安心快適!監禁生活

キザキ ケイ

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15.いい匂い

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 響己さんがつくってくれた晩ごはんを食べて、交代でお風呂に入って、ぼくを待っていてくれた響己さんの手を取って、同じ寝室へ入る。
 つないだ手ははなされることなく、寝室にひとつしかないベッドへつれていかれた。
 ここで一度だけ夜をあかした。
 それ以来、お洗濯でシーツを洗うときにしか上がっていない。

「御影、きて」

 ベッドに座る響己さんが広げた腕のなかへ入る。
 ちょっとぎこちなかったけれど、ぼくは響己さんにしがみつくようにくっついて、腰をまたぐように座った。
 胸がぴったりくっついて、とくとく、ほんの少しだけだけど心臓の音がわかる。
 ぎゅっと抱っこしてくれる腕を信じて、目の前の肩にほっぺたをくっつけた。
 お風呂上がりの響己さんはいいにおいがする。
 ボディソープの香りとはちがう。どんなにおいかと聞かれたら困るけれど、なんていうか、芳香剤とか香水とかじゃない感じだ。
 涼しい季節の風のようなにおい。

「御影はいいにおいがするね」
「えっ。お風呂でちゃんと洗ったのに……」

 鼻をならして響己さんのにおいをかいでいたけれど、ぼくがにおうとなると別だ。
 洗い残しがあっただろうかとあわてたら、響己さんは笑って、これはオメガのフェロモンだと言った。

「薬のせいでほとんどわからなくなっていたけど、体が元に戻ってきて、フェロモンも香るようになったんだね。さっぱりした甘いにおいがするよ」
「それってどんなにおいですか?」
「うーん、わたしは甘いものに詳しくなくてね……なんだろうなぁ」

 首輪ぎりぎりのところをかがれて、ぼくは恥ずかしいやらくすぐったいやら。
 身をよじっても抱きあっているので逃げられず、響己さんの好きなようにしてもらうしかない。

「甘いにおい、きらいですか?」
「そんなことないよ。それに御影のにおいは特別。あぁ、いつまでも嗅いでいたいくらいだ……」
「んふふ、響己さんワンちゃんみたい」
「わたしが犬ならもっと遠慮なくにおいを嗅ぐだろうね。たとえばこんなふうに」
「わっ」

 パジャマの首元がくつろげられて、響己さんの鼻先がもぐりこむ。
 裾から手が入りこんで素肌を撫でられて、びくんと体がはねた。
 と、お腹のあたりにいた手が動きを変える。
 指先が小刻みに肌をたどって、こしょこしょとくすぐられ、ぼくはたまらず笑った。

「や、んゃ、あはははっ、くすぐったいよ響己さん……!」
「わたしは犬なんだろう?」
「ワンちゃんは手は使わないし、くすぐってもこないと思いますっ」
「言われてみればたしかに。御影は犬に詳しいんだね」
「それくらいわかりますよ! もうっ」

 片手でパジャマを引っ張ると、自称犬の手は引いていった。
 くすくす笑いあいながら思う。
 触れられることにおびえてしまったぼくを、とっさに怖がらせないようにしてくれた。それくらいぼくにもわかる。

(響己さん、優しすぎるよ……)

 底ぬけに優しいあなたと、ちょっぴり怖いあなた。どちらもウソじゃないんだろう。
 くすぐられたせいでずれた位置を戻し、響己さんの肩に顔ごと埋まる。
 しっかりした男の人の筋ばった肌だ。抱きあっても隙間がぴったり埋まるわけじゃない。ごつごつして、さわり心地はきっとそれほどよくない。
 でも世界一安心する場所だ。
 秋から冬にうつり変わるときに見上げるほうき雲のような、すずやかなにおいを胸いっぱいに吸い込んで、ぼくはいつしか目を閉じていた。



 腕の中の体がずしりと重くなり、肩に規則正しい穏やかな吐息が当たる。

「御影? ……寝ちゃった?」

 囁いた声に返事はない。どうやら本当に眠ってしまったようだ。
 少し考えて、寝室を見渡し、そっと体をずらして御影ごとシーツへ横になる。倒れ込んだ衝撃はゼロにはならなかったが、御影は目を覚まさなかった。
 良かれと思って連れて行った先で騒動に巻き込ませてしまった。気疲れがあるに決まっている。

「はぁ……やっぱり閉じ込めておくのが一番間違いがない……」

 響己がそう望めば、きっと彼は嫌と言わない。微笑んで頷いて、外に出ようとしなくなるだろう。
 でもそれではいけない。
 まだ若く成長の余地を残したこの子には、もっと色々な機会が与えられて然るべきだ。
 まだそこまで考えられないようだが、いずれは彼が途中で放棄せざるを得なくなった教育や、暗いところのない真っ当な仕事を経験するべきだろう。外へ出れば、夜の仕事と無縁の知人友人もできるだろう。
 そう頭ではわかっている。
 わかっていても、閉じ込めたくなる。
 外に出したら自分以外の人間と出会うことになる。その中に本当に彼が望むアルファが現れたらどうする。敵はアルファだけとは限らない。彼が他に興味を移すのも、他の有象無象に傷つけられるのも許せそうにない。
 なんて心が狭いんだ。今更か。
 思わず吐いた溜息が御影の黒髪をサラサラと揺らしてしまい、息を呑む。

「……」

 相変わらず御影は起きない。
 溜まった空気を細く長く吐き出して、腕の中の青年を見る。
 特別に美しいオメガではない。
 なのにどうしてか目を引かれる。
 バーでもカフェでも、めざとい者は御影の魅力に気づいて気配を追っていた。
 プロポーズのようなことをしたアルファもいたほどだ。子どもだったので、御影自身冗談だと思って受け流したようだが。
 バーで暴れたあのアルファも、御影を手に入れられなかった敗残者に違いない。「ユカ」を見るのとは明らかに違うぎらついた欲望を隠すそぶりすらなかった。
 だがもはや全て、過ぎ去ったものだ。
 今の御影とこれからの御影を手にしたのは他でもない自分で、それを御影も望んでくれている。これほどの幸福は他にない。

「おやすみ、御影。良い夢を」

 なめらかな額に触れるだけの祝福を贈る。
 自宅の寝室に人を入れたことがなかった。外で行きずりの相手と同衾しても、夜を越したことはなかった。
 そのせいで他人の存在に上手く馴染めず、眠れなかったことで御影を遠慮させてしまった自分の体質がこんなにも憎い。
 寝不足がなんだ。
 この手に御影を抱いたままいられるのなら何晩でも徹夜してやる。
 そう決意したというのに、響己の意識はあっさりと眠りに呑まれ、気づいたら朝だった。
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