安心快適!監禁生活

キザキ ケイ

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19.二人だけで唯一

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 パジャマに着替えないで上がるベッドはなんだか変なさわり心地。
 落ち着かないのは、いつも首に触れているものがないからだ。
 首輪は外してある。
 もし発情期が来たらすぐにつがいにしてもらえるように。
 わかっていて外したのに、やっぱりそわそわする。何度も首を触ってしまう。
 緊張してこわばるぼくの肩を、大きな手のひらがゆっくりとさすってくれた。

「アルファのフェロモンもオメガと同じ、うなじから出るものが一番多くて強いと言われている。近づいてみる?」
「はい……」

 上半身だけを響己さんの肩にあずけるように傾け、首筋に鼻を近づける。
 いつも通り良いにおいがするけれど、これは自然にかおるアルファのフェロモンらしい。オメガのうなじからもフェロモンが出ていて、発情期にはそれが何倍にもなる。暴力といわれるほどに。
 でもアルファはその量を制御できるという。

「まずはちょっとだけ、ね」
「……」

 髪をなでられながら、すんすんとにおいをかいでみる。
 あ、ちょっとだけにおいが強くなった。気のせいかな、と思う程度だったにおいが、フレグランスみたいにはっきりとかおる。

「響己さんすごい……フェロモン、感じます」
「うん。じゃあわたしにできるかぎりゆっくり、増やしていくよ」
「はい」

 それからはしばらく、目を閉じて響己さんのかおりだけを感じていた。
 安心できる場所。身も心もあずけられる人。一年前からずっと。
 叶うならこの人のものになりたい。
 かみさまにもほとけさまにも祈ったことはなかったけれど、もし見放さないでいてくれるのなら、ぼくにもチャンスをください。
 そして、変化は突然だった。

「────ぁ……」

 少しずつ熱が上がっていくような、覚えのある発情じゃない。
 どこかから突き落とされたみたいにいきなり発熱して、全身の骨がなくなっちゃったみたいに力が入らなくなる。あつい、あつい、なんだこれ。
 一度まばたきしただけでにじみきってぼやける視界で、ぼくはたったひとり、大好きなアルファに手を伸ばししがみついた。

「ひび、き、さ……は、はつじょ……」
「うん、来ちゃったね。まさか本当にこうなるとは……ちょっと待ってて、準備があるから」

 あぁなんてことだ。アルファが行ってしまう。ぼくを置いてはなれてしまう。
 力の入らない指先で必死に服の裾をつかんで、思いつくかぎり引き止める言葉を口にする。
 なんでもするからいかないで。ぼくをつがいにして。
 響己さんがいつものように微笑んでくれたのか、それとも以前よく見た困り顔だったのか、それすらわからないけれど。
 熱にうかされた耳が言葉をとらえられない代わりに、腕の中に響己さんが戻ってきた。
 響己さんのにおい。安心できるもの。

「ごめん、急いで戻るからシャツで我慢して」

 気配が消えて、腕の中の響己さんはいいにおいだけど薄っぺたくて物足りない。すんすん鼻を鳴らすと、ほかにも響己さんのかけらが周りにあることに気づいた。
 響己さんのにおいがする。こっちもだ。あとこれも。
 腕の中の薄い響己さんを真ん中に、どれもつながるように、でもぼくから離れないようにくっつけていく。部屋の中の響己さんがぜんぶ集まると満足できて、ぼくは中央に丸まった。満足感でちょっと眠気すらおぼえる。

「こら、待っててって言ったでしょ? この状態で眠るつもり?」
「あ……ひびきさん」

 すごい、本物だ。
 かけらのどれより濃いにおいに鼻先をすりつけて、全身でしがみつく。くすくすという吐息がぼくの首筋をくすぐった。

「個性的な巣だね。まるで芸術作品だ……写真撮ったら怒るかな」
「ん……ひびきさん、はやく……」
「そうだね、まずはこっちだ」

 ぼくのつくった安心の場所に響己さんが入ってきてくれて、やっと完成したと思った。
 体ぜんぶを使って受け入れる。どこもかしこも響己さんのものだ。爪の先まで響己さんだけのものになる。
 ほぐす必要のないほど濡れた場所に、いまだに慣れないほど大きなものを受け入れる。
 なかがいっぱいになって苦しいくらいだけど、痛くはないし、それよりも喜びがお腹の奥からつま先まで、頭のてっぺんまでを電流みたいに駆け抜けて、ぼくはたぶん叫んだと思う。
 そんなぼくのことも響己さんは見放さず、やさしくなでなでして、何度もキスしてくれて。
 何度目かの交わりは後ろからで、うなじに熱い息を感じて。
 ぼくの意思など関係なく絶頂に押し上げられた。
 戻ってこられないかもと怖くなるくらい高いところへ。
 でも響己さんといっしょなら。

「わたしの、わたしだけの御影……」

 牙が抜けていく感覚がくっきりとわかって、ぼくは響己さんを見上げた。
 にじんだ視界でも泣きそうな表情をしていることはわかった。うまく動かせない体をひねってあおむけになって、頭ごと彼を引きよせる。
 少し汗ばんだ髪をよしよしなでていると、痛いくらいぎゅっと抱きしめられた。
 汗とかそれ以外の体液でどろどろのぼくたちは、もう少しくらい濡れたところで、区別はつかない。

「ありがとう、ありがとう御影」
「ぼくのほうこそ、ありがと……」

 泣きながら抱きしめあって眠った。
 突発的な発情はたった半日で終了した。
 どうやらぼくの体はオメガであることを忘れかけていたらしい。アルファのフェロモンを浴びて役目をいきなり思い出して、ぼくらはやっとつがいになることができた。

「みんなに言わなきゃ、つがいになれたよって。おばあちゃん先生に、店長に、オーナーに、それからユカちゃんたちにも」
「そうだね。ネックガードはもうつけない? ケースに仕舞おうか」
「うぅん、たまにつけたい。響己さんがくれたものだし」
「そっか。でもあれは少し重いから、もっと素敵なものを贈るよ」
「へへ……じゃあぼくも響己さんになにかプレゼントする!」
「嬉しいよ。楽しみにしてるね」

 快適な住まいで、安心できるにおいにつつまれて、最愛のひとと眠るぼくの薬指には、銀色が光っている。響己さんも同じものをつけている。
 寄り添って見つめ合い、笑いあう寝室で、ぼくはいつまでも幸せを感じていた。



 おわり
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