みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第三章

53.集団戦

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 タビトの微熱は翌朝にはすっかり下がった。
 打撲や擦り傷は残ったが、生活に支障が出るほどではない。騎士学校では防御の仕方も習うので、先の訓練でもそれが生きた。

「タビト、タビト、ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、心配性だなぁレグルスは」

 過保護なレグルスに笑いかける。
 この学校に通う以上、ケガや不調は日常茶飯事で、そういうときこそおのれの限界を試すべしと実地訓練に放り込まれたりするのだ。
 その話をすると、レグルスはなんとも痛そうな顔をした。

 さらに数日が経ち、タビトのケガが打撲痕の変色のみになってきた頃、実践戦闘の授業で「集団戦」をすることになった。
 オウルネビュラ騎士学校が副都から遠く離れた川岸地域に建てられたのは、周囲の豊富な自然や地形を訓練に活かすためだという。
 四方の広大な土地が自由に使用でき、一方は崖下に川が流れ、その向こうは雑木林の丘、見通しの良い草原、巨岩のそびえる荒野、少し行けば鬱蒼とした山々に旧村の痕跡が色濃く残る廃墟地帯など、あらゆる戦闘シーンを想定した訓練が可能となっている。
 今日の訓練は校舎最寄りの、もっとも戦略性が問われる川辺エリアが使用されることになった。

「今回は集団戦か。留学生たちに花を持たせてやるための計らいかね?」
「そんなことはないと思うけど……レグルスたちはまだ実践戦闘に慣れてないのに、もう外の模擬戦だなんてペースが早い気はするね」

 受講者たちは4名1組に分けられ、ランダムに選ばれたグループと模擬戦をすることになっている。
 しかし、先日大立ち回りをしたばかりのタビトのいるグループと留学生グループで対戦カードが組まれているのは、どこか恣意的なものを感じた。

「ま、センセーたちの思惑なんて俺たちには関係ない。あのお貴族気取りたちの鼻を明かしてやろう」
「おっやる気だなリゲル」
「とーぜん。特にあのオスライオンはこてんぱんにのしてやる」
「なんか私怨混じってないか?」

 タビトのチームには白ヒョウのリゲル、灰色の被毛を持つキツネ獣人ナビと、背中は茶色、それ以外は白黒のカラフルな色を持つ大型イヌ獣人ウェズンが配置された。
 リゲルだけでなく、ナビもウェズンも力量をよく知るクラスメイトであり、トラ獣人であるタビトより集団戦を得意としている。
 タビトは早々に、群れでの行動に秀でたイヌとやる気に溢れたヒョウの指示に従うことに決めた。
 一匹で行う狩りしかしらないタビトが頭を使うより、手足に徹して力を振るうほうがずっと良さそうだ。

 4対4、人獣型自由、武器持ち込み禁止、現地のものは使用可。
 制限時間はあってないようなもの、ただし長く掛かりすぎる場合は後続チームのことも踏まえて中断されることもある。
 先生の手から放たれたコインが表を示し、レグルスたち留学生チームが先に訓練場所へ入った。
 タビトたちはこれまでに何度かこの「崖の訓練場」で実戦形式の試合をしたことがある。ついでに課外学習として薬草採取、川辺や雑木林の整備などで日常的に出入りしているので地の利がある。
 そういう意味でも、リゲルたちが相手を侮っているのがタビトは心配だった。
 自分が群れでの戦いに自信がないから過剰に気にしてしまうだけだと思いたい。
 しかし相手はライオン、チームプレーは本能に染み付いているはず。
 改めてひと声かけようか迷っているうちに、タビトたちの出撃時間になってしまった。止める間もなくメンバーが次々と飛び出していく。

「行くぞ、ついてきてくれ。タビトがいれば百獣力だ」
「うん……」

 一行はまず川沿いを行くことにした。
 相手が風下へ移動したはず、という判断からの行動で、嗅覚に優れたイヌ獣人が先頭をつとめている。

「見つけた! 崖の上へ登ったようだ」

 先を行くウェズンから飛び跳ねんばかりに嬉しそうな報告が上がった。
 においの痕跡を裏付けるかのように、崖から突き出た木の根に微量の毛が付着している。ライオンのものだ。
 体毛があるということは、相手は獣型になっている。
 大型獣を相手にするために各自四つ足へ姿を変え、イヌとキツネが崖を登り始めた。
 急峻な斜面だが、よく見れば登れる足場が上へと続いている。
 タビトは身軽なチームメイトを下から見上げた。
 四つ足の体重が最も重いトラが登るのは最後だ。タビトの補助でリゲルが横に控えている。
 やがて二匹が崖を登りきろうというそのとき、頭上に影が現れた。

「ふたりとも避けろッ!」
「うわぁっ!」

 ふたつの影は二匹のライオンだった。たてがみがなく、筋肉質な細身。
 ブルーシアとナターシャだ。
 彼女たちは猛然と崖を駆け下り、壁面にしがみつく二匹へ容赦なく前足を振り下ろす。
 二匹はたまらず離脱し、川へ落ちた。派手な飛沫が上がる。
 すかさずリゲルがライオンたちを追う。
 険しい山岳地帯に住むユキヒョウは崖登りも得意だ。あっという間に追いつく。
 狭い足場であわや衝突────と思いきや、二匹の獅子はくるりときびすを返して崖を登り、走り去ってしまった。

「は? 逃げた……?」

 あとには崖の中腹で呆然とするリゲルと、必死に仲間を川から引き上げるタビトが残される。
 釈然としないながらも崖を降りたヒョウは、びしょ濡れになったチームメイトに舌打ちしたくなった。
 二匹とも懸命に体を振ってはいるが、滴り落ちる水の痕跡は隠しようがない。
 しかしどのみち後攻で、いくつか有利条件があるとはいえ脳みそまで筋肉のようなメンバーばかりのチームだ。開きなおって隠密性を捨て、向かってくる相手をすべて力技で倒すしかないと、リゲルは早々に結論づける。

「こうなったからには正面突破で敵を追い立てる。崖はまた襲われる可能性があるから、川向こうの森から攻めるぞ」

 ずぶ濡れの二匹はしゅんと頭を垂れ、タビトは無言で頷いた。
 機動力の落ちたチームではあるが、成績上位者のタビトとリゲルが生き残っていれば勝機はある。
 特にタビトは相手チームの主力二匹に一度勝利しているし、残り二匹に負けるところなど想像もできない強さがある。
 つまり相手もタビトを最も警戒してくるということ。
 タビトの戦力を温存しつつ相手を倒すには……リゲルが黙考していると、後方から鋭い吠え声が上がった。

「今なにか横切った! 向こうの木立ちだ」
「僕も見た。それほど距離はなかった」

 ナビとタビトがそれぞれ報告するところによると、細く縦に長いシルエットを木々の間に見たという。おそらく相手チームの誰かで、今は人型になっていると思われる。

「人型なら、音もなく走ることは難しいはずだ。速さはそれほどじゃなくていい、慎重に後を追う」

 顔を見合わせて異論がないことを確認し、リゲルたちは林へ分け入った。
 風の音と、木々が葉をこすり合うさざめきだけがこだまする。
 相手も音を立てないよう移動しているらしいが、土地勘のあるタビトたちには人影がどちらへ向かっているか予想がついていた。
 あとはゆっくり追い詰めるだけ────そんな慢心があったのかもしれない。
 突然、タビトの斜め前を行っていたウェズンの足が滑った。そのまま彼の体は横倒しになる。

「ウェズン! なにして、」
「タビトっ相手の攻撃だ! 誘い込まれてる!」

 リゲルの眼前には、前を行かせたナビがウェズンと同様身動きできなくなっている光景があった。
 二匹とも、体中になにか白っぽいものが巻き付いている。前肢に絡まったそれが動きを封じ、倒れ込んだ先にも設置されていたのだろう。
 それは水に濡れると固く締まり、絡みつく習性をもつツタだった。
 川辺や川中にのみ生えるはずのこの植物が林の中にあったこと、それ自体が相手の策謀だとすぐに気づいた。
 同時に足が竦みそうになる。
 相手は、タビトたちの何人かが水に濡れることを事前に想定していた。でなければこのツタをこれだけたくさん持ってくるはずがない。
 最初の襲撃でやってきたのがブルーシアとナターシャ二匹だけだったのは、残りの二匹がこの罠を設置していたからなのだろう。
 この先似たような罠がいくつもあるかもしれない。
 これ以上時間をかければ、相手の術中にはまっていくばかりに思える。

「僕が行く。この先に人型が一匹いるのは間違いないんだ、そいつだけでも戦闘不能にする」
「待てタビト! 単独行動はまずい、相手の思うつぼだ!」
「僕だけなら慎重に行く必要ない。この程度の細工なら避けられる。行くよ」
「待てって! あぁくそっ」

 巨躯をしならせて走り去るタビトにリゲルは内心舌打ちしたが、追いかけはしなかった。
 ナビもウェズンも戦闘不能になったわけではない。彼らをここに残して、本当に撃破されてしまうほうが問題だ。それなら固まって、ツタを剥がしてからタビトを追うほうが可能性が残る。
 そこまで思考して、リゲルは思わず天を仰いだ。

「こんな後ろ向きに考えちまう時点で、もうなぁ……」

 リゲルの制止を振り切って駆け出したタビトは、すぐに人影を見つけることができた。

「……見つけた」
「タビトか」

 見慣れた広い背中。
 四つ足では背中まであるたてがみは、二つ足では肩ほどの長さの金の髪へと変わる。
 ゆっくりと振り向いたレグルスは、戦いの場には似つかわしくない懐っこい笑みを浮かべた。

「ダメじゃないか、仲間を置いてきちゃ」
「彼らを足止めしたのはレグルスたちでしょ? 望み通り僕ひとりだよ」
「それもそうだ。でも本当にオレは、タビトがひとりで来るとは思ってなかったんだ。リゲルと一緒に来ると予想してた」
「そっか。それなら少しは意表をつけた?」
「そうだな。でもタビト、やっぱり忘れてはダメだよ。これが『チームプレイ』だということを」

 レグルスの肉体がみるみるうちに獅子の姿へ変わっていく。
 そのときにはお互い走り出していた。向こうはまだ下半身が変じきっていない。こちらは純粋な四つ足。今彼を倒せれば。
 目の前の男しか見ていなかった。あとから考えれば、それが最大の失敗だとわかる。
 しかしトラはライオンと同じく正面に両目がついていて、それになにより常に「狩る側」であるからこそ、横から飛び出してくる生き物への判断が遅れるのは当然のことだった。

「うぁっ!?」

 ひとかかえほどの影が、留学生組の最後のカード……ロスであり、かのアリクイが両手に抱えた粒子の細かい砂をぶちまけてきて、ついでとばかりにあの特徴的で長い口吻から砂埃を吹きかけられて────タビトは見事に目潰しされてしまった。

「終了。よくやったなロス」
「あぁぁ……もう二度とこんなことしたくない、走ってるトラの前に飛び出すなんて……心臓がちぎれ飛びそうだよ」
「安心しろ、心臓はちぎれない。喉笛を噛み砕かれる可能性はあったけど」
「ひぃいい……」

 視界を奪われたタビトはなすすべもなく地面に押さえつけられた。
 頭上で交わされる気の抜けた会話に抗議することもできない。両目からぼろぼろと涙がこぼれ、そのおかげで少しだけ目が開けられるようになった。

「そろそろリゲルたちのほうも片付く。おとなしくしててくれよタビト」
「……まいった、降参。あぁくやしい……」
「はは、一騎打ちで負けたときオレもくやしかったからな、これでおあいこだ。知ってるか? 群れでの狩りはブルーシアよりナターシャのほうが得意なんだ。悪いけどリゲルたちはもう狩られてる頃だな」
「うぅ……」

 なにもかもが判断ミスだった。そう認めざるを得ない。
 押さえられていた首を離された途端、タビトは必死に前足で顔を擦った。鼻や口にまで砂が入ったようで、顔を振って顔を拭って、大忙しだ。
 そんなタビトにレグルスはぐるぐる笑いながら、砂埃まみれの顔を舐めてやる。
 ざらざらの舌は櫛のように機能して、被毛にくっついた砂をきれいに取り除いていく。
 しかしタビトはむっつりと口吻を曲げた。

「今はレグルスに毛づくろいされたくない気分」
「ははは! ごめんごめん」

 負けて拗ねるタビトがかわいくてつい笑ってしまい、さらにへそを曲げられるレグルスだった。

 その後すぐに、ナターシャとブルーシアがリゲルたち三匹を確保したとロスが伝えに来た。彼女たちは本当に集団戦が得意のようだ。
 本物の戦いであれば命尽きるまで抵抗するが、あくまでこれは模擬戦。
 結局両陣営ろくにケガもせず、タビトが目潰しで大泣きしただけで決着した。
 意気揚々と訓練場を後にした留学生たちとは対照的に、とぼとぼと肩を落として戻ってきたタビトたちはその場で教師の訓示を受ける。

「彼らは終始、きみたちのチームを分断するために動いていました。集団を狩るのに最適な作戦ですね。しかしタビト、きみがいながらこの結果とは」
「せんせー、タビトが一番脳筋のうみそきんにくでしたー」
「ちょっリゲル……!」
「なるほど。タビトは自分の強さに慢心せず、多対多、多対個の戦術についてもう少し学ぶと良いでしょう」
「はい……」

 負けたチームは敗北の理由を分析してレポート提出しなければならない。
 しばらくは授業後の休み時間に、頭を抱えてうんうん唸る四人組が観測されていた。
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