触手とルームシェア

キザキ ケイ

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第七話 触手と恋人になんてならない!

7-2

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 音もなくドアが閉まり、やっと前を向いた。
 消化不良で燻っていた長い恋の残骸が、やっとすべて灰になって昇華されていく。
 アリサのことは、心の片隅でずっと澱のように溜まっていたのだと思う。吹っ切らせてくれたのが深谷だというのは業腹だけど、堕とされてしまったからには開き直るしかない。

「……ふぅ」

 予想外の来客を片付けて気が抜けた。妙に力の入ってしまっていた肩を軽く揉みながら廊下を戻る。
 ふと脱衣所の扉が開いて、ネコ次郎が出てきた。俺の顔を見て周囲を見回し、安全を確認してからリビングの方へ歩いていく。

「お、じろちゃん。そんなとこに隠れてたのか」

 ネコ次郎はチャイムが鳴るととりあえず脱兎のごとく逃げ、いくつかある隠れ場所に潜り込む。宅配や業者が帰ったら出てくるか、俺の友人などの場合は様子を見に恐る恐る顔を出すこともある。
 今回もきっと、脱衣所のバスタオル置き場の横の空間にでも入っていたのだろう。あとで隙間用クイックルしないと。
 そんなことを考えながら一歩踏み出した俺は、開いた脱衣所のドアの向こうに人影を見た。
 それは俺より背が高く大柄な男で、俺もアリサも気づかないうちに家の中に入り込んでいて、両腕に買い物袋となぜか自分の靴を抱えて立っている、深谷だった。

「ギャーーッ!」

 だがそれが深谷だと認識できたのは一瞬後だったので、俺はとりあえず絶叫して飛び退った。
 電気もつけず微妙に薄暗い脱衣所にいるはずのない人が立ってたら叫ぶよな。

「な、おま、何!?」
「ただいま帰りました」
「おかえり! じゃなくてなんでこんなとこに隠れてんだよビビるだろうが!」
「えぇと……ただならぬ予感を察知して静かに帰ってきたら案の定玄関に女性ものの靴があったので、すわ浮気かと思ってこっそり上がってここに隠れてました」
「浮気なんてしてねぇ!」
「聞いてたので今は誤解してません」

 俺は気を取り直して深谷から荷物を奪い、冷凍モノがないのを確認してキッチンへ向かった。
 冷蔵商品が表面に汗をかいている。深谷はしばらくはあそこでじっとしていたらしい。

「なんだよまったく、脅かすなよ……それにしても予感って。いかにも人外っぽいな……すげーわ」
「触手には予知能力とかないはずですけど。それより」
「へー。じゃあおまえ自身が持ってる第六感とかかな」
「それより新さん」

 野菜室にキャベツを収納して振り返ると、それほど強くない力で腕を取られた。
 ずいぶんと近い距離に深谷の端整な顔があって怯む。

「な、なんだよ」
「俺聞いてたって言いましたよね。ドア完全には閉まってなかったので、あなたとあの人の会話、よく聞こえましたよ」
「盗み聞きとは趣味が悪いな」
「ごまかさないで」

 唇が触れそうな距離だ。
 いつもならこれくらい深谷と近づいていれば、俺達はキスしてる。すぐに深い交わりに変わって、最終的にはベッドに縺れ込む。
 それくらいの熱量を深谷から感じるのに、俺達が触れ合っているのはまだ腕だけだ。

「新さん、誰に恋してるの?」
「……聞いてたんじゃねーのか?」
「新さんの口から言ってほしい。盗み聞きじゃなくて、ちゃんと聞きたい」

 まったくめんどくさい男だな。確信があるなら奪うくらいしてくれてもいいのに。
 あくまでも言葉を求めるのは、俺が今まで深谷を拒絶してきたからだろうか。ヤツ自身の臆病風ならともかく、俺のせいだと言うのなら、年上の男として手本を示すべきかもしれない。

「おまえだよ。俺が好きなのは」

 照れ臭くてごまかすような含み笑いをしてしまったが、なんとか言った。
 そうしたら返事もなく唇を塞がれた。
 おい、こっちの言葉は求めておいてそっちは何も言ってくれないのかよ。ここは情熱的なハグを交わし合って告白する場面だろうが。
 俺の不満なんてどこ吹く風で、俺の口腔を蹂躙する深谷の目はぎらぎらと輝いている。獲物を定めた目だ。こんな目の男に俺はもう何度も抱かれてる。

「んぁ……っ、ふかや、ベッド……」
「その前にシャワー行きます」
「え?」

 このまま直行コースだと思ったのに、俺は深谷の触手で脱衣所に引きずり込まれた。
 服を脱がしながら、珍しくいらついた様子の男が「あの女のにおいがする」と苦々しく言うので納得する。彼女は香水をつけていたから、僅かな時間だったが移り香があったのだろう。
 それにしても、なんだかおかしい。ついくすくすと笑ってしまって、深谷がきつく睨んでくる。

「笑い事じゃないですよ。だいたいなんで部屋に上げたんですか。まだ未練があったんですか」
「不可抗力だよ。もう入れない」
「当たり前です。あんな、自分からフッといて未練たらたらな性悪女なんて街ですれ違うのも許せそうにないです」
「そういうこと言うなって」
「なんでですか。あの女の肩もつんですか」
「俺といる時に女の話するな」

 俺と深谷の想いの総量は、きっと俺の方がずっと少ない。
 食欲と肉欲が入り混じった深谷の特大感情は、まだ恋を自覚したばかりの俺とは比べ物にならないほどだろう。
 だけど俺だって嫉妬くらいする。両想いになったばかりの今は尚更だ。
 深谷の刺々しい雰囲気が一瞬で抜け落ち、俺は服を全部脱ぎ落とされて抱き締められた。

「なんですかそれ……俺、新さんのこと好きすぎてどうにかなっちゃいそう……俺をどうしたいんですか……」
「おまえをどうにかしたいっていうより、俺がどうにかされたいって感じかな」
「あぁもう! 本当にどうなっても知りませんよ!」
「上等。せっかくの両想いえっちなんだからな」

 好きにしていい、という意味でしっかりと深谷に抱きつく。
 呆然とした声で「両想いえっち……」とつぶやいた深谷に笑う間もなく、俺は浴室へと運ばれた。
 お互いに一糸まとわぬ姿で、深谷は早くも触手全開だ。
 脱衣所でも、俺と会話しながら触手がガス給湯器を適温に設定し、バスマットとバスタオルを出していたのを視界の端で捉えていた。伸縮自在で自由に動かせる触手というものは本当に便利だ。
 今も触手の一本がシャワーを持ち、もう一本が蛇口をひねっている。
 深谷の本体はというと、ひたすら俺の体に触れている。顔ごと角度を変えながら唇を貪り、片手が腰を押さえ、もう片手は胸全体を揉みながら時折先端を掠める。
 俺の息子はとっくに臨戦態勢なのに、深谷の太腿に押し付けられているので自分で触ることができない。胸だって微妙に刺激が足りなくてもどかしいのに、深谷はそれ以上してくれない。

「ん、ん……っ」

 仕方がないので放置されている方の乳首に自ら手を伸ばした。
 正直物足りないが、何もしないよりはずっと気持ちいい。裸になったせいかぴんと立って震える先端を手のひらで転がすようにすると、甘い疼きが腰に溜まっていく。
 頭から降り注ぐシャワーの水滴が肌に当たるだけで快感が芽吹いていくようで、自分の体なのに制御できない恐ろしさがある。

「やば……自分でしてる新さん、エロかわいい」
「あっ、やめろ、見んな……」
「いや見るでしょこれは」

 深谷の目がさっきよりギンギンになってて、いっそ怖いくらいだ。男が乳首触ってる光景の何がそんなにヤツを燃え上がらせるのか。
 とはいえこんな至近距離で俺主演のチクニーショーをするつもりはない。
 背後でわさわさと蠢いている触手を一本掴んで、無理矢理前面に持ってきた。

「見てないで、ちゃんと触れ」
「っ、わかりました。また今度見せてもらいますから」
「今度とか無ぇし、ひぁあっ!」

 さっきまでの緩い触れ合いはどこへ行ったのかと思うほど、深谷の動きは性急だった。
 口が開くあの触手が胸の尖りをぱっくりと含んでしまう。中の粘膜は絶妙な動きで粒を嬲り、転がし、甘噛しては引っ張り、絶えず刺激を与えてくる。

「あっあっ、そこ、も、だめぇっ」
「もしかしてイきそうですか? イっていいですよ」
「やっ、やだぁ、あー……っ」

 今までおとなしかった深谷の脚が不意に動き、限界を訴えていた陰茎の裏筋を強く撫でた。胸を責め続けていた触手も狙い澄ました動きで乳首を強く吸い、俺は為すすべもなく絶頂した。
 ほとんど胸だけでイかされてしまった。まるで女のように……いや、女でもなかなかできないような方法で。
 熱気の篭もってきた浴室で、熱さだけではない理由で頬がかぁっと赤く染まる。

「も、ばかやろ……っ、だめだって言ったろ!」
「でも気持ちよさそうだったし、実際気持ちよかったでしょ? 敏感な新さん、すっごくかわいいよ」
「かわい、いって、言うな。俺はおまえより年上で、華奢でも美人でもない男で……」
「そんなの関係ない。新さんはかわいいよ───俺にだけ、かわいいところもっと見せて」

 イったばかりの過敏な肌に無数の触手が這い回る。
 ヌルヌルしたそれらはボディソープと粘液を体に塗りたくって泡立てていく。
 最初の頃、まだ俺たちの行為が純然たる強姦だった頃、こうしてよく体中にあの甘い粘液を塗り込まれていた。肌からも催淫成分が染み込むのか、俺はあり得ないほど乱れて快楽の虜にさせられてしまっていた。
 あのときのようにまたわけも分からず惑乱させられてしまうのだろうか。
 怖いはずなのに、ぞくぞくと背筋を駆け抜けるのは恐怖じゃない。

「はぁ、あっ……ふかやぁ……っ」
「ふふ。体洗ってるだけなのに気持ちよくなってきちゃった? 困った人だなぁ」
「おまえが……! おまえのせい、だろ……っ」
「うん、俺のせいだね。いっぱい気持ちよくなろうね」

 膝が笑って立っていられなくなった俺を触手たちが軽々と抱え上げた。
 そのまま浴室を出るのかと思いきや、触手は俺の腰だけを落とさせ、両足をしっかりと持ち上げる。
 そうして出来上がったポーズはまるで深谷に向けて後孔を見せつけるM字開脚のような恥ずかしいもので。ぎょっとした俺はさすがに暴れた。

「おい! なんだよこの格好! 離せっ」
「ついでだからココも少し柔らかくしていきましょ。あったかい場所の方がほぐすのラクそうだし」
「嘘だろ、やめ、ヒッ……!」

 無防備な尻のあわいに細い触手が躊躇なく潜り込んできた。咄嗟に目の前の男にしがみついて衝撃を耐える。
 腰をくねらせても、尻に力を入れても、粘液を纏った触手の侵入を妨げることができない。何しろこの体はすっかり作り変えられてしまっていて、触手の侵入を嫌がっているのは俺の意思だけだ。
 細触手が奥に到達する頃にはすっかり抵抗の意思も失せていた。
 むしろ一本だけじゃ足りない。気持ちいい場所を全部素通りされてしまったから。
 物欲しげな目で見てしまったのだろう。見上げた深谷はにんまりと笑って、今度は同様の触手を数本アナルにねじ込んできた。

「あぁぁっ、や、ぁ……」
「ほぐすだけでもこんなに気持ちよくなっちゃって、体力持つのかなぁ」

 ほぐすだけと言いつつ毎回嬲り尽くすだろ! と文句を言いたいのに、口を開けば喘ぎ声しか出ない。
 過ぎた快感に身動ごうとしても、背中はべったり浴室の壁に押し付けられているし、それ以外は触手が雁字搦めに固定しているので逃げ場がない。

「や、ぁあ……イきそ、ふかや、イっちゃう……っ」
「おっと。ダメですよ」
「ぁああっ! うそ、なんでっ」

 今にも吐精せんとばかりに膨れていた陰茎に触手が絡みつき、ぎゅっと圧迫してきた。さらには極細触手が尿道に入り込んでしまい、物理的に射精できなくされてしまう。
 内臓が傷つく恐怖に固まった俺をよそに、深谷は細触手を後孔からすべて抜き去った。

「あっ……」
「そんな寂しそうな声出さないで」

 シャワーの温水と涙でぐしゃぐしゃの顔に宥めるようなキスが落とされる。

「だ、出してねぇよ! それより触手全部どけろっ、姿勢が不安定で怖いんだよ」
「落とさないよ。それに今日はやってみたいことがあるから」
「え、な、何……」

 なんだかんだ言って俺はもう数えることを放棄するくらいには深谷とそういう行為をしてきたが、ヤツの生殖器が登場する瞬間を見たことはなかった。
 必死にしがみついている深谷の首、その真下。
 バキバキには至らない、ちょっとだけ鍛えてる風の、実際は触手の塊なだけのシックスパック。その中央が割れて、中からアレが出てきた。
 普段は体内に収納されていて、戦闘態勢に入ったときだけ露出される触手の生殖器。
 興奮によって勃起する人間のそれとは違って、出現した段階で最大サイズになっているそれが、重力に従って俺の腹にびたんと落ちる。

「う、わ……」

 思わず唸ってしまったのも無理はないだろう。
 媚薬で思考と警戒心とアナルを溶かされているとはいえ、普段俺はこんなものを咥え込んでいるのか。現実を思いっきり見せつけられてしまった。
 というか下肢をぴったりくっつけているわけでもないのに俺のへそを軽く超えるこの長さが本当に俺の腹に入っているのか。直腸って20センチくらいしかないというけど収まってなくないか。
 怯えた目で見上げた俺に、深谷はにっこりと良い笑顔を向けた。

「新さん、四十八手って知ってます?」
「……相撲の決まり手の……」
「そっちじゃなくて。わかってるでしょ? 一個試してみたいのがあって」
「う、嘘だろおいまさか」
「櫓立ち。いわゆる駅弁ですね」
「ぃ、やだ、やめ、ひ……ぁ、あ───!」

 デカくて長くてグロテスクな触手の生殖器が、無慈悲にも後孔に充てがわれた。
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