みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第二章

38.さわりっこ

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 アルシャウはまだ少しだけ、タビトを学校へ行かせることに迷いがあった。
 親もなく、難しい境遇の彼がどこに根をはることもできず、たらい回しにされたと感じるのではないかと。
 だが今のタビトには確固たる目的ができた。きっと大丈夫だ。

「入学手続きはやっておく。心配なのは……おまえの主のことだな」

 全寮制の騎士学校へタビトが入学することを、レグルスがすんなり認めるはずがない。
 予想通り、屋敷の自室に軟禁されていたレグルスと面会するなり、顔をしわくちゃにして嫌がられた。
 だがそれは予想に反して、学校のことを切り出す前だった。

「うわ~なんてニオイだ! タビト、なんでたった一日でそんなにクサくなれるのさ!」
「えっ……くさい?」

 腕の匂いをかいでみて、そういえばアルシャウのお古のベッドで寝たのだと思い出す。
 ついでに暴虐なライオン女にのしかかられたことも思い出し、顔中にシワが寄る。

「水でも浴びてこようかな……」
「お湯にしなよ、おふろあるから。こっち」

 どうやらレグルスの部屋には風呂場がつながっているらしい。
 まだ冷えている石畳の浴室で衣服を剥ぎ取られ、まだ足首までしかお湯のない浴槽へ放り込まれる。
 レグルスは自分が入浴するのは苦手なのに、タビトを風呂に入れることには不思議と熱心だ。

「うぅ、あのバカトラになにされたの? ひどいニオイだよ」
「なにかされたわけじゃないけど、アルシャウのベッドで寝たんだ」
「えっ!?」

 石鹸を泡立てていたレグルスが目を剥いてタビトに迫る。

「またあいつといっしょに寝たの!?」
「え? いっしょじゃないけど。ベッドが一個しかないから、使ってない古いベッドをもらったんだ」
「……あぁそう……」

 途端に勢いを失ったレグルスに首を傾げつつ、タビトは大人しく泡まみれで洗われた。
 植物の油を固めて作るという石鹸は、獣のにおいを洗い流すのに適している。
 自分のにおいまでなくなってしまうのでソワソワすることもあるが、すぐに毛づくろいをすればいい。今は手伝ってくれる主も横にいる。

「うぅ、まだにおう気がする。バカトラ以外にもなんかへんなものにさわった?」

 湯船からあがり、ふわふわのタオルで髪を拭われながら尋ねられた。
 言い当てられてどきっとしたが、不名誉な負けを申告したくなかったので、タビトは「わかんない」としらばっくれた。

「おかしいなぁ。庭にはそこまでへんなものなかったと思うんだけど」
「そ、それよりレグルス、毛づくろいしよ?」

 疑り深いレグルスの意識を逸らすために、濡れた頬をぺろりと舐める。
 このとき、タビトはいつもと違う感触に戸惑った。
 今日は人型で湯を浴びたのだった。
 人型の舌はなんだかぺちょっとしていて、毛づくろいには適さない。そのままでレグルスの濡れた肌を舐めてしまったので、余計に濡らしてしまったかもしれない。

「あ、ごめん……わぁっ」

 次の瞬間、タビトは押し倒されていた。
 レグルスがぴったりとくっついている。腹から腰にかけて腕が巻きつき、ぎゅっと締め付ける。
 抱き締められている。
 分厚いラグが敷かれていたおかげで背中を痛めずに済んだタビトは、それでも打ちつけた肩のあたりに痛みを感じつつ、レグルスの濡れ髪をかき混ぜた。

「どしたの?」
「んー……なんか、うれしかった」
「そう?」
「うん。ムネがぎゅってして、どきどきした……」

 タビトの胸にぐりぐりと額をこすりつけ、顔を上げたレグルスは、なんだかいつもよりちょっぴりオトナっぽく見えた。
 見つめ合い、レグルスがタビトの頬を舐める。
 ぺちゃぺちゃの舌で舐めるのは、獣型でする毛づくろいとは明らかに性質が違う。
 でもレグルスの湿った舌の感触は、なぜだか嫌いじゃなかった。

「タビトのここ、ふわふわで赤くて、おいしそう……」

 どこか恍惚としたレグルスがタビトの唇を舐める。
 時折歯を立てられ、食べものに齧り付くようにされるとむず痒い気持ちになる。

「お肉じゃないよ、たべないで」
「わかってるよ。でもなんか、いっぱいさわりたくなる……タビトはならない?」
「うーん……なんか、むずむずする」
「むずむず?」

 人型でレグルスと触れ合うと不思議な感覚が湧き起こる。
 くすぐったくて、熱いくらいにあたたかい。
 背筋がじんと痺れたり、触れた場所が勝手に震えることもある。
 そして、肌が離れると寒くなる。

「もっとくっつきたいかんじ……?」
「オレもずっとタビトとくっついてたい!」
「うん。くっついて」

 首に回していた腕に力を込めると、何倍も強い抱擁で返ってきた。
 あんまりにも強くぎゅうぎゅう締められるものだから、タビトは嬉しくて苦しくて、ころりと寝返りを打った。それにレグルスが追い縋ってきて、ころころ、床の上を二匹で転がる。

「あはは、いて、あはははっ」
「もうっいたいよレグルス!」
「ごめん。ベッド行こ」
「うん」

 二匹はお互いを布で拭き合い、ころころと笑いながら転げそうになりながら浴室を出て、生乾きのままベッドへ飛び込んだ。
 いつものように濡れた髪を舐めてあげようとして、口に毛が入ってくる感覚にぺぺぺっと首を振る。
 獣型ではふつうのことが、人型ではこんなにも違う。
 どうしてなのか、タビトには未だよくわからないのだった。

「タビト、毛づくろいはあとで。今はさわりっこしよ」
「さわりっこ?」
「うん。ニンゲンはね、舌だけじゃなく手とか足とかでさわるんだって。愛情あいじょー表現ひょーげん? ってやつ」
「手で……こんなふうに?」

 寝そべるレグルスの肩にぺと、と手を置いてみる。
 白っぽい肌はタビトの手のひらに吸いつくような触り心地と弾力で、腕や首筋の方へ滑らせても気持ちがいい。
 レグルスも同じようにタビトに触れた。
 レグルスの手は少しいたずらに、髪を逆撫でて耳にまで手が伸びる。
 反射的に片耳をパタパタ振って、それでも離れない手がくすぐったくて身をよじる。
 肉厚の耳介を折り曲げるようにくにくにといじられると、またあのむず痒さが沸き起こった。

「ん、んーっ、くすぐったいよぉレグルス」
「ごめん。でもさわりたくて」

 熱に浮かされているような声だった。
 見上げたレグルスの両眼は怖いほどに真剣で、まるで獲物を見定めてかのような鋭さを帯びている。

「さわっていい?」
「……うん」

 怯えを押し隠すように頷く。拒む選択肢はない。
 レグルスはゆっくりとタビトに触れた。
 胸がぴったりとくっついて、お互いの鼓動が肌で感じ取れる。
 熱い手のひらが背骨を辿って、しっぽの付け根をくすぐっていく。思わず身をよじると微笑まれて、顔じゅう唇で挟むようにして食まれる。
 髪に鼻先を埋めているレグルスが、時折いたずらに耳を口先に含む。
 タビトのほうもお返しとばかりに獅子の丸い耳を揉むように撫でると、とても触り心地が良かった。
 そのまま髪を撫で、首から肩の稜線をさすってみる。

「なんか、きもちいね」
「うん……」

 隣接しているように錯覚するほど近い鼓動のためか、触れ合う行為によるものか、タビトは次第にぼんやりとしてきた。
 穏やかな眠りに落ちる寸前のようなあたたかさ。
 このまま二匹で昼寝をしたらきっと気持ちがいいだろう。
 だがそう感じているのはタビトだけだったらしい。
 レグルスは目を逸らすことなくタビトの観察を続けていた。やがて、勉強熱心な手が足の付け根の器官を見つける。

「タビト、これ……」
「えっ、あれ、うごいてる」

 人の姿をとるときに、股に見慣れないものがぶら下がっていることには気づいていた。一度だけ見た、フェルカドの裸にも見つけたものだ。
 場所が近いから、タビトはそれをしっぽの一部だと思っていた。
 しっぽと違って自分の意思で動かせないが、触れば感覚がある。排泄をするときに使うし、風呂でしっかり洗う以外に注意を払っていなかった。
 それなのに今そこは、なにやらピンと立っている。
 手で押してみたが、ぴょこんと戻ってきた。

「なんでうごいてるんだろ……レグルスにもこれ、あるよね?」
「うん。オレのもなんか、ちょっとおっきくなってる」
「ほんとだ……」

 二匹ともに持っているのに、正体のわからない体の部位。
 それが勝手に動いたり大きくなったり、なんだか少し熱を持っている。
 不意にレグルスがタビトのそこを触った。

「あっ」

 全身に広がっていたむず痒さが、ぎゅっと収束した気がした。
 立ち上がっている先端をやわやわと刺激されると、勝手に変な声が出て、腰が逃げようとする。
 しかし主は逃げることを許さなかった。

「タビト、にげないで。もっとさわりたい」
「だ、だめ、なんかそこ、あっ、あつくて、へん」
「じゃあ、なめるのは?」

 レグルスの舌が震える肉に触れ、ねっとりと舐め上げられる。

「あ、あっ、だめ、レグ、や、ぁあ……!」

 体を丸めて未知の感覚に耐えるタビトを、不埒な舌が追い上げた。
 タビトはなすすべもなく、ただレグルスの頭をぎゅっと抱え込む。
 やがて肉芽がびくびくと震え、じんとした痺れをもたらした。レグルスの口の中で力を失ったものがつるりと出てくる。
 未だ精通を知らないタビトの、初めての絶頂だった。

「あ……だめだよ、れぐ、ぅ、あ……」

 しかし二匹とも知識がなく、タビトはただ呆然と脱力し、レグルスは止まることなくひたすらお気に入りの子トラを舐め触った。
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