異世界課の『元』魔王

キザキ ケイ

文字の大きさ
上 下
2 / 42
本編

02.業務

しおりを挟む
「あーもーなんでこんなに希望者多いんだ! そんなに求人ないってのに!」
「落ち着いて。あと『転移者を求める異世界からの要請』のこと『求人』って呼ばないで」
「だってセンパイぃ……」

 いつも喜怒哀楽の激しい後輩がとうとう頭をかきむしりながら叫び声を上げたのを、マオは冷静に嗜める。
 彼の気持ちはわからないでもない。
 マオだって、日々増える割に減らない「要請」を求人サイトに横流ししてやりたいし、雨後の筍とばかりに湧いてくる面倒案件を粉砕したいし、案件も書類もすべて放り出して今すぐ帰りたい。
 しかしそんなことはできない。
 案件が終わらなければ帰れず、毎日残業当たり前。終電で帰るなんてざら。コーヒーよりエナジードリンクを飲む頻度のほうが高い。
 それでもマオはいつだって理性的に考えてしまう。
 叫んでも暴れても仕事は減らない、と。

「ほら、少しでも進めましょう。案件は止まってくれませんから」
「うぅぅ……」

 後輩はしょんぼりと項垂れ、それでも再びデスクに向かってくれた。
 そんな痛ましい光景を横目に見つつ、マオも自身の仕事に向き直る。
 バインダーと書類の束に埋もれるように光を発するディスプレイには、たくさんの人名、それから求人票のような文言が並ぶ。
 マオは手元の「異世界転移希望者」と、提出された「転移者を求める異世界」とを引き合わせる仕事をしている。

 かつて異世界は、地球から気まぐれにどんどん人を「誘拐」していた。
 そうして奪われた人的資源の価値は計り知れない。
 彼らは「召喚」と称して有望なものや若いものばかり好んで攫っていくため、ついに防衛策が講じられることになった。
 無許可の召喚は禁じられ、人類側から希望者を募り、転移者を求める世界と引き合わせる。
 勝手に取っていかないでね。そっちの希望とすり合わせしてあげるから。というわけだ。
 それこそがマオたちの従事する仕事。
 異世界への牽制、兼、異世界と地球人類のマッチングである。

 都内某所の地味な事務所に設置された、多元宇宙対策本部 異世界課 転移係。
 転移係と転生係で構成された異世界課の「地味なほう」と呼ばれることにもはや悔しさも感じなくなってしまった。
 きっと今はまだ元気な後輩だって、5年もここに勤めればマオと同じく死んだ魚のような目で淡々と仕事をこなせるようになるはずだ。もしくは、辞めてしまうか。
 マオはわずかに頭を振って余計な考えを追い出し、目前に集中した。
 案件は止まってくれないのだ。

「えぇと、新規要請が二件、希望者の数は……」

 画面はリアルタイムで更新され続ける。
 もっともそれは、ほとんどが人名のほうのみ。
 異世界転移をしたい者は多いが、転移者を受け入れたい異世界は少ないという実情がある。
 しかし転移希望者はどんどん増えていくし、間を取り持つマオたちはなんとか各異世界に掛け合って受け入れてもらえるよう、日々駆けずり回っている。
 だが成果は芳しくない。
 転移希望者をどれだけ売り込んだところで、異世界側に「いらない」と言われてしまえばそれまでだ。
 おまけに転移は「転生」より制約が多く、受け入れ側もノーリスクとはいかない。リスクをなるべく回避するため募集条件が厳しくなる。結果マッチングが滞る。
 こうした悪循環がボトルネックとなって、過剰供給状態がいつまでたっても改善されないのだった。
 今日もマッチングは進みそうにない。

 仕方なくマオは画面を切り替え、転移希望者の中で転移に適さないものを弾く作業を始めた。
 異世界転移は多くの場合、転移者の肉体や記憶が魂とセットで送信される。
 そのため、相手世界に損害を与える可能性が高い者や、高齢すぎる者は除外される。また病で死したのち異世界転移をしたがる者は、肉体の状態をリセットするか、肉体を切り離し魂と記憶のみで送るというパッケージングが必要になる。これがまた手間で、肉体に密接に紐づいた精神や記憶を損なわずに仕上げるにはそれなりの経験と作業時間が必要だ。こればかりは一年目の後輩には任せられない。
 今日も残業になりそうだ。
 声に出さず嘆息したマオのメールボックスに、不穏な通知音が響いた。

「う……っ」
「センパイ? どうしたんですか?」
ハナブサくん?」

 顔色をなくしたマオに、後輩と係長が心配そうに声をかけてくる。
 マオは取り繕う余裕もなく、疲れた声で報告した。

「マッチング済みの異世界、転移希望者の受け入れ拒否、です」
「ひっ」
「うぁあ……」

 後輩と係長だけでなく、係全体から声にならないうめき声が上がる。
 このあとの苦労を想像したくなくて、マオは深々と吐息した。

 同僚たちの気遣わしい視線と、後輩の泣きそうな顔から逃れるように部屋を出る。
 一歩目からもうよろめいてしまったが、なんとか持ち直して廊下を歩いた。
 なんの面白みもない薄汚れたビニル床の廊下にはちらほらと人がいるが、地味な部署所属の上に黒髪黒目で痩せ型中背の地味なマオのことを気にするものは誰もいない。ただ通り過ぎていくだけだ。
 もっとも、誰かにこの青い顔を指摘されるのも億劫だったので、今は自分の影の薄さがありがたい。

 すべて調整済みで、あとは転移者を送るだけの段階だった異世界からドタキャンの連絡があってから、マオたちは手を尽くして予定通りに事を進めようとした。
 しかし先方は首を横に振るばかりで、ついには直通ホットラインを取ってくれなくなった。
 こうなれば担当者であるマオが直接出向いて交渉するしかない。
 そんな段階はもう何ヶ月も前に終わったと思っていたのに、直前になってこれだ。信じられない。社会人同士の約束事をなんだと思っているのか。これだから文明文化常識すべて違う異世界なんてものは。
 無限に湧き起こる不満が胃を重くするようで、マオは首を振って沸き起こる罵詈雑言をかき消した。
 その拍子にまたふらついてしまう。
 いや、むしろ壁に寄りかかりたい。冷たい壁に頭を付けて冷静にならないと先方を怒鳴りつけてしまいそうで……。

「おっと」

 踏ん張ることをしなかったマオを受け止めたのは、固くて冷たい壁ではなかった。
 ざらりとした触感と生あたたかい人肌。それから妙に耳に残る男の声。

「ぁ……」
「なんだ、転移係か」

 まるで受け止めてやって損したとでも言いそうに億劫な声を出した男は、言葉と裏腹にマオを放り出すことなくしっかりと立たせてくれた。
 まさか二日連続で苦手な相手と会うとは。
 しかもこんな弱った姿で……げんなりとしつつ見上げたところには、目一杯に顔をしかめたモノベが立っていた。

「遠目からでもフラフラしてたぞ。昨日も遅くまで残業していたし、まともに眠れていないんじゃないか」
「はぁ、そうですね……」

 遅くまで社屋にいたのはモノベも同じでは、と思ったが、このいかにも体育会系っぽい男は多少寝不足でも輝きを失わないのだろう。日々弱っていくマオのような貧弱男と違って。

「休憩なら付き合おう」
「えっ。……いえ」

 よしんば休憩だとしてもモノベとは過ごしたくない。
 本音とは裏腹に表情を取り繕い、マオはそろりと距離を取った。今の今まで肩を支えられていたのだ。

「すみません、緊急の案件で急いでいるんです。では」

 嘘などついていないのになぜか一抹の罪悪感を抱きつつ、マオは小走りでモノベの横をすり抜ける。
 あとはもう案件のことだけ考えよう。実際、余所事に煩わされている時間はないのだ。
 駆けていくマオを彼がどんな思いで見送っていたかなど、このときは想像することもなかった。
しおりを挟む
 ↓読んだ感想を絵文字で送れます✨
    [気持ちを送る]
 感想メッセージもこちらから!

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...