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本編
32.退去
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とはいえ、すぐに帰還できるほど状況は簡単ではなかった。
魔族たちが魔術を使ってマオが城から出られないようにしていたのだ。
「これは魔界樹様も承知の上の結界です。魔界樹様も唯一のお子である魔王様との再会を心待ちにしていたのです!」
「あの木が私にそんな情を持っているとは思えませんが……結界があるとは厄介ですね」
マオは試しに廊下へ出て、窓から腕を差し伸べる。
が、見えない壁があるようで出ることは叶わなかった。
「城を壊して出ましょう。少々時間はかかりますが」
「待て待て。アンタの部下や城で働く魔族が被害を受けるだろう。なんのためにここまで峰打ちで戦ってきたか」
「そうなんですか、それはご配慮ありがとうございます。そういえばなぜここにヤクシジくんが?」
「お久しぶりです英さん! 異世界おもしろそ~だったんで来ちゃいました」
「それはそれは。立派な規約違反ですねぇ」
ほのぼのと脱出方法を話し合うユウたちを、魔族たちが固唾をのんで見守っている。
マオが拒絶したことで近寄れなくなってしまったおっさん魔族たちは、ユウを敵意のこもった目で睨んでいる。勇者の顔はまだ忘れられていないらしい。
念の為すぐに剣を抜けるよう注意しつつ、ユウは持参したカバンを開けた。
「こんなこともあろうかと準備してきた。少し待て」
「おや、ノートPCに携帯プリンターまで。何をするのですか?」
「『退去命令書』を出す」
マオが驚いたように目を見開いた。
「退去命令書」は、いわゆる公文書だ。
異世界へ渡った地球人類が期日を過ぎても帰還せず、帰還勧告を無視する場合に異世界課および総務課職員が発行する命令書類。
書類が発行され、本人がそれを目視か読み上げで確認することで効力を発揮し、即座に帰還させる。
通常は異世界へ勝手に渡ってしまった一般人を回収したり、職権乱用で異世界へ渡った職員に発行されるものだが、今回のケースにも使えると判断した。
市販のA4用紙に市販のプリンタで印刷するペラ紙のどこにそんな凄まじい力が込められているのか、ユウにはちっともわからないが、使えるものはなんでも使わせてもらう。
「俺は書類作成を急ぐ。アンタたちは魔族を近寄らせないようにしてくれ」
「了解ッス、物部さん!」
「やはり城を壊すしかないようですね」
「壊すな」
物騒なマオと楽しそうなヤクシジが躍り出ていく。
一人ひとり順番に切り結んでいくヤクシジの後ろで、マオは無造作にしゃがみ、床に手のひらを押し当てた。
「魔術が発動しない!」
「どういうことだ! 魔王様を捕まえなければならぬのに!」
ヤクシジが相手できない遠距離型の魔術を、マオはその手ひとつですべて封じたようだ。
魔界樹の根は魔族領中に張り巡らされている。城の下もしかり。根から発生する魔素を断つことで魔術を制限したのだろう。
相変わらず規格外の戦い方をする男だ。
「どれくらいで印刷できます?」
「もう少しだ。モバイルプリンタの型が古いやつを持ってきてしまったから刷るのが遅い」
「最新型もあるはずなのにいつも貸し出し中ですよね。どうせ部長あたりが借りっぱなしなんですよ」
「たぶんな。帰ったら返却するよう言っておくか……」
飛んでくる魔術を無造作に叩き落としながら、マオはちらりとユウを見た。
「迎えにきてくださって、ありがとうございます。私一人では帰れそうになかったので、助かりました」
ユウもタイピングの手は止めないまま、マオをちらりと見た。
「そういうことは無事に帰ってから言え。もうすぐ出力……む」
ポケットから小さな異音がしている。
鳴っているのは認証キーだ。これが音を出すということは。
「すまない、真央。予定変更だ、もう少し持ち堪えてくれ」
「何かありましたか?」
「いや、問題ない範囲だ」
出来上がった書類に不備がないかどうか念入りに確認し、2枚プリントアウトする。
「薬師寺、戻れ!」
呼びかけに即座に応じたヤクシジが、目の前の敵を蹴り付けて距離を取り一目散にユウの元へ戻ってきた。
刷られたばかりの紙を手渡す。
「資格なき市民が転移門を不正に使用し異世界へ渡ることは禁じられている。ここに『退去命令』を下す」
「それ今更すぎません?」
「理由はなんでもいい。転移酔いがあるぞ、気をつけろ」
「はい!」
ヤクシジが笑顔のまま消え、剣だけが残った。
それを見届けてからユウはマオに2枚目の書類を差し出す。
「職員は特段の事由なき場合、所定の時間を超過して異世界に滞在してはならない……こんなもんだろ。受け取れ」
「これ一つ前の雛形じゃないですか?」
「何……いや大丈夫だ。効力に問題はない」
「そうですか。……あの。私がこれを受け取ったら、あなたはどうやって帰るんですか?」
訝しげなマオに、ユウはふとこぼすように笑った。
さすがユウの見込んだ男だ。こんなときでもきちんと頭は回るらしい。
退去命令は、当然のことながら、帰路が確保されている職員が使用する手段だ。
対象者がいなくなれば職員はすぐさま帰還する。通常ならば。
だが先ほど、ユウの認証キーは異常を知らせていた。
ヨシヌマが転移門を閉鎖した合図────つまり、正規の道で帰る手段はない。
転移に慣れていないヤクシジを長時間異世界の空気に晒すわけにいかない。
そしてマオの身柄を一刻も早く戻さなければ、彼は処分されてしまう。
襲い来る魔族たちをいなしながら城を脱出し、あの草原まで走って再びゲートが有効化するのを待つ……なんて案が現実的じゃないことくらい、誰にでもわかる。
説明しないのは、ユウのわがままだ。
立ちすくむマオに無理やり紙を押し付ける。
「アンタだけは無事に帰すと約束した────ここに、『退去命令』を下す」
「ユウ! あなたまさか」
「じゃあな。愛してる、真央」
最後に触れたくて伸ばした手は、何にも触れることはなく。
魔王を逃がすまいと向けられた魔術をまともに喰らい、ユウの視界は真っ黒に塗りつぶされていった。
魔族たちが魔術を使ってマオが城から出られないようにしていたのだ。
「これは魔界樹様も承知の上の結界です。魔界樹様も唯一のお子である魔王様との再会を心待ちにしていたのです!」
「あの木が私にそんな情を持っているとは思えませんが……結界があるとは厄介ですね」
マオは試しに廊下へ出て、窓から腕を差し伸べる。
が、見えない壁があるようで出ることは叶わなかった。
「城を壊して出ましょう。少々時間はかかりますが」
「待て待て。アンタの部下や城で働く魔族が被害を受けるだろう。なんのためにここまで峰打ちで戦ってきたか」
「そうなんですか、それはご配慮ありがとうございます。そういえばなぜここにヤクシジくんが?」
「お久しぶりです英さん! 異世界おもしろそ~だったんで来ちゃいました」
「それはそれは。立派な規約違反ですねぇ」
ほのぼのと脱出方法を話し合うユウたちを、魔族たちが固唾をのんで見守っている。
マオが拒絶したことで近寄れなくなってしまったおっさん魔族たちは、ユウを敵意のこもった目で睨んでいる。勇者の顔はまだ忘れられていないらしい。
念の為すぐに剣を抜けるよう注意しつつ、ユウは持参したカバンを開けた。
「こんなこともあろうかと準備してきた。少し待て」
「おや、ノートPCに携帯プリンターまで。何をするのですか?」
「『退去命令書』を出す」
マオが驚いたように目を見開いた。
「退去命令書」は、いわゆる公文書だ。
異世界へ渡った地球人類が期日を過ぎても帰還せず、帰還勧告を無視する場合に異世界課および総務課職員が発行する命令書類。
書類が発行され、本人がそれを目視か読み上げで確認することで効力を発揮し、即座に帰還させる。
通常は異世界へ勝手に渡ってしまった一般人を回収したり、職権乱用で異世界へ渡った職員に発行されるものだが、今回のケースにも使えると判断した。
市販のA4用紙に市販のプリンタで印刷するペラ紙のどこにそんな凄まじい力が込められているのか、ユウにはちっともわからないが、使えるものはなんでも使わせてもらう。
「俺は書類作成を急ぐ。アンタたちは魔族を近寄らせないようにしてくれ」
「了解ッス、物部さん!」
「やはり城を壊すしかないようですね」
「壊すな」
物騒なマオと楽しそうなヤクシジが躍り出ていく。
一人ひとり順番に切り結んでいくヤクシジの後ろで、マオは無造作にしゃがみ、床に手のひらを押し当てた。
「魔術が発動しない!」
「どういうことだ! 魔王様を捕まえなければならぬのに!」
ヤクシジが相手できない遠距離型の魔術を、マオはその手ひとつですべて封じたようだ。
魔界樹の根は魔族領中に張り巡らされている。城の下もしかり。根から発生する魔素を断つことで魔術を制限したのだろう。
相変わらず規格外の戦い方をする男だ。
「どれくらいで印刷できます?」
「もう少しだ。モバイルプリンタの型が古いやつを持ってきてしまったから刷るのが遅い」
「最新型もあるはずなのにいつも貸し出し中ですよね。どうせ部長あたりが借りっぱなしなんですよ」
「たぶんな。帰ったら返却するよう言っておくか……」
飛んでくる魔術を無造作に叩き落としながら、マオはちらりとユウを見た。
「迎えにきてくださって、ありがとうございます。私一人では帰れそうになかったので、助かりました」
ユウもタイピングの手は止めないまま、マオをちらりと見た。
「そういうことは無事に帰ってから言え。もうすぐ出力……む」
ポケットから小さな異音がしている。
鳴っているのは認証キーだ。これが音を出すということは。
「すまない、真央。予定変更だ、もう少し持ち堪えてくれ」
「何かありましたか?」
「いや、問題ない範囲だ」
出来上がった書類に不備がないかどうか念入りに確認し、2枚プリントアウトする。
「薬師寺、戻れ!」
呼びかけに即座に応じたヤクシジが、目の前の敵を蹴り付けて距離を取り一目散にユウの元へ戻ってきた。
刷られたばかりの紙を手渡す。
「資格なき市民が転移門を不正に使用し異世界へ渡ることは禁じられている。ここに『退去命令』を下す」
「それ今更すぎません?」
「理由はなんでもいい。転移酔いがあるぞ、気をつけろ」
「はい!」
ヤクシジが笑顔のまま消え、剣だけが残った。
それを見届けてからユウはマオに2枚目の書類を差し出す。
「職員は特段の事由なき場合、所定の時間を超過して異世界に滞在してはならない……こんなもんだろ。受け取れ」
「これ一つ前の雛形じゃないですか?」
「何……いや大丈夫だ。効力に問題はない」
「そうですか。……あの。私がこれを受け取ったら、あなたはどうやって帰るんですか?」
訝しげなマオに、ユウはふとこぼすように笑った。
さすがユウの見込んだ男だ。こんなときでもきちんと頭は回るらしい。
退去命令は、当然のことながら、帰路が確保されている職員が使用する手段だ。
対象者がいなくなれば職員はすぐさま帰還する。通常ならば。
だが先ほど、ユウの認証キーは異常を知らせていた。
ヨシヌマが転移門を閉鎖した合図────つまり、正規の道で帰る手段はない。
転移に慣れていないヤクシジを長時間異世界の空気に晒すわけにいかない。
そしてマオの身柄を一刻も早く戻さなければ、彼は処分されてしまう。
襲い来る魔族たちをいなしながら城を脱出し、あの草原まで走って再びゲートが有効化するのを待つ……なんて案が現実的じゃないことくらい、誰にでもわかる。
説明しないのは、ユウのわがままだ。
立ちすくむマオに無理やり紙を押し付ける。
「アンタだけは無事に帰すと約束した────ここに、『退去命令』を下す」
「ユウ! あなたまさか」
「じゃあな。愛してる、真央」
最後に触れたくて伸ばした手は、何にも触れることはなく。
魔王を逃がすまいと向けられた魔術をまともに喰らい、ユウの視界は真っ黒に塗りつぶされていった。
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