
俺は、俺のことを知ろうとしてくるモスイを警戒していた。
いや、内心では心配していた。何かを話せば、俺は親からの虐待って言葉じゃ補いきれねぇくらいの罰を受ける。そんな、俺の身を心配していた。
「……ん、飴ちゃん」
「へ?」
モスイのやつ、いきなり俺に飴を渡してきやがった。しかも、俺のいた惑星にはないイチゴ味のな。
「甘くて酸っぱいぜ。ガキにゃちょうど良いだろ」
「んむ……! おいひぃ……っ!」
俺、食いながら泣いちまった。あんな美味しい菓子、そんときまで食ったことなかった。
「安心しろ。俺はお前さんの味方だ。傷つかせやしねぇよ」
「みかた……?」
ガキの俺にゃ、味方って言葉の意味は分かんなかったな。つい首を傾げちまった。
「あ~……ヒーローって言えば通じるか?」
「ヒーロー! 知ってる! カッコいいやつ! 強いやつ!」
俺には、それくらいしか理解していなかった。カッコよくて、強い。普通のガキなら、「悪者やっつけるやつ!」とか言えたのかもな。
「まあ……そういうやつだ。お前さんにも協力してもらうぜ?」
「きょうりょく? 何を?」
モスイの作戦は、ものすっごく大雑把だった。モスイに親のことを話してしまったことをバラし、俺に罰を与える。
その瞬間にモスイが割り込む。たったそれだけだった。ありえねえ話だが、あっという間に成功しちまったぜ。
それでテイラの過去の話は終わった。
「じゃあ、そのまま地球に?」
「あぁ。モスイのやつ、俺の親代わりになってくれたんだぜ? 中坊のときに抜け出したけどよ」
モスイさんが親っていう生活、ちょっと興味あるんだけどな。テイラが抜け出すってことは、よっぽど酷なものだったとか?
「テイラ、モスイさんの生活どうだった?」
「んにゃ、別に酷かねぇ。ただ娯楽がなくてよ」
あぁ、なんか納得。モスイさん、気さくな人だけど娯楽とかってなるとお酒以外に興味なさそう。
「まっ、それでお前と出会えたわけなんだが……。って、それは置いといて! 俺が言いたかったのは……」
「うん。何?」
僕はテイラの目を見る。申し訳なさそうに目線を下げるテイラ。そして、ゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。
「俺、記憶が曖昧でな。覚えがあるものを片っ端から盗んで記憶を得ようとしたんだ。それで……全部盗んじまった」
「あ~……ドラバースと同じく記憶障害ね。で、奪ったのは僕のものだけ?」
「あぁ。ここしか行ってねぇぜ。それは嘘じゃねぇ」
テイラは、嘘をつくとき、こんな弱音は吐かない。だから嘘じゃないって分かってる。
「てなると、みんなの部屋もこうなった理由が……」
「ドラバースがやったんじゃねぇのか? アイツも盗んでたぜ?」
それを聞いて驚きこそしたけど、ドラバースが盗みという行為に出る理由が分からない。テイラの場合は、幼い頃にそういう生活をしていたからって理由が明白。でも、ドラバースに至ってはそんな過去を持っているとは思えない。こうなったら、問いただしてみるしかないかも。
そう踏ん切りをつけて、僕は明日の出勤を待つことにした――。
それは嬉しいのだが、やはり自室は物一つなく、生活感を感じさせない空虚さが漂っていた。
「ん……あっ! ヤッベェ、忘れてた!」
「何を?」
急に何かを思い出したテイラ。毎度のことながら、忘れっぽいその性格に僕はため息をついた。
「いや、実は……俺がやったんだ、これ」
「……ん?」
聞き捨てならない言葉を、僕はちゃんと漏らさずに拾った。
「えっとな……話すと長いんだが……。俺が地球に引っ越す前のこと、知らないだろ?」
「そりゃあ……そうだね」
テイラの口から語られたのは、僕も知らない彼の残酷な過去だった。
あれは、俺がまだ5歳にも満たない頃のことだ。俺はの家族は、人を殺しては物を奪い、その場しのぎの生活をしていた。
「ふふっ、今日も良い鴨を捕まえたじゃないか、テイラ」
「う、うん……」
俺はガキだったから、迷子のふりしては富豪を捕まえて親のいる路地裏に連れ込み、殺されるのを眺めていた。
「じゃあ、ご褒美な。ん」
「ありがと……」
最低1人でも犠牲にしないと、俺は1週間の食事を禁じられる。俺が生きるために、誰かが死ぬ。それが嫌で嫌で、逃げたいと思っていた。
そんなある日のことだった。俺は、ある人物に接触した。
(あれ、地球の人だ)
俺は、宇宙港の近くで若いモスイに出会った。軍服姿でオレンジ色の髪だ。まだ宇宙にアクセスできていない地球の人がここにいる。それだけでも目立つんだが、あの容姿だ。めっちゃ目立ってたし、すぐにマークした。
「あのっ! ボク、迷子で……。親探すの、手伝ってくれませんか?」
「おっ、ボウズ迷子か。よしっ、じっくり話聞いてやる。ご馳走してやっから、こっち来い」
モスイは宇宙語翻訳アプリを通じて俺にコンタクト取り始めた。そして、ほぼ無理矢理、俺はモスイのやつに宇宙港の中の高級レストランに入れられた。
汚れたボロ服を着た俺は、完全に浮いていた。それでも、モスイのやつは笑顔を絶やすことはなかった。
「で、どこで迷ったのかな?」
「わからない……気付けば、1人だったから」
その俺の言葉を聞いた途端、アイツはニヤッと笑った。今でもゾッとするぜ。
「ほーう。おまえさん、例の行方不明事件に関わってるやつだな」
「えっ? な、なんのこと?」
唐突にそう言われて、俺は正直戸惑ったぜ。行方不明事件のこと自体、知らなかったくらいだしな。
「知らない時点でおかしいなぁ。ここらじゃ、新聞にもニュースにもなってる話みてぇだが? 知らねぇってなると、それこそ事件の関係者くらいしか思いつかねぇぜ」
俺は、まんまとモスイの誘導尋問に引っかかっちまった。
「まっ、『気付けば1人だった』という時点でな。お前さんみてぇなガキの言い訳には思えねぇ」
それもそうだろう。この言葉は、俺のものじゃねぇ。親からこう言えと指示されて、言っていただけの言葉。
言葉遣いとか、そういうのはまだ考えられなかった。
「ガキなら、泣きじゃくるはずだなぁ。寂しさと、恐怖心で」
「……寂しくなんか、ないもん」
だが、俺はモスイに反論した。寂しいなんて、思ったことはねぇからな。
「ほぅ。まっ、飯食うぞ」
「え……」
聞くだけ聞いておいて、そのままにしておこうとするモスイに、俺は正直、「なんだコイツ」って思ったぜ。
食うだけ食った後に、モスイは近くの公園で俺の心を何が何でも探ろうとしてきたな。
「寂しくなんかない。嫌々でも協力してるのか?」
「だったら何?」
俺は、俺のことを知ろうとしてくるモスイを警戒していた。
いや、内心では心配していた。何かを話せば、俺は親からの虐待って言葉じゃ補いきれねぇくらいの罰を受ける。そんな、俺の身を心配していた。
「……ん、飴ちゃん」
「へ?」
モスイのやつ、いきなり俺に飴を渡してきやがった。しかも、俺のいた惑星にはないイチゴ味のな。
「甘くて酸っぱいぜ。ガキにゃちょうど良いだろ」
「んむ……! おいひぃ……っ!」
俺、食いながら泣いちまった。あんな美味しい菓子、そんときまで食ったことなかった。
「安心しろ。俺はお前さんの味方だ。傷つかせやしねぇよ」
「みかた……?」
ガキの俺にゃ、味方って言葉の意味は分かんなかったな。つい首を傾げちまった。
「あ~……ヒーローって言えば通じるか?」
「ヒーロー! 知ってる! カッコいいやつ! 強いやつ!」
俺には、それくらいしか理解していなかった。カッコよくて、強い。普通のガキなら、「悪者やっつけるやつ!」とか言えたのかもな。
「まあ……そういうやつだ。お前さんにも協力してもらうぜ?」
「きょうりょく? 何を?」
モスイの作戦は、ものすっごく大雑把だった。モスイに親のことを話してしまったことをバラし、俺に罰を与える。
その瞬間にモスイが割り込む。たったそれだけだった。ありえねえ話だが、あっという間に成功しちまったぜ。
それでテイラの過去の話は終わった。
「じゃあ、そのまま地球に?」
「あぁ。モスイのやつ、俺の親代わりになってくれたんだぜ? 中坊のときに抜け出したけどよ」
モスイさんが親っていう生活、ちょっと興味あるんだけどな。テイラが抜け出すってことは、よっぽど酷なものだったとか?
「テイラ、モスイさんの生活どうだった?」
「んにゃ、別に酷かねぇ。ただ娯楽がなくてよ」
あぁ、なんか納得。モスイさん、気さくな人だけど娯楽とかってなるとお酒以外に興味なさそう。
「まっ、それでお前と出会えたわけなんだが……。って、それは置いといて! 俺が言いたかったのは……」
「うん。何?」
僕はテイラの目を見る。申し訳なさそうに目線を下げるテイラ。そして、ゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。
「俺、記憶が曖昧でな。覚えがあるものを片っ端から盗んで記憶を得ようとしたんだ。それで……全部盗んじまった」
「あ~……ドラバースと同じく記憶障害ね。で、奪ったのは僕のものだけ?」
「あぁ。ここしか行ってねぇぜ。それは嘘じゃねぇ」
テイラは、嘘をつくとき、こんな弱音は吐かない。だから嘘じゃないって分かってる。
「てなると、みんなの部屋もこうなった理由が……」
「ドラバースがやったんじゃねぇのか? アイツも盗んでたぜ?」
それを聞いて驚きこそしたけど、ドラバースが盗みという行為に出る理由が分からない。テイラの場合は、幼い頃にそういう生活をしていたからって理由が明白。でも、ドラバースに至ってはそんな過去を持っているとは思えない。こうなったら、問いただしてみるしかないかも。
そう踏ん切りをつけて、僕は明日の出勤を待つことにした――。
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