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番外編
ぶらり触手と温泉旅情
しおりを挟むその日、帰宅した新はいつになく元気だった。
「深谷!」
「わっ、おかえりなさい」
「ただいま! 旅行に行くぞ!」
「え?」
何を言い出すのか、ずいぶんと急な話だ。
新はカバンとジャケットを乱雑に自室へ放り込んだかと思うと、リビングのソファで寛いでいた深谷の膝に乗り上げてきた。
これほど積極的な新は珍しい。
嬉しくて抱き締めようとした深谷の腕を無下に振り払い、新は手にしていたパンフレットを深谷の鼻先へ突きつけた。
「見てくれ、良さそうな宿だろ」
近すぎて焦点が合わないパンフレットの写真を寄り目で見つめる。
ツルツルした紙面を余すことなく使ったその旅館の紹介記事は、魅力的で心躍る写真や文言が詰め込まれていた。
日帰りで行ける距離の有名な温泉観光地の名が記されたページには、磨き上げられた黒光りする座卓に所狭しと並べられた、地元の食材をふんだんに使った豪華な和食料理の写真が大きく掲載されている。眺望にも優れており、窓からは新緑の木々と、すぐ近くを流れる小川が見えるという。観光に繰り出すのにもってこいの立地で、大浴場では美しい夜景を見上げることができ、それどころか部屋にまで露天の風呂がついているらしい。
「素敵な宿ですけど……結構高いところじゃ?」
たまに出張で地方のビジネスホテルに泊まることはあるが、こんな立派な宿、それもいかにも格調高く歴史もありそうな「旅館」に泊まった経験は深谷にはない。
人間とは一線を画す生態を誰にも知られないようにするため、常に気を張って生きてきた。
普通の人間らしく、一定の年齢になってからは学校に通い、集団生活を学んだが、学校主催の宿泊を伴うイベントには一度も参加できなかった。
今より若かった頃の深谷は触手の制御が完全でなく、人間とは違う裸体を他者に見られるわけにいかなかったからだ。睡眠中に無防備になると触手が出てしまうことも多く、修学旅行などは常に欠席だった。
社会に出てからは忙しくて旅行に行くことなど考えもせず、ビジホや、社員研修で宴会場があるような大規模なホテルに何度か泊まったことがある程度。
そんな深谷の経歴を知ってか知らずか、新は旅行が確定事項のように饒舌に話す。
「そうそう、結構いい値がするとこらしいんだけどな、職場の先輩がここのオーナーの弟……じゃないや、従兄弟? 親戚だっけ? そういうやつらしくて、割引券くれたんだよ。俺と山野と、あと何人かに」
「そうなんですね」
「んで今日俺ボーナス振り込まれてて、それが思ったよりあったからさ。いつもは貯金に回しちゃうんだけど、たまにはいいかと思って」
堅実な暮らしぶりの新は、倹約家というほどではないものの無駄遣いをほとんどしないタイプだ。
それが今回は、割引券プラスボーナス増額という喜びに羽目を外す気になったのだろう。
「山野なんかは今フリーだから一緒に行く相手がいないって吠えてたけど、俺は、ほら、おまえがいるし……たまにはいいかなって」
言いながら照れてきたのか、新の言葉は尻すぼみになっていった。
それがたまらなく嬉しくて愛おしくて、深谷は遠慮なく恋人の体を抱き締める。今度は振り払われなかった。
「行きましょう、ぜひ」
「そうか! じゃあ早速予約取っとくから」
了承の言葉に嬉しそうに破顔する恋人がかわいすぎて、すぐさま唇を奪ったことは言うまでもない。
新のボーナスをあてにした旅行とはいえぶら下がるつもりなどない。
年上に良い格好をさせろなどと時代錯誤なことを言う新を説得と物理で黙らせ、費用負担の割合をきっちり話し合い、一ヶ月後に予約を入れた。
パンフレットはリビングのテーブルに常に置かれ、時折眺めて楽しみだと言い合う。そんな時間すら愛おしい。
カレンダー通りに勤務している二人の時間を合わせるのは難しくない。
予約を入れたのは連休でもなんでもない週末だったが、旅行の予定があるというだけで互いにそわそわと落ち着かず、平日が過ぎ去るのが早かった。
そして、あっという間に旅行当日。
「ネコ次郎さん、大丈夫でしょうか」
「一日くらいは大丈夫だ。給餌器出してきたし」
普段は飼い猫のネコ次郎が家にいるため、誰もいない時間を極力減らす努力をしているが、旅行となれば別だ。
ネコ次郎が腹を空かせないよう、タイマーをセットするとフードが出てくる機械を引っ張り出して、留守を任せてある。
ちなみに普段から自動給餌器を使わないのは、新曰く「人間より機械にネコ次郎が懐いてしまって寂しいから」だという。拗ねて唇を曲げた新が可愛かったことも同時に思い出す。
たどり着いた宿泊先は、和風でありながらもモダンな造りの典雅な宿だった。
「うわぁ、風情のある建物ですね」
「写真で見るより立派だな」
「……ホントに割引効くんですよね?」
「……恐らく……」
新曰く「お調子者の先輩」からもらったペラ紙の割引券に若干の不安を覚えつつ宿へ足を踏み入れる。
出迎えてくれた着物姿の女将に、挨拶もそこそこに割引券を確認してもらったが、有効なものであるとわかった。肩の力が抜ける。
「すげー広い部屋! 思ったより古くもないし、いいとこだな」
「ですね。わ、新さん見て見て」
「おぉ露天風呂か」
広々とした和室の居間、応接間のようなテーブルセットが置かれた窓辺の謎空間を覗き、シンプルで機能的な洗面所を経由して屋根のある屋外に出る。そこには露天風呂があった。
一般に露天風呂つき客室と言うと、巨大な陶器の桶が置いてあるようなものや檜風呂がせいぜいという印象だと、新は言っていた。
しかしこの宿のものは、大浴場にあっても遜色ないような岩風呂だ。
小さな注ぎ口から熱い湯が絶えず流れ出て、白い湯気がもうもうと立ち上っているが、外気の爽やかな風が空気をかき混ぜるため何とも言えず丁度いい湿気を孕んだ空間となっている。
普段恋人以外にあまり感情を動かさない深谷だが、この素敵な部屋には気分の高揚を感じていた。
いや、この情動もまた新と一緒にいられるからこそかもしれない。
窓辺の椅子で移動の疲れをしばし癒やした後、荷解きもそこそこに温泉へ向かうことになった。
「大浴場に行きたいけど……」
館内図を眺めながら、新がちらりとこちらを伺ってくる。
彼の視線には二つの心配が含まれていた。
異形である深谷が公衆の場で裸になることと、狭量である深谷が公衆の場に新の裸を晒すのを許可するか、ということ。
しかしどちらも自宅で既にじっくり話し合った議題だ。深谷はにっこりと余裕のある笑みを浮かべてみせた。
「大丈夫、人目のある場所でやらかしたりしません。大浴場は一回だけ、ですね」
「もっと入りたかったら客室の風呂。それで良かったよな?」
「えぇ、行きましょう。新さん楽しみにしてたでしょ」
本音を言えば、他の人間に恋人の肌を1ミリたりとも見せたくない。
しかし新はそこまでの束縛を喜ばない。元々異性にしか興味がなかった人だ。
深谷が、新が接する「人間」すべてにほんのりと嫉妬していることなど、真に理解されることはいつまでもないだろう。
それでもいいと、彼を強引に奪ったのは深谷だ。自分の気持ちを抑えることで関係を維持できるのなら、少しくらい我慢することに苦はない。
しかし今回の「大浴場は一回だけ」は驚くべきことに、新から言い出したルールだった。
深谷の嫉妬心は理解できないが、恋人として意見のすり合わせはしてくれる。そんな大人な対応ができる新のことを、心の底から愛おしいと思うし、同時に少しだけ眩しく思う。
「うわぁ……広いな」
「設備きれいですね。他の利用者はまだいないみたいです」
「貸し切りか! 露天の方行ってみようぜ」
「はい」
ざっと体を洗い、ひと気のない曇った内風呂エリアを通り過ぎ、ガラス戸を押し開ける。
踏み出した石のタイルはとても冷たく、二人はそそくさと小走りで熱湯に身を沈めた。それから周囲を見渡して、大きな岩石に取り囲まれた広い湯船や、晴れやかな眺めに感嘆する。
「空と自然がすごいですねー……」
「天井がないのいいな。だいたいこういうところは、露天と言いつつ空が覆われたりしててがっかりするんだけど」
「新さん、湯加減はどうですか?」
「気持ちいいよ。深谷は?」
「ちょうどいいです。はぁ……自然と力が抜けますね」
他の客がいないのを良いことに手足を伸ばすと、強張っている自覚すらなかった肩や首の筋肉が解れていくように感じる。
横を見ると新も脱力し、気持ち良さそうに目を閉じていた。
赤く染まった頬や、湯の下で揺れる手足を見ると、湯の効果だとわかっていても情事のときの恋人を思い起こしてしまう。深谷は慌てて景色へと視線を逃した。
「きもちいなー……深谷、首は大丈夫か?」
新の問いかけは、脱力するあまり触手が出そうになっていないかという意味だ。
深谷は念のため手ぬぐいを首に巻いていた。精神力だけで触手を制御出来てはいるが、万一がないとも言えないからだ。今のところ触手がまろび出る気配はない。
しかし新の質問は、深谷の予想とは違った意味を持っていたらしい。
「誰もいないし、ちょっとだけ出してみる……?」
思わず見開いた目で見つめた恋人は、とても悪戯っぽい笑みを浮かべている。
弧を描く目元に真っ赤な頬、綻んだ口端、深谷を見上げる潤んだ眼差し。どれもこれも、わざとやっているわけではないのが彼の恐ろしいところだ。
深谷は一瞬あれこれ思考を巡らせたが、結局首を振った。
「ここではやめておきます」
「そか」
特に気を悪くした様子もなく引き下がった新に、「ここでは」触手を出さないと言った意味をきちんと理解しているかどうか、深谷はあえて追及しなかった。
内風呂にも足を向けたり、水を浴びてもう一度露天へ浸かったり、サウナを覗いてみたり、一通り楽しんで大浴場を後にした。
脱衣所のウォーターサーバーでがぶがぶ冷水を飲んでしまってから、思ったより体内に熱が溜まりのぼせる寸前だったことを知る。
「はぁ……しばらく部屋で休憩するか」
「ですね。お茶淹れますよ」
「ありがとー……」
浴衣姿の新は、部屋に入るなり畳に転がった。座卓に茶を出したがすぐには手を付けない。かなりリラックスした様子だ。
深谷は座椅子でお茶をすすりながら、窓から見える景色をぼんやり眺めた。
こんなに静かで穏やかな時間はいつぶりだろうか。
近頃はお互いに仕事が忙しく、家でも常に何かの目的を持って活動していた気がする。
何もせず、何も考えず、ただ心休めるためだけの時間。
「贅沢ですね……」
「なー」
脈絡もなく呟いた言葉に、すぐに新が同意を示してくれたことがじんわりと嬉しい。
深谷はいそいそと畳の上を膝で歩き、新の横にごろりと寝転んだ。
すぐ目の前に恋人の薄赤い横顔がある。こちらを向いて、仕方なさそうに笑う顔がある。
「後で部屋風呂も入りましょうね」
「風呂入ったばっかなのに次の風呂の誘いか?」
「堪能しないともったいないでしょう」
「そりゃそうだ」
求めるどころか触れ合うこともない距離だったが、深谷は飢えたものを感じなかった。満ち足りている。
畳のない家に住む二人はひとしきり井草の匂いを満喫し、窓辺のテーブルでパンフレットを見ながら取り留めなくしゃべり、配膳されてきた夕食に舌鼓をうった。
大きな座卓が狭く感じるほど皿が並び、小さな七輪まで用意されすき焼き鍋がぐつぐつ言っている。その上どれもこれも今まで食べたことがないほど美味で、味噌汁から小鉢のおひたしまで余すことなく絶品だ。
感動をそのまま伝えると、新はくすくすと笑ったが、すぐに無言になった。
「そうか、おまえ旅行行ったことないんだもんな。遠出して美味しいもの食べるとかも、ほとんどないのか」
「ほとんどというか、新さんと食べに行くか、仕事の付き合いで外食する以外は特に……」
「……そうか」
新はこの時、この先たくさんの機会を設けて家庭料理(と精気)以外の美味しい食事を深谷に体験させてやりたいと決意を固めていたらしい。
そんなことは知らない深谷は、新の精気に勝るものはないが十分美味い、などと思いながら呑気に料理を咀嚼していた。
すべての皿がきれいに片付き、くちくなった腹を抱えてゴロゴロしている間に女将の手によって食卓が片付けられた。畳に寝そべりテレビを付けると、普段と違う番組が映ることに妙な旅情を覚える。
「さてと。風呂入るか」
窓辺でぼんやりと外を眺めていた新が、よっこいせなどと言いながら腰を上げた。
当然のように後ろについてくる深谷に気付き振り返る。
「おまえも入んの?」
「もちろん」
「そか」
一緒の入浴を拒否されなかったことに、深谷は喜びを噛みしめる。
自宅の風呂場は標準的な体格の成人男性にとってそれほど狭いわけではないが、広くもない。男が二人で入るのはかなり難しい。
狭い浴室では触手を出しにくいため、深谷も無理に一緒に入浴しようとは言わない。普段は。
新の後から脱衣所に入ったのに先に浴衣を脱ぎ捨てた深谷は、いそいそと屋外の風呂場へ向かった。湯船に身を沈め、新を待つ。
「おまたせ……うわっ」
案の定の反応に笑いながら、深谷は両腕を広げて新を歓迎した。
「遠慮なく入ってきてください」
「いやぁ、薄々想像はしてたんだが……夢に出そうだなこれ」
男二人でも広々使える岩風呂の中は、触手でいっぱいだ。
湯の下をうぞうぞと蠢く無数の触手は、湯船の縁にまで溢れてウネウネと踊っている。
夜の露天スペースは暗闇に沈み、仄かな行灯の明かりが触手の異形っぷりをより引き立てる。
逡巡し、足先で触手をつついていた新は観念したか、はたまた屋外の夜風に寒気を感じたか、ゆっくりと触手風呂へ体を沈ませた。
暗色に彩度を失っていた触手たちが待っていたとばかりに絡みつく。
「大浴場でやけに大人しかったのは、これを狙ってたからか……」
「そうですね。他人に見られる危険もないですし、ここなら遠慮しなくていいので」
「俺には遠慮しろよ……?」
抵抗しない恋人の体を抱き寄せながらゆるく拘束し、ほぅと息を吐き出す。
新の部屋に転がり込んだ当時に比べ、今の新はほとんど深谷を拒絶することはない。いっそ心配になるほどに、年下の触手生命体の意思を尊重してくれる。
だからといっていつでも受け入れてもらえるとは限らない。
深谷の甘えはいつだって新の気配や表情を伺いながら仕掛けられている。
想いを交わした後のほうが何もかも恐ろしく思え、臆病になった。
「新さん……」
「ん」
顔を近づけ名前を囁いただけで、瞼を伏せて唇を差し出す恋人のなんと愛おしいことか。
ありがたく据え膳を頂きながら、湯で火照り始めた肌を堪能する。
舌を引きずり出して吸い上げると、塞がれた口腔から呻き声が漏れる。苦しげなそれが、苦痛によるものではないことを注意深く確認しながら下肢へと触腕を伸ばす。
「新さん、していい?」
上目遣いにお伺いを立てるのが遅いことも卑怯なこともわかっている。
普段は慎ましい胸の頂きは弄ばれて薄紅に色づいてしまった。もう二度と本来の使い方ができない性器はすでに固くなって身を擡げている。まだ何も挿入れていない窄まりはひくひくと疼いて、答えなんて聞くまでもない。
しかし深谷はそのプロセスを飛ばすつもりはなかった。
出会ってすぐの頃、異常な飢えと喜びと欲望が入り混じって己を制御できなくなり、ほぼ無理やりに精気を奪ってしまったことを、深谷は未だ忘れていない。
一生忘れてはいけないと自らを戒めている。
だからこそ新の意思を尋ね、受け入れられるたびに歓喜を味わう。
「ん。のぼせないように、な」
「そうですね。気をつけましょう」
想いを通わせてからというもの、新は深谷をほとんど拒まないでいてくれる。
当然、お互い社会人であるからスケジュールを鑑みて、また新の体調を常にチェックしている深谷だからこそ適切な時にのみ誘っているのだが、だからといって普通なら断られることもあるだろう。
なのに拒否をされないのは、新が深谷の恋慕や献身に報いようとしてくれているからで。
「はぁー……新さん大好き……」
「乳首つまみながら言うことか?」
「新さんも新さんの乳首も大好きってことです」
「何言ってんだ」
仕方なさそうにくすくす笑う唇に吸い付き、湯の中で揺れる性器と後孔を同時に触指で責め立てる。
健全な笑い声はすぐに淫靡な喘ぎに置き換わった。
「あぁっ……お湯、なか入っちゃ……っ」
「大丈夫です。新さんのナカに入って良いのは俺だけなので」
「なに、言ってん……っ、ぅ、ぁあ」
粘液を分泌しながら奥へ進む細い触指は、湯が入り込むことも許さない。
ここは深谷だけのものだと知らしめるように蠢き、男を受け入れられるよう淡々と準備していく。
「入れるね」
「ん……ふ、うあ、ぁ────……」
ぽっかりと緩んだ後孔を太腿ごと持ち上げ、生殖器を挿入する。
ぬめりを纏った長大なそれは、しとどに濡れぬかるんだ蕾に嬉々として迎え入れられた。左右にのたうちながら行き止まりまで進む。
新は全身を赤く火照らせ、喘ぎながら激しく呼吸を繰り返している。
このままではのぼせてしまうかもしれない。新の体調を損なうのは本意ではない。深谷は触腕でそっと恋人の体を湯船から出し、浴槽を縁取る大きな岩に太い触手を並べ、そこへ新の体を横たえた。
対面座位のような姿勢で向き合うと、新は自然に腕を伸ばし抱きしめてくれる。そのままゆっくりと再開しようとして────遠くで物音がした。
────わーすごーい!
────きれいだねーあははは……
新の体が露骨にびくりと震え、ナカがぎゅうっと閉まった。思わぬ刺激に深谷も小さく呻く。
「ふかや、ヤバい、人いる」
「えぇ、結構音聞こえますね……」
「どうしよ……」
絡み合う視線で、どちらも行為を止める気がないことが伝わった。
高められた熱をどうにかしない限りどうしようもない。羞恥か熱さのためか、潤んだ焦げ茶の瞳に深谷は優しく微笑む。
「声、我慢してくださいね」
深く口付けながらナカを優しく抉る。
新が零す悲鳴のような嬌声は深谷の口腔に吸い込まれ、ぱちゃぱちゃと立つ水音が交合の淫靡な響きをかき消していく。
(もしかして、いつもより興奮してるのかな……?)
暴れまわる触手生殖器に負けじと肉壁を引き絞る新は、呼吸の苦しさだけではなく昂ぶって見える。
身を捩って自らも腰を揺らめかせる仕草は、他の宿泊客に行為がバレてしまう恐れなど感じていないかのようで。
普段はしっかりと己を律し、エロいことなんて全然してませんと言わんばかりの立派な社会人をしているというのに。恋人の新たな一面を垣間見て深谷の下半身により血が集まる。
「んぅ、うーっ……!」
酸欠に陥りかけながら絶頂した新に続けて、深谷も最奥目掛けて生殖器を突き挿れた。体液が大量に放出され、蠕動する腸壁に擦り込むようにゆるゆると襞を撫でる。
他の宿泊客のものと思しき声はまだ聞こえているが、くったりと触手に身を預ける新の耳には届いていないだろう。
そっと生殖器を抜き、ほとんどの触手を収めて数本の触腕だけを残す。抱き上げても新は抵抗せず、むしろ深谷の胸に寄り掛かるように体を傾けた。
年上の恋人が脱力しきって甘えてくれることに今日何度目かの感動を覚えつつ、腕の数が多い利点を総動員して素早く濡れた体を拭き、居室へ戻る。
夕食時に女将が敷いていった布団に新を寝かせ、まだ少し湿った黒い髪を撫でていると、薄っすらと新の目が開いた。
「深谷」
「このまま寝ていいですよ」
「寝ないけど……こっちこい」
眠そうに緩んでいる声で呼ばれ、深谷は取るものもとりあえず布団へ上がり、いそいそと寝そべった。新の腕が深谷腰を引き寄せ、横臥で抱き合う形になる。
「一回で足りんのか?」
「えぇ、ご心配なく。新さんに無理させられませんから」
「……」
いつも週末は最低三発はヤっている。その分精気もたんまり摂取させてもらっている深谷だが、今にも眠りに落ちそうな恋人に無体を強いるわけにはいかない。
明日は観光の予定だから歩き回るはずだし、体調は万全だったほうがいいだろう。
そう配慮したのに、新はなぜか頭突きをしてきた。軽い衝撃だが、胸を突かれて一瞬息が止まる。
「新さん?」
「なんだよ……今日はもういらねーの……」
「えっえっ」
「……察しろ」
そっと上げさせた恋人の顔は赤く色づき、眠気ではなく情欲に潤んだ瞳に思考が絡め取られた。触れ合う下肢に熱が籠もっているのは、湯上がりだからというだけではないようだ。
珍しい新からのリクエスト。据え膳食わぬは男の恥。
一瞬で再び臨戦態勢に入った深谷は、思う存分触手を解放して愛しい恋人に奉仕を開始したのだった。
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