みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第三章

43.日常と再会

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 最後尾の一年が戻ってきたところで、授業終了の鐘が鳴った。
 リゲルたちはまだ転げ回っている。
 次の授業ギリギリまで手合わせが長引くことはめずらしくないので、タビトは先に教室へ向かうことにした。
 と、目端に見覚えのあるものが映る。

「大丈夫?」

 地面に転がって荒い息を吐いている一年に、タビトは手拭いをくわえて差し出した。
 さっき手合わせをした一年生たちだ。
 大柄なものと、タビトの足を捕まえようとしたもの。
 二人はぜぇぜぇ言いながらタビトを見上げたが、ぜぇぜぇ言っているせいで言葉が出ないらしかった。
 上級生と戦った直後に走り込みだ。腕力や体力に自信があってもきついに違いない。
 息が整わず咳き込む一年の背を前足でさすってやると、ようやく手拭いの礼を言う声が返ってきた。

「はぁ、げほっ、あの、さっきの先輩、ですよね」
「そうだよ。あ、獣姿は見せてなかったね」
「やっぱトラ、なんだ……でも手だけじゃなく、ぜんぶ白……」

 好奇の視線に晒され、タビトははっと身を固くした。
 二年間共に過ごした理解のある級友や、同じくらい毛色の白い仲間に囲まれていて忘れていたが、タビトのこの色は特異だ。
 他のアルビノのいきものには、未だ出会ったことがない。
 知っているものが見れば、種族的に真っ白の毛を持つプロキオンホッキョクオオカミとは成り立ちが違うことを見抜かれてしまう。

「もう平気そうだね。次の授業に遅れないよう気をつけて」
「あ、先輩……!」

 それ以上なにか言われる前に、タビトは足早に立ち去った。
 途中で服を拾いながら進み、訓練場が見えなくなったあたりで止まる。
 大きな溜め息が勝手に出た。くわえていた衣類が落ちる。
 そのまま人化して、落とした服を身につけていく。

「ダメだな、やっぱり」

 白亜の被毛。それをただめずらしがられるだけならまだいい。
 おかしい、気持ち悪いと言われるのが怖い。体が大きくなっても、その恐怖だけは克服できなかった。
 肩を落として靴を履く。
 と、かがみ込んでいたタビトの背中に何かが飛び乗った。

「わっ。メイサ?」
「にゃっ」

 肩にするりと移動してきた縞模様のネコ、メイサ。
 一応タビトの飼いネコということになっている。
 背中を丸めたままそろそろと立ち上がる。ふわふわの毛が裸の首筋に擦れ、タビトはくすぐったさに首をすくめた。

「仕事終わったの?」
「うん。今日もよくはたらいた」
「おつかれさま。メイサはえらいね」

 ぐりぐりと頭を撫でてやると、満足そうに目を閉じる。
 小さかった子ネコは、今や立派な成猫だ。
 すらりと伸びた手足にはきれいな縞模様が刻まれ、青みがかっていた眼は美しいオレンジ色になった。────色だけ見れば、タビトの主に少しだけ似ている。
 首に巻いた青いリボンは今も変わらずそこにある。ただし、実は三本目だ。
 見た目は同じリボンだが、メイサは仕事柄なくしてしまうことも多く、大立ち回りしてもほどけないよう今は結び目を縫い付ける形に進化した。
 それでもたまにとんでもなくねじれていることがあるので、気づいたときに結び直してやっている。
 大きくなったとはいえタビトよりはずっと小さくて、元気でやんちゃで、今もときどき子ども扱いしてしまうが、メイサはここ騎士学校でも自ら職と食い扶持を見つけて立派に働いている。
 主に夜間、職員棟の裏手にあるニワトリ小屋を他の動物や、食事が足りず腹を空かせて卵(ひどいときはニワトリ本体)を盗もうとする生徒たちから守る仕事だ。後者が意外と多いらしい。

「今朝も『ふとどきもの』やっつけた。おでこひっかいてやった!」

 得意そうに胸を張るメイサの報告に、もう一度頭を撫でてやる。今度は優しく労わるように。
 彼の働きを聞いているせいで、額や鼻の頭に細い引っかき傷をこさえた生徒をたまに見かけると、忍び笑いが漏れてしまうようになった。
 立派な体格の上級生がばつの悪そうに治りかけの傷を掻いている姿など見ると、笑いを堪えるのに苦労したものだ。

「タビトにーちゃ、お部屋戻る?」
「いや、このまま次の教室に向かうよ」
「じゃあ途中で降りる」

 メイサはくぁ、と大きなあくびをしてタビトの肩の上に陣取った。
 日中は動物も不埒な生徒も出ないので、メイサはタビトの部屋で寝る。
 日が沈む頃、再び元気よく出勤していくのだ。
 鶏舎の管理獣人と仲良しで、食事はそこでもらっている。
 もはや誰が飼い主かよくわからない状態だが、お互いに気にしていない。
 タビトとメイサは対等で、飼い飼われるという意識はほとんどなかった。

 メイサを肩に乗せたまま歩いて、さまざまな生徒たちとすれ違った。
 ただ通り過ぎるだけのものが半数、もう半数はタビトを見て、ひそひそと何か囁き合っている。
 会話の内容が聞こえてしまいそうになり、タビトは慌てて耳を倒して塞いだ。

「わるぐち、言われてないよ」
「……わからないよ、そんなの」

 騎士学校の学生たちは良くも悪くも竹を割ったような性格のものが多く、タビトに陰湿な悪感情を抱くものは少ないと、今はもう理解している。
 それでも、他者が自身をどう思っているか知るのが怖い。

 視線を振り切るように足早に立ち去るタビトの肩に揺られながら、メイサは鼻を鳴らして吐息した。
 タビトと同じくらい耳の良いメイサには、彼らの話が聞こえている。
 タビトは面識のない他者の中には「排斥」しかないと思いこんでいるところがある。
 真っ白の毛が美しいとか、「鶏舎の番猫」を従えていて恐ろしいとか、トラの純粋な強さに憧れるとか、そういう噂話をされていることを知らないままここまで来てしまった。

「そういうの、おしえるのも守るのも、ぼくのおシゴトじゃないもんね」
「? どうかした、メイサ?」
「なんでもにゃ~い」

 真っ白でさらさらの髪に頬ずりしながら、大あくびをする。
 メイサは気配り上手のネコであった。
 寮の近くの分かれ道へ通りかかると、彼はするりとタビトから離れて寮へ入っていった。寮の管理獣人とも顔見知りなので顔パスだ。
 軽くなった肩を回しながら教室へ向かう。

 次の授業は、一つ前が訓練だったから少し余裕を持って時間設定されているが、それにしたって学内にいるのに遅刻するわけにはいかない。
 寮へ寄るために遠回りしてしまったし、そろそろ急がなければ。
 歩くスピードをあげようとしたとき、建物の角からぬっと姿を現した獣人にタビトはやや怯んだ。
 その学生はとても大柄で、少し駆け足で、ぶつかりそうになったからだ。
 お互いに咄嗟に謝罪の言葉が出て、聞き覚えのある声だと顔を上げる。

「あ、やっぱ先輩だった!」
「きみはさっきの」

 タビトを見下ろして破顔するのは、先程の訓練で負かした大柄の一年生だった。

「これ、ありがとうございました!」

 後輩が勢いよく差し出したものを見ると、手拭いだった。
 さっき貸したものを返しにきてくれたらしい。生乾きだがきちんと洗ってあるようで、律儀なことだ。
 礼を言って受け取り、道を譲ろうと避けると、後輩も同じ方向へ動く。
 反対へ動けば、後輩もそちらへ。
 まるで通せんぼされているかのようで、タビトは首を傾げた。

「まだなにか用?」
「用ってほどじゃないんですけど……先輩すげー強いから、また話せたら良いな~とは思ってました」
「そ、そう……」

 強さを手放しで褒められるのは嬉しい。やや赤らんだ頬を手の甲で擦る。
 その手を取られ、握られた。

「え?」
「人型はこんな細くてかわいいのに、あんな強いのマジやべーッス。俺、惚れました」
「ほ、ほれ?」
「先輩、付き合ってる相手いる? 立候補させてほしいんだけど」

 奪われたままの手が、一年生にしては規格外に大きな両手にぎゅうぎゅう握られて痛い。
 引っ張っても振りほどけないし、むしろどんどん距離を詰められて、タビトは困り果ててしまった。

「一目惚れです。付き合ってください」
「え、いやちょっと」
「ダメですか、ならせめて思い出だけでも……ッ」

 一年生の顔が近づいてくる。
 ふと、彼はクマの獣人のような気がした。大柄な体格に、かつて懇意だった庭師と似た気配を感じ取る。
 余計なことを考えてしまったのは現実逃避だったのだろう。
 拘束を解けない以上、タビトはこのピンチを避けようがない。
 さてどこを噛まれるか、舐められるか。
 タビトはぎゅっと目をつむって不快感をやり過ごそうとして────その声は風に乗って、不思議なほど明瞭に聞こえた。

「タビト?」
「……え……」

 目を見開き、声のした方向を見る。
 一人の獣人が立っていた。
 見慣れない服装は制服で、おそらく学生だ。
 すらりと背が高く、裾から出ている尾は毛の少ない特徴的な形をしている。
 無造作に流された金の髪には複雑に茶と黒が入り混じり、たてがみのように威厳を示す。目鼻立ちの整った相貌と、髪間から覗く丸い耳はかつての面影をくっきり残している。
 何より、恋しい夕焼け色の瞳。
 いくつの眠れぬ夜を、彼を想って超えただろう。

「レグルス……!」
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