みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第三章

48.プライドとツガイ

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 それから二人で昼食をとった。
 日当たりの良い中庭のベンチで、トリ肉がたっぷり挟まったサンドにかぶりつく。
 麦の粉でつくった薄焼きのパンは、多くの肉食獣人が獣型のままで食べられるよう材料にも形にもこだわっている。
 娯楽の少ない騎士学校は食事が最大の楽しみだ。
 誰かが「牢獄と同じ」と笑っていたけれど、それが真実でないことをタビトは知っていたので黙っていた。
 本物の牢獄に比べたら騎士学校は楽園そのものだ。
 サンドを食べ終えスープを飲んでいると、レグルスが耳をぱたたっと動かした。

「うるさいのがこっち来る。タビト、行こう」
「え? でもこれ片付けないと、」
「レグルス様っ!」

 嫌そうな顔をしたレグルスの向こうで、誰かがこちらへ走ってくる。
 名前を呼んでいるし、明らかに知り合いだろう。
 学園の交換留学生だろうか、と顔を覗かせたタビトは硬直した。

「レグルス様、やっと見つけましたわ。今までどこにいらしたの」
「もうお昼食べたんですかァ、早いですねェ」

 おしとやかな話し方をする女生徒。
 横には妙に間延びした喋り方をする女子と、駆け足で追いついてきた男子生徒がいた。
 レグルスに体を押し付けるようにくっついたその女子に、はっきりと見覚えがあった。

「ブルーシア、やめろ。離れろ」
「どうして先に食べてしまうのです。それにもしかして、そこの食堂の食事を食べたのですか? あなたはいずれ草原を統べる王となるのですから食事も一流のものを……────この、匂い……」

 流れるように話しかけていた女生徒の視線がこちらへ流れてくる。
 タビトは思わず俯いた。彼女に与えられた屈辱を思い出して、怯えた。
 ブルーシア────レグルスの許嫁。
 いつかレグルスと「本当の」群れを作るメス。

「あなた、あのときの小汚いトラね。まだ懲りずにレグルス様にまとわりついているの?」

 ブルーシアは初対面のときからタビトより背が高かったが、今ではさらに身長差があった。
 骨格に違いはあるが、レグルスと同じくらいの長身。
 ライオン特有の光を透かす金色の髪をばさりと払って、タビトを睨みつけるきつい眼差しも金。
 見慣れない生徒を引き連れている彼女は、群れを率いる威厳を放っていた。

「レグルス様に粗末なものを食べさせたのはあなたね。本当に恥ずかしい子。仮にも自分の主に、いずれ王となる方にこんな庶民の食事をさせるなんて考えられないわ。あぁ、男で他種族トラなのにライオンのプライドにくだる恥さらしだからわからないのかしら」
「……っ」
「なんとか言ったらどうなの?」

 タビトは俯いたまま動けなかった。ブルーシアの言葉が剣のように突き刺さる。
 目の前の気配が一歩近づいてきて、びくりと肩が震えた。
 あのときのように力で排除されるのだろうか。
 獣の力を振るえない中庭では、タビトはなにもかも敵わない。

「離れろと言ったぞ、ブルーシア」
「っ、レグルス様」

 タビトは顔を上げた。
 レグルスの広い背中が視界を覆っていた。ブルーシアの声だけが聞こえる。

「レグルス様、お考え直しください。そんな他種族のオスをお側に置いても何にもなりません。むしろ一族の恥となってしまいますわ」
「一族のことなんて関係ない。オレのプライドにはタビトだけだ。オレはプライドメンバーを守らなければならない」
「薄汚いトラごときをプライドに入れるなんてあり得ません!」
「タビトを悪く言うな。それに、オレの群れのことはオレが決める」

 レグルスとブルーシアの間の空気がびりびり震え、険悪になっていく。
 仲違いはいけない。僕のことなんか気にしないで。
 そう言えればよかったのに、喉が詰まって何も言えなかった。
 レグルスのプライドにはタビトだけ。
 幼い日の約束を、レグルスは忘れていなかった。嬉しくて、でも情けなくて耳を伏せることしかできない。

「ねェ、あなたトラなのぉ?」

 緊迫した空気が壊れた。
 俯いた視界に見慣れない顔が入り込んでくる。ブルーシアの後ろをついてきていた女生徒だ。
 間延びした話し方を表すかのように、黄色い垂れ目は締まりがない。

「トラなのに耳もしっぽも真っ白。これって珍しくなァい?」
「ちょっと、失礼だろ」

 女生徒の横で事態を見守っていた男子生徒も寄ってきた。
 遠慮のない女生徒の肩を小突く。

「だってェ気になるんだもん。人型は肌茶色いしおかしな感じィ。あんた、どこの生まれ?」
「えと、僕は雪山の……」
「あ~雪山かァ。だから白いのかなぁ?」

 女生徒は黄色い目を細める。
 ブルーシアと似た雰囲気と金の髪。彼女もきっとライオンだ。

「うちはナターシャ。一応山岳の王の遠縁。まァぎり血縁引っかかってるかなって程度。よろしく~」
「森林のロスだ。よろしく」
「よろしく……雪山のタビトです」

 女生徒はナターシャ、男子生徒はロスと名乗った。
 タビトとは似て非なる黒っぽい肌色に細長い面のロスは、アリクイだという。

「アリクイとかウケるっしょ? 無害そ~な顔してっけど、一応肉食獣だからさァ」
「一応とか言うな。タビトくん、ナターシャもブルーシアもご覧の通り失礼なやつらだけど、首都学園の生徒がみんなこうだなんて誤解しないでくれよ」
「うん……」

 ちらりとブルーシアを見ると、彼女は露骨にしかめっ面で、きびすを返し立ち去ってしまった。その後をロスが慌てて追う。
 学園の留学生たちの力関係が見えたような気がする。
 その場に残ったナターシャはマイペースな性格なのか、長いくせ毛を指に巻き付けて静観していた。

「さっきブルーがレグルスさまのプライドがどうこう言ってたじゃん。タビトってレグルスさまの子分なのォ?」

 マイペースな上に遠慮のない言葉に、タビトは苦笑した。

「子分、なのかな? ここに来る前、レグルスのプライドに入れてもらったんだ」
「あ~。レグルスさま、もうプライドあるって言ってたけどあれマジなんだァ。そんでタビトがそーなんだ?」
「うん……ナターシャも、トラがプライドに入るなんて変だと思う?」
「ん~、まァ変かどうかって聞かれたら、そーかも。プライドはライオンの群れって意味しかないと思うしィ、うちもレグルスさまのプライドに入るために学園に来たようなもんだしィ」

 どうやらナターシャは、ブルーシアと同じような立場のメスライオンらしい。
 ただ、そうあるべきと固執しているブルーシアと違って、ナターシャはいかにも「決められたこと」と言わんばかりに面倒そうだ。

「うちの一族、山岳ライオンの中でも弱小なんよ。ギリ王の血筋だしィ、うちが草原王の子どもと同い年ってことで、プライドメンバーに選んでもらえって首都行き決められたけど、正直うちはどうでもいいってか。今どきライオンはライオン同士って古くね? って感じ」
「そうなんだ」
「そー。でもさァ、レグルスさまがもうツガイ持ちならうちら打つ手ナシじゃん? だからさくっと諦めて、騎士学校で強くて良さげな相手みつけよっかなァって」
「え……」

 レグルスのツガイ、とはなんのことだろう。
 もしかして。

「レグルスとブルーシアは、もう、ツガイに……?」
「は? んなわけないじゃーん、さっきのチョー険悪なの見てなかったァ?」
「ぁ……そ、そうなんだ」

 ナターシャはからから笑って「ブルーってば、ツガイにしてもらえそうになくて焦ってんだよね」と言った。全然笑い事ではない気がするが、不思議なメスだ。
 でも、安心してしまった。
 レグルスにまだツガイはいない。
 タビトがそばにいられる時間は、まだ残ってる。

「そーじゃなくてェ、ツガイはタビトっしょ? ってハナシ」
「え?」

 しかしナターシャの矛先がまさか自分に向くとは思っておらず、タビトはこてんと首を傾げた。

「僕はツガイじゃないよ」
「えっそーなん?」
「……あー……」

 ナターシャの驚く声に別の声が被さった。
 ばつの悪そうな声はレグルスのものだ。

「なんかレグルスさまは違う考えっぽいけど?」

 ナターシャもこてんと首を傾げ、タビトはますます困惑した。

「レグルス、どうしたの。僕は確かにレグルスのプライドメンバーだけど、それはツガイとは違うんだよ」
「わかってる。でもオレ、」
「あ、次の授業始まるよォ。うちらは授業明日からだけど、タビトはヤバいんじゃね?」

 中庭の大鐘が鳴り響いた。
 昼食を食べ終わったものや、うたた寝をしていた生徒たちが起き出しそれぞれ教室へ向かっていく。
 ナターシャの言う通り、タビトはもう行かなきゃならない。

「ごめんレグルス、話はあとで」
「……あぁ」

 さっきの歴史の授業のように聴講するかもしれないと振り返ったが、ナターシャが手を振る横に立ち尽くすレグルスは、タビトを追ってはこなかった。
 タビトはそのまま通常通り授業を受け、夕方前に寮へ戻ったが、レグルスは帰ってきておらず、結局「ツガイ」の話は忘れ去られてしまった。
 タビトにもレグルスにも、どこか抜けないトゲのように刺さったまま。
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