触手とルームシェア

キザキ ケイ

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番外編

円熟の5日間

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 世界的な伝染病の蔓延により、世間は目まぐるしく変化した。
 他人との接触を避け、誰も彼もマスクで顔半分覆い、人が集まるイベントは尽く中止、さらには会社内で集団感染などしたら大事だということで出社すらしなくなった。
 うちの会社は社員数少なめでフットワークが軽いので、社長の鶴の一声で全員のリモートワークが決定した。
 我が家は元々固定の通信回線があるし、業務に必要なパソコンは貸与、むしろネット回線維持費と在宅勤務への手当てまで出て家計が助かるくらいだ。
 それなりの頻度でクリーニングに出さなければならなかったジャケットはほとんどクローゼットの肥やしになり、社長がパジャマでオンライン会議に出席した日から皆ワイシャツすら着なくなった。同僚なんて下半身はパンツ一枚で仕事してるらしい。
 それだけ服装がテキトーでいいなら俺も……と真似したかったんだが、俺の家には同僚の家にはいない危険生物がいるから諦めた。

「パンツ一枚の姿を会社の人たちに見せる気なんですか……?」
「いや上は着るよ?」
「それでも下半身がえっちなことは変わりないじゃないですか! あらたさんがそんな趣味の持ち主とは知りませんでした……なんて卑猥なんだ……」
「卑猥の権化みたいな生物に言われるとすごく心外だな……」

 そんな会話があって、カメラに映らない下半身もスウェットやジャージだけは身につけることにした。
 そもそも飢えた猛獣に等しい男と同居してる俺に、防御力の低い格好をするという選択肢は元々ないのだ。

「おまえんとこはフルリモートにならないのか?」
「ダメみたいです。それでも出勤は週の半分になりますけど……リモートの日はなるべくうるさくしないようにしますので」
「いい、気にするな。お互い仕事だろ」
「本当はずっと新さんにくっついてたいんですけど……」
「今度また通話中に触手で触ってきたら切り落とすからな」

 本気の恫喝に、深谷ふかやは数本の触手をそっと引っ込めて胸に抱えた。いつもそれくらいしおらしくしてくれればいいんだが。
 俺、吉野よしの 新は都内の小規模なベンチャー企業に勤めるしがないサラリーマンだ。
 とりたてて特技も特徴もないごく一般的な日本人男性。
 あえて特異な点を挙げるとするなら、元カノが残していったネコを一匹飼っていることと……未確認生物を恋人としてルームシェアしていることか。
 未確認生物こと深谷 伊織いおりは、ほぼ完璧に人間に擬態できる触手生命体だ。手足から内臓、髪の一本まで触手で構成された体は人間の精気を食糧としている。
 俺は深谷の好みド真ん中らしく、最初は嫌々精気供給……もとい、触手に凌辱される日々を送っていたのだが、食糧相手に真剣に尽くす男の姿にいつしか絆されてしまい────今に至る。

『新さん、コーヒー淹れたのでいつでもキッチンにどうぞ』
「……っ」

 カメラを繋いだまま書類仕事をしている間、ドアの隙間から細い触手が入ってきたのは認識していた。
 小指より細い極細触手がするすると体をよじ登り、耳元の皮膚にくっついて喋ったせいで肩がびくんと震えたが、幸い画面越しの同僚たちには気付かれなかったらしい。
 仕事中はスマホを鳴らすのに抵抗があるのは理解できる。だからといって触手による骨伝導会話という発想にはならないだろう。ヤツが規格外の触手生物だからできることだ。
 出勤していなくても仕事は変わらず忙しい。眠気覚ましのコーヒーを淹れてもらえるのは助かる。触手を伸ばしてくるなとは言ったが、不埒な真似をしようとしたわけじゃない。今回は大目に見てやろう。
 などと甘い対応をしていたせいか、ヤツは大幅に付け上がってしまったらしい。

「これは何だ」
「プレゼン資料です」
「また無駄な技能を発揮しやがって……」
「それでは表紙めくって2ページをご覧ください」

 定時に仕事を終え、帰宅時間0秒でリビングに戻った俺に、深谷は真面目くさった顔で紙束を差し出してきた。
 表紙は、使い慣れたプレゼンテーション資料制作ソフトのデフォルト素材で構成されたデザインに、無難なフォントで「新しい生活様式における娯楽の提案」とある。
 妙に業務感の残ったまま表紙をめくった俺は、表題のお硬い印象を紙一枚でかなぐり捨てた資料に目を剥いた。

「おい深谷。なんだこれは」
「はい。俺も新さんも在宅時間が増えて、通勤が減り自由になる時間が増大しました。しかし外を出歩くのはご時世的に難しく、家の中で余暇を過ごすにも限界があります」
「だからってこれはなん……本当に何?」

 俺の目の前には、薄ピンクのハートに囲まれた、これまたピンクのフォントで「ポリネシアンセックスのすすめ」と印刷された紙がある。なんという紙の無駄。SDGsに言いつけてやる。

「ご存知ないですか。では次のページへ」
「……」

 深谷は至って真面目に淡々とプレゼンを進めている。
 俺も大人しくページを繰った。一見馬鹿馬鹿しい提案も、新しい仕事や革新的な思いつきにつながることがある……いやでもこれはなぁ。
 2ページ目には相変わらず薄ピンクの可愛らしい枠線が印字され、中央にポリネシアンセックスの説明が書かれていた。

 文字通りオセアニアのポリネシア地方で伝わっている性行為のいち形態で、段階を踏みながら5日間掛けること。
 やり方は諸説あるが、まず行為の前に携帯の電源を落とし、食事を軽めにしておく。1日目は触れ合わず会話を楽しみ、2日目は会話やキス、触れ合いを行う。3日目は抱き合いながら深いキス、4日目は愛撫を解禁するが性器へは触れず、挿入もなし。いずれの日も1時間以上掛ける。
 5日目に性器への愛撫、挿入を行う。が、挿入後30分は動かずにそのまま。ことが済んでも性器は抜かず抱き合い触れ合う。
 本来は午前中などに行うのが望ましいが朝は互いに時間が取れないため、退勤後を提案する……などと、A4用紙3ページに亘って記述されていた。

「はぁ……」
「いかがでしょう。未だかつて、平日の夜がこんれほど時間的に豊かだった期間はありません。今を有効活用したいという一心で」
「嘘をつくな。新しいヤり方知って試してみたくなっただけだろ」
「そうとも言います!」

 真っ直ぐな瞳で取り繕うことすらしない直情な年下の恋人に、俺は苦笑するしかない。
 ここ半月ほどは、時間的には余裕があったが慣れないリモートワークや、今後の社会への不安、問題の伝染病に罹ってしまうのではないかという恐怖に身も心も縮こまってしまい、深谷の求めに応じるのも難しかった。
 その間、人間の病気には一切罹らないという深谷が俺の生活をサポートしてくれて、腹が減っているだろうに手を繋いだりハグを交わすだけで我慢してくれた。
 この提案だって、未だ精神的に安定したとは言い切れない俺の体調を慮って、負担の少ないやり方を提示したということなのだろう。

「あの、新さんの気が進まないのなら、プレゼンは却下ということで……」

 当の本人は自信なさげだ。
 人間より気遣いのできる未確認知的生命体が、肩をすくめて上目遣いで見つめてくる。

「いや、いい。やってみよう」
「え……!」
「採用だって言ってんだ。早速今日からするか?」
「あ、はい! ぜひ!」

 一瞬で喜色満面になった深谷に俺は再び苦笑し、軽めの夕食を作るために腰を上げた。
 冷蔵庫内の余りものや食材のありあわせで食事を済ませ、交代で風呂に入る。深谷は今にもベッドに連れ込みたそうにソワソワしていたが、俺が入浴する前にコトに及ぶとヤツが異常に興奮して普通に嫌なので、急いでいても疲れていてもシャワーだけは浴びることにしている。
 夜食として少しだけネコ次郎のご飯を盛り、寝室へ向かう。

「待たせた」
「いえいえ。どうぞこちらへ」
「失礼します」

 なぜかビジネスシーンのような会話をしながら二人でベッドに腰掛け、俺は部屋の奥側、深谷は手前で向かい合わせに横になる。お互い話し合ったわけじゃないが、なんとなくこの向きでいつも決まっている。

「触ることもしないんだよな?」
「ですね。我慢してください」
「我慢が必要なのはおまえの方だろ」
「はい……」

 情けなく眉尻をへにょんと下げる深谷の背後には、手持ち無沙汰にウネウネ踊る触手が覗いている。
 いつもの夜、俺は数本の触手に巻き付かれて眠る。精気提供的な行為があってもなくてもそうだし、寝るときに触手がなくても起きたら簀巻きになっていることが多い。
 しかし今日は触れ合いすらNGだ。
 俺の方に身を乗り出した触手が、誘惑を振り切るように慌てて深谷の向こうへ消える。何度も繰り返されるそれに、俺は思わず笑った。

「なんか話そうぜ。今日は仕事忙しかったか?」
「あ、はい。今日はちょっとしたトラブルがあって、客先へ電話しまくりました。分散出社で会社に人が少なくて」
「あーあるあるだな。こっちも会議中に上司がマイクオフになって戻らなくてさ。結局会議中止だ」
「しばらくはそういうトラブルと無縁ではいられないでしょうね」
「あぁ……でもま、未知のウィルスに感染するよりマシだ。深谷おまえ、未知のウィルスや病気でも本当に大丈夫なのか?」
「えぇ。万が一なにかに感染したとしても…………大丈夫なので」
「何だ今の間は?」
「俺の生態が人外すぎて引かれるかなと、言いませんでした」
「今更すぎるな……」

 二つならんだ枕に頬をくっつけながら、ぼそぼそと互いが聞こえるだけの声量で話すのは、思いのほか楽しい。成人男性二人、一緒に暮らしていたからといって他愛もない会話というものはそれほどしないものだ。
 次第にとろとろと眠気が訪れ、どちらともなく眠りに落ちた。
 翌朝はいつも通り触手に巻き付かれていたが、こればかりはクセみたいなものだろうから許容範囲だろう。

 2日目もお互いリモートで仕事を終えた後、夕食を済ませすぐに入浴した。
 今日からは触れ合いOK、ただし軽いもののみだ。
 深谷はベッドに座り、寝室に足を踏み入れた俺を掬い上げるように触手で攫った。

「あー……新さん……」
「ビール飲んだオッサンみたいな声出すな」
「だってめちゃくちゃ我慢してるんですよ俺……なまじ同じ家にいるから余計につらくて」
「日中も堪えてるもんな。偉い偉い」
「うー……」

 俺の雑な褒め言葉と、ついでにようにパタパタ背中を叩くだけの動作でも、深谷にとっては癒やしらしい。
 肩にぐりぐり額をこすりつける仕草が大きな動物のようで、いや厳密に言えばこいつは人間ではないので動物という括りになるかもしれず、いやでも未確認生物だし、もし地球外生命体だとしたら地球の定義で言うところの動物ではないのかもしれない。深く考えるとマジで怖いんだよな、深谷の存在って。
 俺が恋人の分類に思い巡らせている間に、深谷はハグに十分満足したらしい。
 今日は触れ合いだけだ。キスも触れるだけのものなら許される。

「ん……」
「はぁはぁ、新さん、新さん……」

 唇の繊細な皮膚を擦り合いながら、だが互いに内側には踏み入らない。
 深谷はいよいよオッサンじみた荒い吐息で興奮している。
 正直触手生物の理解不能な生態などより、その興奮度合いの方がだいぶキモい。

「2日目の時点でこんなで持つのか?」
「正直ちょっと自信なくなってきました……」

 ほんの僅か小さな音を立てるだけのアラームを一時間で掛けておいた。ピッと鳴ったそれに顔を見合わせ、昨日と同じように寝転がる。
 ただし今日は触れ合って良いので、俺はいつも以上に触手に巻き付かれた。

「おい、我慢だぞ。それとも精気足りなくなってきたか?」
「いえ……大丈夫です……はぁはぁ……」
「本気で気持ち悪いぞ」

 無意識なのか、触手が俺の口や胸や股間にそろそろと近づいてくるのを制す。言い出しっぺのくせにだいぶ自制心が足りないようだ。
 際どいところを少しでも触ろうと目論む触手たちを掴んでは投げ捨て、ついに俺は深谷に背を向けた。
 これもなんとなく互いに決めたルールで、今日は絶対シない、という意思表示として相手に背中を向けるのだ。まぁこの仕草は俺しか使わないのだが、深谷は今のところ俺の意思を尊重してくれている。
 触手と深谷の腕はしばらく俺の体を撫で擦ってきたが、無視して寝た。

 翌朝は予想通り触手巻状態だったが、問題のありそうな場所はすべて避けられていた。なんとか理性が持ったらしい。
 今朝は深谷の好きな、砂糖多めのフレンチトーストでも作ってやるか。絡みついている触手を片っ端から投げ捨てキッチンへ向かった。
 今日は3日目だ。
 週末だからか、深谷は慌ただしく身支度をして出勤していった。出掛けに触れるだけの「いってらっしゃいのキス」をしていったのは、多少精気不足もあったのだろう。

 週末というものは往々にしてトラブルがつきもので、しかも大体定時近くに発生する。
 だから俺はできるだけトラブルの芽を摘みながら、それでも多少就業時間をオーバーしつつ、なんとかやや残業程度で今週の業務をすべて終わらせた。
 通話ソフトを終了する寸前に俺の名を呼ぶ誰かの声が聞こえた気がするが、仕事疲れによる幻聴だろう。もしくはノイズ。

 そんなわけで俺は体が空いたが、深谷は電車通勤なのでもっと遅い。が、近頃は帰宅ラッシュの時間帯でも電車はかなり空いているらしい。寄り道せず帰ってくれば、あと1、2時間というところか。

「ただいま帰りましたっ!」
「あれ」

 優雅にコーヒーを飲みながらあれこれ考えていたというのに、深谷はもう帰ってきた。
 玄関に出迎え、夕食の支度がまだだと謝ると、それは無視されぎゅうっと触手に拘束される。いやハグだ。

「あ゛ー……週末がこんなに待ち遠しかったことないです……」
「そうか。晩飯準備するから離せ」
「軽く手早くでお願いします。食べ終わったら秒でお風呂もお願いします」
「新婚さんのアレか?」

 ご飯にする、お風呂にする、それともワタシ? 的なアレ。しかし相手の方から要求されるのは業腹だ。
 巻き付いてくる触手を払い除けながらキッチンへ向かう。
 深谷は追い縋ってきて「もちろんメインディッシュは新さんです!」と鼻息荒く迫ってきたが無視した。

 手早く軽く、しかし成人男性二人なのでそれなりにエネルギー摂取できるもの……と、プロでもない成人男性に考えさせれば出てくるものは丼だ。
 今年は大漁だとかで安く売っていた冷凍かつおのサクを薄く切って、大葉を添え海鮮丼っぽく。以前刺し身パックを買ったときに余らせたワサビを円錐状に盛ってやればそれらしくなる。
 豆腐の味噌汁と、今朝仕込んでおいたきゅうりの浅漬けを小鉢に盛る。

「できたぞ」
「わぁ、カツオ丼だ! いただきます!」

 入浴を済ませた深谷と食卓で向かい合い、黙々と食べた。
 普段はもう少し会話があるのだが、なぜか無言だ。俺もなぜだかおしゃべりする気が起きない。
 もしかして、自分で思うよりもこの後の……3日目の行為が楽しみなのかもしれないと思い当たったのは、味噌汁の最後の一口を飲み込んだ頃だった。

「食器片付けとくので、新さんはお風呂どうぞ」
「おう」

 何か言う前に二本の腕と数本の触手が皿と箸をすべて片付け、食卓を拭く作業すらさせてもらえず、渋々風呂場へ向かう。
 今日はどちらかの気分とかではなく、ヤるが挿入はしないと決まっているので風呂での支度がラクだ。意図したわけではなかったが、いつもより早めに浴室を出てしまった。
 まるで俺までこの後のことを楽しみにしているかのようでなんとなく嫌だ。でも正直に言えば、楽しみじゃないわけではない。

「お待たせ」
「いえいえ。今日は昨日より深く触れ合いますけど……いいですか?」
「おう」

 律儀に俺の許可を求める深谷は、しおらしい態度と裏腹に触手全開だ。いつもは3本くらいしか出ていないウネウネが、観音像のように何本も放射状に展開されている。
 深谷は元々感情が読みやすい男だが、とりわけ喜びや興奮といった度合いは触手の本数や様子で読めるので、今のような状態はわかりやすくてつい笑ってしまう。
 未確認生物の未確認生物たる部分が露出していて笑えるなど、俺もずいぶん色々適応してしまった。

 のたうつ触手は意外なほど慎重に俺の体を包み、僅かに浮かせ、深谷の膝の上に着地させた。
 腹も胸も密着する距離で顔まで近づけられ、角度をつけて唇を重ねる。
 これも触手である長く器用な舌がねっとりと口唇を舐めてくるので口を開けた。すぐさま深谷が口腔を我が物顔で埋め尽くす。

「……ぅ、ん……」

 上顎をくすぐられると勝手に声が出る。
 虫歯でも探してるのかと思うくらい歯列をねぶられ、喉奥にまで侵入されそうになっているのに、ヤツの侵略はそこ止まり。
 今日はポリネシアンセックス3日目。深いキスまでしかできない、そういう決まりだ。

「あぁ、新さん……っ」

 深谷はもはやお預けを食らった犬のごとき執着を隠すこともできないらしい。人間の舌ではあるまじき動きで俺を追い詰め、唾液を啜っている。
 この触手生物は主食が生き物の精気で、それは触れ合うだけでも摂取できるらしいのだが、それだけでは足りなくなる。
 食べるための生き物であれば料理して食べるのが一番。
 食べるためではない生き物であれば、より体の深い部分に触れるのが一番。
 だからヤツにとっては久しぶりのご馳走というわけだ。自分でもどうかと思う表現だが。

「もどかしい……キスだけだなんて……」
「おまえが言い出したんだからなこれ。責任持てよ」
「持ちます、持ちますよ……でももうちょっとだけ、あぁ新さんの匂い……」
「嫌な言い方するな」

 そろそろ加齢臭が気になるお年頃だ。
 深谷はほとんど匂いがしない。触手が分泌する、潤滑ジェル代わりの粘液は甘い味と匂いがするんだが、本体は無味無臭だ。そもそもあまり汗もかかない気がする。
 すんすんと鼻を鳴らして深谷の首筋を嗅いでいたら、体中に巻き付いた触手が力を込めてきた。やんわりと深谷から離れさせられる。

「あの……ちょっと」
「? なんだよ」
「その、俺の匂い嗅ぐ新さん新基軸すぎて色々爆発しそうなんで、離れてもらっていいですか」
「はぁ? おまえの性癖どうなってんだ」

 とはいえそろそろ1時間経つし、俺は大人しく深谷から離れベッドに転がった。そういえば今日は性急に求められたせいか対面座位だった。
 深谷は目をきつく閉じている。煩悩を払いのけようとしているらしい。煩悩の塊である触手が、本体の意思に逆らおうとウネウネ踊り狂っている。
 ヤツの体で爆発する部位といえば、普段は腹の中に収納されているグロ形状肉ディルドこと触手生殖器だと思うが、腹の中であのすごい量の精液みたいなものが出てしまうのだろうか。腹筋の割れ目から漏れ出たりするのだろうか。人体の神秘通り越して低級ホラーだ。

「……ん?」

 深谷の生殖器のことをリアルに思い浮かべた瞬間、体に違和感があった。
 具体的には腹の奥、そこがずくん、と脈打ったような。
 位置的にそれは俺が深谷を受け入れる場所、中でも週末くらいにしか挿れることを許さない一番奥で。

(いやいや……)

 そんなまさか。いいトシした男が、彼氏のチンコ想像しただけでケツが疼くなんてそんな、ねぇ。
 しかしこの夜感じた恐ろしい感覚は、翌日の朝早くも伏線回収されてしまった。

「すみません新さん、いつもなら処理してあげられるんですが、今日はまだ4日目で……」
「いい、いらん! そのうち収まるから部屋出てろっ」

 4日目の朝、俺の股間は元気に立ち上がっていた。いわゆる朝勃ちだ。
 普段なら「限りある資源を有効活用」とかなんとか言いながら深谷が処理してくれる。いや、処理されてしまう。目が覚める前に吸い付かれてることもある。
 だから、寝間着を押し上げる股間の息子に苦労させられるなんてそれこそ性に疎かった十代以来という話で……いやそんなことはどうでもいい。とにかく俺はよく知りもしない般若心経など唱えたりして、どうにかそれを収めた。
 何食わぬ顔で起き出し、顔を洗いネコ次郎を構いとウロウロしている俺を恨めしそうに見ているヤツがいるが無視した。
 今朝の料理担当は深谷だ。
 今までは半々の分担、やや俺多めという配分だったが、リモートワーク体制により俺のほうが圧倒的に在宅時間が多くなって、平日の食事はほぼ俺が作っている。代わりに平日の買い出しと休日の朝食は深谷という形で落ち着いた。

「新さん。食べたら続き、しましょ」
「ゴフッ」

 まるでトーストを齧る瞬間を待っていたかのように爆弾発言した深谷に、俺は噎せて咳き込んだ。口の中のものをぶちまけるのだけは防げたが、気道に入った。
 爽やかな朝にそんな話をするんじゃない。

「でも、新さん、その、なんていうか」

 深谷は何か言いたげに口をつぐみ、しかし言わない。
 デカい男がもじもじと体を揺する様は不気味だ。

「俺がなんだよ」
「いえ、えぇと……」
「いいから言え」
「はい……その、昨日までも徐々にこう、高まってたんですけど……今日の新さんはもうなんていうか……滾ってるんです」
「……何が?」
「精気です。人間にも見えるんじゃないかってくらい、こう、オーラみたいに」

 深谷は腕をニョロニョロ動かして、俺の体から何かが出ていると主張している。
 つまりそれは、ここ数日発散できなかった性欲────もとい精気が、俺の体からダダ漏れて見えると、そういうことか。

「……食ったらベッド行く」
「はいっ。食器の片付けは任せてください」
「……」

 顔から火が出るかと思った。
 寝室のドアを閉めてベッドへ転がって、意味もなくシーツを殴る。
 深谷がどのように精気とかいうふんわりした存在で生きているのか、俺にはきっと最後まで理解できないと思うけど、それでもそんな、形のある何かに見えているなんて思わなかった。
 もしくは、普段は深谷にもそれほどはっきり見えないのかもしれない。俺が欲求不満極まっているから見えたというだけで……いやそれは恥ずかしいとかいう次元じゃない。痛い。節度ある大人として痛恨すぎる。
 結局俺は本日二度目の般若心経を唱えながら深谷を待つしかなかった。煩悩がなくなれば朝勃ちもしなくなるんだろうか。

「新さん、あの、今日もその……挿入はできないので」
「わかってる」
「でも頑張って気持ちよくするので! イっちゃダメってだけじゃないですからね」
「俺が下半身触られなくてもイける変態だと言いたいのか?」

 深谷は一瞬「何か間違っているだろうか」と怪訝な顔をしたが、すぐに神妙な表情を見せ「言ってません、すみません」と謝罪した。本当に感情が読みやすい男だ。
 ポリネシアンセックスチャレンジ、今日はこれまでのキス、ハグに加えて愛撫が追加される。ただし性器への刺激はなし。
 恐らく一般的なエロ系サイトから持ってきた文言を載せたと思しきパワポ資料を思い出しながら、男のアナルは性器じゃないから触ってもいいんじゃないか、と思ったが、俺は賢明なので何も問わなかった。
 俺のなけなしのプライドがベコベコに凹まされるような言葉が返ってきそうな気がしたから。

「んっ……」

 今日はゆったりと互いに寝そべり、のんびりキスしながら手を伸ばす。倒れてきた上体を受け止めて、その向こう側……深谷の首筋へと触れた。すでに数本出ている触手の根本をさわさわと撫でると、首筋に甘い吐息が落とされた。

「はっ……あらた、さん」

 世にも珍しい触手の喘ぎ声だ。
 深谷の背中、首の付け根辺りには触手の根本と心臓のような器官が集中しているらしく敏感な部位となっている。普段彼はあまりそこを触られたくないようで、逆に言えば弱い箇所ということだ。

「そこ、ダメだって……いつも言ってるじゃないですかっ」
「聞こえなーい」
「あ、ちょっ、ふ、は」

 悪戯な手が触手で絡め取られ、鈍く光る男の双眸に射抜かれる。

「我慢できなくなる……ッ」
「まだ4日目だぞ?」
「だからですよ! 触らないでくださいっ」
「あーあ」

 腕ごと手を拘束され、深谷の首筋は他の触手で覆い隠され、体も離れてしまった。残念だ。一般人類たる俺が唯一この未確認生物に対抗できる弱点だったのに。
 でもこいつのヤる気に火を付けることはできた。
 もっとも、俺がそんなことをしなくても深谷は準備万端だったと思うが。

「深谷……脱がせて」

 いつもならこんな甘えたことは言わないし、こんな甘えた恥ずかしい声だって出さない。
 でも今日はなんだか気が昂ぶって、かろうじて気にしている年上の矜持とか最低限の体裁とか、そういうものが頭から吹き飛んでる。
 深谷の触手はすでに大小数え切れないほど出ていて、俺の体を一瞬で覆い尽くした。数秒後に触手が引いたと思ったら服が全部きれいに脱がされていて、いつものことながらタネも仕掛けもない手品のように思う。

「ふは。おまえも脱げよ」
「ちょっ新さん、なんで今日そんなかわいいの!?」
「かわいくない」
「いや絶対かわいい……ホント勘弁してよ、挿れられないってのに……」
「んはは。せいぜい苦しめ」

 深谷は俺という食糧を貪り尽くしたくて、でも自分から言いだしたから手順を踏み外せなくて、ついには頭を抱えて唸ってしまった。
 今の俺は精気もダダ漏れなんだったか。深谷にとってはつらいんだろうな。
 しかしそんなこと知ったこっちゃない。
 どうせ深谷の性器は普段は収納されてるし、つまり俺側は深谷のどこに触れてもいいわけだ。
 ガードされている首にはやっぱり触れそうにない。そこは諦めて髪に指を絡め、軽く引っ張ってみる。髭も生えなけりゃ床屋代もかからない触手ヘアー、やっぱり羨ましい。
 俺の体を緩く捕まえている触手に触れ、持ち上げる。誰かさんが塞いでくれなくて寂しい唇で、表皮を食んでみる。
 見た目もさわり心地も人間の肌と変わりない。ちろちろと舌を出して舐めてみると、表面からじわりと粘液が出てきた。これは粘液を出すタイプの触手だったか。
 好都合とばかりにそれを舐め取る。
 深谷の粘液は潤滑剤として使われているが、媚薬でもある。ただでさえ欲求不満全開の俺がさらに媚薬を摂取したらどうなってしまうんだろう。

「う……っ」

 悲鳴に似た声に、触手を舐めながら深谷を見る。
 彼は目をまん丸に見開いて俺を凝視していた。頬が少し赤い。興奮を煽られてくれたようだ。
 自分でも、この危険生物のテンションをこんなにも高揚させて何がしたいのかさっぱりわからない。俺に跳ね返ってくるだけの行為なのに、どうしてもやめられない。
 あぁ、欲求不満ってきっとこういうことなんだな。

「くそっ!」

 深谷は珍しい荒れた呟きを吐き捨て、もどかしそうに触手を伸ばしてくる。
 俺はとても愉快な気持ちで恋人を受け入れた。
 もしかしたら彼の理性が決壊して、4日目の決まり事を破るんじゃないかとも期待したが……深谷は最後まで俺の局部には触れなかった。

 まだ日が高いうちに寝室から出てシャワーを浴びる。
 二人して昼食を食べ損ねた。緩慢な動作で時計を見上げると、もう夕食の方が近い時間だ。

「最後までやってないのに、すげー疲れた」
「ですよね、すみません。精気もつい吸いすぎちゃって」

 ソファにだらしなく座る俺にぴったりくっついて、深谷は満足そうに俺の髪をバスタオルで拭っている。俺は腹ペコだが、こいつは最中がずっと食事みたいなもんだから元気だ。

「溢れ出てるとかいう精気、少しは落ち着いたか?」
「……」

 俺の問いに深谷は答えなかった。視線をサッと逸らされる。
 想定の範囲内だ。今日も結局挿入はナシだった。俺は恥ずかしながら一度だけ射精してしまったのだが、性器も後孔も触られていないので物足りない。もっと言えば後ろに深谷を迎え入れないと本当の意味で性欲を解消することができない。
 だから多分俺の精気オーラは出っ放しなんだろう。
 ……念のため明日は外出を控えよう。

 その後は深谷の作った夕食を済ませ、ぼんやりとテレビを見ながら過ごし、いつもよりやや早い時間に二人でベッドに入った。
 ムラムラして寝られないかと思ったが、意外と入眠に苦労はなかった。疲れていたからか。
 しかし問題なのは、次の日の朝だった。

「……なんか暑いな」

 上掛けを除けながら目を覚ましたのは、体中に触手が巻き付いているせいに他ならなかった。
 いつもと変わりない朝だ。
 なのに俺の体は明らかに異常な熱を孕んでいた。

「……っ、う、わ」

 なんだこれ。
 腹の奥に溜まった熱が全身に巡っていくような錯覚。
 時折波打つ触手たちが、俺を嬲って弄んで、好き勝手に精気を貪ってくれないかと期待が止まらない。
 当然のようにすでに臨戦態勢な俺のムスコ。
 本来は何も入ったりしないはずの後孔を埋めてほしくて仕方がない。
 気がついたら、横で眠っている深谷の顔を押さえつけて唇を重ねていた。

「ん……、んん? んんん?」

 慌てて深谷が目を覚ましても行為をやめることができない。
 それどころか、馬乗りに跨った体に下腹部を押し付けて擦ってしまっている。頭ではやめたほうが良いとわかっているのに、どうしても止まらない。

「ふかや、ふかやぁ……」
「え、え、どうしたんですか新さん」
「頼む、昨日の続き、して。もうここが、熱くて、さみしくて」

 まだ状況が掴めていない深谷の腰に尻肉を擦り付けることしかできない。
 頭がぼんやり霞み、視界が薄くぼやける。まだ何もしてないのに泣いている自分に引く。なのに行動を止めることができない。

「おねがい、伊織……」

 いつもはなんとなく恥ずかしくて呼べない名は、甘く爛れて溶け落ちていく。
 深谷は慌てた様子で何か言いながら触手を伸ばしてきた。
 引き剥がされるかもしれないと俺は焦り、目の前の男にしがみついたが、深谷の触手は体を包むだけで離されることはなかった。
 性急だが乱暴ではない手付きで寝間着が脱がされていく。
 下着を脱いだ瞬間、チンコが弾むように飛び出た。それを恥ずかしいと考える間もなく、服を脱がせてくれた触手を一本捕まえて後孔に宛がう。

「伊織、いおり、入ってきて。はやく」
「待って待って、それ粘液出ないやつなんで。それに最初は細いのじゃないとダメですよ、痛くなっちゃうから、ね?」
「やだぁ……」
「ヤダじゃない。ほら、離して。こっちにしましょ」

 尻にぐいぐいと押し付けていた触手が逃げていき、代わりに覚えのある細い触手が窄まりに侵入してきた。

「あぁぁああっ!」

 待ち望んだ刺激にものすごく情けない喘ぎ声が出てしまったが、もうなにもかも手遅れだ。
 粘液を肉壁に擦り付けながら蠢く触手たちは、数日間使わなかっただけですっかり貞淑に閉じてしまった後孔を性器へと戻すべく働いている。
 さっきまでは俺が深谷に覆い被さってマウントを取っていたのだが、今は腰が砕けてしまって崩れ落ちているような有様だ。深谷の肩に縋りつき、余計な力を抜いて早く準備が終わるように協力することしかできない。
 勝手に出てくる涙で滲む視界に、美味しそうな肌色があった。口に含むと固くて、横に長くて、深谷の鎖骨だろうと思う。

「ん、ふぅ……んっ……」

 細触手だけでもナカに入られるとめちゃくちゃ気持ちいいが、如何せん準備の間はちょっとヒマだ。
 暇つぶしに深谷の鎖骨を吸う。
 深谷の体はどこもかしこも触手の集合体なので、この鎖骨も厳密には骨が入っていないと思うのだが、明らかに奥が固い。軟骨みたいなものは通ってるのだろうか。それとも筋肉の硬さか。

「あーもう……今日の新さん積極的すぎて最高……」
「んぁあっ」
「だいぶ解れたので挿れるね。これが欲しかったんだよね?」
「……ぁ……」

 深谷に乗り上げていた体をころんと横に転がされ、向き合った男の腹から出てきたものにごくりと息を呑む。
 太くてデカくてトゲトゲしてイボイボした、およそ人間用ではない触手の生殖器。ピストン運動よりも、玩具のバイブみたいにナカでグネグネと上下左右に動くことが得意なそれは、待ち望んでいたものだった。
 太腿を抱え上げられ晒された尻穴に、極太生殖器が容赦なく侵入してくる。

「あ、あ、────っ」

 俺は深谷に強くしがみついて、歓喜の声と涙を垂れ流した。
 カリにあたる先端部分が肉の輪を通過して、ぐちゅっと音を立てた瞬間に視界と思考がホワイトアウトする。

「え、イっちゃった? まだ先っぽ挿れただけなんですけど」
「……ぁ、ひ、ぁあ……いお、り……」
「新さんには悪いけど、俺も結構限界なんで奥まで挿れますね」
「あーっ、あぁーっ!」

 深谷が定位置で止まるまで、何度も絶頂した気がする。ただ押し込まれてるだけなのに異常に気持ちがいい。
 ほとんどはメスイキだけど何回かは射精もしていたらしく、出たそばから触手が精液を舐め取っていく。そのザラザラした感触すら気持ち良くて身悶えするが、触手に拘束されているので満足に動くことはできない。
 仕方なく深谷本体に抱きつくと、つむじの辺りに笑い混じりの呼気が当たった。

「何笑ってんだよ」
「新さんがかわいくてつい。奥まで入りましたけど、30分はこのまま動かないのでそのつもりで」
「あーそっか……まぁここまでくれば何だっていい」

 汗でべたついた髪を掻き上げると、額にキスされた。
 ゆるやかなセックスの中で空白時間ができたせいか、賢者タイムに入ってしまったが、入れたままの生殖器も深谷のことも遠ざけたいと思わない。不思議だ。
 さっき吸い付いていた左の鎖骨が少し赤くなっている。指で撫でると、くすぐったそうに揺れた。

「ここって骨入ってんの?」
「入ってないです。本来骨が入ってる部分の触手は元々固くなってて」
「へぇ~」

 雑談をしながら時折唇を重ねる。
 ちゅ、と音を立てて粘膜が離れると、また少しだけどうでもいい会話をする。

「今って精気食ってる?」
「吸収してます」
「いつもと違うか?」
「ちょっと濃い気がしますね……あと量もすごくて、直接吸わなくても食べ放題というか」
「はは。俺食べ放題か」

 お互いにぴったりくっついたまま笑うと、内側もつられて動いてしまう。
 不意の刺激に息を詰めると、深谷はちらりと時計を確認した。

「そろそろ時間なので、動きますよ」
「ん……」

 休憩したのにじんわりと汗ばむ体を抱え直され、触手が動き出す。
 こうなったらもうお手上げで、俺はヤツに翻弄されるだけだ。何回イってもやめてもらえないし、深谷が満足するまで体と生命力を貪られる。

「んぅ……ひ、ぁあっ」
「ナカすごいうねってるよ、新さん。それにぎゅうぎゅう締め付けてきて……いつもより興奮してる?」
「やっ、あっ、そこ、きもちよすぎてだめ……っ」
「そんなこと言われてやめるわけないでしょ? ホント新さんは奥責められるのが好きだね」
「おくやだ、やぁ、あ────……」

 丹念に拓かれた体は最奥の結腸口まで明け渡し、大きすぎる快楽の波に翻弄されながら震えることしかできない。しがみつく力すら失って脱力しても、全身を拘束している触手が俺を逃さない。
 出すものがなくなり、自分ではほとんど動くこともできず、道具のように扱われていると意識した瞬間にそれすら被虐的な快感に変わる。思考回路までもはや末期だ。
 がくがく揺れながら、腹の奥に注がれる感覚を享受する。熱くて熱くてどうにかなりそうだ。精液では決してないそれを、自身が喜んで飲み込んでいることすら悦楽に繋がる。

「はっ、はぁっ……すみません、しばらくはこのままで」
「いいよ……すげーきもちよかった……」
「俺もです。すごいですねこれ。また時間あるときにしましょうね」
「ん? んー……」

 とろとろと眠りに落ちかけている時に掛けられた言葉と自分がした返事は、後になってみると全く覚えていなかった。
 腰がガタガタになって、久しぶりにまともに歩けなくなった月曜の朝。
 リモートワークで座りっぱなしの勤務体制にこれほど安堵することもない。

「ポリネシアンセックスは封印する」
「えぇっ、またやってもいいって新さん言ったじゃないですか!」
「言ってない。記憶にございません」
「そんなぁ……いや、わかりました。でもせめて禁止はやめてください、頻度は話し合いましょう。新さんだって満足したでしょ?」
「……」

 正直言って、とんでもなく気持ち良かった。
 今までだってとても人間向けじゃない快楽の極地みたいなところにいたのに、ポリネシアンセックスはそれ以上だった。
 恐らく、心のつながりがより強調されて、肉体の快感にもつながったんだろう。愛されている実感というか────いや平日の朝から何考えてんだ俺。

「わかった。ただし厳しく条件つけさせてもらうぞ。最低でも5日目が休みの前日に来るような連休じゃないとダメだ」
「はい。またしましょうね」
「…………ん」

 妙に情熱的に強く押してくる深谷に気圧されながらも俺は頷いた。
 そしてその後すぐに、条件の良い連休が二ヶ月後に存在することが判明して揉めるのだが、結果は……お察しのとおりだ。
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