みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第四章

58.現場デビュー

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 副都守備隊へ実習に来て一週間が経つ頃には、タビトたち学生の立ち位置や、やるべきことがはっきり見えてきた。
 とにかく体力が必要な仕事だ。
 もちろん力もいるし、知識や経験も身につけていかなければならない。加えて協調性も必須。
 それほど言葉がうまくないタビトは、コミュニケーション面にやや課題がある。
 だが資質がないと落ち込むほどではなかった。
 瞬発力や獣型の膂力については、隊長からお墨付きをもらうほどだ。反面、人型時の膂力および持久力のなさは指摘された。
 部分獣化でパワー面はカバーできても、持久力は鍛えるしかない。
 越えなければならないハードルはあるが、どれも努力でなんとかできるはず。
 希望を胸に、厳しい訓練をこなしていく。
 そうしていないと疲れ果てて気力が尽きてしまいそうだった。

 騎士学校の実技授業はまだ生ぬるかったのだと悟るほど、きつい訓練メニューを毎日こなし、へとへとになって寮へ帰る。
 「座ったら寝てしまう」と言う級友たちと共に立ったまま食事を掻き込み、濡らした布で雑に汗を拭い、ベッドへ倒れ込む。
 連日そんな有様だったがなんとか努力を認められ、明日から現場の仕事に従事できることになった。
 今日は待望の休日だ。

「毎日大変だね。でも苦労の結果は出ていると思うよ、学校にいたときより筋肉がついているし」
「ほんと?」
「もちろん。さ、次は魔素の測定をしよう」

 診察のために脱いでいたシャツを羽織り、腕を差し出すと細い針を刺され血を抜かれる。
 血を抜くことで、病気だけではなく魔素のことまでわかるのがなぜなのか、タビトは未だに理屈がわかっていない。

 かねてから招待されていたハカセの研究所に、今日初めて足を踏み入れた。
 研究所は副都の郊外にあり、静かな林の合間に見慣れた赤茶のレンガ造りで佇んでいる。
 中は意外なことに整理整頓されていた。
 聞けば、研究資料を紛失したことで助手にこっぴどく叱られ、片付けたばかりらしい。
 散らかってこそいないが、大量の書物と紙束、よくわからない機械、それからあらゆるところに植物のプランターが吊り下がり、壁にはリースやスワッグが飾られているので雑然としている。
 草花特有のなんともいえない匂いが何種類も室内に満ちている。

「僕は博士であり医師であり、薬師でもあるんだ。これは全部薬草になる植物だよ」

 物珍しげに室内を見回すタビトにハカセは微笑む。
 その間にも整然と置かれた機器のいくつかが稼働していて、タビトの血液を分析している。

「魔素の総量はさらに増えているね。さすが大型獣だ」
「大型だと魔素が多いの?」
「傾向としてはね。大型獣は人型も大きい者が多いだろう? 豊富な魔素で大きな体を形作ることができるんだ」

 タビトは思わず手を見下ろした。
 獣型では最大級のトラであるタビトの人型は、女子にまで見下されるほど小柄だ。
 なまじ騎士学校には肉食獣が多いから、タビトより小さい生徒はいないのではないかと思うほど。魔素が豊富なら、どうしてこちらに反映されないのだろう。
 言わずともタビトの苦悩がわかるハカセは、眉を下げて苦笑した。

「以前話したことを覚えているかな、色素欠乏アルビノについて」
「うん。僕みたいなのは、本当は弱かったりすぐ死んじゃったりするって」
「そうだね。そういう特徴がタビトにはないことも話した。それが魔素によって補われているのではないか、という仮説も」

 以前ハカセがレグルスの屋敷に来た際、タビトの魔素は十分にあるのに人化できない理由について説明してくれた。
 色素欠乏の生き物は光に弱かったり、目や関節の機能が不全だったりする。
 しかしタビトにはそういう特徴がない。
 タビトが特別丈夫な体という可能性はあるが、人化が遅かったこともあり、体の不具合を魔素で補っているのではないかという説が濃厚だ。
 つまり体を健康に保つ方に魔素が使われていて、人型の成長に割く分がない、ということで。

「僕もう大きくなれないのかなぁ……」
「はは、諦めるのは早い。魔素は順調に増えているし、下降減退もずっと先の話だ。希望はあるよ」
「ほんと!?」
「でもまぁ……レグルス坊っちゃんくらい大きくなるのは諦めたほうがいいかもしれないけど」

 上げて落とされた。がっくりと項垂れるタビトに、ハカセはいたずらっぽく笑う。
 騎士学校で再会したハカセとレグルスは、同じくらいの背丈だった。
 ハカセはレグルスの成長を喜んでいたけど、タビトは羨ましくて仕方がなかった。

「でもタビトみたいに小柄な子は、首都なんかでは人気かもしれないな」
「そうなの?」
「なんでも若い子たちの間で、細身な人型が流行してるらしいんだ。痩身小柄なものをありがたがったり、細く見える服を着たりね」
「えー? 僕は少しでも大きい方がいいと思うけどなぁ」
「若者の流行だからね、詳しくは知らないけど……どうも、人型が小柄イコール魔素が少ないと考えて、魔素を減らす努力をするなんて者もいるらしいんだ」
「魔素を減らす? どうやって?」

 曰く、この世界には魔素があらゆるところに溢れているが、獣人里ひとざと離れた場所には獣人の魔素を吸い取ってしまう秘境があって、そういう場所の噂を元に郊外へ旅行に繰り出す若者が増えているとか。
 それから眉唾ものではあるが、魔素を吸い取ると謳って売られているアイテムがあるらしい。

「仮にそういう場所やモノが本当に効果を持つとしたら、とても危険だ。魔素を体の維持に使っている君は特に。わかるよね」
「うん。気をつける」
「わかっているならいいんだよ、タビトはおりこうさんだ」
「子ども扱いしないでよハカセ!」

 診察が終わり、疲労回復の効果があるというお茶で一服しながら他愛もない話をし、タビトはハカセの研究所を辞した。
 ハカセは別れ際に「得体の知れないものには直接触らないように」と念押しした。
 しっかりと頷いて応えたが、副都の守備隊に所属するようになればそういった物品との接触もありうるかもしれない。
 対処法を考えておかないといけない、と気を引き締めた。

 タビトが二ヶ月を過ごすここ副都中心部は、首都ほどではないが行政における要所であり、商業および流通が盛んな町であり、人の流れは膨大で留まることがなく、必然的に治安が安定しない。
 そんな副都を守る守備隊の仕事は無数にあるが、どれも守護・治安維持に属する。
 町の巡回をはじめ、関所や政府系施設の警備、要人警護、捕らえた罪人の管理。町民の訴えを聞いて犯罪行為を捜査・抑止したり、迷子の道案内や落とし物の届け出受付なんてものもある。
 タビトたちが命じられたのは最も基本的な守備隊の業務の一つ、警邏だ。

「隊服、よく似合ってるな」
「ありがとリゲル。サイズがないかもしれなかったらしいんだけど」
「たしかに。タビト人型ちっちゃいもんなぁ」

 副都守備隊の制服は、騎士学校のものよりさらに格式張って窮屈だ。
 しかしタビトはぴったり合うサイズのジャケットがなく、少しゆるい。スラックスもベルトで締め上げてやっとだ。
 服に着られている感が強く、リゲルは笑ってしまいそうになったが、タビトの機嫌を間違いなく損ねるので咳払いでごまかす。

 副都守備隊は巡回のチームを5つに分け、13の地区に割り振っているという。
 リゲルとプロキオンは、タビトとは別のチームに配属されてしまった。

「チーム別れちゃったか~残念」
「いいかタビト、落ちてるものを不用意に触るなよ。危ないと思ったらすぐに助けを呼べ。ハンカチは持ったか? ちり紙は?」
「プーおまえ、タビトのかーちゃんか?」

 呆れた様子のリゲルを無視して、プロキオンがタビトの持ちものチェックを進める。
 隊服の歪みを整えてやり、曲がっていた徽章を直す。
 タビトは、アルシャウやレグルスだけでなくプロキオンまで自分の保護者のようだと苦笑した。

「いいかタビト、助けを呼ぶときはこうだ。アォーン……」
「タビトはネコ科だから遠吠えなんかできないんだよ! さっさと行くぞプー!」

 リゲルに引きずられて遠ざかっていくプロキオンに手を振った。
 見知った者たちと離れてオトナたちの間に混ざるのは、正直言って心細い。不安もある。
 しかしそれとは別に、責任ある仕事にいち早く携われるという興奮や興味もあった。

「警邏任務は基本二人一組で行動する。日によって異なるルートを巡回し、異常がないかどうか見回る。揉め事の仲裁や、市民の声に耳を傾けることも仕事だ。道案内は率先して引き受けること。守備隊への意見や事実に基づく苦情は心して拝聴すること。ただし根拠のない中傷や、お偉いさんへの文句は適当に聞き流せ。これができるようになればいっぱしの守備隊員だ」

 タビトの配属されたチームのリーダーは、厳格だが遊び心もあるようだ。
 治安維持のためには重要な仕事だが、肩に力が入りすぎてもいけない。彼の軽口にはそんな意図が含まれている気がした。

「隊長のしごきに耐えたおまえたち実習生は、守備隊員のベビーだ。タマゴ扱いはせず、個の戦力として数える。今日だけは混ざる形になるが、明日からは先輩と二人で組ませる。わかったな」
「はいっ」

 初日は二人組の後ろにくっついて、先輩隊員の仕事ぶりをじっくり観察した。
 巡回の際どこへ視線を投げかけているか。危険物が潜んでいないかチェックする場所。市民に対するときの笑顔。酔っ払いに絡まれたときのいなし方。それから権威に噛みつきたいだけの市民をあしらう方法まで。
 次の日は、昨日ついた隊員の片方と組んで巡回に出た。

「どうだ? ただ町を見回るだけでも緊張するだろう」
「はい……」
「気を抜くな、だが気負いすぎるな。警邏の守備隊員がガチガチに緊張してたら、何かあったのかと市民が不安がる。だが火種を見逃さないよう、猛禽のように目を光らせろ。コウモリのように耳を澄ませ、草食よりも気配に敏くなれ」
「草食……コウモリ……」

 タビトは必死に頭上のトラ耳をぱたぱたさせた。
 町の喧騒は雑多で、耳が良いというコウモリより音を聞き分けられる自信はない。瞬発力には自信があるが、肉食たちの気配を瞬時に察して逃げていく草食を超えるほどの敏感さには程遠い。
 困ってしまったタビトに、先輩隊員であるサイの獣人はからりと笑った。

「悪かった、もっと困らせちまったな。さっきのは俺の先輩からの受け売りなんだ、俺だってその域には達してない」
「そうなんですか?」
「当たり前だろ、俺たちサイは近眼で有名なんだ。草食ではあるが、肉食獣が牙を立てても破れない皮膚があるせいで俊敏さには欠けるし。まぁ耳と鼻が効くことは自慢だが。つまり、できる範囲で仕事しながらコツを掴んでいけってことだよ」
「はいっ、がんばります!」

 レグルスよりアルシャウより大きな草食獣人は、わははと笑ってタビトの髪をくしゃくしゃ撫でた。

「タビトは素直でいいなぁ。肉食、特にトラってのは強いから我を張って傲慢なやつが多いんだが」
「僕は別に……養父ちちは割りと、そういうタイプですが」
「だよな、ははは。闘争心は多少あったほうがいいけどな」

 幼いレグルスと張り合って口喧嘩をする養父を思い浮かべ、タビトは苦笑した。
 アルシャウは公正で情に厚いオスだが、性格は苛烈で頑固。
 どんなことにも確固たる意志があって、ときには自分の主人にも噛みつくものだから、今更ながらなぜ彼が同じくらい頑固そうな草原王・ラサラスの部下に落ち着いているのか不思議だ。
 タビトもそれくらい強くあったほうがいいのだろう。
 しかし今のところ真似できそうになかった。
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