異世界課の『元』魔王

キザキ ケイ

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本編

27.贈呈

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「はっ、そうだ忘れるところだった」

 畳に座って本を読んでいたユウがいきなり声を上げたので、マオはびくりと震えた。
 マオの家はあまりにも娯楽に乏しい。
 やることがないからとマオを触ってくるユウに「本でも読んでろ」と言いつけ、そのうちに自分もどくを崩し始めたマオだったのだが。

「アンタ、さっきはなんで魔術使えたんだ」

 尋ねられ、マオもそういえば、と思い出す。
 刃物を振りかざした男の前に滑り込み、マオは魔術を使った。
 物理攻撃を防ぐ盾を手のひらから展開し、そのまま固い面で犯人を殴り飛ばした。
 なぜそうしたかと言えば、咄嗟にとしか言えないが、冷静に考えるとただマオが刺されて終わっていただけの可能性が高い行為だった。
 魔王時代ならいざ知らず、魔術がほとんど使えない一般人の現在のマオではぶっすりやられるだけだ。
 だがあのときは、なんとなく「いける気がした」のだった。

「……あ、これのおかげかもしれません」

 ポケットから出てきたのはハンカチと、小さなかたまり。
 キーホルダーのように見える。

「なんだこれ」
「私の魔力の結晶です。出先でちょうど良い石を拾ったので、作ってみました」
「……はぁ?」

 ユウの手にころんと乗せたそれは、長方形の石だ。
 つるりとした光沢のある研磨された赤っぽい石には、片方の先端に貫通穴が空いていてる。穴にはマオが適当につけたボールタイプのチェーンが通してある。
 マオが「回収」の案件で立ち寄った世界では、武人が鎧飾りとしてこうした石をいくつもつけていた。拾ったものなので窃盗にはあたらない。
 あの世界には魔素が豊富にあり、魔術をいくらでも行使できた。ついでに魔力の発散をしていこうと思いたち、ふと、垂れ流して捨てるだけだともったいない気がしたのだ。

「我々魔族は魔素伝導率の高い素材に魔力を込めることができます。この石もその要領で。もしかしたらこれが、この世界に存在しない魔素の代わりに働いて、魔術を発現させたのかもしれません」
「なるほど……そんな危険なものを作り出して大丈夫なのか?」
「ダメでしょうけど、バレなければいいでしょう。というわけで差し上げます」
「は?」

 元魔王であるマオがいつでも魔術を使えるようになってしまうもの。
 そんなものを作ったと知られれば、その時点で「反逆の意志あり」と見做され処分される可能性が高い。
 マオの周囲は監視の目があり、それは当然住居内や所持品も対象だ。
 ユウには言っていないが、マオがつけている時計はいわゆるスマートウォッチの特製品で、マオの現在位置やバイタルは監視されている。二、三ヶ月に一度部屋も立入検査がある。
 だがユウが持っているなら別だ。
 ユウは英雄の魂を持つが、肉体は一般人。
 なぜか魔力の吸収と、マオと同程度の魔術行使は可能だが、その程度だ。ここ数ヶ月の観察でユウには監視がついていないことは確認できている。
 マオと交友が生じたことで警戒はされているだろうが、一般人に対し所持品や家の調査などできるはずがない。

「あなたが持っていれば没収されないでしょう。それに以前、女神に付きまとわれたとき、あなたは多量の魔力を求めたことがありました。私がいれば魔力を渡しますが、いつもそうできるとは限りません。そういうときはこの石から魔力を取り出して使ってください」
「つまり普段は魔素発生装置、いざというときには魔力タンクとして使える、ということか」
「その通りです。スマホにでもつけておいてください。あ、紐のほうがよかったですか」
「いや、……ついた」

 ユウは私用のスマートフォンの背面についたリングにチェーンを通した。

「ありがとう。大事に使わせてもらう」

 石を見つめて微笑むユウはなんだかとても嬉しそうで、マオは「あれっ」となった。
 マオは純粋に、もったいない精神とリスク管理の一貫として石を作り渡しただけだったが、ユウにとっては「恋人からの初めてのプレゼント」だったのではないか。
 どうせならもっと情緒的なものを渡したほうが良かったのでは、と思うも、今更どうしようもなかった。



 それから毎週末、ユウはマオの家に通ってくるようになった。
 いっしょに夕食を作って食べる。それから少し触れ合う。
 キスは深いものが追加され、手以外も触られるが、それ以上に及ぶことはなかった。
 時折ユウはつらそうに呻いて自制しているが、マオは彼が何を我慢しているのかすら理解できないので、大変そうだなぁと思うだけだった。
 そんなある日、マオの職員用アドレスにメールが届いた。

「薬師寺? 誰だそれ」
「もう忘れてしまったのですか。以前、ショッピングモールで暴漢を捕まえたときに話した学生さんですよ」
「……あぁ、いたな」

 そこまで説明してもユウはぴんときていないらしい。もしくは思い出すのを面倒がっているか。
 ヤクシジ ケンジ。
 おしゃべりな大学生男子であり、本部が把握していなかった転移者。
 暴漢が女性に襲いかかっていたところを助けに入ったマオは、咄嗟に魔力を行使し魔術を発現させ、凶刃を退けた。
 魔力を持たない一般人には視認できなかったその魔術を、ユウ以外に目撃していたのがヤクシジだ。
 転移者である彼は幼い時分にこの世界で保護され、一般人として育ったらしいが、魔力を持っており魔術のことも知っていた。
 連絡先を渡して別れた後は一度お礼のメールを受け取っていたが、それ以降は特になにもなかった。
 それが今日になって、別件で連絡が来た。

「時間を作って会えないか、とのことで。週末に行ってきますので、今週末は会えません」
「許すと思うか?」
「えっ」

 なぜかユウに却下された。

「あのガキ、ひとの恋人に色目使いやがって。アンタもあんな軽そうなやつにほいほい会いに行こうとするな」
「え、いやいや違いますよ。私の仕事のことを聞きたいそうです。就活ですよ」
「就活?」

 そう、ヤクシジ青年は大学三年生だそうだ。
 かねてより異世界関連の産業や職に興味はあったが、マオたちと接してより興味を持ったらしい。普段どんな仕事をしているのかなど、正式に場を設けて聞きたいという就活生らしい申し出だった。

「それなら俺も行く」
「え、あ、そうですか。転生係の話もしてくださるなら、彼もきっと喜びます」
「『転生』の仕事のほうが派手でやり甲斐あるしな。有望な人材を奪ったって後から文句言うなよ」
「派手が祟って異界の神にストーカーされたりしますものね」
「……」
「……」

 恋人同士になったとはいえ、互いの仕事にそれなりに矜持があるからこそ、こうして言い争いになることもある。
 以前のマオなら、他人と口喧嘩なんて面倒で避けていただろう。
 ユウのほうも、マオが皮肉めいた反論をしたことにやや驚いているようだった。
 しかし引く気はない。転移者を扱う仕事は決して軽んじられる謂れのない立派な業務だ。
 眉間にぐっと力を込めて睨み上げるマオに、ユウは誘われるがままキスをした。

「ちょっと。なにするんですか」

 即座に押しのけられる。

「あんなかわいいキス待ち顔されたら、応えないわけにはいかない」

 ユウは胸を張って答えた。

「きすまち……してませんよそんな顔」
「してた。目を潤ませて、唇をつんと突き出して」
「そんなアホ面してません」
「してた」
「してません」

 どうやらマオは、気に入らないことがあると唇が突き出てしまうらしい。
 そっぽを向く不満げな顔をこちらへ向けさせ、もう一度キスをする。今度は少し深く長く。
 そうするとマオはすっかりとろけた顔になってしまう。

「も……有耶無耶にしようとしてます?」
「してない。言い合いよりアンタを可愛がるほうが重要なだけだ」
「あなた……しょうがない人ですね……」

 マオの限りなく黒に近い茶の双眸が甘くゆるむと、その先はユウだけに許された時間となる。
 腕の中に囲い込んで、誰にも見せずにユウだけがマオを愛することができるひととき。
 未だ愛を知らないマオにろくに触れられないとしても、ユウは満足だった。
 深く深く息を吸い、彼の存在を五感すべてで確かめる。
 手の届かない場所で失うことこそ、ユウが最も恐れるものだった。
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