異世界課の『元』魔王

キザキ ケイ

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本編

24.再会

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 昼時はとうに過ぎ、外食という気分でなくなったマオたちは、惣菜を買い込んで帰ることにした。
 地下の惣菜売場を目指してのんびり歩く。
 施設の中は、先程大立ち回りがあったとは思えないほど元通りのにぎやかさに包まれている。

「とんでもない一日になってしまったな。あぁ、腹が減った」
「そうですね。お惣菜、いっぱい買いましょう」

 何気ない会話をしつつ、ユウの視線が物言いたげなことにとっくに気づいていた。
 あのときマオは、手のひらから「魔術防壁」を展開した。
 魔素のないこの世界では、空気中に魔力を伝導させることができず、魔術は発現させられない。肉の器に魔力を循環させられるごく一部の者は、肉体にのみ効果をもたらす魔術だけは使うことができる。
 この話はユウにもしてあったので、じゃあさっきのはなんだ、と今すぐにでも問いただしたいのだろう。それを我慢している。
 帰ったら問い詰められるだろうなぁ。そういえば自然と自宅で食事の流れになっているが、ユウがマオの家にまた来るのだろうか。掃除機かけておけばよかった。

「あの……」

 どの前菜にするかと吟味しているマオたちに、遠慮がちに声をかける者がいた。

「あ、すみません」

 マオは反射的にユウの腕を引いて、自分も一歩横にズレた。
 量販店で店員以外から声をかけられるということは、他の客の邪魔になっているという事態に他ならない。長年の日本暮らしで、マオは遠慮がしっかり染み付いている。
 しかし声をかけてきたものは「いえ、違くて」と慌てたように言った。
 若い男性に声をかけられる心当たりはない、と思いつつ振り向く。

「やっぱり、ラノベのお兄さんだ!」
「……はい?」

 背後にいたのは快活そうな青年だった。
 若く、背が高い。マオを謎のあだ名で呼んで、にこにこしている。

「……人違いでは」

 マオの結論はこうなった。
 こんな知り合いはいない。そもそもマオは職場以外に知り合いがいない。
 しかし青年は目を剥いて否定した。

「人違いじゃないですよ! ほら前に、駅前の本屋でぶつかったの覚えてません?」
「…………あぁ、そんなことがあったような」
「思い出してくれて良かった! あのあと連絡来ませんでしたけど、ケガとかしてなかったですか?」
「えぇ、何事もなく」

 惣菜売場で雑談し始めてしまったマオたちを、ユウが怪訝そうな顔で見ている。
 どちらかというと、警戒している表情かもしれない。
 気付いた若者が姿勢を正し、丁寧に礼をした。

「改めて、俺薬師寺ヤクシジ 賢士ケンジって言います。お兄さんは?」
「はぁ。ハナブサです」
「ハナブサさん! あの、さっきやってたのって、魔術ですよね?」

 少しだけひそめられた声、いたずらっぽそうな笑顔。
 しかしマオとユウは緊張に身を固くする。
 凶刃を防いだあの現象が他者に見えていないらしい、と気づいたのはしばらく経ってからだった。
 他に居合わせた目撃者が警官に話しているのを聞いたのだ。
 ────犯人は刃物を振り下ろしたが、途中でためらったのか動きを止めた。その隙に被害者を庇っていた男の人が犯人を殴って遠ざけた────。
 あれを「魔術による防御」と理解できたのはマオとユウだけだった。
 この世界の人間は生まれながらに魔力をこれっぽっちも持っていないし、生み出す能力もない。恐らく魔力を持たないものには見えなかったのだろう、と結論付けたのだが。

「や~あのとき俺もあの場にいて、でもちょっと遠かったしいきなりすぎて動けなかったんです。でもハナブサさんたちは走ってって女の人を庇ってて、かっこよかったです! 魔術も使えるなんてすげー! って思ってよく見たら、本屋でぶつかったお兄さんじゃん! ってなって。声かけようと思って探し回ってました」

 惣菜の並ぶケースの合間で話すことでもないだろうと、マオたちは離れた場所に移動した。
 売り場の外にいくつか設置されたテーブルセットの一つに陣取り、ヤクシジ青年の話を聞く。
 いかにも若者らしい軽快な話口の合間に、とても一般的でない用語が交じる。

「……あなたも、魔術を使えるのですか?」

 マオは慎重に尋ねたが、青年はあっけらかんと言った。

「や、使えないです。てかこの世界って魔術使えなくないですか? なんでハナブサさんは使えるんですか?」
「……この世界、というと……」
「あー、俺、言っても信じてもらえないかもなんですけど……こことは別の世界で生まれた記憶があるってゆーか……」

 ヤクシジ青年は転移者だった。
 マオやキヌガワ本部長、ヨシヌマなど、転移者は世界中に複数いると言われているが、そのすべてが把握されているわけではない。
 日本では多元宇宙対策本部ができる前、様々な異世界が好き勝手に干渉して、人間や動物を連れ去ったり、人間や動物に似た生き物を送り込んだりしてきた歴史がある。
 そうした、いわゆる「脱法異世界転移門」は至るところに存在するといわれ、その発生や付随する被害について完全に防ぐすべはまだない。
 おそらくヤクシジ青年も、そうした未確認の異世界転移によってこの世界に現れたのだろう。

「俺、生まれも育ちも日本だって言われてるのに、ガキの頃に見たことないとこで暮らしてた記憶があって。でもそういうイマジナリーナントカって幼児ならめずらしくないじゃないッスか? でもあるとき戸籍を取り寄せたら、俺養子で。両親問い詰めたらホントは血つながってなくて、ある日突然家の前に現れて、腹減ったって泣き出したのを引き取ったとか言うんです。ひどくないですか? 絶対心細くて泣いてたはずなのに、俺どんだけ食い意地張ってんだよって」
「ふふ、たしかに」
「ですよね? そんでじゃあ、あの記憶は本物なのかもって思って、じゃあ昔から変なオーラとか見えたり、集中するとありえない遠くまで見えたり聞こえたり、100メートル10秒台で走れるのも魔力のおかげかも? って納得して。そしたら今日ついに! 俺以外に魔術使える人に出会って! それがあのお兄さんで!」
「おい、近いぞ」

 ユウがヤクシジの顔を鷲掴みにして引き離す。
 興奮したヤクシジ青年はだいぶ前のめりになっていた。
 気持ちはわからないでもない。
 この世界のどこにも同類はおらず、孤独だと思っていた彼が、マオを見つけた喜びは計り知れないものがある。
 だが彼はずいぶん素直に育っているようだ。養い親が愛情をたっぷり注いで育てたのだろう。
 異世界から転移してきた者は、みな大なり小なり苦労し、迫害される。
 彼がそういした屈折を抱えていないのなら、とても幸運なことだ。

「ヤクシジくん」
「ふぁい」

 青年はユウに顔を掴まれたままだ。マオはやんわり手を外させ、仕事用の微笑みを浮かべた。

「お察しの通り、私も転移者です。だから魔術が使えます」
「うわ~! やっぱそうなんだ!」
「えぇ。もしあなたやご両親が、異世界転移現象やあなたの体質、パーソナリティ、就職先などについてご相談があるのなら、私を訪ねてください」

 財布に常備している名刺を渡すと、ヤクシジは目を輝かせて紙片を受け取った。
 「本場の人じゃん! すげー!」と大興奮されている。異世界課は本場ではないし、マオは人でもないが、微笑みをキープする。

「ところでハナブサさんって、この金髪のイケメンと付き合ってるんですか?」

 ……笑顔が固まった。

 その場はとりあえず、マオは明言を避け、何か言いたそうにしているユウを視線で黙らせ、ヤクシジの大まかな居住地を聞いて別れた。
 地上線と地下鉄を使って地元まで戻り、惣菜の入った袋をガサガサ言わせながらユウとふたり並んで家路をたどる。

「しかし、野良異世界転移者か。本当にいるんだな」
「本部が把握してない転移者のこと『野良』って呼ばないでください」
「実際そうだろう。躾がなってない犬だ」
「……ユウって結構口が悪いですね」

 本当にそう思っただけだったが、少し嫌味っぽく言ってしまったかもしれない。
 ちら、と見上げたユウは特に気分を害してはいないようだったが、マオを見ていた。
 黄金色の瞳が、傾き始めた陽光に照らされて輝いている。

「そうだな。こっちに来るまではまともな教育など受けていなかったから、口は悪いほうかもしれん」
「いえ、あの」
「ついでに」

 長い指がマオの顎を捕え、斜め上を向かされる。
 一瞬だけ触れた唇は、人目を気にしてかすぐ離れたが、彼の口角はにんまりと持ち上がったまま。

「俺も躾のなってない犬寄りだ。気をつけろよ」
「自覚があるなら自重してください……」

 魔力吸収を伴わないふれあいは何度しても慣れない。
 マオはぎこちなく目をそらし、前だけを見つめて歩いた。
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