64 / 74
第四章
58.現場デビュー
しおりを挟む
副都守備隊へ実習に来て一週間が経つ頃には、タビトたち学生の立ち位置や、やるべきことがはっきり見えてきた。
とにかく体力が必要な仕事だ。
もちろん力もいるし、知識や経験も身につけていかなければならない。加えて協調性も必須。
それほど言葉がうまくないタビトは、コミュニケーション面にやや課題がある。
だが資質がないと落ち込むほどではなかった。
瞬発力や獣型の膂力については、隊長からお墨付きをもらうほどだ。反面、人型時の膂力および持久力のなさは指摘された。
部分獣化でパワー面はカバーできても、持久力は鍛えるしかない。
越えなければならないハードルはあるが、どれも努力でなんとかできるはず。
希望を胸に、厳しい訓練をこなしていく。
そうしていないと疲れ果てて気力が尽きてしまいそうだった。
騎士学校の実技授業はまだ生ぬるかったのだと悟るほど、きつい訓練メニューを毎日こなし、へとへとになって寮へ帰る。
「座ったら寝てしまう」と言う級友たちと共に立ったまま食事を掻き込み、濡らした布で雑に汗を拭い、ベッドへ倒れ込む。
連日そんな有様だったがなんとか努力を認められ、明日から現場の仕事に従事できることになった。
今日は待望の休日だ。
「毎日大変だね。でも苦労の結果は出ていると思うよ、学校にいたときより筋肉がついているし」
「ほんと?」
「もちろん。さ、次は魔素の測定をしよう」
診察のために脱いでいたシャツを羽織り、腕を差し出すと細い針を刺され血を抜かれる。
血を抜くことで、病気だけではなく魔素のことまでわかるのがなぜなのか、タビトは未だに理屈がわかっていない。
かねてから招待されていたハカセの研究所に、今日初めて足を踏み入れた。
研究所は副都の郊外にあり、静かな林の合間に見慣れた赤茶のレンガ造りで佇んでいる。
中は意外なことに整理整頓されていた。
聞けば、研究資料を紛失したことで助手にこっぴどく叱られ、片付けたばかりらしい。
散らかってこそいないが、大量の書物と紙束、よくわからない機械、それからあらゆるところに植物のプランターが吊り下がり、壁にはリースやスワッグが飾られているので雑然としている。
草花特有のなんともいえない匂いが何種類も室内に満ちている。
「僕は博士であり医師であり、薬師でもあるんだ。これは全部薬草になる植物だよ」
物珍しげに室内を見回すタビトにハカセは微笑む。
その間にも整然と置かれた機器のいくつかが稼働していて、タビトの血液を分析している。
「魔素の総量はさらに増えているね。さすが大型獣だ」
「大型だと魔素が多いの?」
「傾向としてはね。大型獣は人型も大きい者が多いだろう? 豊富な魔素で大きな体を形作ることができるんだ」
タビトは思わず手を見下ろした。
獣型では最大級のトラであるタビトの人型は、女子にまで見下されるほど小柄だ。
なまじ騎士学校には肉食獣が多いから、タビトより小さい生徒はいないのではないかと思うほど。魔素が豊富なら、どうしてこちらに反映されないのだろう。
言わずともタビトの苦悩がわかるハカセは、眉を下げて苦笑した。
「以前話したことを覚えているかな、色素欠乏について」
「うん。僕みたいなのは、本当は弱かったりすぐ死んじゃったりするって」
「そうだね。そういう特徴がタビトにはないことも話した。それが魔素によって補われているのではないか、という仮説も」
以前ハカセがレグルスの屋敷に来た際、タビトの魔素は十分にあるのに人化できない理由について説明してくれた。
色素欠乏の生き物は光に弱かったり、目や関節の機能が不全だったりする。
しかしタビトにはそういう特徴がない。
タビトが特別丈夫な体という可能性はあるが、人化が遅かったこともあり、体の不具合を魔素で補っているのではないかという説が濃厚だ。
つまり体を健康に保つ方に魔素が使われていて、人型の成長に割く分がない、ということで。
「僕もう大きくなれないのかなぁ……」
「はは、諦めるのは早い。魔素は順調に増えているし、下降減退もずっと先の話だ。希望はあるよ」
「ほんと!?」
「でもまぁ……レグルス坊っちゃんくらい大きくなるのは諦めたほうがいいかもしれないけど」
上げて落とされた。がっくりと項垂れるタビトに、ハカセはいたずらっぽく笑う。
騎士学校で再会したハカセとレグルスは、同じくらいの背丈だった。
ハカセはレグルスの成長を喜んでいたけど、タビトは羨ましくて仕方がなかった。
「でもタビトみたいに小柄な子は、首都なんかでは人気かもしれないな」
「そうなの?」
「なんでも若い子たちの間で、細身な人型が流行してるらしいんだ。痩身小柄なものをありがたがったり、細く見える服を着たりね」
「えー? 僕は少しでも大きい方がいいと思うけどなぁ」
「若者の流行だからね、詳しくは知らないけど……どうも、人型が小柄イコール魔素が少ないと考えて、魔素を減らす努力をするなんて者もいるらしいんだ」
「魔素を減らす? どうやって?」
曰く、この世界には魔素があらゆるところに溢れているが、獣人里離れた場所には獣人の魔素を吸い取ってしまう秘境があって、そういう場所の噂を元に郊外へ旅行に繰り出す若者が増えているとか。
それから眉唾ものではあるが、魔素を吸い取ると謳って売られているアイテムがあるらしい。
「仮にそういう場所やモノが本当に効果を持つとしたら、とても危険だ。魔素を体の維持に使っている君は特に。わかるよね」
「うん。気をつける」
「わかっているならいいんだよ、タビトはおりこうさんだ」
「子ども扱いしないでよハカセ!」
診察が終わり、疲労回復の効果があるというお茶で一服しながら他愛もない話をし、タビトはハカセの研究所を辞した。
ハカセは別れ際に「得体の知れないものには直接触らないように」と念押しした。
しっかりと頷いて応えたが、副都の守備隊に所属するようになればそういった物品との接触もありうるかもしれない。
対処法を考えておかないといけない、と気を引き締めた。
タビトが二ヶ月を過ごすここ副都中心部は、首都ほどではないが行政における要所であり、商業および流通が盛んな町であり、人の流れは膨大で留まることがなく、必然的に治安が安定しない。
そんな副都を守る守備隊の仕事は無数にあるが、どれも守護・治安維持に属する。
町の巡回をはじめ、関所や政府系施設の警備、要人警護、捕らえた罪人の管理。町民の訴えを聞いて犯罪行為を捜査・抑止したり、迷子の道案内や落とし物の届け出受付なんてものもある。
タビトたちが命じられたのは最も基本的な守備隊の業務の一つ、警邏だ。
「隊服、よく似合ってるな」
「ありがとリゲル。サイズがないかもしれなかったらしいんだけど」
「たしかに。タビト人型ちっちゃいもんなぁ」
副都守備隊の制服は、騎士学校のものよりさらに格式張って窮屈だ。
しかしタビトはぴったり合うサイズのジャケットがなく、少しゆるい。スラックスもベルトで締め上げてやっとだ。
服に着られている感が強く、リゲルは笑ってしまいそうになったが、タビトの機嫌を間違いなく損ねるので咳払いでごまかす。
副都守備隊は巡回のチームを5つに分け、13の地区に割り振っているという。
リゲルとプロキオンは、タビトとは別のチームに配属されてしまった。
「チーム別れちゃったか~残念」
「いいかタビト、落ちてるものを不用意に触るなよ。危ないと思ったらすぐに助けを呼べ。ハンカチは持ったか? ちり紙は?」
「プーおまえ、タビトのかーちゃんか?」
呆れた様子のリゲルを無視して、プロキオンがタビトの持ちものチェックを進める。
隊服の歪みを整えてやり、曲がっていた徽章を直す。
タビトは、アルシャウやレグルスだけでなくプロキオンまで自分の保護者のようだと苦笑した。
「いいかタビト、助けを呼ぶときはこうだ。アォーン……」
「タビトはネコ科だから遠吠えなんかできないんだよ! さっさと行くぞプー!」
リゲルに引きずられて遠ざかっていくプロキオンに手を振った。
見知った者たちと離れてオトナたちの間に混ざるのは、正直言って心細い。不安もある。
しかしそれとは別に、責任ある仕事にいち早く携われるという興奮や興味もあった。
「警邏任務は基本二人一組で行動する。日によって異なるルートを巡回し、異常がないかどうか見回る。揉め事の仲裁や、市民の声に耳を傾けることも仕事だ。道案内は率先して引き受けること。守備隊への意見や事実に基づく苦情は心して拝聴すること。ただし根拠のない中傷や、お偉いさんへの文句は適当に聞き流せ。これができるようになればいっぱしの守備隊員だ」
タビトの配属されたチームのリーダーは、厳格だが遊び心もあるようだ。
治安維持のためには重要な仕事だが、肩に力が入りすぎてもいけない。彼の軽口にはそんな意図が含まれている気がした。
「隊長のしごきに耐えたおまえたち実習生は、守備隊員のベビーだ。タマゴ扱いはせず、個の戦力として数える。今日だけは混ざる形になるが、明日からは先輩と二人で組ませる。わかったな」
「はいっ」
初日は二人組の後ろにくっついて、先輩隊員の仕事ぶりをじっくり観察した。
巡回の際どこへ視線を投げかけているか。危険物が潜んでいないかチェックする場所。市民に対するときの笑顔。酔っ払いに絡まれたときのいなし方。それから権威に噛みつきたいだけの市民をあしらう方法まで。
次の日は、昨日ついた隊員の片方と組んで巡回に出た。
「どうだ? ただ町を見回るだけでも緊張するだろう」
「はい……」
「気を抜くな、だが気負いすぎるな。警邏の守備隊員がガチガチに緊張してたら、何かあったのかと市民が不安がる。だが火種を見逃さないよう、猛禽のように目を光らせろ。コウモリのように耳を澄ませ、草食よりも気配に敏くなれ」
「草食……コウモリ……」
タビトは必死に頭上のトラ耳をぱたぱたさせた。
町の喧騒は雑多で、耳が良いというコウモリより音を聞き分けられる自信はない。瞬発力には自信があるが、肉食たちの気配を瞬時に察して逃げていく草食を超えるほどの敏感さには程遠い。
困ってしまったタビトに、先輩隊員であるサイの獣人はからりと笑った。
「悪かった、もっと困らせちまったな。さっきのは俺の先輩からの受け売りなんだ、俺だってその域には達してない」
「そうなんですか?」
「当たり前だろ、俺たちは近眼で有名なんだ。草食ではあるが、肉食獣が牙を立てても破れない皮膚があるせいで俊敏さには欠けるし。まぁ耳と鼻が効くことは自慢だが。つまり、できる範囲で仕事しながらコツを掴んでいけってことだよ」
「はいっ、がんばります!」
レグルスよりアルシャウより大きな草食獣人は、わははと笑ってタビトの髪をくしゃくしゃ撫でた。
「タビトは素直でいいなぁ。肉食、特にトラってのは強いから我を張って傲慢なやつが多いんだが」
「僕は別に……養父は割りと、そういうタイプですが」
「だよな、ははは。闘争心は多少あったほうがいいけどな」
幼いレグルスと張り合って口喧嘩をする養父を思い浮かべ、タビトは苦笑した。
アルシャウは公正で情に厚いオスだが、性格は苛烈で頑固。
どんなことにも確固たる意志があって、ときには自分の主人にも噛みつくものだから、今更ながらなぜ彼が同じくらい頑固そうな草原王・ラサラスの部下に落ち着いているのか不思議だ。
タビトもそれくらい強くあったほうがいいのだろう。
しかし今のところ真似できそうになかった。
とにかく体力が必要な仕事だ。
もちろん力もいるし、知識や経験も身につけていかなければならない。加えて協調性も必須。
それほど言葉がうまくないタビトは、コミュニケーション面にやや課題がある。
だが資質がないと落ち込むほどではなかった。
瞬発力や獣型の膂力については、隊長からお墨付きをもらうほどだ。反面、人型時の膂力および持久力のなさは指摘された。
部分獣化でパワー面はカバーできても、持久力は鍛えるしかない。
越えなければならないハードルはあるが、どれも努力でなんとかできるはず。
希望を胸に、厳しい訓練をこなしていく。
そうしていないと疲れ果てて気力が尽きてしまいそうだった。
騎士学校の実技授業はまだ生ぬるかったのだと悟るほど、きつい訓練メニューを毎日こなし、へとへとになって寮へ帰る。
「座ったら寝てしまう」と言う級友たちと共に立ったまま食事を掻き込み、濡らした布で雑に汗を拭い、ベッドへ倒れ込む。
連日そんな有様だったがなんとか努力を認められ、明日から現場の仕事に従事できることになった。
今日は待望の休日だ。
「毎日大変だね。でも苦労の結果は出ていると思うよ、学校にいたときより筋肉がついているし」
「ほんと?」
「もちろん。さ、次は魔素の測定をしよう」
診察のために脱いでいたシャツを羽織り、腕を差し出すと細い針を刺され血を抜かれる。
血を抜くことで、病気だけではなく魔素のことまでわかるのがなぜなのか、タビトは未だに理屈がわかっていない。
かねてから招待されていたハカセの研究所に、今日初めて足を踏み入れた。
研究所は副都の郊外にあり、静かな林の合間に見慣れた赤茶のレンガ造りで佇んでいる。
中は意外なことに整理整頓されていた。
聞けば、研究資料を紛失したことで助手にこっぴどく叱られ、片付けたばかりらしい。
散らかってこそいないが、大量の書物と紙束、よくわからない機械、それからあらゆるところに植物のプランターが吊り下がり、壁にはリースやスワッグが飾られているので雑然としている。
草花特有のなんともいえない匂いが何種類も室内に満ちている。
「僕は博士であり医師であり、薬師でもあるんだ。これは全部薬草になる植物だよ」
物珍しげに室内を見回すタビトにハカセは微笑む。
その間にも整然と置かれた機器のいくつかが稼働していて、タビトの血液を分析している。
「魔素の総量はさらに増えているね。さすが大型獣だ」
「大型だと魔素が多いの?」
「傾向としてはね。大型獣は人型も大きい者が多いだろう? 豊富な魔素で大きな体を形作ることができるんだ」
タビトは思わず手を見下ろした。
獣型では最大級のトラであるタビトの人型は、女子にまで見下されるほど小柄だ。
なまじ騎士学校には肉食獣が多いから、タビトより小さい生徒はいないのではないかと思うほど。魔素が豊富なら、どうしてこちらに反映されないのだろう。
言わずともタビトの苦悩がわかるハカセは、眉を下げて苦笑した。
「以前話したことを覚えているかな、色素欠乏について」
「うん。僕みたいなのは、本当は弱かったりすぐ死んじゃったりするって」
「そうだね。そういう特徴がタビトにはないことも話した。それが魔素によって補われているのではないか、という仮説も」
以前ハカセがレグルスの屋敷に来た際、タビトの魔素は十分にあるのに人化できない理由について説明してくれた。
色素欠乏の生き物は光に弱かったり、目や関節の機能が不全だったりする。
しかしタビトにはそういう特徴がない。
タビトが特別丈夫な体という可能性はあるが、人化が遅かったこともあり、体の不具合を魔素で補っているのではないかという説が濃厚だ。
つまり体を健康に保つ方に魔素が使われていて、人型の成長に割く分がない、ということで。
「僕もう大きくなれないのかなぁ……」
「はは、諦めるのは早い。魔素は順調に増えているし、下降減退もずっと先の話だ。希望はあるよ」
「ほんと!?」
「でもまぁ……レグルス坊っちゃんくらい大きくなるのは諦めたほうがいいかもしれないけど」
上げて落とされた。がっくりと項垂れるタビトに、ハカセはいたずらっぽく笑う。
騎士学校で再会したハカセとレグルスは、同じくらいの背丈だった。
ハカセはレグルスの成長を喜んでいたけど、タビトは羨ましくて仕方がなかった。
「でもタビトみたいに小柄な子は、首都なんかでは人気かもしれないな」
「そうなの?」
「なんでも若い子たちの間で、細身な人型が流行してるらしいんだ。痩身小柄なものをありがたがったり、細く見える服を着たりね」
「えー? 僕は少しでも大きい方がいいと思うけどなぁ」
「若者の流行だからね、詳しくは知らないけど……どうも、人型が小柄イコール魔素が少ないと考えて、魔素を減らす努力をするなんて者もいるらしいんだ」
「魔素を減らす? どうやって?」
曰く、この世界には魔素があらゆるところに溢れているが、獣人里離れた場所には獣人の魔素を吸い取ってしまう秘境があって、そういう場所の噂を元に郊外へ旅行に繰り出す若者が増えているとか。
それから眉唾ものではあるが、魔素を吸い取ると謳って売られているアイテムがあるらしい。
「仮にそういう場所やモノが本当に効果を持つとしたら、とても危険だ。魔素を体の維持に使っている君は特に。わかるよね」
「うん。気をつける」
「わかっているならいいんだよ、タビトはおりこうさんだ」
「子ども扱いしないでよハカセ!」
診察が終わり、疲労回復の効果があるというお茶で一服しながら他愛もない話をし、タビトはハカセの研究所を辞した。
ハカセは別れ際に「得体の知れないものには直接触らないように」と念押しした。
しっかりと頷いて応えたが、副都の守備隊に所属するようになればそういった物品との接触もありうるかもしれない。
対処法を考えておかないといけない、と気を引き締めた。
タビトが二ヶ月を過ごすここ副都中心部は、首都ほどではないが行政における要所であり、商業および流通が盛んな町であり、人の流れは膨大で留まることがなく、必然的に治安が安定しない。
そんな副都を守る守備隊の仕事は無数にあるが、どれも守護・治安維持に属する。
町の巡回をはじめ、関所や政府系施設の警備、要人警護、捕らえた罪人の管理。町民の訴えを聞いて犯罪行為を捜査・抑止したり、迷子の道案内や落とし物の届け出受付なんてものもある。
タビトたちが命じられたのは最も基本的な守備隊の業務の一つ、警邏だ。
「隊服、よく似合ってるな」
「ありがとリゲル。サイズがないかもしれなかったらしいんだけど」
「たしかに。タビト人型ちっちゃいもんなぁ」
副都守備隊の制服は、騎士学校のものよりさらに格式張って窮屈だ。
しかしタビトはぴったり合うサイズのジャケットがなく、少しゆるい。スラックスもベルトで締め上げてやっとだ。
服に着られている感が強く、リゲルは笑ってしまいそうになったが、タビトの機嫌を間違いなく損ねるので咳払いでごまかす。
副都守備隊は巡回のチームを5つに分け、13の地区に割り振っているという。
リゲルとプロキオンは、タビトとは別のチームに配属されてしまった。
「チーム別れちゃったか~残念」
「いいかタビト、落ちてるものを不用意に触るなよ。危ないと思ったらすぐに助けを呼べ。ハンカチは持ったか? ちり紙は?」
「プーおまえ、タビトのかーちゃんか?」
呆れた様子のリゲルを無視して、プロキオンがタビトの持ちものチェックを進める。
隊服の歪みを整えてやり、曲がっていた徽章を直す。
タビトは、アルシャウやレグルスだけでなくプロキオンまで自分の保護者のようだと苦笑した。
「いいかタビト、助けを呼ぶときはこうだ。アォーン……」
「タビトはネコ科だから遠吠えなんかできないんだよ! さっさと行くぞプー!」
リゲルに引きずられて遠ざかっていくプロキオンに手を振った。
見知った者たちと離れてオトナたちの間に混ざるのは、正直言って心細い。不安もある。
しかしそれとは別に、責任ある仕事にいち早く携われるという興奮や興味もあった。
「警邏任務は基本二人一組で行動する。日によって異なるルートを巡回し、異常がないかどうか見回る。揉め事の仲裁や、市民の声に耳を傾けることも仕事だ。道案内は率先して引き受けること。守備隊への意見や事実に基づく苦情は心して拝聴すること。ただし根拠のない中傷や、お偉いさんへの文句は適当に聞き流せ。これができるようになればいっぱしの守備隊員だ」
タビトの配属されたチームのリーダーは、厳格だが遊び心もあるようだ。
治安維持のためには重要な仕事だが、肩に力が入りすぎてもいけない。彼の軽口にはそんな意図が含まれている気がした。
「隊長のしごきに耐えたおまえたち実習生は、守備隊員のベビーだ。タマゴ扱いはせず、個の戦力として数える。今日だけは混ざる形になるが、明日からは先輩と二人で組ませる。わかったな」
「はいっ」
初日は二人組の後ろにくっついて、先輩隊員の仕事ぶりをじっくり観察した。
巡回の際どこへ視線を投げかけているか。危険物が潜んでいないかチェックする場所。市民に対するときの笑顔。酔っ払いに絡まれたときのいなし方。それから権威に噛みつきたいだけの市民をあしらう方法まで。
次の日は、昨日ついた隊員の片方と組んで巡回に出た。
「どうだ? ただ町を見回るだけでも緊張するだろう」
「はい……」
「気を抜くな、だが気負いすぎるな。警邏の守備隊員がガチガチに緊張してたら、何かあったのかと市民が不安がる。だが火種を見逃さないよう、猛禽のように目を光らせろ。コウモリのように耳を澄ませ、草食よりも気配に敏くなれ」
「草食……コウモリ……」
タビトは必死に頭上のトラ耳をぱたぱたさせた。
町の喧騒は雑多で、耳が良いというコウモリより音を聞き分けられる自信はない。瞬発力には自信があるが、肉食たちの気配を瞬時に察して逃げていく草食を超えるほどの敏感さには程遠い。
困ってしまったタビトに、先輩隊員であるサイの獣人はからりと笑った。
「悪かった、もっと困らせちまったな。さっきのは俺の先輩からの受け売りなんだ、俺だってその域には達してない」
「そうなんですか?」
「当たり前だろ、俺たちは近眼で有名なんだ。草食ではあるが、肉食獣が牙を立てても破れない皮膚があるせいで俊敏さには欠けるし。まぁ耳と鼻が効くことは自慢だが。つまり、できる範囲で仕事しながらコツを掴んでいけってことだよ」
「はいっ、がんばります!」
レグルスよりアルシャウより大きな草食獣人は、わははと笑ってタビトの髪をくしゃくしゃ撫でた。
「タビトは素直でいいなぁ。肉食、特にトラってのは強いから我を張って傲慢なやつが多いんだが」
「僕は別に……養父は割りと、そういうタイプですが」
「だよな、ははは。闘争心は多少あったほうがいいけどな」
幼いレグルスと張り合って口喧嘩をする養父を思い浮かべ、タビトは苦笑した。
アルシャウは公正で情に厚いオスだが、性格は苛烈で頑固。
どんなことにも確固たる意志があって、ときには自分の主人にも噛みつくものだから、今更ながらなぜ彼が同じくらい頑固そうな草原王・ラサラスの部下に落ち着いているのか不思議だ。
タビトもそれくらい強くあったほうがいいのだろう。
しかし今のところ真似できそうになかった。
1
[気持ちを送る]
感想メッセージもこちらから!
お気に入りに追加
477
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
【完結】転生して妖狐の『嫁』になった話
那菜カナナ
BL
【お茶目な挫折過去持ち系妖狐×努力家やり直し系モフリストDK】
トラック事故により、日本の戦国時代のような世界に転生した仲里 優太(なかざと ゆうた)は、特典により『妖力供給』の力を得る。しかしながら、その妖力は胸からしか出ないのだという。
「そう難しく考えることはない。ようは長いものに巻かれれば良いのじゃ。さすれば安泰間違いなしじゃ」
「……それじゃ前世(まえ)と変わらないじゃないですか」
他人の顔色ばかり伺って生きる。そんな自分を変えたいと意気込んでいただけに落胆する優太。
そうこうしている内に異世界へ。早々に侍に遭遇するも妖力持ちであることを理由に命を狙われてしまう。死を覚悟したその時――銀髪の妖狐に救われる。
彼の名は六花(りっか)。事情を把握した彼は奇天烈な優太を肯定するばかりか、里の維持のために協力をしてほしいと願い出てくる。
里に住むのは、人に思い入れがありながらも心に傷を負わされてしまった妖達。六花に協力することで或いは自分も変われるかもしれない。そんな予感に胸を躍らせた優太は妖狐・六花の手を取る。
★表紙イラストについて★
いちのかわ様に描いていただきました!
恐れ入りますが無断転載はご遠慮くださいm(__)m
いちのかわ様へのイラスト発注のご相談は、
下記サイトより行えます(=゚ω゚)ノ
https://coconala.com/services/248096
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)
九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。
半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。
そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。
これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。
注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。
*ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)
誓いを君に
たがわリウ
BL
平凡なサラリーマンとして過ごしていた主人公は、ある日の帰り途中、異世界に転移する。
森で目覚めた自分を運んでくれたのは、美しい王子だった。そして衝撃的なことを告げられる。
この国では、王位継承を放棄した王子のもとに結ばれるべき相手が現れる。その相手が自分であると。
突然のことに戸惑いながらも不器用な王子の優しさに触れ、少しずつお互いのことを知り、婚約するハッピーエンド。
恋人になってからは王子に溺愛され、幸せな日々を送ります。
大人向けシーンは18話からです。
中国ドラマの最終回で殺されないために必要な15のこと
神雛ジュン@元かびなん
BL
どこにでもいる平凡な大学生・黒川葵衣(くろかわあおい)は重度の中国ドラマオファン。そんな葵衣が、三度も飯より愛するファンタジードラマ「金龍聖君(こんりゅうせいくん)」の世界に転生してしまった! しかも転生したのは、ドラマの最終回に主人公に殺される予定の極悪非道皇子。
いやいやいや、俺、殺されたくないし。痛いのイヤだし。
葵衣はどうにか死亡フラグを回避しようと、ことなかれの人生を歩もうとする。
とりあえず主人公に会わなきゃよくない?
が、現実は厳しく、転生したのは子供時代の主人公を誘拐した直後。
どうするの、俺! 絶望まっしぐらじゃん!
悩んだ葵衣は、とにかく最終回で殺されないようにするため、訳アリの主人公を育てることを決める。
目標は自分に殺意が湧かないよう育てて、無事親元に帰すこと!
そんなヒヤヒヤドキドキの溺愛子育てB L。
====================
*以下は簡単な設定説明ですが、本文にも書いてあります。
★金龍聖君(こんりゅうせいくん):中国ファンタジー時代劇で、超絶人気のWEBドラマ。日本でも放送し、人気を博している。
<世界>
聖界(せいかい):白龍族が治める国。誠実な者が多い。
邪界(じゃかい):黒龍族が治める国。卑劣な者が多い。
<主要キャラ>
黒川葵衣:平凡な大学生。中国ドラマオタク。
蒼翠(そうすい):邪界の第八皇子。葵衣の転生先。ドラマでは泣く子も黙る悪辣非道キャラ。
無風(むふう):聖界の第二皇子。訳があって平民として暮らしている。
仙人(せんにん):各地を放浪する老人。
炎禍(えんか):邪界皇太子。性格悪い。蒼翠をバカにしている。

神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる