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第三章
45.同室
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二年前までの、まるできょうだいみたいに一緒に過ごした日々に気持ちまで巻き戻ってしまったかのように、自然に手を差し出していた。
それをレグルスがためらいもせず掴んで、そのまま繋がれてしまったので振りほどくこともできず、タビトは奇妙な感傷を覚えながら寮への道を辿っていく。
「ここが僕ら学生の寮。交換留学生もここに部屋があるの?」
「そう聞いてる。たしか相部屋だとか……」
「うん。僕ら三年生は二人一部屋だね」
言った瞬間、なぜか隣の気配がぴりっと緊張した。
「……タビトも誰かと相部屋?」
「ううん。同室予定だった子が、家庭の事情で退学してしまって」
寮の部屋割りが決まったあとの急な話だったので、タビトは現在一人部屋のまま過ごしている。
それを告げると、レグルスはあからさまに警戒を解いてほっとしたようだった。
一年生のときは四人部屋にいたから一人部屋は少し寂しい、と付け足そうかと思ったが、結局口を開かず寮へと足を踏み入れる。
副都ではめずらしくない赤レンガ造りの寮は頑丈さがうりで、それ以外は特に配慮されていない。
夏暑く冬寒い、トイレ共用風呂屋外、壁は厚いが妙に他部屋の生活音が響く安普請だ。
レグルスの屋敷がどれだけ高級な建物だったか思い知った一年生の頃が懐かしい。
「僕の部屋に行くより先に、レグルスの部屋に行ったほうがいいよね?」
最初に向かったのは、入り口の一番近くの小部屋。
この部屋だけはドアの横に窓がぽっかり空いていて、寮を管理する獣人夫婦が住んでいる。
年老いたアライグマの夫妻は、生徒が出払う授業中は掃除や料理の仕込みなどをしているらしく、忙しそうだった。
「首都の交換留学生? あぁ、そんな話も聞いたっけ。今日からだったのかい」
三角頭巾を巻いて片手に木ベラを持ったままの寮母さんは、小柄だが意外と気が強い。
寮食を残すと食べ終えるまで食堂に監禁されるというのは、代々寮生に語り継がれる警句だ。
「彼の部屋がどこだかわかりますか?」
「さて、どこだったっけね。そも首都学園の子なんてなかなか来ないし、来たとしてもここに住むなんて聞いたことないよ」
「え……それはどういう、」
「それならオレはタビトの部屋に入居します」
窓を覗き込んでいたタビトの後ろから、レグルスがにゅっと顔を覗かせた。
驚くアライグマ婦人に微笑みかけ、あれよあれよという間に同意を取り付け、そういうことになってしまった。
寮母から鍵をもらったレグルスが満足げに微笑む。
「今日から同室だ。よろしくね、タビト」
「えぇ……?」
いまいち事態が飲み込めていないタビトの手を今度はレグルスが引いて、二階の端の部屋に辿り着いた。
今はタビトの名札しかかかっていないそこが、今日から二人の部屋になる。
「ちょっとレグルス、本当によかったの?」
「もちろん。タビトと一緒なら雲の上でも海の底でも嬉しいよ」
「いやそういうことじゃなくて……」
本来決められた同室者がいたのではないか。そういう意味で聞いたけれど、にこにこ笑顔のレグルスに聞く気が失せた。
面識のない誰かより、気心の知れた相手と同室の方が楽だということだろう。
もらったばかりの鍵でドアを押し開ける。
寮の部屋はどこも同じ間取りで、ベッドの数が異なっているだけだ。
室内は途中までが分厚いカーテンで仕切られていて、それぞれが各生徒の数少ないプライベートスペースとなっている。
途中でカーテンが途切れる部分からドアまでが共用エリア。
カーテンの右側には備え付けの机と本棚しかない。
左側がタビトの部屋だ。机の上には教本や教材が置かれている。半分ほど埋まった本棚、簡素なクローゼット。
小さな窓の下にはメイサのための平たいクッションが置かれている。
クッションの主は帰ってきており、レグルスも「あ」と声を出したが、気持ち良さそうに眠っていたので起こすのはやめた。
そして個人スペースの大部分を占める、綿のたっぷり詰まったベッド。
「学内では無闇な獣型への変化は禁止なんだけど、寮の自室は獣型で過ごしていいんだ。だからベッドだけは選択制。レグルスもさっきの寮母さんに言って、獣型か人型のベッドもらってね」
「オレはこれでいいよ」
「え?」
レグルスが腰掛けたのはタビトのベッドだ。
お気に入りのクッションとシーツ。合間にだいぶくたびれてしまった茶色のブランケット。毎日ブラッシングしてはいるものの、トラの姿で遠慮なく寝そべるせいで白い毛がいくつもへばりついた、お世辞にもきれいとは言い難い使用感のある寝床。
そこにレグルスが寝そべっている。
なぜか無性に恥ずかしく感じて、タビトは目をそらした。
「や、なに言ってんの。レグルスはきれいな新品のベッドにしなよ。人型のベッドも結構大きくて使い心地も、」
「オレはこれがいいんだ。────おいで、タビト」
「……」
大きくなった主が、変わらない態度で呼ぶ。
その声に抗えるはずもなく、灯りに誘われる虫みたいに引き寄せられ、腕の中に収まった。
ベッドに背を預けるレグルスに半ばのしかかるように跨がり、肩に頬を寄せる。
「あー、落ち着く……」
タビトの気持ちを代弁するようなレグルスの嘆息に笑ってしまった。
丸二年離れていたというのに、気後れもよそよそしさもない。
ただあるべき場所に戻ったという感覚。
そのまましばらく抱き合って寝転がっていたが、タビトはふと身を起こし、レグルスの上着を脱がせた。
首都学園のものだろう、臙脂色で細かい刺繍がいくつも入った、きちんとプレスの効いたジャケットが、毛だらけのクッションベッドでくしゃくしゃになってしまうのを防ぎたかったのだが、もう手遅れのような気はする。
ジャケットをハンガーにかけ、レグルスのスペースの椅子の背に引っ掛ける。ベッドに戻って、ついでにさっきから気になっていたことを尋ねた。
「首都学園の留学生は寮には入らないって言われていたけど……本当に良かったの?」
「アレね。自分で言うのも虚しい話だけど、うちの生徒って妙に偉そうっていうか偉ぶってるっていうか……庶民ばかりの集合住宅になんか住みたくないって思うみたいで」
「あー……」
首都学園の生徒ということは、「草原の王」の子であるレグルスのように、いつか氏族を束ねる可能性のある者たちということ。
当然実家は豪邸だし、使用人以外の庶民と関わりなんて持たない。
そんな態度でいざ一族を率いる立場になったときどうなるんだ、と思わなくもないが、少なくとも王や首長の子というものは偉ぶりたい時期がある、ということらしい。
もちろん寮は不用心な部分が多いし、そういう意味で忌避する者もいるだろうが、一番の理由じゃない。
結局は庶民と混ざって生活したくなどないという、それだけの話だ。
レグルス以外の交換留学生は学外に下宿しているという。
下宿とはいえ、実家が借り上げたところに使用人と住んだり、血の近い親族の家だったり。下にも置かない扱いをされている────らしい。
「となるとオレは父様の屋敷に戻らなきゃいけなくなるだろ。遠いし息苦しいしアルシャウはうざいし、あそこから通うメリットない」
「そうかもしれないけど」
「言ったろ、タビトと一緒なら海の底でも住めば都だ。……タビトは嫌?」
「嫌なわけない!」
即座に否定し、嬉しそうな笑みを返される。
タビトだって会いたかったし、これからいっしょにいられるのは嬉しい。
とにかくレグルスの不利益にならないようにとの一心だった。それを拒絶に勘違いされるなんて心外だ。
「タビトが一人部屋で良かったよ。せっかく追いかけてきたのに、同室者を追い出すなんてことしないで済んだ」
「追いかけてきた、って?」
いっしょにいられるという嬉しさが、不穏な言葉によって押し流されていく。
青ざめるタビトには気づかず、レグルスはあっけらかんと言った。
「首都学園では成績上位者に留学の機会が与えられるんだけど、行き先は成績の順位によるんだ。オレは普通にやってると最上位の首都内留学になっちゃいそうだったから、わざとテストの点を下げて副都に来られるよう調整した」
「……え?」
レグルスはまだなにか言っていたが、タビトは聞いた言葉の咀嚼に時間がかかった。
勘違いでなければ、彼はタビトの元へ来るために成績を下げたと……言わなかっただろうか。
おそるおそる尋ねると、あっさり肯定される。
「だってそうしなきゃ会えるの一年後だし」
愕然とした。
なにもなければ最上位レベルの成績をとれるはずだったレグルスが、タビトと会いたいがためだけに手を抜いたなんて。
目眩がしてきた。
先ほど彼の不利益になりたくないと思ったばかりなのにこれだ。
「……レグルス。ちょっと」
「え? なに?」
ベッドから降り、床に座ったタビトの前にレグルスも姿勢を正す。
彼は自分が悪いことをしたなんて微塵も思っていない。
口を滑らせたとも思っていない。
「レグルス。僕たちは学生なんだ。勉強して、自分にできる限りいい成績をおさめて卒業する。そういう立場なんだよ」
「やだなタビト、どうしたの急に」
「わざと悪い点を取って留学先を変えるなんて、するべきじゃなかった。僕はそう言ってるんだ」
たちまち不機嫌そうに口端をひん曲げたレグルスに畳み掛ける。
「僕はアルシャウにお金を出してもらって、身元の保証もしてもらってる。アルシャウのためでもあるけどなにより、レグルスの隣に立つのにふさわしいオスになりたいから、勉強がんばってる。でもレグルスの行為は、そういう志を感じない。お金を出してくれてるラサラス様に申し訳ないよ」
「なんでタビトが父様に申し訳なく思うんだよ。タビトはオレと会えなくてさみしくなかったの? 不安にならなかったのか?」
「さみしいよ。さみしいけどそれとこれとは別だ。また同じことをするようなら、僕はもう一緒にいられない」
「なに……言ってんの」
「僕がレグルスの枷になるなら僕は距離を置く。僕自身がレグルスのためにならない存在になるなんて絶対嫌だから────プライドからも抜ける」
さぁっと顔色をなくしたレグルスを、タビトは静かに見つめた。
たとえ話でも口に出したくない言葉だった。
離れていても、タビトはレグルスのプライドメンバーだからつらいときもがんばれたし、大丈夫だと思えた。
そのよすがを無くすなんて、想像したくもない。
でも一番嫌なのは、自分がレグルスの足枷になってしまうことだ。
「約束してほしい。僕なんかのために自分を貶めるようなことはしないって」
「『なんか』だって……? オレにとって一番大事なのはタビトだ。タビトといっしょにいられないなら学校も身分もなんの意味もない!」
「そんなこと言っちゃダメだよ。レグルスは草原の王になるべき獣人なんだから」
「タビトがいなきゃ意味がない! そんなものにはならない!」
肩を捕まれ乱暴に床に押さえつけられた。
獣型ならほとんど負けなしのタビトは、人型では非力だ。
まだ成長期が続いている大柄のレグルスにのしかかられては手も足も出ない。
一瞬だけ部分獣化が頭を過ったが、万が一にでもレグルスを傷つけるような手段は取れなかった。
「タビトこそ約束しろ。冗句でも嘘でもオレから離れるなんて言わないって」
「できない」
「なんで、なんでだよっ!」
獣化も部分獣化もしない代わりに、タビトは体術を使った。
身長も体重も敵わない相手に抑え込まれたときの対処法を、タビトは嫌というほど訓練していた。
相手の重さを利用するように体を反転させ、逆に床へ転がす。
押さえつけていたはずの相手に見下され、レグルスはぽかんと口を開けている。
「……お互い冷静じゃない。少し出てくるよ、レグルスはここにいて」
それをレグルスがためらいもせず掴んで、そのまま繋がれてしまったので振りほどくこともできず、タビトは奇妙な感傷を覚えながら寮への道を辿っていく。
「ここが僕ら学生の寮。交換留学生もここに部屋があるの?」
「そう聞いてる。たしか相部屋だとか……」
「うん。僕ら三年生は二人一部屋だね」
言った瞬間、なぜか隣の気配がぴりっと緊張した。
「……タビトも誰かと相部屋?」
「ううん。同室予定だった子が、家庭の事情で退学してしまって」
寮の部屋割りが決まったあとの急な話だったので、タビトは現在一人部屋のまま過ごしている。
それを告げると、レグルスはあからさまに警戒を解いてほっとしたようだった。
一年生のときは四人部屋にいたから一人部屋は少し寂しい、と付け足そうかと思ったが、結局口を開かず寮へと足を踏み入れる。
副都ではめずらしくない赤レンガ造りの寮は頑丈さがうりで、それ以外は特に配慮されていない。
夏暑く冬寒い、トイレ共用風呂屋外、壁は厚いが妙に他部屋の生活音が響く安普請だ。
レグルスの屋敷がどれだけ高級な建物だったか思い知った一年生の頃が懐かしい。
「僕の部屋に行くより先に、レグルスの部屋に行ったほうがいいよね?」
最初に向かったのは、入り口の一番近くの小部屋。
この部屋だけはドアの横に窓がぽっかり空いていて、寮を管理する獣人夫婦が住んでいる。
年老いたアライグマの夫妻は、生徒が出払う授業中は掃除や料理の仕込みなどをしているらしく、忙しそうだった。
「首都の交換留学生? あぁ、そんな話も聞いたっけ。今日からだったのかい」
三角頭巾を巻いて片手に木ベラを持ったままの寮母さんは、小柄だが意外と気が強い。
寮食を残すと食べ終えるまで食堂に監禁されるというのは、代々寮生に語り継がれる警句だ。
「彼の部屋がどこだかわかりますか?」
「さて、どこだったっけね。そも首都学園の子なんてなかなか来ないし、来たとしてもここに住むなんて聞いたことないよ」
「え……それはどういう、」
「それならオレはタビトの部屋に入居します」
窓を覗き込んでいたタビトの後ろから、レグルスがにゅっと顔を覗かせた。
驚くアライグマ婦人に微笑みかけ、あれよあれよという間に同意を取り付け、そういうことになってしまった。
寮母から鍵をもらったレグルスが満足げに微笑む。
「今日から同室だ。よろしくね、タビト」
「えぇ……?」
いまいち事態が飲み込めていないタビトの手を今度はレグルスが引いて、二階の端の部屋に辿り着いた。
今はタビトの名札しかかかっていないそこが、今日から二人の部屋になる。
「ちょっとレグルス、本当によかったの?」
「もちろん。タビトと一緒なら雲の上でも海の底でも嬉しいよ」
「いやそういうことじゃなくて……」
本来決められた同室者がいたのではないか。そういう意味で聞いたけれど、にこにこ笑顔のレグルスに聞く気が失せた。
面識のない誰かより、気心の知れた相手と同室の方が楽だということだろう。
もらったばかりの鍵でドアを押し開ける。
寮の部屋はどこも同じ間取りで、ベッドの数が異なっているだけだ。
室内は途中までが分厚いカーテンで仕切られていて、それぞれが各生徒の数少ないプライベートスペースとなっている。
途中でカーテンが途切れる部分からドアまでが共用エリア。
カーテンの右側には備え付けの机と本棚しかない。
左側がタビトの部屋だ。机の上には教本や教材が置かれている。半分ほど埋まった本棚、簡素なクローゼット。
小さな窓の下にはメイサのための平たいクッションが置かれている。
クッションの主は帰ってきており、レグルスも「あ」と声を出したが、気持ち良さそうに眠っていたので起こすのはやめた。
そして個人スペースの大部分を占める、綿のたっぷり詰まったベッド。
「学内では無闇な獣型への変化は禁止なんだけど、寮の自室は獣型で過ごしていいんだ。だからベッドだけは選択制。レグルスもさっきの寮母さんに言って、獣型か人型のベッドもらってね」
「オレはこれでいいよ」
「え?」
レグルスが腰掛けたのはタビトのベッドだ。
お気に入りのクッションとシーツ。合間にだいぶくたびれてしまった茶色のブランケット。毎日ブラッシングしてはいるものの、トラの姿で遠慮なく寝そべるせいで白い毛がいくつもへばりついた、お世辞にもきれいとは言い難い使用感のある寝床。
そこにレグルスが寝そべっている。
なぜか無性に恥ずかしく感じて、タビトは目をそらした。
「や、なに言ってんの。レグルスはきれいな新品のベッドにしなよ。人型のベッドも結構大きくて使い心地も、」
「オレはこれがいいんだ。────おいで、タビト」
「……」
大きくなった主が、変わらない態度で呼ぶ。
その声に抗えるはずもなく、灯りに誘われる虫みたいに引き寄せられ、腕の中に収まった。
ベッドに背を預けるレグルスに半ばのしかかるように跨がり、肩に頬を寄せる。
「あー、落ち着く……」
タビトの気持ちを代弁するようなレグルスの嘆息に笑ってしまった。
丸二年離れていたというのに、気後れもよそよそしさもない。
ただあるべき場所に戻ったという感覚。
そのまましばらく抱き合って寝転がっていたが、タビトはふと身を起こし、レグルスの上着を脱がせた。
首都学園のものだろう、臙脂色で細かい刺繍がいくつも入った、きちんとプレスの効いたジャケットが、毛だらけのクッションベッドでくしゃくしゃになってしまうのを防ぎたかったのだが、もう手遅れのような気はする。
ジャケットをハンガーにかけ、レグルスのスペースの椅子の背に引っ掛ける。ベッドに戻って、ついでにさっきから気になっていたことを尋ねた。
「首都学園の留学生は寮には入らないって言われていたけど……本当に良かったの?」
「アレね。自分で言うのも虚しい話だけど、うちの生徒って妙に偉そうっていうか偉ぶってるっていうか……庶民ばかりの集合住宅になんか住みたくないって思うみたいで」
「あー……」
首都学園の生徒ということは、「草原の王」の子であるレグルスのように、いつか氏族を束ねる可能性のある者たちということ。
当然実家は豪邸だし、使用人以外の庶民と関わりなんて持たない。
そんな態度でいざ一族を率いる立場になったときどうなるんだ、と思わなくもないが、少なくとも王や首長の子というものは偉ぶりたい時期がある、ということらしい。
もちろん寮は不用心な部分が多いし、そういう意味で忌避する者もいるだろうが、一番の理由じゃない。
結局は庶民と混ざって生活したくなどないという、それだけの話だ。
レグルス以外の交換留学生は学外に下宿しているという。
下宿とはいえ、実家が借り上げたところに使用人と住んだり、血の近い親族の家だったり。下にも置かない扱いをされている────らしい。
「となるとオレは父様の屋敷に戻らなきゃいけなくなるだろ。遠いし息苦しいしアルシャウはうざいし、あそこから通うメリットない」
「そうかもしれないけど」
「言ったろ、タビトと一緒なら海の底でも住めば都だ。……タビトは嫌?」
「嫌なわけない!」
即座に否定し、嬉しそうな笑みを返される。
タビトだって会いたかったし、これからいっしょにいられるのは嬉しい。
とにかくレグルスの不利益にならないようにとの一心だった。それを拒絶に勘違いされるなんて心外だ。
「タビトが一人部屋で良かったよ。せっかく追いかけてきたのに、同室者を追い出すなんてことしないで済んだ」
「追いかけてきた、って?」
いっしょにいられるという嬉しさが、不穏な言葉によって押し流されていく。
青ざめるタビトには気づかず、レグルスはあっけらかんと言った。
「首都学園では成績上位者に留学の機会が与えられるんだけど、行き先は成績の順位によるんだ。オレは普通にやってると最上位の首都内留学になっちゃいそうだったから、わざとテストの点を下げて副都に来られるよう調整した」
「……え?」
レグルスはまだなにか言っていたが、タビトは聞いた言葉の咀嚼に時間がかかった。
勘違いでなければ、彼はタビトの元へ来るために成績を下げたと……言わなかっただろうか。
おそるおそる尋ねると、あっさり肯定される。
「だってそうしなきゃ会えるの一年後だし」
愕然とした。
なにもなければ最上位レベルの成績をとれるはずだったレグルスが、タビトと会いたいがためだけに手を抜いたなんて。
目眩がしてきた。
先ほど彼の不利益になりたくないと思ったばかりなのにこれだ。
「……レグルス。ちょっと」
「え? なに?」
ベッドから降り、床に座ったタビトの前にレグルスも姿勢を正す。
彼は自分が悪いことをしたなんて微塵も思っていない。
口を滑らせたとも思っていない。
「レグルス。僕たちは学生なんだ。勉強して、自分にできる限りいい成績をおさめて卒業する。そういう立場なんだよ」
「やだなタビト、どうしたの急に」
「わざと悪い点を取って留学先を変えるなんて、するべきじゃなかった。僕はそう言ってるんだ」
たちまち不機嫌そうに口端をひん曲げたレグルスに畳み掛ける。
「僕はアルシャウにお金を出してもらって、身元の保証もしてもらってる。アルシャウのためでもあるけどなにより、レグルスの隣に立つのにふさわしいオスになりたいから、勉強がんばってる。でもレグルスの行為は、そういう志を感じない。お金を出してくれてるラサラス様に申し訳ないよ」
「なんでタビトが父様に申し訳なく思うんだよ。タビトはオレと会えなくてさみしくなかったの? 不安にならなかったのか?」
「さみしいよ。さみしいけどそれとこれとは別だ。また同じことをするようなら、僕はもう一緒にいられない」
「なに……言ってんの」
「僕がレグルスの枷になるなら僕は距離を置く。僕自身がレグルスのためにならない存在になるなんて絶対嫌だから────プライドからも抜ける」
さぁっと顔色をなくしたレグルスを、タビトは静かに見つめた。
たとえ話でも口に出したくない言葉だった。
離れていても、タビトはレグルスのプライドメンバーだからつらいときもがんばれたし、大丈夫だと思えた。
そのよすがを無くすなんて、想像したくもない。
でも一番嫌なのは、自分がレグルスの足枷になってしまうことだ。
「約束してほしい。僕なんかのために自分を貶めるようなことはしないって」
「『なんか』だって……? オレにとって一番大事なのはタビトだ。タビトといっしょにいられないなら学校も身分もなんの意味もない!」
「そんなこと言っちゃダメだよ。レグルスは草原の王になるべき獣人なんだから」
「タビトがいなきゃ意味がない! そんなものにはならない!」
肩を捕まれ乱暴に床に押さえつけられた。
獣型ならほとんど負けなしのタビトは、人型では非力だ。
まだ成長期が続いている大柄のレグルスにのしかかられては手も足も出ない。
一瞬だけ部分獣化が頭を過ったが、万が一にでもレグルスを傷つけるような手段は取れなかった。
「タビトこそ約束しろ。冗句でも嘘でもオレから離れるなんて言わないって」
「できない」
「なんで、なんでだよっ!」
獣化も部分獣化もしない代わりに、タビトは体術を使った。
身長も体重も敵わない相手に抑え込まれたときの対処法を、タビトは嫌というほど訓練していた。
相手の重さを利用するように体を反転させ、逆に床へ転がす。
押さえつけていたはずの相手に見下され、レグルスはぽかんと口を開けている。
「……お互い冷静じゃない。少し出てくるよ、レグルスはここにいて」
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から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
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