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2章 迷猫編

第5話 バケモノの世界

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 美雪さんに連れてこられたのは、高さ3メートルはあるであろう外壁に囲まれた、青い屋根の大きなお屋敷。
 入り口である門から、お屋敷の扉までの間は庭となっており、テニスコートやらバスケットボールのコートまでもが完備されている。

「あちこちよそ見すると危ないですよ」
「え、えっと……美雪さんって……」
「うふふ。ビックリさせてしまいました? ごめんなさい」
「あいや、美雪さんが謝ることじゃないですし!」

 礼儀正しくて、お淑やか。やはり、ヤマトナデシコと呼ばれていた人種だけある。

「では中へ参りましょう。おじさまのお話をできるのは、あそこだけですもの」
「あの、お父さんとはどういう関係で?」
「あら、それもご存知なかったとは……よほど知られたくなかったのですね」

 僕がヒーローとしてのお父さんについてほとんど何も知らないと知り、美雪さんは瞼を細めて俯いてしまった。

「あの……?」
「え? あぁ、すみません。お時間取らせるわけにはいけませんわ。さ、行きましょう」



 ~花岬邸~

 美雪さんが屋敷の扉を開けると、顔を覗かせたのは、赤いカーペットが敷かれ、目の前には2階へと繋がる階段、真上にはシャンデリアと、いかにも豪邸という光景だった。

「す、すごい……」
『お帰りなさいませ、ご令嬢様」
「うわぁっ⁉︎」

 さっきまで誰もいなかったはずの僕の左真横から、突然声がして驚いた。
 そこには天然パーマの茶髪をした全身黒スーツの、執事らしき人がいた。

「ご令嬢様、こちらの方は?」
「メイビスおじさまの息子様ですわ。オスタン、遊戯室の鍵を開けてくださる?」
「っ! か、かしこまりました」

 その命令に躊躇いを見せたものの、オスタンと呼ばれた男性は腰にぶら下げていたいくつもの鍵の中から、1つを手にして歩き出した。

「こちらへ。メイビス様」
「え、あ、はい」

 顔色を戻して、男性は僕を案内する。入り口をまず左手に曲がる。どこを見渡しても扉は閉められている。ただ、その扉の前にはメイドさんが1人ずついて、僕達に頭を下げている。

「な、なんか不思議な感覚……」
「着きました。では、お気をつけて・・・・・・お入りください」
「分かっていますわ。さっ、中へ」

 男性は鍵だけ開けると、扉を開けることはせず、一歩下がって頭をずっと下げてくる。
 そんな彼をチラ見程度で済まして、美雪さんは僕の手を引き、中へと入る。
 --だが、その中は真っ暗で何もなかった。

「え、何この部屋?」
「扉閉めますので、足元にお気をつけて」

 扉が美雪さんによって閉められる。そして、部屋の全貌が明らかになった。
 真っ赤な大地に、空だと思われる真っ赤な空間。ゴツゴツとした岩肌で、異様に暑い。しかも、その空間は部屋とは思えないほどどこまでも広がっている。

「え、ここ、部屋ですよね?」
「いいえ。ここは、地中界ちちゅうかいですわ。メイビス様が使われた、秘密の世界です。姉の異能力で部屋をこのように改造したんです」

 その能力を聞いて、あるヒーローは思いついた。でも、まだなんとなく程度の思いつきだから口にはしないことにした。

「えっと……」
「ここは、亡霊の住まう世界です。ほら、あそこです」

 美雪さんはある方を指差す。そこは、人型のバケモノがなにやら集まって騒いでいる。

「人型のバケモノは、元々は人間です。近づいてみます?」
「えっ、ちょ⁉︎」

 恐れを知らずに美雪さんは群がるバケモノの方へと歩み寄っていく。そんな彼女にバケモノはもちろん気付いたが、気にすることなくまた騒ぎ始めた。

「え?」
「ふふふ、この世界にいるバケモノは、こんなものなんです。外に出て行こうとするバケモノこそが悪。他はそうでもありません」
「でも、バケモノって負の感情の集合体じゃ……」

 僕の知っている知識は一般人にも共有されているものだから、もしかしたらねじ伏せられた知識かもしれないけれど。

「少し違うんです。バケモノになる要因は、たしかに負の感情。ですが、核となる亡霊は悪霊といった負の念を抱えているわけではありません」
「じゃあ、こういう風に暴れないバケモノは、悪霊じゃない亡霊が核ってことですか?」
「はい。こういったバケモノを吸収して、メイビスおじさまは異能力を得ました」
「……ん?」

 聞き捨てならない、そして理解できない言葉がヒョイっと投げられて、僕は唖然としてキャッチできなかった。

「まあ、そうなりますよね。でも見覚えありませんか? メイビスおじさまの異能力は、太陽以外の自然光を浴びることで筋力を上昇させる。これって、バケモノの成長と同じじゃありませんか?」
「あっ……」

 バケモノは、月光を浴びて幼体から成体へと成長する。でもお父さんは主に星の光だった。もしかして、バケモノって……。星の光で成長する?

「……? あら、その右手の」
「これですか?」
「どうやら説明不要だったみたいですわ。既にバケモノの力得られているようですわね」
「え。これがバケモノ⁉︎」

 予想外の正体に、僕は今まで出したことない大声で叫んだ。そんな僕の頭に、石ころが投げられた。どうやらうるさかったらしく、バケモノが睨んでいた。

「ふふ、バケモノに怒られるなんておじさまそっくり」
「アハハ……」

 嬉しくはないけれど、お父さんに似ていると言われてなぜか誇らしくなった。初めてかもしれない、お父さんのことで誇らしくなれたのは。

「それでは、一旦戻りましょう。あまりこの空間にいすぎると身体に毒ですわ」
「そうなんだ」

 振り返ってみると、扉だけはたしかにそこにあった。美雪さんが開けて、僕を先に出るよう促す。ゆっくりと足を踏み入れると、先程の屋敷のカーペットを足は踏み締めていた。

「お疲れ様でした。では危険ですので鍵を閉めさせていただきます」
「はい」
「お願いしますわ、オスタン……?」

 閉められていく扉の向こうを、美雪さんはじっと見つめていた。

「姉さん⁉︎」
「ご令嬢様⁉︎」

 姉さんと叫び、美雪さんはまたあの世界へと抜け出す。その目は焦燥感に駆られていた。

「僕が行きます。すみませんが、扉は開けたままでお願いします!」

 彼女を追いかけて、僕も扉の向こうへと駆け出していく。

 そんな彼を見つめながら、オスタンは扉を閉めて鍵までもを閉めた。
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