みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第二章

37.強くなりたい

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 タビトのベッドは手配が間に合わず、アルシャウのお古を使うことになった。
 獣型専用の、丸く平たいカゴに綿と布を敷き詰めたものだ。

(こんなにアルシャウのにおいのするものの上で寝たら、体じゅうアルシャウのにおいになっちゃうかなぁ)

 ふと過ぎった懸念だったが、結局それほど気にしなかった。
 レグルスは嫌がりそうだけれど、それならその場で新しく匂いをつけてもらえばいい。この家にはないという風呂を探して入って、匂いを洗い流してもいい。そう考え直した。

「小汚いのがいるわね」
「わっ」

 翌朝、アルシャウの家で一夜を明かし、ベッドで腹を出して寝ている家主を放って出てきた庭。
 上級使用人の居住区は、レグルスと遊び回ったあの広大な平原と直に接している。
 屋敷につながる道がなければ、草原に家々がぽつぽつと建っているようにしか見えない。
 こんなところがあるなんて知らなかった。
 きっとこの世界には、タビトが知らない景色が他にもたくさんあって、きっとすべてを見て回ることはできないのだろう。
 そんなことを思いながら、家の前で朝焼けをぼうっと眺めていたタビトに、近づくものがいた。

「あ、えと、ブルーシア?」
「さま、をつけなさいよ。小汚い上に礼儀もなってないのね」
「……」

 昨日と同じような、布だらけの服を着こなすライオンの女の子は、昨日よりさらに偉そうに鼻を鳴らした。
 ブルーシアの格好に比べれば、タビトの人型服は質素だ。
 すぐ脱ぎ着できることを重視しているから丈夫だけれど、飾り気はない。でも小汚いとまで言われるほどじゃないと思うのに。
 反論しようと顔を上げるとその瞬間、ぴしゃりと冷たい声がぶつけられる。

「あなた、レグルスさまのなんなの」
「えっ……僕は、レグルスのプライドメンバーだよ」
「はぁ? あなたが? トラなのに? しかも男の子じゃない!」

 なぜか怒られながら罵られ、タビトは俯いた。草地に投げ出していた手足を丸めて縮こまる。
 今度は、どれもこれもうまく反論できないことばかり並べ立てられてしまった。

「プライドに入れてくれるって、レグルス言ったもん……」
「そんなのただの口約束じゃない。ライオンじゃなければプライドには入れないわ」
「レグルスはいいって……トラでも、男でも」
「レグルスさまはきっとルールをご存知ないのね。でもあなたもあなたよ」
「え?」
「トラって一匹で生きる種族でしょう? レグルスさまがいかに素晴らしいライオンだといっても、他種族の群れに入るなんて屈辱は感じないの?」
「……」
「恥ずかしくないのかってことよ!」

 恥ずかしいだなんて感じたことはない。
 レグルスは小さくとも立派なライオンだ、いつだってタビトを守ろうとしてくれる。
 でもきっとこのよく口の回る女の子に言ったって、わかってもらえない。
 それに、タビトは何か難しいことを考えてレグルスのプライドに入ったのではなかった。

「プライドに入ればいっしょにいられるから……」

 タビトはただレグルスと一緒にいたいだけだった。
 レグルスが求めてきたから、深く考えず彼の群れに下った。トラが本来どうだとか、母がどうしていただとか、そんなことは過ぎりもしなかった。

「そんな理由じゃダメよ。ライオンのプライドはそういうものじゃないの!」

 案の定、本物のライオンであるブルーシアに否定されてしまえば容易く折れてしまうような言い訳。
 タビトは滲みそうになる視界をぎゅっと閉じて我慢し、それでも必死に言い募った。

「じゃ、じゃあプライドってどういうものなの」
「プライドはね、強いオスライオンだけが持つことを許される特別な群れの形のことよ。弱いオスには作れないの。私たちメスはプライドの主に導かれながら子どもを生んで、自分たちとプライドを守るために戦うのよ。どれか一つでもあなたにできる?」
「ぼ、僕は」
「プライドに必要なのは強いオス。ラサラスさまのお子なんだもの、レグルスさまも強いに決まってるわ。そしてもう一つ、愛が必要なのよ」
「あい……?」
「そう、群れの主を慕うメスの愛よ」

 愛情、というものもタビトにはよくわからなかった。
 母と過ごしていた頃に感じていたあたたかな気持ち、失って初めて気づいた温度はきっと愛情のそれだった。
 ではタビトとレグルスの間に愛はあるのだろうか。
 レグルスとぴったりくっついて過ごすとき、とてもあたたかく感じる。それは外気が寒いとか、レグルスの体温が高いとかそういうことじゃないと、タビトは思う。
 現に今、タビトはとても寒い。
 豊かな日差しの降り注ぐ草原の只中にあって、タビトの胸は冷えていた。

「僕、レグルスのこと好きだよ。それじゃ足りない?」

 ふと、レグルスがタビトをどう思っているか知らないことに気づく。
 それは冷たい心を一層冷やす、恐ろしい疑問だったが、深く考え始める前にブルーシアの声がタビトの思考を断ち切った。

「そ、そう。まぁ私も今はまだレグルスさまへの愛情があるとは言えないわ。そこは認めてあげましょう。でも強さはどうかしら!」

 ブルーシアは素早く服を脱ぎ捨て、獣型へと変貌した。
 あのフリルと留め具のたくさんついた布の塊をどうやってあんなに早く脱いだのか、驚いている間に体を押さえつけられる。
 タビトも慌ててトラの姿に変じたが、体勢の不利だけではない劣勢をすぐに悟った。

(う……この子、つよい……)

 もがきながら睨み上げたブルーシアは、黄色の双眸を爛々と輝かせてタビトを見下す。

「どう? ひ弱で不気味な子トラさん。悔しかったら私をどけてみなさいな!」
「うぅーっ!」
「うなったってダメよ、弱い子ね。ふつうオスのトラならこんなに弱いことないわ、やっぱり変な色だからかしら」

 がむしゃらに手足をばたつかせても、押さえ込まれる状況は変わらない。
 顔の近くにあった金毛の腕に噛みつこうとしても、寸前で手を引っ込められ、そのまま首元を圧迫されてしまった。
 痛い、息が苦しい、敵わない。
 何もかもが及ばず悔しくて、涙と唸り声が止まらない。
 どのくらい時間が経っただろう。ふと首を押さえられている手がゆるんだ。
 すぐに手足を跳ね除けて立ち上がったが、当のブルーシアは自分から距離をとっただけだった。

「時間切れね。とにかく、レグルスさまのプライドメンバーは私だけで十分なのだから、身の程を知りなさい。また会うことがあれば遊んであげるわ」

 ライオンの少女が衣服をくわえて身を翻し、草木の向こうへ駆け去っていくのと、背後の家のドアが開いてアルシャウが顔を出したのはほぼ同時だった。

「おうタビト、ここにいたのか……っておい、どうした!」
「……っ、うぅうう……!」

 脱ぎ散らかした服に、争ったことが明白な乱れた下草、それに泣いている子トラには引っかき傷がある。
 アルシャウは慌ててタビトを抱きかかえて戻り、リビングでキズの手当てをしてやりながら慰め、根気強く話を聞き出した。

「なるほど、あのお嬢さんがなぁ。とんだおてんばネコらしい」
「ネコじゃなくてライオンだったよ……」
「俺にとっちゃ子ネコだよ。しかしタビト、よく戦ったな」

 耳の間をくしゃくしゃ撫でられても、タビトの両耳はぺたんと伏せたまま。

「でも僕、ぜんぜんだめだった。相手は女の子なのに、勝てないどころか……」
「いやいや、獣型でやりあったんだろ? 向こうのほうが半年は月齢が上なんだ、体格も違って勝てるはずがない。それがわかってて腕力勝負に持ち込むなんて、あのお嬢さんいい根性してるぜ」
「でも……でも……っ」

 鼻の奥がつんとして、目頭が痛いほど引き絞られる。
 ぎゅっとまぶたを閉じても、涙が堪えきれない。

「タビト、どうしたい?」

 アルシャウの問いは抽象的だったが、意味はすぐにわかった。
 強くなりたい。
 レグルスがタビトを守ってくれるならそれでいいだなんて思えない。
 タビトこそがレグルスを、プライドを、自分の居場所や大切なものを守れるようになりたい。
 なにも傷つけさせない。なにも────失いたくない。
 まとまらない気持ちをぶつけたけれど、アルシャウはわかってくれた。「俺にも同じ気持ちだった時期がある」と言って、また頭を撫でられた。

「それならなおのこと、騎士学校はうってつけだ。生き方も勝ち方も教えてもらえる」
「守り方もおしえてもらえる?」
「いいかタビト、守れるってことは、勝てるってことだ。特に俺たちオスのトラはなにかを守ることに向いてない。防戦に回るくらいなら攻撃しろ。傷つけられる前に相手を倒し、戦意を喪失させる。それこそが俺たちだ」
「相手をたおす……」
「そうだ、誰よりも強くなれ。そうすれば守ることもできる」

 タビトの眦はもう濡れていなかった。
 こくりと頷いて、決意した双眸には強い光が宿っている。
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