安心快適!監禁生活

キザキ ケイ

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13.家族だから

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 響己さんのベッドでいっしょに寝よう計画は、一週間ほどで進まなくなった。
 ぼくとぼくのお布団はじわじわと進み続け、とうとう響己さんのベッドの横に至った。響己さんが眠るベッドの真横に布団を敷いている。上から見れば並べている。ちょっと距離があって、高さがちがうだけで。
 ただここにきて、響己さんの眠りが浅くなった。
 夜中に起きてしまうこともあるらしく、また元の位置に戻ろうかと言ったのだけど、本人が遠ざからないでほしいと言うのでそのまま寝ている。

「響己さん、無理しないで。いっしょに寝ることにこだわらなくていいよ」
「わたしが嫌なんだ。御影には悪いけれど、もう少し付き合ってくれないか」
「ぼくは、いいけど……」

 寝不足だろうに無理に微笑まれると胸が痛む。
 ぼくも響己さんも心からいっしょにいたいだけなのに、うまくいかない。
 どうしたらいいんだろうと悩むけれど、きっとこういうことに裏技や近道や特効薬なんかなくて、本人同士がなんとかするしかないのだと思う。
 そんなころ、響己さんは意外な提案をしてきた。

「そうだ御影、以前話していた『ユカ』さんにまた会いたいかい?」
「えっユカちゃん? もちろん会いたいけど……お店に行っていいのかな……」
「来ないほうがいいって言われたんだったね。それならお店以外ならどうかな。あのバーで会うのは?」
「バーにまた連れて行ってくれるの? 行きたい! ユカちゃんにも会えるなら、また会いたい」
「わかった。聞いてみるね」

 それから響己さんはどこかに電話して、あのバーでユカちゃんと会う約束を取り付けた。
 ユカちゃんと知り合いだったのかな。
 ふしぎに思っていると、話したのは真鍋さんだという。
 ユカちゃんといっしょにいた、不法侵入アルファだ。
 思わず身構えると、響己さんはおかしそうに笑った。

「不法侵入アルファね、その通りだ。大丈夫、彼は来ない。しかし御影に嫌われていると知ったらあいつ、きっと大げさに悲しむよ」
「きらいなわけじゃないけど……いきなり入ってこないでほしい……」
「そうだね、それについてはきつく言っておいたから。鍵も変えてあるし、知らないひとが無理に入ってくることはもうないよ」

 体をくっつけると、響己さんはゆっくりぼくの肩をさすってくれた。
 だいじょうぶ、安心だよって、何度も言い聞かせてくれる。
 ぼくの傷ついた気持ちが、キズが、痛むかどうか関係ない。古いか新しいかも、血が流れているかどうかも関係ない。ただひたすら、キズのことを気にしなくていいようにいっしょにいてくれる。
 傷ついたことがあるひとのなぐさめだ。
 ぼくも響己さんのなにかをいやしてあげられたらいいのに。そう気持ちをこめて、ぎゅっとしがみついた。

 ユカちゃんはとっても忙しいらしい。
 それでもなんとか時間を作ってもらえたのが、半月後の夕方だった。
 ぼくとユカちゃんが希望を伝えあって、あいだを響己さんと真鍋さんが取りもつというふしぎな構図で全部が決まっていった。
 ぼくがユカちゃんと直接連絡を取れればよかったけど、お使いの日にお店にスマホを置いたきり、通信機器をなにも持たずにここまで来てしまった。
 外に出るようになってスマホを持つかどうか、響己さんに訊かれたこともある。でも断った。
 お店で持たされていたものとちがって、個人のものならお金を払わなきゃならない。ぼくは仕事をしていないのでお金が払えない。
 ぼくは面白みのないオメガなのでスマホでゲームしないし、お店のみんな以外に連絡したいひとは思い浮かばない。
 だからまだいらないと思う。

「やほ~ミカゲ!」
「ユカちゃん、こんばんは」

 バーにはユカちゃんのほうが早くついていた。
 オーナーのナガシマさんが今日はカウンターの中にいる。視線で案内された奥はボックス席になっていて、きれいなウェーブパーマにラフなかっこうのユカちゃんが身を乗り出して手をふってくれる。
 手のひらを触れあわせて挨拶してから、ぼくは響己さんを紹介した。

「はじめまして、ユカさん。沖野響己といいます」
「はじめましてぇ、ユカでーす。オーナーに聞いてたけどすっごい美形だねー、それに強そう! 鉄壁のミカゲがぐらつくのもわかるなぁ」
「鉄壁?」

 席につくなり変な話がはじまってしまった。
 ぼくがこれまでどんなお客さんにもなびかなかった、というエピソードからくるあだ名のことだ。
 どんなにお金持ちでも、どんなに優しげな紳士でも頼りがいのある美女でも、尽くされても脅されても泣き落としにあっても、アルファでもベータでもオメガでさえ、ぼくは絶対に誰の手もとらなかった。
 それがまるで響己さんのための過去かのように美しいお話に仕立てられていく。

「ミカゲはずっと沖野さんと出会える日を待ってたんだね。どうしてそんなに強情なのかと思ったものだけど、今は納得してるよ」
「そんなんじゃないよユカちゃん……」
「まぁまぁ、結果的には大正解だったじゃない。はじめて好きになった人にうなじを噛んでもらえるなんて、あたしたちにとっては奇跡みたいなものよ?」
「う……それは、そうかもだけど」

 それからユカちゃんは響己さんをじっと見て、響己さんもユカちゃんの視線を正面から受け止める。

「沖野さん。ミカゲはあたしたちの大切な仲間です。家族と言ってもいい。ミカゲはあたしなんかよりずっとつらい日々を、弱音も吐かず強く生きてきました。あたしもみんなもミカゲに助けられたことが数えきれないくらいあります。ミカゲが無事だって知らせた途端、泣き崩れた仲間もいます」

 ぼくは胸を押さえてうつむいた。
 仲間が急にいなくなってしまうことはめずらしくない。
 ほとんどは良くないことに巻きこまれている。ぼくらは力がなくて、逃げる場所もないから、ひとつ間違えただけでどんどん落ちていってしまう。
 連絡もなく消えたぼくを、みんなが探してくれたと聞いた。悪い想像がみんなを苦しめたことはわかる。
 黙っていなくなってその後、無事を知ることができた仲間はいない。
 そういうものだってみんなわかってるからこそ、必死に探してしまう。
 だからあのとき、ユカちゃんと再会できて本当によかった。真鍋さんのことは今でもちょっと苦手だけど。

「あたしたちのミカゲを、幸せにしてください。よろしくおねがいします」

 深々と頭を下げたユカちゃんにぼくはあわてたけれど、なにを言ってもユカちゃんは頭を下げたままだった。
 困り果てたぼくが響己さんを見ると、なんと響己さんも深く腰を折った。

「あなたたちの大切な御影は、わたしが必ず幸せにします。でもできれば、二人で幸せになりたいと思っています」
「ひびき、さん……」

 響己さんはぼくをつがいにしたいと言ってくれたけれど、ぼくはやっぱりそれほど実感がなかったんだと思う。
 つがいになるというのがどういうことなのか、深く考えていなかった。
 未来の希望も危機感もなかった。
 ユカちゃんが、ぼくの家族みたいなひとが、一心にぼくの幸せを響己さんに願う姿を見るまでは。
 頭を下げあった二人は、同じくらいのタイミングで顔を上げて、くすくす笑いあう。

「ふふ、オメガ相手にこんな深々お辞儀してくれるアルファ初めてだよ。いい人そうでホントに良かった」
「あなたは御影の家族。礼を尽くすのは当然のことです」
「ありがとう、そう言ってくれるとみんなも安心するよ。ミカゲ、あんたのことはみんなにも伝えておくけど、そのうち元気な姿を見せてやって。そのときは沖野さんも一緒にね」

 ユカちゃんたちのいるお店に行かないように、というかつての助言は、ぼくが一人でふらふら出向いてまた悪いお店に捕まってしまわないようにということだったみたい。
 ぼくもみんなに会いたい。何度もうなずくと、ユカちゃんはいたずらっぽいいつもの笑顔でぼくの首元を弾いた。

「それまでにこの首輪、外しておきなよ。ミカゲみたいなかわいいのがあの街をうろついたら、このきれいな首輪があってもちょっかい出されるかもしれないからね」
「あ、うん……」

 なぜか頬が熱くなる。意味もなく首輪をこすってみたりして、ユカちゃんに笑われた。
 こうしてふつうに話していると、昔に戻ったみたいだ。
 苦しいこともつらいこともあったけれど、みんなと過ごす日々はそれだけじゃなかった。
 ユカちゃんと笑い合っていたら、ふと響己さんが席を立った。

「御影、しばらくユカさんと話しているかい? わたしはオーナーと話すついでに注文をしてくるよ」
「うん。いってらっしゃい」
「ユカさん、二杯目は何を飲みますか?」

 響己さんはまるで店員さんみたいにスマートに注文をとってカウンターへ向かっていった。
 ぼくはいつも通りノンアルコールだけど、ユカちゃんはがっつりビールベースのカクテルを頼んでいた。

「お仕事前に大丈夫なの?」
「ビアカクテルなんて酒に入らないって! それより沖野さん、ここのオーナーと知り合いなんだ? 沖野さんって何してる人?」
「響己さんのおしごと……?」

 ぱちぱち瞬いて、首をひねって、一度も尋ねたことがないと思い出せた。
 バーだけじゃなくカフェの方もちょくちょく顔を出しているみたいだし、飲食店関係だろうか。それにしてはあまり忙しそうにしていないし、夜帰ってくる時間が規則的だ。
 ぼくが答えられないことにユカちゃんは「あとで聞いときなよ~」と言うだけで、すぐに別の話題を持ち出した。ぼくも「まぁいっか」と疑問を忘れて、ユカちゃんの話に耳を傾ける。
 そんなときだった。
 ボックス席に、足音のうるさいお客さんが入ってきたのは。
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