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後日譚
心の所在
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砂に近いさらさらの土をそっと掘り起こすと、まるまる太った大きなカブが出てきた。
土の上に出ていた葉はかわいそうなほどに萎れきり、日光が差さないので緑色にもならなかった。しかし土の下では茎が大きく太く成長しており、こうしてヒトの顔くらいある作物が採れる。
本当に不思議な現象だが、魔族の里では珍しい光景でもないらしい。
「ノルベルト」
いくつか収穫したカブの土を落として籠に収めたところで、裏庭の扉が開いた。
戸口に立つのはこの家の主であり、この里の長であり、魔族を統べる王であり、ノルベルトの恋人───ハルティリェルだ。
毛織物のケープを肩にかけ、長く伸びた黒髪を結うこともせず垂らし、木靴を突っ掛けただけの姿で立っている。
「ハルティリェル、おはよう。見ろ、こんなに大きなカブが採れたぞ」
「良かったな。それよりいつここから出ていくんだ」
「今晩はこのカブでシチューを作ろう。ここ数日急に寒くなったからな」
「おい、無視するな」
ハティはまるで口癖のように、ノルベルトが出て行く日取りを聞きたがる。
しかしノルベルトはハティの元を離れることなど、これっぽっちも考えていなかった。
せっかく高価な魔術除けまで手に入れて潜り込んだ魔族の住処だ。そう簡単に出ることはできない以上、できるだけ居座るつもりでいる。
なにより出不精な魔王は、里の外に出ることがない。なんなら家からも滅多に出ない。ノルベルトが結界外へ出れば、二度と会うことは叶わないに違いない。
ノルベルトに出て行く気がないことは、ハティも薄々気がついているのだと思う。
日に何度も聞かれるが、特に返答せずとも憤慨されることはないし、適当な返事をすればしばらくは追求されることもない。
ただ、今はまだ滞在を許されているという段階に過ぎない。
いつかハティの方から、手離したくないと思ってほしい───ノルベルトの願いはそれだけだった。
魔族はあまり食事を必要としないが、全く食べないということはない。
大体の魔族が一日一食か二食、野菜を中心にたまに魚を食べ、酒も飲む。
そのため里には農業がしっかりと根付いており、魚を獲る役目のものもいた。
ノルベルトは庭で取れたカブと果物を持って村を回り、ハティの家の庭では取れない食物や魚と物々交換をしてもらっている。
「まぁ、大きなカブ」
「今朝取れたばかりですよ」
「ありがとうね。はい、これと交換。今日はおまけもつけとくね」
「ありがとうございます」
大きなカブのおかげで、魔族の老婆が手ずから作った干しぶどうをおまけに付けてもらうことができた。
先日もらった小麦粉と合わせて、パウンドケーキを作れるかもしれない。
ハティは案外甘いものが好きだ。
ヒトの街に来るまでは食に頓着しない性質だったようで、戦士や狩人が勧める食べ物のことをろくに知らず、何を食べても目を丸くしていた。
中でも甘いもの、ケーキやクッキーは気に入ったようで、旅の途中で食べる機会があると嬉しそうにしていた。仲間にしかわからない程度の態度の変化ではあったが。
小動物のように、小さな口で甘味を齧りながら食べるハティを眺めるのは、ノルベルトの旅の間のささやかな楽しみだった。
あの控えめな笑顔をまた見られるかもしれない。
交換してもらった野菜と魚を抱えて帰宅するノルベルトに、声を掛けてくる魔族がいた。
* * *
遅い。
ハティは室内を歩き回っていた。木靴がコツコツと床を鳴らす音も微妙に不快だ。
そう、ハティは不快感に支配されていた。
太陽に愛されない地───黒き森の奥地であっても、日中はなんとなく明るい。
しかし日が傾けば途端にランプなしでは足元も見えなくなってしまうから、暗くなる前に帰ってきていたのだ。奴は。いつもは。
それなのに今日は、ハティが家中のランプに火を灯しても、帰ってこない。
昼前に出かけていったノルベルトが帰宅しないことにハティが気づいたのは、ついさっきのことだった。
ノルベルトは元から騒がしい男ではない。
長年の冒険者としての暮らしからか、家の中を歩いていても足音などの動作音が立たずとても静かなので、ハティは彼の存在を意識せず暮らすことができていた。
だから数時間もいないことに気づくのが遅れた。
何周目かにテーブルを回り込んだところで、ハティはふと立ち止まる。
ずっと出ていってほしいと言い続けていた男が帰ってこないからといって、なんの支障があるというのか。
(いやむしろ好都合だ。これでせいせいした、やっと一人の生活に戻れるんだ)
魔王の家で、宿敵であるヒト族の男を飼っているなんて外聞が悪すぎる。ずっとそう思っていたじゃないか。
ヒト族から逃れ隠れて暮らす里の者たちをいたずらに怯えさせるだけの者など、いなくなるのが当然だったのだ。
入ってきた事自体、手違いのようなものだったのだから。
それなのに、どうしても納得できない。腹の底を焦燥感が満たす。
(こんなときに限って魔術除けを付けて行ったのか……位置が捕捉できない)
さんざん慣れさせられたノルベルトの気配を広範囲の感知魔術で探ったが、引っかかるものはなかった。
魔術除けのペンダントを捨てないよう言ったのはハティだったが、こういうことがあると、さっさと手放させておけばよかったと後悔する。
どこかで里の魔族の誰かに捕まって、おしゃべりしているだけなら良い。
だがもし、そうでなかったら。
黒き森に守られているのは魔王とその眷属だけだ。ヒト族には厳しい土地であり、本来は住める場所ではない。
何かの拍子に結界内の森深い場所に入ってしまっていたら。
崖崩れなどに巻き込まれて、動けなくなっていたら。
なにかに追われて、結界に触れてしまっていたら───。
「あぁ、くそっ」
悪い想像ばかりが過ぎる。
たまらなくなって、ハティは外履き用のブーツに足を突っ込み、荒々しく家を飛び出した。
感知魔術の範囲を広げようとして、目の前に立っている者の存在に気づく。
「……! ゼルヴ。どうした?」
「ハティ様こそどうされたんです、血相変えて飛び出してきて」
「……いや……」
玄関先で行きあたったのは側近のゼルヴだった。
幼い頃からハティを世話してくれた、魔王の右腕。ハティにとっては父のような、兄のような存在だ。
魔術の発動を取り消して、ハティはゼルヴに向き直った。
ノルベルトが帰ってこないことを説明するべきか迷う。管理責任、とか言われて説教モードに入られると厄介だ。
しかしノルベルトが魔術除けを外さない限り、いつかは目撃者頼みの捜索をしなければならなくなる。
ハティの逡巡にゼルヴは首を傾げたが、気にせず本来の目的である来意を話すことにした。
「先程ロバシェのおばあさんから干しぶどうをたくさんいただきまして。ケーキを焼いたので、『黄昏のお茶』のお誘いに来ました。しかし外出されるのなら、また明日にしましょうか」
「……そうか。いや、外出するつもりだったわけじゃない」
「そうですか? それならぜひおいでください」
今年のロバシェ家のぶどうは当たり年ですよ、などと言いながらゼルヴが踵を返す。
ハティには今、お茶とケーキを楽しむ精神的な余裕は全く無かった。
しかし不審な動きをゼルヴに見咎められたくない。ロバシェ婆さんの干しぶどう入りケーキが楽しみなことも本心だ。
そして何より、ヒト族の侵入者がいなくなっただけで心乱される「魔王」であると、誰かに知られるのが嫌だった。
ゼルヴの家はハティの住居の隣に位置する。
とはいえ家同士の間はかなり離れているので密な交流があるわけではなく、ハティがここへ訪れるのも久しぶりだった。
一人暮らしのゼルヴには少し広めの家に、甘い香りが充満している。ケーキはまだ焼き上がったばかりのようだ。
「掛けてお待ちを。今お茶を淹れますので」
素直に頷いてダイニングの椅子を引き、腰を下ろした。
「黄昏のお茶」はヒト族にはない、魔族特有の習慣だ。
夜が主な活動時間となる魔族が多いことから、夕暮れ時の起床時間頃にお茶を飲むことが間々あった。
それがどの時間帯に活動する魔族にも気に入られ、夕方頃におやつを摘みながらお茶を飲むことを「黄昏のお茶」と呼んでいる。
ゼルヴはハティにとって貴重な、立場や生まれの違いを意識せずにいられる数少ない相手だ。
彼はよく、ハティがなにかに悩んだり煮詰まったりしていると現れて、お茶に誘ってくれた。ゼルヴの淹れるお茶は、里では珍しくもない茶葉を使っているはずなのに、なぜか優しい味がして安心できる。
若きハティはお茶を飲みながら考え事を打ち明け、ゼルヴは静かに相槌を打ってくれる。稀に助言を寄越すが、基本は聞いているだけで、それでもハティはなんとなく満足できるのだった。
ただでさえ普段から頭が痛いノルベルトの問題を一時だけ忘れ、リラックスするのにゼルヴのお茶はうってつけに思えた。
「どうぞ」
「ありがとう。……おいしい」
「それはよかった。ケーキもどうぞ」
いつも通り不思議なほど美味い茶をいただき、切り分けられたパウンドケーキを齧る。
ほのかな甘みと、たくさん入った干しぶどうの芳醇な香りが口腔を満たす。
ハティは一瞬なにもかも忘れて、魅力的な甘味に夢中になった。
ヒトになりすまして暮らしていた頃に、自分が甘いもの好きだと知った。
特にこの、入れるものと作り手の好みで味が如何様にも変化するパウンドケーキは、訪れる先の文化まで一口に詰まっているようで、旅先で食べるのがいつも楽しみだった。
「ところで、いかがですか。あの図々しいヒト族は」
ゼルヴの言葉にお茶をむせそうになり、ハティは慌てる。
彼にとっては世間話の切り口に過ぎなかっただろうが、ハティの脳内の大部分を占める問題をいきなり言い当てられたようで、気まずかった。
軽く咳払いをして、つとめて難しい顔を取り繕う。
「行くところがないと言うので置いてやっていたが、たしかに図々しいな。なかなか出て行こうとしない」
正しくは「俺の居場所はおまえの側にしかない」とベッドの中で言われたのだが、そんなことを聞かせられるはずもない。
ゼルヴも眉根を寄せて頷いている。
本人に尋ねたことはなかったが、ゼルヴもやはりヒト族が魔族の里で生活していることに嫌悪感があるのだろう。
「ではハティ様も、あのヒト族には手を焼いているというわけですね」
「あぁ」
「それは良かった。あなたの憂いを取り除くことができて」
ハティはゼルヴを見た。
縦に裂けた紅の瞳孔が丸く開かれる。
「……何?」
「造作もないことでしたよ、彼を誘い出して結界に触れさせるのは。魔術除けといっても、さすがにあの強固な結界の前には玩具も同然ですね」
「……ノルベルト、は」
「えぇ。塵も残さず」
持ち上げたティーカップを落として割らなかったのは奇跡だった。
ソーサーに戻して、ゆっくりと瞬きをする。
泣き叫ぶことはなかった。魔力が暴走しそうなほど心乱れることもなかった。
あったのはただ、強烈な喪失感。
「そう、か……」
「はじめから無理だったのですよ、ヒトと魔族が……勇者と魔王が共に暮らすなど。ハティ様も苦しそうにしていたでしょう」
「……あぁ……」
「我ら一族の役目は、魔族を背負って立つ魔王様の憂いを取り除き、心穏やかに取り計らうこと。お役に立てたようで何よりです」
お茶を啜るゼルヴを、もう見ることもできなかった。
俯いたハティの心は凪いでいて、なにも感じることはない。
もうあの熱い手が、強いまなざしが、ハティを見ることはない。もう二度と、ハティの心を乱すことはない。
(こんなことなら、一度くらいは)
「そばにいろと、言っておけばよかったな……」
乾いた頬に一筋伝った雫を、ゼルヴは静かに見つめて───手のひらを打ち合わせた。
ぱん。
突然の破裂音にハティがびくりと肩を震わせるのと、その体を横から強く抱き竦められるのは同時だった。
「……っ!?」
「泣くな、ハルティリェル」
「えっ……の、ノルベルト!? な、なん……え?」
「私が隠したんです」
筋肉だらけの腕でぎゅうぎゅうに締め上げられながらぽかんとするハティに、潔く手を挙げたのはゼルヴだった。
「そのヒト族にはカーテンに隠れていてもらいました。その上から私が、認識阻害魔術をかけて、あなたをここにお招きしたというわけです」
「というわけです、と言われてもわからないんだが」
ノルベルトは感極まったようにハティの髪にキスしている。説明する気はなさそうだ。
ゼルヴはそれを見つめているだけで、嫌悪することも制止させることもない。
ヒト族に、魔族の要たる「魔王」が触れられているというのに。
「先程も言いました通り、我が一族の役目は魔王様の心を穏やかに取り計らうことです。それは時に、魔王様の意思に反することも含まれます」
「……魔王に、逆らうのか、右腕たるおまえが」
「魔王様の意思に反することが、魔王様のためにならないとは必ずしも限りません。現に私は今回、ハティ様の口だけの言葉ではなく、本心に寄り添って見事御心の安寧に一役買うことができました」
代々魔王とは、ツンデレなものなのです───。
ゼルヴは不思議な言葉で魔王を評したが、ハティは呆然としてしまって上手く考え事ができずにいた。
つまりゼルヴは、口では出て行けと言いつつ、ノルベルトに出て行って欲しくないハティの素直になれない気持ちの方を取って、ハティの本音を引き出すことにしたというのだろうか。
ノルベルトを巻き込んで、魔術を使って芝居までうって。
魔族の多くは感情の変化をあまり表情にのせない。
ゼルヴもまた常に涼しげな顔をしているので、動揺して心ここにあらずのハティを騙すのは簡単だっただろう。
「あなたがこの家に入った時、警戒して感知魔術を展開していればこの作戦は失敗でした」
ゼルヴの手から見覚えのあるペンダントを渡される。
魔術除けのペンダントだ。これをつけたままでは目隠しの魔術はかけられない。
ハティが動揺することなく、ゼルヴの家に入ってからも感知魔術を展開していれば、すぐに探し当てられたということだろう。
ノルベルトが消えればハティの心が乱れることまで、この優秀な側近にはお見通しだったということか。
事情を知ってなお放心状態のハティの体がぐっと持ち上げられた。
「用は終わったな」
「えぇ、もうお帰りいただいて結構です」
「協力してくれたこと、感謝する。しかし泣かせるとは聞いてなかった」
「泣かせたのはあなたですよ。ちゃんと慰めてさしあげてください」
「……む」
「ハティ様、おやすみなさいませ。良い夜を」
深く頭を下げるゼルヴを、ハティはノルベルトの腕の中から見送った。
横抱きにされて運ばれる間、ハティは特に抵抗しなかった。
ただ熱い腕が、自分に触れていることに深い安堵と喜びを感じているだけだった。
ベッドに降ろされ、その上にノルベルトが覆いかぶさってくる。
急速に光を失いつつある薄闇の室内で、二人の視線が絡んだ。
「ハルティリェル」
かさついた剣士の手が、不器用な力加減でハティのまろい頬を擦る。
一筋だけの涙の跡などとっくに消えていたが、残滓さえ許せないと言わんばかりにかさつく指がハティに触れた。目元を擦られて目を閉じる。
青褪めて艶やかな唇に、あたたかい粘膜が重ねられた。
「……ん……」
口唇を開いて招き入れた舌を軽く吸いながら、腕を持ち上げてノルベルトの首に回す。
あぁ、彼だ。もう触れられないのかと恐怖した感触が、確かに今ここにある。
キスが深くなって、呼吸が浅くなる。
「ハルティリェル。もう一度言ってくれ。俺に向かって」
「何を」
「そばにいろと。いてほしいと思ってくれているんだろう」
ノルベルトの表情には軽薄な色は一切浮かんでいなかった。
ただ真摯なまなざしの中に、必死な懇願だけがある。
ヒト族のノルベルトより、魔族であるハティの方が生物として強いのは間違いない。しかし今までハティは、ノルベルトを超えたと思えたことがなかった。
魔術除けがあるかぎり、魔術によって従わせることはできない。
腕力の差は歴然、年齢もいくらかハティの方が下だし、冒険者としての経験値はいわずもがな。
ノルベルトは意外にも学があり、頭の出来にもほとんど差はない。
身長もハティはだいぶ見上げなくてはならないし、口喧嘩も勝てず、ベッドの中でも連戦連敗だ。
その彼が今、ハティの劣位にいる。
ハティからの言葉を求めて、切羽詰まった表情を浮かべて。
思わずハティはにんまりと笑った。
邪悪な魔物を思わせる、口角を不気味なほど引き上げる笑顔にノルベルトが若干距離を取る。
「おれの言葉を望むというのなら、おまえこそ言うことがあるだろう」
「……何を」
「おまえが懇願するんだよ、ヒト族の勇者ノルベルト。魔族の王たるこのおれに生涯仕え、命尽きるまで共に在ると」
温度の低い華奢な魔王の手が、ノルベルトの頬を包み込む。
まるで世界を恐怖に陥れることが目的の魔王のごとき、傍若無人な物言いだった。
部下である魔族たちにすら命令したくないと、常日頃からぶつくさ言っているハティとは別人のような態度。
しかしノルベルトの方も強情だった。
「俺はヒト族だ。魔王には従わないし、仕えたりしない」
「ほぉ、この期に及んでそんな世迷い言を」
「だが今の俺は……子猫のようにかわいらしく、悪魔のように残酷な魔王に恋した一人の男だ」
頬に触れていたハティの手をとり、手のひらに唇を押し付ける。
「俺は部下にも手下にもならないが、敵にもならない。おまえだけを生涯愛し、離れないと誓う」
ハティは取られた手を奪い返し、ノルベルトの左手を掴んだ。
「生意気なヒト族め」
大口を開け、指に噛み付く。
ノルベルトの左手薬指には、赤黒く凶悪な噛み跡が残った。鋭い犬歯で圧迫されたヒト族の皮膚からは薄っすらと血まで滲んでいる。
血色の悪すぎる魔族の舌がべろりと血を舐め取り、ノルベルトは体を強張らせた。
「うっ……おい、そういう可愛いことをするならもうちょっと手加減を」
「さっきの回答は不正解。だがおれは心が広いから、おまえの望みを受け入れよう」
「……」
「離れることも結界から出ていくことも許さない。おまえの心が変わるのなら、おれが直々に結界の塵にしてやる。……あと」
「あと?」
「……もう二度と、死んだふりなどするな。心臓が止まるかと思った……」
先程までの偉ぶった態度は見る影もなく消えている。
ノルベルトの背に回されたハティの手は、微かに震えていた。
爪痕を残さんばかりに強くしがみつく小柄な魔王を、ノルベルトはしっかりと包み込んで抱き締める。
「悪かった。もうしない」
「……ん」
触れる手のひらに滲む熱を、川底の魚のように冷たい肌を持つハティを驚かせないよう、ほんの少しずつ滑らせて体温を上げていく。
あたたかさを知らない魚にぬるま湯を教え込むように。
いつの間にか互いが溶け合い熱くなっても、驚いて逃げてしまわないように。
体の強張りが解けてきたハティを見つめ、ノルベルトは真剣な面持ちで告げた。
「さっき言ったことだが、一つ訂正だ」
「どこをだ」
「ヒト族は魔王に仕えないというところ」
手早く服を脱いだノルベルトに衣類を剥がされながら、ハティは「あぁ」と嘆息まじりに呟いた。それがなんだという表情だ。
お互いに一糸まとわぬ姿になり、ノルベルトはいつもより深く屈み込んだ。
「性的な奉仕は惜しまない」
「え。……ちょ、ま、待てそこは……っ」
慌ててもがくハティの脚を押さえつけて、股の間を覗き込む。
ここ数ヶ月の暮らしですっかり魔族の里に馴染んだノルベルトは、魔族の生態についてさまざまな話を聞き及んでいた。
魔族同士はほとんど体を接触させることはなく、性行為も消極的だという。
生殖する際に最も大事なのは、互いの魔力を混ぜ合わせること。
それさえできれば身体的な接触は手を握っているだけでも良いことすらあると聞き、ノルベルトは目眩がしそうになった。
今日び寝台で手を握るだけで子作りできるなど、子供ですら騙されない嘘だ。
それが現実となる種族がよもや実在しようとは。
とはいえ手を握るだけで生殖できるのは余程相性がいい者だけで、性器を使った生殖も普通にある。
つまりハティの男性器が消極的なのは、ハティの気質のせいであり、それはつまりノルベルトがハティを十分に満足させられていないという証拠だ。
「待て、待てっ、おれは十分満足してる! もうこれ以上ないってくらい満足してる!」
「安心しろ、まだまだ先がある。セックスというのは奥深いものだからな」
「し、知らなくていいそんな奥深さ!」
「そう言わずに。生涯そばにいるのだから、色々試していこう」
まずは、ハティの体を隅々まで可愛がること。
そのための第一歩は、いつも反応の悪いハティの男性器に快楽を教え込むことだ。
触れると健気に震える花芯に、ノルベルトは躊躇わず唇を寄せた。口唇へ引き込んで舐め上げる。
「や、やぁっ……!」
ハティのものは本人の無関心ぶりを如実に現した、慎ましくまだ皮を残した形状だった。先端を舌先で弄んでやると、薄皮がずれてつるりとした亀頭が顔を出す。
種族は違えど同じ男なのだから、どこをどうされれば気持ちがいいのかは大体わかっている。
指先で双玉をやわく揉みながら、竿の部分にねっとりと舌を這わせた。
頭上で喘ぎ混じりの呼吸音がしきりに聞こえ、ささやかなサイズのハティ自身が身を擡げてくる。
「気持ちよさそうだな」
「やめろ、ってば、やだっ」
「嫌そうには見えないが」
先走りで濡れてきたハティの雄は興奮によって肥大化しているが、それでもまだノルベルトの手のひらに収まる大きさだった。
両手で弄びながら再び口腔に迎え入れようと大口を開けたところで、頭を掴まれ上向かされる。
そこには半泣きのハティがいた。
「やめろって言ってるだろ……!」
「なぜ嫌がるんだ? 気持ちいいと感じているだろう」
「……っ、キス、できなくなるからやだ……」
「!」
ノルベルトはすぐさま姿勢を正した。
うずくまっていた体を伸ばして、ハティと向き直る。
ハティの指先がノルベルトの唇をゆっくりなぞった。口の中の不快感が洗い流されたような清涼な感覚がある。魔術とはつくづく便利なものだ。
すぐさま口唇に噛みつかれ、ノルベルトは望み通りに舌を絡ませてやりながら深く反省した。
ハティは体の繋がりよりも、心の繋がりを重視したかったのだろう。
ノルベルトの一方的な献身で快楽を追うより、共に心地よい時間を過ごしたがっている。
自分の奉仕は元より、ハティにもいつかは同じことをしてほしいと下心を秘めていたことはおくびにも出さず、ノルベルトはそっとハティの体を押して寝台へと横たわらせた。
「悪かった。ここからはいつもと同じで、いいか?」
「う、ん……急に、その、変わったことは、しなくていいから」
「わかった」
どこへでも好きに触れられる、いくつでも痕を残せる愛しい青い血の体をまさぐる。
艶やかな黒い髪を割って天に伸びる硬質な角を撫で、根本から折れている反対側の角は舌で可愛がる。
角に痛覚はないと聞いていたが、感触はわかるらしい。淫靡な水音も相まって、ハティは羞恥ともどかしさで身震いした。
「ぁ、あっ、ひ……そこ、ぉ」
「気持ちいいだろ?」
「きもちぃ……っ、もっと、もっとして……」
ねだられるままに触れれば、全身を震わせて甘やかな鳴き声を漏らす。
何度も行為を繰り返すうち、ハティの体は少しずつ敏感に変化していった。
陰茎への刺激も同様だが、胸の粒や耳、両方の角、首筋、腰骨、足の指の股に至るまで、性感を掘り起こされたハティの体は今やどこに触れても反応がある。
彼の痩身が愛撫に揺れるたび、ノルベルトの理性は劣情で焼け焦げていく。
乱暴なまでに快楽を与えたくなる凶暴性を押し殺し、ひたすら優しく甘く溶かす。
なによりもこの感じやすい体を、淫蕩にとろけきった表情で男を見つめる魔王を作ったのは自分だという自負が、ノルベルトに無上の歓びを齎した。
「ハルティリェル、瓶を取れるか」
「……うん……」
ハティの住む「魔王城」に初めて押しかけたときにはなかった、とろりとして良い香りの油で満たされた瓶。
それが必ずベッドヘッドに置かれるようになったのは、いつの頃からだったか。
ハティも行為を望んでくれていると、頭では理解はしていた。
それでも彼は出ていけと、嫌だと、種族の違う自分たちは一緒にいるべきではないとノルベルトを突き放そうとする。
一度だけでいい、一瞬だけでいい───自分を惜しんではくれないか。
そう思いつめていたノルベルトに、ゼルヴの提案は渡りに船だった。
一も二もなく了承し、魔術除けを外してカーテンに隠れ、静かな高揚感に支配されながらハティの反応を伺っていた。
とてもノルベルトの姿が隠れているとは思えない、薄く透けるレースのカーテン越しに見えた、ハティの涙。
ノルベルトは自らの浅はかさを痛感した。
言葉をもらえないことがなんだ。突き放す態度がなんだ。
そんな上辺だけのものなど気にせず、彼の本心に寄り添っていれば、ハティの瞳に絶望の色を落とすことなどなかったのに。
「ハルティリェル……絶対に離れない。感知でも追跡でも好きな魔術を掛けてくれていい」
「んっ……いや、今は離れないことより、だな」
「?」
「来てくれよ……ここに」
ノルベルトの指を楽に三本咥えられるようになったハティの蕾が、物足りなさそうにひくついている。
ハティの手が太腿の皮膚を引っ張って、病的に青白いのに官能的で蠱惑的な肉筒の入り口を曝け出した。緩んだ口がぱくぱくと喘ぐたびに潤滑油がとろとろ溢れてくる。
真っ青に頬を染めて恥じらう顔と対照的な、欲望を隠さない仕草がノルベルトを凶悪に煽った。
「あぁ。奥まで埋めてやるっ……」
「ふ、はぁ……あ、ぁー……っ」
自分のものの何倍もの大きさがあるノルベルトの怒張を、ハティの後孔は容易く飲み込んだ。
根本まで収めきって、互いに安堵の息を吐く。
「きつくないか?」
「んっ……誰にものを、言ってる。おれは魔王だぞ……」
「余裕あるな……」
挑発的に睨み上げてくるハティにノルベルトは笑った。これだけ元気なら手加減は不要か。
身を起こし、抱えた体を引っ張り上げて、胡座の上に乗せる。
これまではシンプルな正常位か後背位しか経験したことのなかったハティは、想像したこともなかった初めての対面座位に慌てた。
「な、なんっ……あ、深ぃい……っ」
「いつもより奥まで届くな。このままするぞ」
「う、嘘、やめっ……あっあっ」
普段軽すぎて不安になる魔王の体は、予想より簡単に持ち上げることができた。
太腿を掴み浮かせ、力を抜く。
「~~……っ!」
引き下ろす瞬間に腰を打ち付けると、ハティは声もなく絶頂した。
搾り取らんと蠢く肉壁を堪能しながら、強靭な腰と剛直がハティを串刺しにしてくる。ハティは成すすべもなく汗ばむ男の胸に縋り付いて、後ろの刺激だけで何度も前から蜜を溢れさせた。
過ぎた快感にぼろぼろと涙が零れるが、攻めが緩むことはない。
平時にハティが泣くと途端に取り乱すくせに。閨事でハティを泣かせるのはいつもこの男だ。
「も……もぅ、やだぁ……はやくイけよぉ」
「我儘な魔王様だな」
「あっ! ひぃ、んん~っ!」
唇に噛みつかれ、呼吸が苦しいのに離してもらえず、何度目か極めさせられた。
ハティがイったことでやっとノルベルトも吐精し、律動が止まる。
胎内に感じる熱い飛沫に、ハティは喜びより安堵を覚えた。
ヒト族が皆そうなのか、もしくはノルベルトが特殊なのか。彼とのセックスはとても消耗する。
ハティは至って淡白なのに、ノルベルトは執拗に触りたがる。場合によっては前戯の間にイかされることもあり、挿入してからも触れてくるので元々体力のないハティはついていくので精一杯だ。
だからノルベルトが逐情してくれればハティは安心できることが多い……のだが。
「ハルティリェル、悪いがもう少し付き合ってくれ」
「ま、まだするのか……っ」
「あぁ。というか、今日はもう我慢しないことにした」
ハティの顔色がなくなる。
血の気が引いて真っ白になったハティの後孔には、確実に太さと硬さを取り戻しつつあるノルベルトの凶器がまだ埋め込まれたままだ。
「居候の身で家主に無体を働くというのも気が引けて、今までは我慢していた。しかし晴れて俺たちは恋人で同居人となったわけだし、遠慮はいらないかと思ってな」
「ひっ、引き続き遠慮してくれ!」
「まぁそう言うな。たまには俺の全力に付き合ってくれ、魔王様。魔族で最強なんだろ」
「そういう強さは持ち合わせが……ぁ、動か、すなぁ……!」
「俺がたった二発で終わる男だと思われたままなのも心外だし、なっ」
「あ、ぁああ───……」
前戯が長く、挿れてからもねちっこいヒト族の勇者は、その手管でもって魔王を一晩中鳴かせ続けた。
「そういえばまだ『好き』と言われてないんだよな」
「ひ、ぁ、すき、好きだからぁ……っ、おねがい、も、とまって……」
「俺も好きだぞ、ハルティリェル」
「んんーっ……」
あれだけの仕込みをしてもなお「好き」と言ってくれなかったことをノルベルトが根に持っていたのを、ハティはこの時初めて身を持って思い知らされた。
魔王ハティはまた一つ知見を得る。
やはりヒト族は恐ろしく、危険なのだと。
土の上に出ていた葉はかわいそうなほどに萎れきり、日光が差さないので緑色にもならなかった。しかし土の下では茎が大きく太く成長しており、こうしてヒトの顔くらいある作物が採れる。
本当に不思議な現象だが、魔族の里では珍しい光景でもないらしい。
「ノルベルト」
いくつか収穫したカブの土を落として籠に収めたところで、裏庭の扉が開いた。
戸口に立つのはこの家の主であり、この里の長であり、魔族を統べる王であり、ノルベルトの恋人───ハルティリェルだ。
毛織物のケープを肩にかけ、長く伸びた黒髪を結うこともせず垂らし、木靴を突っ掛けただけの姿で立っている。
「ハルティリェル、おはよう。見ろ、こんなに大きなカブが採れたぞ」
「良かったな。それよりいつここから出ていくんだ」
「今晩はこのカブでシチューを作ろう。ここ数日急に寒くなったからな」
「おい、無視するな」
ハティはまるで口癖のように、ノルベルトが出て行く日取りを聞きたがる。
しかしノルベルトはハティの元を離れることなど、これっぽっちも考えていなかった。
せっかく高価な魔術除けまで手に入れて潜り込んだ魔族の住処だ。そう簡単に出ることはできない以上、できるだけ居座るつもりでいる。
なにより出不精な魔王は、里の外に出ることがない。なんなら家からも滅多に出ない。ノルベルトが結界外へ出れば、二度と会うことは叶わないに違いない。
ノルベルトに出て行く気がないことは、ハティも薄々気がついているのだと思う。
日に何度も聞かれるが、特に返答せずとも憤慨されることはないし、適当な返事をすればしばらくは追求されることもない。
ただ、今はまだ滞在を許されているという段階に過ぎない。
いつかハティの方から、手離したくないと思ってほしい───ノルベルトの願いはそれだけだった。
魔族はあまり食事を必要としないが、全く食べないということはない。
大体の魔族が一日一食か二食、野菜を中心にたまに魚を食べ、酒も飲む。
そのため里には農業がしっかりと根付いており、魚を獲る役目のものもいた。
ノルベルトは庭で取れたカブと果物を持って村を回り、ハティの家の庭では取れない食物や魚と物々交換をしてもらっている。
「まぁ、大きなカブ」
「今朝取れたばかりですよ」
「ありがとうね。はい、これと交換。今日はおまけもつけとくね」
「ありがとうございます」
大きなカブのおかげで、魔族の老婆が手ずから作った干しぶどうをおまけに付けてもらうことができた。
先日もらった小麦粉と合わせて、パウンドケーキを作れるかもしれない。
ハティは案外甘いものが好きだ。
ヒトの街に来るまでは食に頓着しない性質だったようで、戦士や狩人が勧める食べ物のことをろくに知らず、何を食べても目を丸くしていた。
中でも甘いもの、ケーキやクッキーは気に入ったようで、旅の途中で食べる機会があると嬉しそうにしていた。仲間にしかわからない程度の態度の変化ではあったが。
小動物のように、小さな口で甘味を齧りながら食べるハティを眺めるのは、ノルベルトの旅の間のささやかな楽しみだった。
あの控えめな笑顔をまた見られるかもしれない。
交換してもらった野菜と魚を抱えて帰宅するノルベルトに、声を掛けてくる魔族がいた。
* * *
遅い。
ハティは室内を歩き回っていた。木靴がコツコツと床を鳴らす音も微妙に不快だ。
そう、ハティは不快感に支配されていた。
太陽に愛されない地───黒き森の奥地であっても、日中はなんとなく明るい。
しかし日が傾けば途端にランプなしでは足元も見えなくなってしまうから、暗くなる前に帰ってきていたのだ。奴は。いつもは。
それなのに今日は、ハティが家中のランプに火を灯しても、帰ってこない。
昼前に出かけていったノルベルトが帰宅しないことにハティが気づいたのは、ついさっきのことだった。
ノルベルトは元から騒がしい男ではない。
長年の冒険者としての暮らしからか、家の中を歩いていても足音などの動作音が立たずとても静かなので、ハティは彼の存在を意識せず暮らすことができていた。
だから数時間もいないことに気づくのが遅れた。
何周目かにテーブルを回り込んだところで、ハティはふと立ち止まる。
ずっと出ていってほしいと言い続けていた男が帰ってこないからといって、なんの支障があるというのか。
(いやむしろ好都合だ。これでせいせいした、やっと一人の生活に戻れるんだ)
魔王の家で、宿敵であるヒト族の男を飼っているなんて外聞が悪すぎる。ずっとそう思っていたじゃないか。
ヒト族から逃れ隠れて暮らす里の者たちをいたずらに怯えさせるだけの者など、いなくなるのが当然だったのだ。
入ってきた事自体、手違いのようなものだったのだから。
それなのに、どうしても納得できない。腹の底を焦燥感が満たす。
(こんなときに限って魔術除けを付けて行ったのか……位置が捕捉できない)
さんざん慣れさせられたノルベルトの気配を広範囲の感知魔術で探ったが、引っかかるものはなかった。
魔術除けのペンダントを捨てないよう言ったのはハティだったが、こういうことがあると、さっさと手放させておけばよかったと後悔する。
どこかで里の魔族の誰かに捕まって、おしゃべりしているだけなら良い。
だがもし、そうでなかったら。
黒き森に守られているのは魔王とその眷属だけだ。ヒト族には厳しい土地であり、本来は住める場所ではない。
何かの拍子に結界内の森深い場所に入ってしまっていたら。
崖崩れなどに巻き込まれて、動けなくなっていたら。
なにかに追われて、結界に触れてしまっていたら───。
「あぁ、くそっ」
悪い想像ばかりが過ぎる。
たまらなくなって、ハティは外履き用のブーツに足を突っ込み、荒々しく家を飛び出した。
感知魔術の範囲を広げようとして、目の前に立っている者の存在に気づく。
「……! ゼルヴ。どうした?」
「ハティ様こそどうされたんです、血相変えて飛び出してきて」
「……いや……」
玄関先で行きあたったのは側近のゼルヴだった。
幼い頃からハティを世話してくれた、魔王の右腕。ハティにとっては父のような、兄のような存在だ。
魔術の発動を取り消して、ハティはゼルヴに向き直った。
ノルベルトが帰ってこないことを説明するべきか迷う。管理責任、とか言われて説教モードに入られると厄介だ。
しかしノルベルトが魔術除けを外さない限り、いつかは目撃者頼みの捜索をしなければならなくなる。
ハティの逡巡にゼルヴは首を傾げたが、気にせず本来の目的である来意を話すことにした。
「先程ロバシェのおばあさんから干しぶどうをたくさんいただきまして。ケーキを焼いたので、『黄昏のお茶』のお誘いに来ました。しかし外出されるのなら、また明日にしましょうか」
「……そうか。いや、外出するつもりだったわけじゃない」
「そうですか? それならぜひおいでください」
今年のロバシェ家のぶどうは当たり年ですよ、などと言いながらゼルヴが踵を返す。
ハティには今、お茶とケーキを楽しむ精神的な余裕は全く無かった。
しかし不審な動きをゼルヴに見咎められたくない。ロバシェ婆さんの干しぶどう入りケーキが楽しみなことも本心だ。
そして何より、ヒト族の侵入者がいなくなっただけで心乱される「魔王」であると、誰かに知られるのが嫌だった。
ゼルヴの家はハティの住居の隣に位置する。
とはいえ家同士の間はかなり離れているので密な交流があるわけではなく、ハティがここへ訪れるのも久しぶりだった。
一人暮らしのゼルヴには少し広めの家に、甘い香りが充満している。ケーキはまだ焼き上がったばかりのようだ。
「掛けてお待ちを。今お茶を淹れますので」
素直に頷いてダイニングの椅子を引き、腰を下ろした。
「黄昏のお茶」はヒト族にはない、魔族特有の習慣だ。
夜が主な活動時間となる魔族が多いことから、夕暮れ時の起床時間頃にお茶を飲むことが間々あった。
それがどの時間帯に活動する魔族にも気に入られ、夕方頃におやつを摘みながらお茶を飲むことを「黄昏のお茶」と呼んでいる。
ゼルヴはハティにとって貴重な、立場や生まれの違いを意識せずにいられる数少ない相手だ。
彼はよく、ハティがなにかに悩んだり煮詰まったりしていると現れて、お茶に誘ってくれた。ゼルヴの淹れるお茶は、里では珍しくもない茶葉を使っているはずなのに、なぜか優しい味がして安心できる。
若きハティはお茶を飲みながら考え事を打ち明け、ゼルヴは静かに相槌を打ってくれる。稀に助言を寄越すが、基本は聞いているだけで、それでもハティはなんとなく満足できるのだった。
ただでさえ普段から頭が痛いノルベルトの問題を一時だけ忘れ、リラックスするのにゼルヴのお茶はうってつけに思えた。
「どうぞ」
「ありがとう。……おいしい」
「それはよかった。ケーキもどうぞ」
いつも通り不思議なほど美味い茶をいただき、切り分けられたパウンドケーキを齧る。
ほのかな甘みと、たくさん入った干しぶどうの芳醇な香りが口腔を満たす。
ハティは一瞬なにもかも忘れて、魅力的な甘味に夢中になった。
ヒトになりすまして暮らしていた頃に、自分が甘いもの好きだと知った。
特にこの、入れるものと作り手の好みで味が如何様にも変化するパウンドケーキは、訪れる先の文化まで一口に詰まっているようで、旅先で食べるのがいつも楽しみだった。
「ところで、いかがですか。あの図々しいヒト族は」
ゼルヴの言葉にお茶をむせそうになり、ハティは慌てる。
彼にとっては世間話の切り口に過ぎなかっただろうが、ハティの脳内の大部分を占める問題をいきなり言い当てられたようで、気まずかった。
軽く咳払いをして、つとめて難しい顔を取り繕う。
「行くところがないと言うので置いてやっていたが、たしかに図々しいな。なかなか出て行こうとしない」
正しくは「俺の居場所はおまえの側にしかない」とベッドの中で言われたのだが、そんなことを聞かせられるはずもない。
ゼルヴも眉根を寄せて頷いている。
本人に尋ねたことはなかったが、ゼルヴもやはりヒト族が魔族の里で生活していることに嫌悪感があるのだろう。
「ではハティ様も、あのヒト族には手を焼いているというわけですね」
「あぁ」
「それは良かった。あなたの憂いを取り除くことができて」
ハティはゼルヴを見た。
縦に裂けた紅の瞳孔が丸く開かれる。
「……何?」
「造作もないことでしたよ、彼を誘い出して結界に触れさせるのは。魔術除けといっても、さすがにあの強固な結界の前には玩具も同然ですね」
「……ノルベルト、は」
「えぇ。塵も残さず」
持ち上げたティーカップを落として割らなかったのは奇跡だった。
ソーサーに戻して、ゆっくりと瞬きをする。
泣き叫ぶことはなかった。魔力が暴走しそうなほど心乱れることもなかった。
あったのはただ、強烈な喪失感。
「そう、か……」
「はじめから無理だったのですよ、ヒトと魔族が……勇者と魔王が共に暮らすなど。ハティ様も苦しそうにしていたでしょう」
「……あぁ……」
「我ら一族の役目は、魔族を背負って立つ魔王様の憂いを取り除き、心穏やかに取り計らうこと。お役に立てたようで何よりです」
お茶を啜るゼルヴを、もう見ることもできなかった。
俯いたハティの心は凪いでいて、なにも感じることはない。
もうあの熱い手が、強いまなざしが、ハティを見ることはない。もう二度と、ハティの心を乱すことはない。
(こんなことなら、一度くらいは)
「そばにいろと、言っておけばよかったな……」
乾いた頬に一筋伝った雫を、ゼルヴは静かに見つめて───手のひらを打ち合わせた。
ぱん。
突然の破裂音にハティがびくりと肩を震わせるのと、その体を横から強く抱き竦められるのは同時だった。
「……っ!?」
「泣くな、ハルティリェル」
「えっ……の、ノルベルト!? な、なん……え?」
「私が隠したんです」
筋肉だらけの腕でぎゅうぎゅうに締め上げられながらぽかんとするハティに、潔く手を挙げたのはゼルヴだった。
「そのヒト族にはカーテンに隠れていてもらいました。その上から私が、認識阻害魔術をかけて、あなたをここにお招きしたというわけです」
「というわけです、と言われてもわからないんだが」
ノルベルトは感極まったようにハティの髪にキスしている。説明する気はなさそうだ。
ゼルヴはそれを見つめているだけで、嫌悪することも制止させることもない。
ヒト族に、魔族の要たる「魔王」が触れられているというのに。
「先程も言いました通り、我が一族の役目は魔王様の心を穏やかに取り計らうことです。それは時に、魔王様の意思に反することも含まれます」
「……魔王に、逆らうのか、右腕たるおまえが」
「魔王様の意思に反することが、魔王様のためにならないとは必ずしも限りません。現に私は今回、ハティ様の口だけの言葉ではなく、本心に寄り添って見事御心の安寧に一役買うことができました」
代々魔王とは、ツンデレなものなのです───。
ゼルヴは不思議な言葉で魔王を評したが、ハティは呆然としてしまって上手く考え事ができずにいた。
つまりゼルヴは、口では出て行けと言いつつ、ノルベルトに出て行って欲しくないハティの素直になれない気持ちの方を取って、ハティの本音を引き出すことにしたというのだろうか。
ノルベルトを巻き込んで、魔術を使って芝居までうって。
魔族の多くは感情の変化をあまり表情にのせない。
ゼルヴもまた常に涼しげな顔をしているので、動揺して心ここにあらずのハティを騙すのは簡単だっただろう。
「あなたがこの家に入った時、警戒して感知魔術を展開していればこの作戦は失敗でした」
ゼルヴの手から見覚えのあるペンダントを渡される。
魔術除けのペンダントだ。これをつけたままでは目隠しの魔術はかけられない。
ハティが動揺することなく、ゼルヴの家に入ってからも感知魔術を展開していれば、すぐに探し当てられたということだろう。
ノルベルトが消えればハティの心が乱れることまで、この優秀な側近にはお見通しだったということか。
事情を知ってなお放心状態のハティの体がぐっと持ち上げられた。
「用は終わったな」
「えぇ、もうお帰りいただいて結構です」
「協力してくれたこと、感謝する。しかし泣かせるとは聞いてなかった」
「泣かせたのはあなたですよ。ちゃんと慰めてさしあげてください」
「……む」
「ハティ様、おやすみなさいませ。良い夜を」
深く頭を下げるゼルヴを、ハティはノルベルトの腕の中から見送った。
横抱きにされて運ばれる間、ハティは特に抵抗しなかった。
ただ熱い腕が、自分に触れていることに深い安堵と喜びを感じているだけだった。
ベッドに降ろされ、その上にノルベルトが覆いかぶさってくる。
急速に光を失いつつある薄闇の室内で、二人の視線が絡んだ。
「ハルティリェル」
かさついた剣士の手が、不器用な力加減でハティのまろい頬を擦る。
一筋だけの涙の跡などとっくに消えていたが、残滓さえ許せないと言わんばかりにかさつく指がハティに触れた。目元を擦られて目を閉じる。
青褪めて艶やかな唇に、あたたかい粘膜が重ねられた。
「……ん……」
口唇を開いて招き入れた舌を軽く吸いながら、腕を持ち上げてノルベルトの首に回す。
あぁ、彼だ。もう触れられないのかと恐怖した感触が、確かに今ここにある。
キスが深くなって、呼吸が浅くなる。
「ハルティリェル。もう一度言ってくれ。俺に向かって」
「何を」
「そばにいろと。いてほしいと思ってくれているんだろう」
ノルベルトの表情には軽薄な色は一切浮かんでいなかった。
ただ真摯なまなざしの中に、必死な懇願だけがある。
ヒト族のノルベルトより、魔族であるハティの方が生物として強いのは間違いない。しかし今までハティは、ノルベルトを超えたと思えたことがなかった。
魔術除けがあるかぎり、魔術によって従わせることはできない。
腕力の差は歴然、年齢もいくらかハティの方が下だし、冒険者としての経験値はいわずもがな。
ノルベルトは意外にも学があり、頭の出来にもほとんど差はない。
身長もハティはだいぶ見上げなくてはならないし、口喧嘩も勝てず、ベッドの中でも連戦連敗だ。
その彼が今、ハティの劣位にいる。
ハティからの言葉を求めて、切羽詰まった表情を浮かべて。
思わずハティはにんまりと笑った。
邪悪な魔物を思わせる、口角を不気味なほど引き上げる笑顔にノルベルトが若干距離を取る。
「おれの言葉を望むというのなら、おまえこそ言うことがあるだろう」
「……何を」
「おまえが懇願するんだよ、ヒト族の勇者ノルベルト。魔族の王たるこのおれに生涯仕え、命尽きるまで共に在ると」
温度の低い華奢な魔王の手が、ノルベルトの頬を包み込む。
まるで世界を恐怖に陥れることが目的の魔王のごとき、傍若無人な物言いだった。
部下である魔族たちにすら命令したくないと、常日頃からぶつくさ言っているハティとは別人のような態度。
しかしノルベルトの方も強情だった。
「俺はヒト族だ。魔王には従わないし、仕えたりしない」
「ほぉ、この期に及んでそんな世迷い言を」
「だが今の俺は……子猫のようにかわいらしく、悪魔のように残酷な魔王に恋した一人の男だ」
頬に触れていたハティの手をとり、手のひらに唇を押し付ける。
「俺は部下にも手下にもならないが、敵にもならない。おまえだけを生涯愛し、離れないと誓う」
ハティは取られた手を奪い返し、ノルベルトの左手を掴んだ。
「生意気なヒト族め」
大口を開け、指に噛み付く。
ノルベルトの左手薬指には、赤黒く凶悪な噛み跡が残った。鋭い犬歯で圧迫されたヒト族の皮膚からは薄っすらと血まで滲んでいる。
血色の悪すぎる魔族の舌がべろりと血を舐め取り、ノルベルトは体を強張らせた。
「うっ……おい、そういう可愛いことをするならもうちょっと手加減を」
「さっきの回答は不正解。だがおれは心が広いから、おまえの望みを受け入れよう」
「……」
「離れることも結界から出ていくことも許さない。おまえの心が変わるのなら、おれが直々に結界の塵にしてやる。……あと」
「あと?」
「……もう二度と、死んだふりなどするな。心臓が止まるかと思った……」
先程までの偉ぶった態度は見る影もなく消えている。
ノルベルトの背に回されたハティの手は、微かに震えていた。
爪痕を残さんばかりに強くしがみつく小柄な魔王を、ノルベルトはしっかりと包み込んで抱き締める。
「悪かった。もうしない」
「……ん」
触れる手のひらに滲む熱を、川底の魚のように冷たい肌を持つハティを驚かせないよう、ほんの少しずつ滑らせて体温を上げていく。
あたたかさを知らない魚にぬるま湯を教え込むように。
いつの間にか互いが溶け合い熱くなっても、驚いて逃げてしまわないように。
体の強張りが解けてきたハティを見つめ、ノルベルトは真剣な面持ちで告げた。
「さっき言ったことだが、一つ訂正だ」
「どこをだ」
「ヒト族は魔王に仕えないというところ」
手早く服を脱いだノルベルトに衣類を剥がされながら、ハティは「あぁ」と嘆息まじりに呟いた。それがなんだという表情だ。
お互いに一糸まとわぬ姿になり、ノルベルトはいつもより深く屈み込んだ。
「性的な奉仕は惜しまない」
「え。……ちょ、ま、待てそこは……っ」
慌ててもがくハティの脚を押さえつけて、股の間を覗き込む。
ここ数ヶ月の暮らしですっかり魔族の里に馴染んだノルベルトは、魔族の生態についてさまざまな話を聞き及んでいた。
魔族同士はほとんど体を接触させることはなく、性行為も消極的だという。
生殖する際に最も大事なのは、互いの魔力を混ぜ合わせること。
それさえできれば身体的な接触は手を握っているだけでも良いことすらあると聞き、ノルベルトは目眩がしそうになった。
今日び寝台で手を握るだけで子作りできるなど、子供ですら騙されない嘘だ。
それが現実となる種族がよもや実在しようとは。
とはいえ手を握るだけで生殖できるのは余程相性がいい者だけで、性器を使った生殖も普通にある。
つまりハティの男性器が消極的なのは、ハティの気質のせいであり、それはつまりノルベルトがハティを十分に満足させられていないという証拠だ。
「待て、待てっ、おれは十分満足してる! もうこれ以上ないってくらい満足してる!」
「安心しろ、まだまだ先がある。セックスというのは奥深いものだからな」
「し、知らなくていいそんな奥深さ!」
「そう言わずに。生涯そばにいるのだから、色々試していこう」
まずは、ハティの体を隅々まで可愛がること。
そのための第一歩は、いつも反応の悪いハティの男性器に快楽を教え込むことだ。
触れると健気に震える花芯に、ノルベルトは躊躇わず唇を寄せた。口唇へ引き込んで舐め上げる。
「や、やぁっ……!」
ハティのものは本人の無関心ぶりを如実に現した、慎ましくまだ皮を残した形状だった。先端を舌先で弄んでやると、薄皮がずれてつるりとした亀頭が顔を出す。
種族は違えど同じ男なのだから、どこをどうされれば気持ちがいいのかは大体わかっている。
指先で双玉をやわく揉みながら、竿の部分にねっとりと舌を這わせた。
頭上で喘ぎ混じりの呼吸音がしきりに聞こえ、ささやかなサイズのハティ自身が身を擡げてくる。
「気持ちよさそうだな」
「やめろ、ってば、やだっ」
「嫌そうには見えないが」
先走りで濡れてきたハティの雄は興奮によって肥大化しているが、それでもまだノルベルトの手のひらに収まる大きさだった。
両手で弄びながら再び口腔に迎え入れようと大口を開けたところで、頭を掴まれ上向かされる。
そこには半泣きのハティがいた。
「やめろって言ってるだろ……!」
「なぜ嫌がるんだ? 気持ちいいと感じているだろう」
「……っ、キス、できなくなるからやだ……」
「!」
ノルベルトはすぐさま姿勢を正した。
うずくまっていた体を伸ばして、ハティと向き直る。
ハティの指先がノルベルトの唇をゆっくりなぞった。口の中の不快感が洗い流されたような清涼な感覚がある。魔術とはつくづく便利なものだ。
すぐさま口唇に噛みつかれ、ノルベルトは望み通りに舌を絡ませてやりながら深く反省した。
ハティは体の繋がりよりも、心の繋がりを重視したかったのだろう。
ノルベルトの一方的な献身で快楽を追うより、共に心地よい時間を過ごしたがっている。
自分の奉仕は元より、ハティにもいつかは同じことをしてほしいと下心を秘めていたことはおくびにも出さず、ノルベルトはそっとハティの体を押して寝台へと横たわらせた。
「悪かった。ここからはいつもと同じで、いいか?」
「う、ん……急に、その、変わったことは、しなくていいから」
「わかった」
どこへでも好きに触れられる、いくつでも痕を残せる愛しい青い血の体をまさぐる。
艶やかな黒い髪を割って天に伸びる硬質な角を撫で、根本から折れている反対側の角は舌で可愛がる。
角に痛覚はないと聞いていたが、感触はわかるらしい。淫靡な水音も相まって、ハティは羞恥ともどかしさで身震いした。
「ぁ、あっ、ひ……そこ、ぉ」
「気持ちいいだろ?」
「きもちぃ……っ、もっと、もっとして……」
ねだられるままに触れれば、全身を震わせて甘やかな鳴き声を漏らす。
何度も行為を繰り返すうち、ハティの体は少しずつ敏感に変化していった。
陰茎への刺激も同様だが、胸の粒や耳、両方の角、首筋、腰骨、足の指の股に至るまで、性感を掘り起こされたハティの体は今やどこに触れても反応がある。
彼の痩身が愛撫に揺れるたび、ノルベルトの理性は劣情で焼け焦げていく。
乱暴なまでに快楽を与えたくなる凶暴性を押し殺し、ひたすら優しく甘く溶かす。
なによりもこの感じやすい体を、淫蕩にとろけきった表情で男を見つめる魔王を作ったのは自分だという自負が、ノルベルトに無上の歓びを齎した。
「ハルティリェル、瓶を取れるか」
「……うん……」
ハティの住む「魔王城」に初めて押しかけたときにはなかった、とろりとして良い香りの油で満たされた瓶。
それが必ずベッドヘッドに置かれるようになったのは、いつの頃からだったか。
ハティも行為を望んでくれていると、頭では理解はしていた。
それでも彼は出ていけと、嫌だと、種族の違う自分たちは一緒にいるべきではないとノルベルトを突き放そうとする。
一度だけでいい、一瞬だけでいい───自分を惜しんではくれないか。
そう思いつめていたノルベルトに、ゼルヴの提案は渡りに船だった。
一も二もなく了承し、魔術除けを外してカーテンに隠れ、静かな高揚感に支配されながらハティの反応を伺っていた。
とてもノルベルトの姿が隠れているとは思えない、薄く透けるレースのカーテン越しに見えた、ハティの涙。
ノルベルトは自らの浅はかさを痛感した。
言葉をもらえないことがなんだ。突き放す態度がなんだ。
そんな上辺だけのものなど気にせず、彼の本心に寄り添っていれば、ハティの瞳に絶望の色を落とすことなどなかったのに。
「ハルティリェル……絶対に離れない。感知でも追跡でも好きな魔術を掛けてくれていい」
「んっ……いや、今は離れないことより、だな」
「?」
「来てくれよ……ここに」
ノルベルトの指を楽に三本咥えられるようになったハティの蕾が、物足りなさそうにひくついている。
ハティの手が太腿の皮膚を引っ張って、病的に青白いのに官能的で蠱惑的な肉筒の入り口を曝け出した。緩んだ口がぱくぱくと喘ぐたびに潤滑油がとろとろ溢れてくる。
真っ青に頬を染めて恥じらう顔と対照的な、欲望を隠さない仕草がノルベルトを凶悪に煽った。
「あぁ。奥まで埋めてやるっ……」
「ふ、はぁ……あ、ぁー……っ」
自分のものの何倍もの大きさがあるノルベルトの怒張を、ハティの後孔は容易く飲み込んだ。
根本まで収めきって、互いに安堵の息を吐く。
「きつくないか?」
「んっ……誰にものを、言ってる。おれは魔王だぞ……」
「余裕あるな……」
挑発的に睨み上げてくるハティにノルベルトは笑った。これだけ元気なら手加減は不要か。
身を起こし、抱えた体を引っ張り上げて、胡座の上に乗せる。
これまではシンプルな正常位か後背位しか経験したことのなかったハティは、想像したこともなかった初めての対面座位に慌てた。
「な、なんっ……あ、深ぃい……っ」
「いつもより奥まで届くな。このままするぞ」
「う、嘘、やめっ……あっあっ」
普段軽すぎて不安になる魔王の体は、予想より簡単に持ち上げることができた。
太腿を掴み浮かせ、力を抜く。
「~~……っ!」
引き下ろす瞬間に腰を打ち付けると、ハティは声もなく絶頂した。
搾り取らんと蠢く肉壁を堪能しながら、強靭な腰と剛直がハティを串刺しにしてくる。ハティは成すすべもなく汗ばむ男の胸に縋り付いて、後ろの刺激だけで何度も前から蜜を溢れさせた。
過ぎた快感にぼろぼろと涙が零れるが、攻めが緩むことはない。
平時にハティが泣くと途端に取り乱すくせに。閨事でハティを泣かせるのはいつもこの男だ。
「も……もぅ、やだぁ……はやくイけよぉ」
「我儘な魔王様だな」
「あっ! ひぃ、んん~っ!」
唇に噛みつかれ、呼吸が苦しいのに離してもらえず、何度目か極めさせられた。
ハティがイったことでやっとノルベルトも吐精し、律動が止まる。
胎内に感じる熱い飛沫に、ハティは喜びより安堵を覚えた。
ヒト族が皆そうなのか、もしくはノルベルトが特殊なのか。彼とのセックスはとても消耗する。
ハティは至って淡白なのに、ノルベルトは執拗に触りたがる。場合によっては前戯の間にイかされることもあり、挿入してからも触れてくるので元々体力のないハティはついていくので精一杯だ。
だからノルベルトが逐情してくれればハティは安心できることが多い……のだが。
「ハルティリェル、悪いがもう少し付き合ってくれ」
「ま、まだするのか……っ」
「あぁ。というか、今日はもう我慢しないことにした」
ハティの顔色がなくなる。
血の気が引いて真っ白になったハティの後孔には、確実に太さと硬さを取り戻しつつあるノルベルトの凶器がまだ埋め込まれたままだ。
「居候の身で家主に無体を働くというのも気が引けて、今までは我慢していた。しかし晴れて俺たちは恋人で同居人となったわけだし、遠慮はいらないかと思ってな」
「ひっ、引き続き遠慮してくれ!」
「まぁそう言うな。たまには俺の全力に付き合ってくれ、魔王様。魔族で最強なんだろ」
「そういう強さは持ち合わせが……ぁ、動か、すなぁ……!」
「俺がたった二発で終わる男だと思われたままなのも心外だし、なっ」
「あ、ぁああ───……」
前戯が長く、挿れてからもねちっこいヒト族の勇者は、その手管でもって魔王を一晩中鳴かせ続けた。
「そういえばまだ『好き』と言われてないんだよな」
「ひ、ぁ、すき、好きだからぁ……っ、おねがい、も、とまって……」
「俺も好きだぞ、ハルティリェル」
「んんーっ……」
あれだけの仕込みをしてもなお「好き」と言ってくれなかったことをノルベルトが根に持っていたのを、ハティはこの時初めて身を持って思い知らされた。
魔王ハティはまた一つ知見を得る。
やはりヒト族は恐ろしく、危険なのだと。
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中三の卒業式。幼馴染であり、唯一無二のライバルだった蓮田深月(はすだ みつき)にそう突き放されたあの日から、俺の時間は止まったままだ。
あれから15年。深月は国民的アイドルグループのセンターとして芸能界の頂点に立ち、俺、梅本陸(うめもと りく)は、アパートでコンビニのサラミを齧る、しがない30歳の社畜になった。
誰にも祝われない30歳の誕生日。孤独と酒に酔った勢いで、俺は『おでん』という名の猫耳アバターを被り、VTuberとして配信を始めた。
どうせ誰も来ない。チラ裏の愚痴配信だ。
そう思っていた俺の画面を、見たことのない金額の赤スパ(投げ銭)が埋め尽くした。
『K:¥50,000 誕生日おめでとう。いい声だ、もっと話して』
『K』と名乗る謎の太客。
【執着強めの国民的アイドル】×【酒飲みツンデレおじさんV】
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
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ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
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「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
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皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。
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距離を取ったら、氷のエースに捕獲された件
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無口でクール、誰も寄せつけないバレー部の“氷のエース”隼。
そんな完璧な隼が追いかけてくる相手が――
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氷の瞳の奥に潜んでいたのは、静かな狂気と、俺だけへの独占欲。
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やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
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彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
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目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
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その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
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そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
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