異世界課の『元』魔王

キザキ ケイ

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本編

30.古巣

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「これって課長の指示なんですよね? 許可もらってますよね?」
「本部長の指示だ」
「ホントですか? 信じていいんですよね?」
「たぶん」
「あぁ終わった。また物部さんの無茶振りだ。顔と成績がいいからって何しても許されるこんな世の中じゃ」
「黙ってついてこい」

 ユウは手始めに転生係へ立ち寄り、助っ人を引きずってきた。
 マオと同じ宿舎に暮らす転移者であるヨシヌマだ。
 ノートパソコンごと拉致されてきたヨシヌマは、気が立っているユウと謎の学生に挟まれてオドオドと視線を揺らす。
 小心者だが彼は優秀だ。
 それにこれから行くところにはヨシヌマの力が必要だった。

「『門課ゲートか』? 転移するんですか、物部さん」
「あぁ。さっき転移した英の着地点からなるべく誤差少なく俺たちを降ろせ」
「英さんの着地点ですね……え? 俺たち・・・?」
「こいつも行く」

 ユウがヤクシジを指差すと、ヨシヌマは勢いよく首を左右に何度も振った。

「いやいやいや。一般人連れて転移していいわけないでしょ。何言ってんですか物部さん」
「責任は本部長がとってくれる」
「その前にボクの首が飛びそうなんですけど! だいたい誰なんですこの子」
「どうも、薬師寺賢士です!」
「あ、これはどうもご丁寧に。異世界課の吉沼です」

 社会人の性質ゆえに名刺を取り出しているヨシヌマを無視して、ユウは異世界門課へ足を踏み入れた。
 基本的に数名の職員がいる以外は、さまざまな世界へ通じている転移門があるばかりの建物だ。見えないところにはサーバールームのようなものが複数置かれていて、電気代が凄まじくかかるらしい。
 近寄ってきた異世界門課の顔見知りがユウに会釈したが、その後ろに続く者たちに首を傾げる。

「物部さん、転移ですか?」
「あぁ。英の件は聞いているか」
「えぇ、戻り次第報告するようにと……」
「こちらからも迎えを出して、連れ戻すことになった。英が入ったゲートを借りたい」
「えーっと……」
「本部長命令だ」
「……では、こちらへ」

 背後でヨシヌマが「こいつついに本部長の名で騙り始めたぞ」というトゲトゲした視線を向けてきたが、当然無視する。

「では調整しますね」
「不要だ。こいつがいるからな」
「あぁ、だから吉沼さんが。ではお任せしちゃいますね」

 他にも仕事があるのだろう、異世界門課の職員はヨシヌマの顔を見てそそくさと別のブースへ去っていった。
 ヨシヌマは転生係に来るまでは異世界門課のエンジニアをしていた。
 現在も転生係の転移門担当は彼だから顔が知られているし、下手な職員よりよほどゲートの扱いに詳しい。

「吉沼、やってくれ」
「はいはい……もー、本当に大丈夫かなぁ……」

 ぶつくさ文句を言う割に、ヨシヌマの手さばきは的確だ。
 すぐさまマオの転移記録を調べ、転移先の調査と調整を済ませ、ゲートの準備に入っている。

「五分ほどでゲート準備完了します」
「わかった。俺たちも行くぞ、薬師寺」
「はいっ」

 ユウは転生係から持参したものをビジネスバッグにしっかり押し込み、ヤクシジの分も認証キーを取った。
 このカードキーがあれば、異世界であってもヨシヌマがユウたちをモニタリングしてくれる。絶対に落とさない場所に入れろと渡すと、ヤクシジはリクルートスーツの内ポケットへカードを仕舞っていた。
 準備が整ったのを確認し、ゲート横のブースにいるヨシヌマへ声を掛ける。

「吉沼。俺たちが戻るまでここで待機できるか」
「え、まぁできなくはないですが。ここでも仕事できますし」
「なら頼む。それから、もし英の捜索を打ち切るような話が出たらゲートを閉じてくれ」

 ヨシヌマはぎょっとしてユウを見た。

「な……そんなことしたらあなたも薬師寺くんも戻ってこれなくなる! それに、英さんを見捨てるような決定、本部長が許すはずが」
「わかってるだろ、吉沼。あいつは危険なんだ。本部長でも守りきれないかもしれない」
「……」

 強大な力を持ったまま死んだ「異界の魔王」。
 魔素のないこの世界にいる間は無害とされ、少しの監視だけで生きていられるマオだが、異世界で行方不明となれば話は変わってくる。
 おそらくまだマオの失踪は本部内の話として留まっているが、これが外部に漏れれば責任問題だ。
 マオと本部長は処分される。本部長は降格か辞任で済むだろうが、マオはそうはいかない。

「大丈夫だ、帰還のアテはある。無事にあいつを帰す」
「……」
「ゲートを閉じるときは認証キーを鳴らせ。薬師寺、行くぞ」

 転生係職員は転移係と比べてそれほど転移門を使わない。
 それでも勝手はわかっている。
 意識的に呼吸を整え、金属探知機のような無機質なゲートをくぐった。
 空気が変わる瞬間、無意識に呼吸を抑えてしまったがあまり意味はない。
 ほんのわずか重力が変わる気配があり、踏み出した足がさくりと音を立てて地を踏んだ。
 ヨシヌマはしっかりと地面に近い場所へ着地点を設定してくれたようだ。

「よし。薬師寺、無事か」
「う、ぇえ……っ、きもちわる」
「転移酔いだ。じきに良くなる。危険がなければ少し座って────」

 ユウは周囲を見渡し、それから空を見た。
 知らないはずの風が懐かしい。地球とは違う色の青空を知っている。照りつける日は太陽ではない恒星の光。そして────昼でも薄っすらと見える、赤い月・・・
 そこは確かめるまでもなく、マオとユウにとって因縁の地……前世を過ごした世界だった。

「あー。どういうことかはまだわからんが、大体わかった」
「え、なんですか。何がわかったんですか物部さん」
「説明は後だ。それより薬師寺、この世界には魔素がある。魔術を発動してみろ」
「えっ俺、筋力を強化したりとか、そういうやつしか試したことないです」
「身体強化でも、空気中に魔素があるのとないのとでは全く違う。試しに走ってみろ」

 ふたりが降り立ったのはなだらかな草原だった。
 遠くに遥かな山脈と、放牧されている羊が見える。
 薬師寺は怪訝そうに立ち上がり、足首を回して軽く飛び跳ねて、目を輝かせた。

「えっなにこれ、体が軽い!」
「それが本来の身体強化魔術だ。転移酔いが治まったのなら行くぞ。強化しながらついてこい」
「どっちへ行くんですか?」
「あそこだ」

 ユウが指差す先には、大気で霞むほど遠くでもはっきりと存在感を持つ、巨木があった。

「ここは魔族領。目指すは魔界樹のある王都。真央は間違いなくそこにいる」

 ユウがすぐに気づいたことをマオが気づかないはずがない。
 おそらく彼は自分の古巣に転移したことをすぐに察し、そしてすぐさま帰還しようとした・・・・・・・・。しかし叶わず、帰れなくなっている。
 そんなことをするのは、できるのは────彼の昔なじみか、彼を抑える力のあるものだけだ。
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