みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第三章

41.オウルネビュラ騎士学校

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 オウルネビュラ騎士学校はその名の通り、騎士を目指すものが学ぶ場所である。
 全寮制、三年制。
 一般的な教養科目に加え、戦闘に関する授業が一日の半分を占める。
 卒業後の雇用形態は「王付き」の騎士に留まらず、首都警備の兵士になったり、旅人や旅商人を護衛するもの、他国で戦いに身を投じるもの、様々だ。
 王族首長族からの寄付で大部分を賄っているため、入学金学費ともに大陸内でも格安。入学するための条件や試験もほぼなく、身分は問われない。
 そのため毎年、希望と願望を胸に多くの幼い獣人が入学してくるが、最初の一年で半分が学び舎を去り、二年目でまた半分ほどになり、卒業する頃には選りすぐりの精鋭が当初の四分の一前後残るのみとなる。

 勉強が苦手なリゲルや、ケンカっ早くて照れ屋なプロキオンも、こう見えて優秀な生徒だ。
 雪山のヒョウ・リゲルと雪原のオオカミ・プロキオンは雪山トラのタビトと三人でひと塊と見られることが多かった。
 色合いが似ているし、同じ大型の肉食獣。
 必然選ぶ授業も似通ったものになり、互いに打ち解けるのに時間はかからなかった。

「この後ってアレだよな、実践戦闘の授業」
「そうだよ。今回は一年生と同じ訓練場でやるらしいけど」
「あ、それって」

 訓練場に滑り込んだ三人を、すでに集まっていた生徒たちが一斉に見た。
 いつもの授業よりずっと多い数にタビトはややたじろぐ。
 どうやらわずかに遅刻してしまったらしい。

「皆さん、ごきげんよう。今回は『実践戦闘』の記念すべき新年度初回授業ですが、大変嘆かわしいことに模範となるべき最上級生が遅刻をしてきてしまいました」

 さっそく教師に遅刻をいじられ、タビトたちはそそくさと級友たちの塊に合流した。
 くすくすと漏れ聞こえる一年生たちの笑い声がいたたまれない。

「事前に説明してありました通り、一年生の最初の授業ではまず、今後一年の授業スケジュールを皆さん自身で決定してもらいます」

 一年生にはすでになんらかの説明がされているらしく、幼い獣人たちは真剣に話を聞いている。
 タビトは首を傾げ、横にいたリゲルに身を寄せた。

「授業スケジュールを自分で、ってなんのこと?」
「覚えてないか? 俺たちも入学してすぐこれやったぞ」

 リゲルはなんのことかわかっているらしい。タビトは覚えがなかった。
 もう一度首を傾げたところで、不意に教師と目が合う。

「一年生諸君に希望者を募ります。今ここで先輩と戦い、勝てたら今後一年の基礎訓練は免除、二年生の戦闘訓練から始められます。というわけで『白』の三人、誰か一人出しなさい」

 教師に『白』トリオとして名指しされ目を見開くと共に、タビトは思い出した。
 一年生は一部の授業で「飛び級」ができる。
 二年以上この学校で学んだ先達を入学数日で下せるとしたら、この先一年間の基礎訓練で時間を浪費させるのはもったいない。そういう考えのもとに作られたシステムで、タビトの級友も何人か上級生に立ち向かったものだった。

「タビトを出します」
「タビトで」

 そんなことを悠長に思い返していたせいで、両側の友人が自分を売るのを阻止できなかった。
 抗議する間もなく背を押され、教師の前まではじき出される。

「ちょ、リゲル、プロキオン……!」
「俺らが出て万が一チビどもに負けたらどうすんだよ。タビトしか選択肢ないだろ」
「俺様が一年のガキどもに負けるなどあり得ないが、午前の授業で体力を浪費しすぎるのも考えものだしな」
「二人とも……」

 なんともひどい理由で生贄にされ、タビトはがっくりと肩を落とした。
 促されるままに制服のジャケットを脱ぎ、カッターシャツの袖をまくる。
 初年度は袖につけるカフスをうまくつけ外しできず何度も落としたものが、今は手元を見ずとも身支度できるようになった。
 一年生の中でも挑戦者が決まったらしい。
 数人のいかにも自信のありそうな、しかしまだ幼い顔立ちの獣人たちがタビトの前に並んだ。

「ではタビト、相手をしてあげなさい。形式は人型、流血は避けるように」
「はい……」

 教師は手出しも指図もする気がないようで、参加しない生徒たちの方へ行ってしまった。
 タビトはもう一度肩を落とし、ちらりと一年生たちを窺う。
 彼らの目は明らかにタビトを侮っていた。
 それも無理はない。タビトは人間の少女ラナから人型をもらい、すぐに別れてしまったため、人型を大きく成長させる手立てがなかった。
 おまけに二番目の親となったアルシャウとも半年に一度ほどしか会えないので、人型の手本となる存在がいない。
 必然、タビトの人型は多少身長体重が増えた以外、それほど成長しなかった。
 乾いた大地を思わせる褐色の肌はそのままに、ぱっちりと大きな目は肉食獣らしく鋭くなることはなく、腕も脚も筋肉質にはならず、声も少女めいたまま太くも低くもなってくれなかった。
 輪郭が少しだけ直線的になったとか、首が伸びて筋張ったような気がするとか、友人たちの必死の慰めがもはや滑稽なほど。
 二年次に何度も一年生と間違えられたが、おそらくこれから一年間も似たようなものなのだろう。白い髪は老けて見せると聞いて期待したのに、大外れだった。
 そんなタビトが血気盛んな一年生たちのテスト相手など、なめられて当然。

「えぇと、『雪山』のタビト、三年です。挑戦するのは六人でいいのかな」

 後輩たちをぐるりと見渡し、アルシャウの言葉を思い出す。
 なめられるな、と彼は言った。それが一番良くないことだと。
 当時のタビトには理解できなかった教えは、今のタビトの支えとなっている。

「僕も朝イチから疲れるのは困るから、全員で一斉に来ていいよ」

 毎日のように履いてやっと足に馴染んできた革靴を脱ぐ。靴下を靴に詰め込んで遠くに置き、スラックスの裾を折り上げて留める。
 足裏に直接感じる硬い土の感触が心地良い。
 支度を済ませたタビトに対し、一年たちは困惑しているようだった。
 すぐに飛びかかってこなかったのは評価点かもしれない。連携できない寄せ集めが束になっても有用性は低い。
 しかし様子見も我慢できなかったのか、一人の一年生が前に出た。

「一人でいいの?」
「俺が一番勝率高そうなんで。よろしくッス」
「うん。じゃあどこからでもどうぞ」

 特に構えを取ることもないタビトに向かって駆けてくる。
 大きな体だ。タビトが欲して、憧れて、そろそろ諦めているもの。
 繰り出される拳は手加減されているのか、単純に遅いだけなのか、タビトは余裕を持って避けた。
 次々に攻撃を仕掛けられるが、全てひらひらと舞うように躱す。

「くそッ!」

 攻撃が当たらないと察し、相手は腕を広げてタビトを捕まえる作戦に変えたらしい。この体格差で押さえ込まれれば、後ろに控えている他の一年に袋叩きにされかねない。
 突進してくる巨体を、タビトは駆け上った。
 肩から跳び立ってくるりと回転し、筋肉質な首筋を抑えながら背後に着地する。

「僕が武器を持っていたら、きみはもう首を切られていたよ」

 振り向いた少年の目に明らかな敵意が揺らめいた。
 控えの一年たちもじわじわと距離を詰めてきている。タビトは緊張を保ったまま、しっぽを大きく振った。

「うぉおおお!」

 大男の雄叫びを合図にしたかのように、同時に三人が襲いかかった。
 手足や胴など、誰かがどこかを捕まえられればいいという、なりふり構わぬやり方だ。
 それでもタビトは余裕のある構えを崩さなかった。
 逃げるでも躱すでもなく、三人の方へ駆け出す。
 あわや衝突するかと思われたその瞬間、タビトはぐっと足に力を込め、垂直に跳んだ。
 しかしそれは先ほど、大柄な少年に見せた避け方だ。背後に着地するとわかっていれば、上を狙えばいい。
 一人の少年の手が宙を舞うタビトの脚を捕まえようとして────つるりと手が滑った。

「えっ!」

 足首あたりを掴めるはずだった手は、つやつやしたくびれのない「なにか」を撫でただけに終わった。
 絶対に「ヒト」ではない形だった。
 見上げた空には逆向きの上級生が、空を覆うように飛んでいて、そのまま落ちてくる。

「ぎゃっ!」「ぐえっ」

 勢い余ってうつ伏せに倒れた三人の生徒の背に、タビトは容赦なく着地した。
 真ん中の生徒は背中を膝で押し、手で残り二人の首根っこを押さえつける。
 ただし「爪は出さないように」気をつけた。流血沙汰はダメだと言われている。

「そこまで」

 ぺちん、と手を叩く音と共に教官が近づいてきたので、タビトは少年たちから離れた。
 すぐに起き上がれない大柄の一年生を助け起こす。
 体の前面に土汚れをべったりつけた彼は、呆然とタビトを見下ろしていた。
 視線の先にはタビトの手があり、思わず苦笑する。

「びっくりした?」

 タビトの腕は、肘から先が獣の前腕そのものだった。
 真っ白で、陽の光でわずかに薄茶色の縞模様が透けて見える、トラの腕だ。
 そして大柄な彼を飛び越し踏みつけた脚も、膝下がトラの後肢に変化している。

「タビト、どうもありがとう。一年生はみな戦意喪失してしまったようなので、もういいですよ」
「そうですか」

 手足についた土埃をぱたぱたと払ってリゲルたちの元へ戻ろうとしたタビトは、ざわりと感じた気配に立ち止まった。
 次の瞬間、取り囲まれる。

「先輩! なんですか今の!」「てかなにこれ、腕が獣じゃん!」「先輩トラなんですか? でも色が」「それにトラにしては細すぎですよ、完全に騙された」「かわいい」「この手足どうなってるんですか? 触っていいですか?」
「うわ、」

 目をキラキラと輝かせた一年生にぐるりと囲まれ、タビトはたじろいだ。
 勝手に腕を持ち上げられ、たくさんの手のひらが白い毛を撫でていく。人の腕との境を確かめるようにつつかれ、脚に触れるものもいた。なぜかしっぽや耳までもみくちゃにされる。
 気心の知れたクラスメイトの悪ふざけなら容赦なく振り払うところだが、タビトよりも小柄な少年少女の混ざった集団に力ずくはまずい。
 不快感と焦りでどうしようもなくなったタビトを、ひょいと掬い上げる救世主がいた。

「はいはい、おまえらそこまで。先輩が困ってるだろうが」

 タビトの首根っこを子ネコのように引っ張り、子ネコのように抱え上げたのはリゲルだった。
 長身で体格の良い別の先輩の出現に一年生たちが尻込みする。
 その隙にタビトはやっと変化を解いた。
 ふさふさと生え揃う白い毛がどんどん薄くなっていき、すらりとした人型の手足に戻る。

「大丈夫か? 触られてたろ」
「うん、大丈夫。ありがとリゲル」

 広い肩をタップして地面に下ろしてもらい、軽く手を振って感触を確かめ、靴を取りに行く。
 ずっと一年生たちの視線がついてきていたが、教官が「きみたちもあれくらい強くならねばなりませんよ」なんてありがたいご高説を垂れている手前、さっきのようにタビトを取り囲むことはしないらしい。
 ほっと息を吐いて級友たちの元へ戻った。
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