みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第三章

54.セットのふたり

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 最初の実践戦闘で負ったアザも、集団戦闘で砂だらけになった目もすっかり治癒した。
 タビトが留学生たちを負かし、その後留学生たちに負けたという目まぐるしいニュースは、尾ひれ背びれをいくつもくっつけながら学内を巡った。
 そのせいでタビトはまた注目されてしまい、行く先々で声をかけられたり絡まれたりするようになってしまった。
 だからだろうか、レグルスがやたらとくっついてくるし、世話を焼きたがる。
 あるときは、寮の玄関で。

「タビト、つらくないか? 抱っこしてやろうか?」
「平気だよ、ってちょっと、レグルスってば!」

 足は負傷していないのに抱きかかえられて登校したときは、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
 またあるときは、授業中。

「まだ手合わせできる体じゃないだろ、無理するな」
「平気だよ、軽いものなら」
「いやダメだ。代わりにオレが戦う」
「えぇ?」

 なぜかレグルスがタビトのぶんまで訓練を行うことになり、面白がったリゲルや、いつもタビトと手合わせするプロキオンが勝負を挑んでいた。
 意外なことに、体格が近い雪山ヒョウのリゲルより、小柄な雪原オオカミのプロキオンのほうが善戦した。
 そしてあるときは、寮の部屋で。

「体見せて」
「もう痛くないよ」
「でもまだアザになってる……触っても痛くない?」
「ん……押すとちょっと痛い……あ、やぁ……」

 傷を見聞するだけの指先が妖しく蠢いて、まんまと気持ちよくさせられてしまったり。
 そんな日々を過ごしていれば、周囲の級友たちも他学年の生徒も当然のように「タビトとレグルスはセット」と認識してしまう。
 終いには二人が離れていると不思議そうに尋ねられたり、レグルス宛の配布物がタビトに渡されたりするという扱いになった。

「もうっレグルス! 僕以外の獣人とも交流してよ!」
「してるよ。首都校の生徒にとって社交は義務みたいなものだから。タビトは心配性だなぁ」
「心配してるんじゃなくてっ!」

 そんな言い争いをレグルスの腕の中でやっているのだから、結局二人とも離れられないのだった。
 騒がしいけど平和な日々の中でタビトがそれに気づいたのは、訓練場で留学生たちと大立ち回りをした数日後のこと。
 なんとなく見られている感覚が強くなっているとは思っていた。
 ただ、今までもタビトは他の生徒に比べ目立っていた。
 在校生に一匹しかいないトラ獣人、そのうえ変な色、白い仲間といつも一緒で、部分獣化という特異な力も持っている。
 廊下や中庭でちらちら見られ、なにかをひそひそ言われることには悲しいかな、慣れてしまった。
 しかし入学して二年以上経ち、新入生の目新しい興味が薄らげば視線を感じることは減るはずだった。
 それがどうも、落ち着かない。むしろ年度初めより見られている気がする。

「ねぇ、なんか見られてない?」
「そりゃ見られるだろ」
「そんなカッコしてりゃなぁ。てかやっと気づいたのか」
「……」

 そんな格好と言われれば、タビトは黙るしかない。
 昼休み、無事食事を手に入れ移動した中庭で、ベンチに座ったレグルスの膝の間に座らされている。
 もちろんタビトは嫌がった。まるで子どものようで恥ずかしいし、もう傷は治っているし、なによりふつうに座るより落ち着かないと。
 しかしレグルスは強情で、しかも人型では膂力に勝ち目がない。
 両手に昼食を持った状態でひょいと抱き上げられてしまえば、抵抗するのは難しかった。
 諦めてそのまま食べ始めるとレグルスも満足するので、もはや文句も言わなくなった今日このごろ。
 ともに食事をとっている友人たちの呆れ顔も見飽きてしまった。

「やっぱり目立つよね……はぁ」
「目立つというか……物見高い騎士学校生の間では、これまで誰にもなびかなかった孤高の『白華の君』が、ぽっと出の留学生に奪われたって話題で持ちきりだ。羨望半分、嫉妬半分てとこかな」
「ここうの、はっかの?」

 リゲルの言葉が半分ほどしか理解できず、首を傾げるタビトの髪をレグルスがのんびりと撫でる。
 麦パンとサラダとビーフシチューのランチを食べ終わったレグルスはうとうとしているようで、会話に参加してこない。

「まぁそれはともかく。レグルスとタビトってやっぱり付き合ってるんだよな?」
「え」
「てかどこまでいってんの? ツガイの約束までしてる?」
「あー。僕は誰とも付き合ってない。レグルスには許嫁がいるから、ツガイの約束もなにもないよ」

 きっぱり告げる。
 以前ナターシャからも疑われたが、今度ばかりは、ツガイでも婚約者でもないのにベタベタしているタビトたちが原因だ。
 せめて友人たちだけでも誤解を解いておこうと思った。
 一方、問いかけてきたリゲルと、それだけでなく横のプロキオンまで目を丸くする。

「えぇ? いやでもその距離感とかさ」
「そんなにべったりで、なんの関係もないと言う気か?」
「言う気もなにも、なんにもないし。僕とレグルスは幼なじみってだけだよ」

 そもそも幼なじみと名乗れるかどうかわからない。
 レグルスの元へ身を寄せた期間は、今にして思えばごくわずかだった。だが他に適した言葉が見当たらない。
 ふぅん、という納得したのかしてないのかよくわからない相槌でリゲルは引っ込んだ。プロキオンはまだ訝しげだ。
 やっぱりくっつきすぎなんだ。
 離れよう、と自身を拘束する腕を叩いたタビトは、レグルスがもう一本の腕で頭を抱えているのを見た。

「どうしたの? 頭痛い?」
「いや……どうしたものかと思って……」
「悩みごと?」

 さっきタビトがされたようにレグルスの髪をそっと撫でる。
 人型でもたてがみのように思える、ふさふさと流れる金茶黒の髪は触り心地が良くて、半円の耳の根本から梳き下ろすのが楽しい。
 毛の感触は幼い頃からずっと変わらない。

「タビト、あのな。本当はもっとちゃんとしたところで言おうと思ってたんだが。オレはおまえと、」
「あ、いたいた。レグルスさまー、タビトー」

 大きな声が二匹を呼ぶ。
 中庭を横切ってやってきたのは、ライオンとアリクイの留学生たちだった。

「ナターシャ、それにロス」
「こんにちは、タビト」
「覚えててくれたのぉ? うれしー」

 下がり眉をゆるめて微笑むナターシャは、忘れたくても忘れられない。
 決して強そうではないのに、不思議と存在感があった。
 長く伸ばした金色の癖毛はふわりと広がって、改めて、この学校には珍しい女の子というものなんだなと思う。

「お昼寝するとこだったぁ? 邪魔してごめんなんだけどォ、ちょっとだけいーい?」
「もちろん。どうしたの?」
「あのねェ、謝りたくて。訓練のときのブルーのことぉ」

 タビトとブルーシアが訓練場で手合わせしたあの騒動はまだ記憶に新しい。
 勝負に勝ったのはタビトだが、それまでにブルーシアから暴行に近いものを受けたタビトは複数の打撲をこさえ、発熱までした。

「ブルーは絶対謝りたくないって言うんだよねェ」
「謝ってもらうことないよ。訓練ではお互いさまだし、ケガをしたのは僕が弱かったからだ」
「んー、それで済めばよかったんだけどォ……ブルーが明らかにやりすぎだったから、騎士校のみんなの反感買っちゃって……そんでブルーを諌められないうちらも悪い、みたいになっちゃっててェ」
「えぇっ」
「だからこーして頭下げにきたんよぉ。タビト、ほんとにごめん! もうああいうことないように、うちらがしっかり見とくから!」

 ナターシャは勢いよく頭を下げた。ロスも同じくらい深く頭を下げている。
 タビトは慌ててやめるよう言ったが、ふたりとも顔を上げてくれない。
 困り果てていると、レグルスが助け舟を出してくれた。

「許すと言ってやるんだ、タビト。周りが注目している今がチャンスだ」
「で、でもそれってなんか……」
「こいつらもそれで気が済むし、当事者たちが納得していれば絡んでくる輩はいなくなる。それを示してやるんだ」
「……」

 タビトは少し大きな声で「ブルーシアも留学生たちも悪くない、水に流そう」と宣言した。
 ナターシャとロスがほっとして体を起こす頃には、周囲で様子を伺っていた生徒たちは興味をなくし、あるいは他で話題とするために去っていった。

「あ~良かったァ、タビトまじ地母神様」
「こら、きみはすぐそうやって不信心なことを」
「だって地母神並に心広いじゃん。それに比べてブルーのダメっぷりと言ったらないよぉ」
「……まぁ俺も、ブルーシアの態度には思うところがあるけどな」

 どうやら留学生たちの間にも色々あるらしい。
 当のブルーシアがどうしているのか聞くと、ロスがしかめ面で答えた。

「必修授業には出ているんだが、サボることもあって、学外に出ることが多い。夜もかなり遅い時間まで下宿に戻っていないらしいんだ」
「留学生が授業サボって平気なの?」
「平気なわけない。だが俺たちどころかレグルスが言っても聞かないんだ、どうしようもない。まぁ行き先はわかっているんだけど」

 ブルーシアを副都の飲食店へ連れて行ったせいで、彼女が今も副都に入り浸って学業をおろそかにしていることをロスは嘆いた。

「俺が紹介した手前強く言えなくてね。そのうち飽きると思うし、それでなくとも留学期間は半年だけだから問題になるほどじゃないと……あぁごめん、タビトにこんなこと愚痴っても仕方ないのに」
「うぅん。ロスたちも苦労してるんだな。僕になにか手伝えることがあったら言ってね」
「……俺の頭にも『タビトまじ地母神』のフレーズが浮かんだよ」
「ロスもそう思うよねぇ? にしてもこの光景、ブルーが見たらまた荒れそ~だよねェ」

 タビトは未だレグルスの膝の上に収まっている。
 抜け出すタイミングがなかっただけだが、他者から見ればイチャついているようにしか見えない。
 案の定ナターシャも「いつから付き合ってんの?」と誤解している。

「本当に違うんだよ……もうレグルスっ、誤解されるから離して」
「えー? その距離感で付き合ってないのォ? うちがレグルスのプライドメンバー候補ってハナシ、もしかして気にしてる?」
「そうじゃなくて、何もないのが事実だよ。レグルスのツガイ相手はブルーシアなんだから」
「でもォ……」

 怪訝そうにタビトとレグルスを見、それから横にいたタビトの友人たちが首を横に振るのを見て、ナターシャはそれ以上の追求を諦めた。
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