みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ

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第一章

閑話 別邸の保護者たち

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 窓の外の風景に目を細める。
 森に取り囲まれ、外界から切り取るように木々が並び立つ半円形の庭。
 下草が刈り揃えられ、小石や枯れ枝を丁寧に排除した箱庭で、転がり回って遊ぶ二匹のネコ科。
 あるときは金毛の子ライオンがぴょんぴょんと飛び跳ね、もう片方が転がって腹を出す。
 またあるときは白毛の子トラが前足を広げて襲い掛かり、もう片方が一緒に倒れ込んで芝まみれになる。

「……ふ」

 思わずこぼれたのは微笑みだ。
 大切な屋敷の主とその客がケガをしないかどうか見張る────というのは体のいい方便。
 実際はただ、小さく元気な子どもたちを見つめているだけにすぎない。

「邪魔するぞ」

 ノックと同時にドアを開け入ってきたものに、溜め息を吐いて振り返る。

「ノックの後に許可を得て入ってください、フェルカド」
「あぁ。これ、いつもの」
「反省する気ないですね、あなたはいつもいつも……」
「お説教はやめてくれ、家令ムルジム。坊っちゃんたちじゃあるまいし」

 説教をされたくないのなら説教をされるようなことを控えろ、と苦言を呈する前に、フェルカドは手に持っていた荷物を解いた。
 細長く巻かれていた布をくるくる開き、中から出てきたものを部屋の隅へ持っていく。
 異国風情の漂う小さなポット……香炉に落とされたのは小さな枝のようなもの。
 香木の煙をかぐのは、副都の成熟した獣人にとってめずらしい趣味ではない。
 しかし、庭の子ネコたちはきっと目を白黒して驚くだろう。
 なぜわざわざくさい煙を吸うのか、などと言うに違いない。ありありと想像できて、ムルジムはくすくすと笑った。

「……なにかおかしいことがあったのか?」

 ムルジムが日中詰めている部屋、上級使用人控え室にいるときのフェルカドは少しだけ饒舌だ。
 香炉の煙では飽き足らず、香立てに直接火をつけた香木を置いている。
 左目と左足を損なったクマ獣人は、かつて手がつけられないほど荒れていた。その哀しい気性を鎮めた煙の功罪に思案しつつ、ムルジムは窓を離れて執務椅子に腰掛けた。
 胸いっぱいに煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

「あなたに笑ったのではありませんよ」
「……坊っちゃんか。それかタビトか」
「どちらもです。子どもが仲を深める早さはハチドリのはばたきのごとく、とはよく言ったものですね」
「そうだな……」

 どちらともなく庭を見る。
 小さな猛獣たちは、遊ぶのをやめて毛づくろいをしていた。
 どうしてそんなにくっついてするのか、と思うほど密着しているので、当然のようにお互いの毛も舐めてしまう。そのまま相手の体を舐め始め、ついでに耳を噛んだりしている。

「いい子だよな、タビトは」

 フェルカドの独り言に、ムルジムは頷いた。
 レグルスが拾ってきた異色の子ネコ。
 どこもかしこも白く、トラの特徴である縞模様がなく、瞳にすら色がほとんどない。
 銀色に輝く大きな目は必要以上に迫力があり、すべてを見透かすように澄んでいて、そのため彼を嫌うものもいた。
 しかしタビトはとても賢く善良だった。
 自分から仕事を求め働き、弱音を吐くこともない。相当にストレスになるだろう庭仕事でも、草まみれになりながら努力している。

「子どもは嫌いだと公言するあなたをも、タビトは魅了しましたか」

 少々おどけてそう問うと、フェルカドは眉を顰め、隠していない片目をゆっくりと瞬いた。
 ぐっと手のひらが握られる。

「正直、手が出そうになる」
「……なんですって?」

 予想だにしなかった恐ろしい言葉にムルジムは目を剥いた。
 クマ種の中でも大型のフェルカドが、衝動に任せて手を上げたりすれば、トラといえど子どもであるタビトなどひとたまりもない。
 いい子だと言ったその口で、なぜ。
 理由次第では、使用人管理者としての領分を果たさねばならない。
 しかし次に発せられた、フェルカドの苦しそうな言葉は想定外だった。

「だってよ、あんなチビが仕事も厭わず、無邪気に慕ってきて、口の周り草だらけにしてニコニコ笑って……そんなの、撫でたくなるだろ。なるよなぁ?」
「…………はい?」
「たしかに俺は子どもが苦手だ。うるさいし邪魔くさいし、何をするかわからないから怖い。でもあの子は……なんか、違うだろ? 賢くて健気で、しかも、ふわふわなんだ……」
「出してるじゃないですか手」
「ちょっと触るくらいいいだろうが!」
「逆ギレしないでくださいよ」

 ほっとして深く座り込んだ椅子がぎしりと鳴った。

「そんなことを言ったら私だって、どさくさに紛れて肩とか背中とか肉球とか触ってますけど」
「おい! 触ってんじゃねぇ!」
「あなたに言われたくないです。それに私はレグルス坊っちゃんの肉球も触ってますから。タビトだけにそういうことをしたい変態といっしょにしないでいただきたい」
「坊っちゃんの肉球も触ってるのかよ……」

 絞り出すように「羨ましい……!」と呻く声を無視する。
 家令などしていれば、仕える家族には大なり小なり情が移る。
 それが年端もいかぬうちに家族と離れて暮らすネコ科の子どもなど、慕わずにいられるわけがない。
 さらに今はそんな不憫な子が二匹もいるのだ。

「かわいいに決まってるでしょう。だが私は立場上、彼らを大っぴらにかわいがることはできませんから。ちょっと肉球揉むくらい見逃してほしいですね」
「触るどころか揉んでるのかよ。しかも開き直り」

 呆れ返ったと言わんばかりのフェルカドに、欠片も悪いと思っていない声で「失礼しました」と取り繕った。
 意味もなく軽い咳払いなどもする。
 無言の時間が流れた。
 ふわふわと漂う煙だけが室内に変化をつけていく。

「……我々使用人の仕事は、坊っちゃんの暮らしを健やかに保つこと。我々大人の仕事は、子どもたちの成長を見守ること。弁えていますね?」
「あぁ……」
「それなら良しとしましょう。お互いに」

 香木が燃えるちりちりとした音が、大人たちの決意を表すかのように小さく控えめに響いた。
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