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番外編 わたしの番はかわいい
しおりを挟む17話と18話の間、同居数カ月後のお話。
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久しく訪れた薄暗いバーで、御影の話をしたのは目の前の男に水を向けられたからだ。
「御影は天使なんだ」
「おまえそんなキャラだっけ?」
心底呆れた声を出す男は、真鍋。
響己の腐れ縁の友人であり、アルファだ。学生時代からの付き合いなので、響己がそんなキャラじゃないことは本人が一番よくわかっているはずである。
「ちょっと見ない間に骨抜きにされてんじゃん。オメガもベータもちぎっては投げちぎっては投げの天下の沖野響己様がねぇ」
「ちぎっても投げてもいない。どの相手とも穏便に別れた」
「そりゃおまえの冷たい態度に愛想尽かしたんだよ」
非喫煙者の前で平然と煙草を喫む真鍋に、響己はしかめっ面で応えた。
過去の交際相手のことを挙げられると反論できないのは確かだ。今にして思えば、どの相手にも本気になったことはなかった。
心動かされたのは御影だけ。
「で、ミカゲちゃんとは番になれたのか?」
「まだだ。発情期が来ないからな」
「クスリ打たれてたんだっけ。ほんとエグいことするよなあそこの組は……治る見込みはあるのか?」
「……たとえ発情期が来なくとも、わたしは御影を手放さない」
「五分五分ってとこね、そりゃ気を揉むこった」
全くそんなことは言っていないのに言外の含みを読み取って、真鍋は嫌味ったらしく煙を吐き出した。
長期間薬物によって強制的に発情状態にさせられていた御影は、保護した段階では弱い発情が終わらない体だった。
違法薬物から離し、適切な治療と健全な生活によって発情は治まったが、薬の影響がなくなってもオメガとして正しい発情期はまだ来ていない。
だが響己はそれほど気にしていなかった。
うなじを噛めずとも、響己と御影が番であることに意識的な差異はなく、なにより御影的に番契約より重い「入籍」を済ませてしまった以上、二人が離れることはないのだから。
御影は響己の願いを聞いて、週三ほどのアルバイトとボランティア活動の日以外は家にいてくれる。
仕事を終え疲れて帰ってきて、最愛の青年が控えめだが最上級とわかる笑みでもって迎えてくれる日々より得難く至福たる時間はない。抱きしめて深めのキスをして、息が上がってしまった御影を抱き上げて運ぶ行為が疲労を和らげてくれる。
ただ在るだけで愛おしく慕わしい。
もはや宗教画の天使を跪いて崇める信徒のごとく。
健康的な生活により日々美しく可愛らしくなっていく御影を見守るだけで満たされるのだ。
「いやその天使とヤりまくってるのはどこのどいつだよ。不敬すぎんだろ」
「それとこれとは別だ。愛情を確かめ合う行為だ」
「絶対こんなやつじゃなかったんだよなぁ俺の知ってる響己は……」
煙草を銜えたまま天を仰いだ男の顔に灰が降ってくればいいと思いつつ、真鍋のことを考える脳のリソースがもったいないので思考を逸らす。
御影は無垢であるが、無知ではない。
性産業に従事していたため、そういうことの知識や経験は響己を超える。
任せきりにしてしまえば、手玉に取られるのはこちらだ。
昨夜も御影は積極的だった。
「ん……ひびきさん、きもちい?」
寝室へ入るなり、響己をベッドに座らせ足の間に陣取った御影は、下衣を脱ぐ隙すら与えず奉仕し始めた。
「あぁ、気持ちいいよ」
さらさらと髪を撫でながら囁いてやると、御影は嬉しそうにさらに喉奥深くまでそれを咥え込んだ。
口腔と舌だけを使う御影の奉仕は上手い。
これが過去の誰かに仕込まれたものだと思えば憎悪という言葉では足りないほど感情が荒れるが、御影を早く見つけてやれなかった響己の責任もあるので、絶対に責めるような態度は取らない。
代わりに、響己だけができることをする。
早くも反応しはじめたものを引き出し、物足りなさそうにしている御影をベッドの上へ導く。
妖艶なまでの手管を披露していたとは思えない様子でシーツに転がる御影をゆっくりと脱がせ、何度も口づけながら愛を囁き、しっとりとした肌に愛撫を施しながら剥き出しの首に軽く歯を立てる。
「あっ、ぁあ……っ、響己さん、そこ、かんじゃヤだ……っ」
「嫌? 本当に?」
「ひぃんっ」
噛まれるのは嫌だと言うので、わずかに赤く残った噛み跡をねっとり舐め上げる。
途端に御影はどうすれば良いかわからないと不安そうな顔をして、今まさに自らを嬲る男に助けを求めるのだ。
籍を入れてから、御影は寝るときだけネックガードを外すようになった。
オメガたちが自嘲気味に口にする「首輪」は、ただ重いだけでなく存在するだけで彼らの意思を奪う。それを外して解放感に浸れる時間は、御影にとっても得難いものとなっているようだ。
もちろん御影自身、うなじを晒していれば響己に触れられてしまうことなど理解している。
それをわかって、毎日ガードを外す。
「かわいい御影。愛してるよ」
「あ、ぼく、ぼくもっ、ひびきさん、すき、好きぃ……っ!」
「うん、知ってる。……挿れるよ」
「っは、ぁ、あっ」
首筋を軽く噛まれたまま挿入された御影は、前に触れることなく快楽を極めた。
ぐねぐねと蠢き、響己を搾り取ろうとする誘惑に耐え、御影の意識が戻ってくるまで動かずに待つ。御影の反応を待たずに行為を続ければそれは、彼を「使う」ことに他ならない。
彼は、彼らは自身を「使われる」ことにとても敏感だ。
客ならそれでも良かっただろう。だが響己と御影は伴侶であり番となる間柄。加えて、ことベッドの上でアルファはオメガに奉仕せざるを得ない。
「ん……ひびき、さん。うごいて……もっと、ちょうだい?」
「もちろん。わたしの最愛」
御影のいない幸福など考えられない。御影だけが響己の人間らしい感情を揺さぶる。
それはつまり、アルファらしく何もかもを統べるべく強い響己の、最も重要な部分を握られてしまったということ。
アルファを奴隷にしたとは露ほども思っていないであろう無垢なオメガは、嬉しそうに頬を赤く染め微笑み、響己の情も欲も愛もすべてを受け入れ飲み込んでいく。
そして快感のあまりにか、なんともいじらしいことを言ってみせたのだ。
「こんなに毎日してたら、発情期じゃなくてもぼく、赤ちゃんできちゃいそう……」
腹を撫でながらそんなことを呟く御影に愚かなアルファが煽られないはずもなく、昨夜は朝方まで御影を寝かせてやれなかったことを思い返す。
最後の方は睦言でもなんでもなく割りと本気で嫌がっていたし、あそこでなんとか止めてやれた響己は返す返すも出来た男であったと思う。
あんなこと言われて下半身が滾らない男などいない。
「おまえのヤニ下がった顔なんて見たくなかったな……ま、幸せそうで何よりだよ」
「ヤニ下がってなどいない」
「はいはいそーですね」
不貞腐れたように唇を曲げる真鍋を、響己はまじまじと眺めた。
薄暗い店内でも隠しきれないほど闇の気配を持つ男だが、響己よりはまともに恋愛を経験してきているはずだ。
響己の態度の変わりっぷりをからかえるのも、彼に番が居らず、人生観を根こそぎひっくり返されるような相手をまだ知らないから。
そう思えば可哀想な男である。
思わず鼻で笑ってしまった響己を、目ざとい男はありったけの語彙で詰ってきた。
「ちくしょう、余裕ぶりやがって……そろそろミカゲちゃん帰ってくるだろ、家帰れ幸せボケ男」
「そうだな。真鍋、おまえも早く心から愛せる者を見つけることだ。いいものだぞ」
「所帯じみたこと言いやがって似合ってねーんだよバーカ!」
代金を置いて振り向きもせず帰っていく腐れ縁の親友の背に罵倒語を並べ立てたが、結局負け惜しみの小学生みたいな言葉しか投げつけられなかった。
惚気ばかり聞かされた可哀想な独り身のアルファは、苛立たしげに灰皿に煙草を押し付けながら、自棄とばかりにカウンターの向こうへ酒を頼むのだった。
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