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12.お誘い
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「御影、これからはいっしょに寝ないか」
想いをたしかめあった次の日、響己さんは妙にむずかしい顔で言い出した。
「ぼくは嬉しいけど、響己さんはいいの?」
「ん?」
「いっしょに寝たくないんだと思ってました」
以前、ぼくが大泣きして響己さんのベッドにもぐりこんだことがあった。
響己さんはちょっと渋っていて、あの日は結局あまり眠れていなかったみたいだった。だからそれ以降おねがいをしたこともない。
響己さんは「気づいてたのか」とばつがわるそうに頭をかいた。
「実はそうなんだ。他人と一緒のベッドで寝たことがほとんどないし、どうしてもうまく眠れない。だからこれまでは避けてきた」
「そんな無理しなくても……」
「無理じゃない。わたしは御影を抱きしめて寝たいんだ。そういう気持ちがある。あとはどうにかうまく寝られればいいだけだ」
「うーん……」
響己さんがそう望むならぼくは協力したい。
でも睡眠がおろそかになるのはいかがなものか。
というわけでぼくは考えた。
「響己さん、いっしょに寝るというのはどこまでの距離ですか?」
「え? 距離?」
ぼくの考えはこうだ。
いっしょのベッドに人がいるとうまく寝られないというのなら、ベッドからちょっと離れていればどうか。たとえばホテルのツインベッドみたいに。
ぼくが少し離れた場所で寝て、響己さんが眠れるようなら徐々に距離を詰めていく。そしていつかは同じベッドで抱き合って眠る。
「なんだか野生動物扱いされているような気がするけど……」
「でも急に横に人を置くと、やっぱり無理ってなっちゃいますよ。ぼく、響己さんに無理って言われたくない」
「うん……そうだね。わたしも御影を拒絶したくない」
そうと決まれば寝床をどうするか。
この家にはベッドが二台あるけれど、マットレスを響己さんの寝室へ入れるにはちょっと大きい。ドアにつっかえて開かなくなってしまう。
かといって敷布団はない。
なので冬用の分厚い毛布を出してもらって、それを折りたたんで布団代わりにすることにした。これに枕を置いてブランケットを巻きつけて丸まれば、立派な寝床だ。
「待って、布団部分が薄すぎる。体を痛めてしまうよ」
「そうですか? たしかにベッドに比べれば薄いけど、こんなものですよ」
「いやこんな場所で御影を寝させられない。床にはわたしが寝る」
「それじゃ意味ないじゃないですか! ここにはぼくが寝ます! お布団があるだけ上等ですからっ」
硬い床にバスタオル一枚で寝ることもめずらしくなかった。体が丈夫なのがとりえのぼくだ。
でも響己さんはどうしても納得してくれなくて、どこかに電話をかけはじめた。
それから一時間ほど経って、呼び鈴が鳴った。配達の業者さんだった。
「これを使って。すぐに届けてもらえるものを優先したから、御影が気に入るかわからないけど……」
「わ、すごい。ふかふかですよ、このお布団!」
なんと響己さんはどこかから敷布団を調達してしまった。
これなら寝室のドアのじゃまにならずにお布団を敷くことができる。まるで天日干ししたばかりみたいにふかふかなのに、他人のにおいはしなくて、どう見ても新品だ。
もう深夜にもなる時間なのに、どういうツテでこのお布団を買ったんだろう。
いろいろ気にはなったけど、お礼を言ってお布団をのべて丸くなると、いきなり眠気がやってきた。
「ぁ……ひびきさんごめんなさ……ぼく、ねちゃう……」
「あれ、早いね。おやすみ御影」
しずみこむ感覚がどこかなつかしく眠気をさそう。
同じ部屋にぼくがいても響己さんが眠れるかどうか、見届けるまで起きてるつもりだったのに。
まるでだれかに引きずり込まれたみたいに、あっという間に深い眠りに落ちてしまった。
夢を見た。とてもこわい夢。
はっとして目を開くと、暗い部屋だった。
こわくて強張った体をなんとか動かして起き上がる。呼吸が荒れて、視界がちかちかする。
(ゆめ……夢でよかった……)
こわい夢の内容はどんどん薄れて遠くなっていったけれど、恐怖は色濃く残った。ふるえる腕をさすりながら周囲を見る。
そうだ、今日は響己さんのお部屋にお邪魔してるんだった。
ベッドの上がこんもりしている。
ぼくはなるべく息をころして、足音をさせないように響己さんの横へ立った。
(わ……)
横向きで、おだやかに眠る響己さん。
いつもきっちりしてる人のあどけない寝顔は、かわいらしくて無防備だ。
目元に落ちかかっている前髪をどけてあげようと手を伸ばして、やめた。起こしてしまってはかわいそう。
響己さんが近くにいるとわかって、全身のちからがゆっくり抜けていく。
ぼくは来たときと同じように数歩の距離をぬき足さし足、新品のお布団まで戻った。
(おやすみなさい)
ブランケットを口元まで引き上げて丸くなる。
響己さんはぼくといっしょに眠りたいと言っていたけど、そうすることで救われるのはきっとぼくのほうだ。
ほんのかすかに聞こえる寝息に、ほらこんなにも安心する。
こわい夢はもう見なかった。
想いをたしかめあった次の日、響己さんは妙にむずかしい顔で言い出した。
「ぼくは嬉しいけど、響己さんはいいの?」
「ん?」
「いっしょに寝たくないんだと思ってました」
以前、ぼくが大泣きして響己さんのベッドにもぐりこんだことがあった。
響己さんはちょっと渋っていて、あの日は結局あまり眠れていなかったみたいだった。だからそれ以降おねがいをしたこともない。
響己さんは「気づいてたのか」とばつがわるそうに頭をかいた。
「実はそうなんだ。他人と一緒のベッドで寝たことがほとんどないし、どうしてもうまく眠れない。だからこれまでは避けてきた」
「そんな無理しなくても……」
「無理じゃない。わたしは御影を抱きしめて寝たいんだ。そういう気持ちがある。あとはどうにかうまく寝られればいいだけだ」
「うーん……」
響己さんがそう望むならぼくは協力したい。
でも睡眠がおろそかになるのはいかがなものか。
というわけでぼくは考えた。
「響己さん、いっしょに寝るというのはどこまでの距離ですか?」
「え? 距離?」
ぼくの考えはこうだ。
いっしょのベッドに人がいるとうまく寝られないというのなら、ベッドからちょっと離れていればどうか。たとえばホテルのツインベッドみたいに。
ぼくが少し離れた場所で寝て、響己さんが眠れるようなら徐々に距離を詰めていく。そしていつかは同じベッドで抱き合って眠る。
「なんだか野生動物扱いされているような気がするけど……」
「でも急に横に人を置くと、やっぱり無理ってなっちゃいますよ。ぼく、響己さんに無理って言われたくない」
「うん……そうだね。わたしも御影を拒絶したくない」
そうと決まれば寝床をどうするか。
この家にはベッドが二台あるけれど、マットレスを響己さんの寝室へ入れるにはちょっと大きい。ドアにつっかえて開かなくなってしまう。
かといって敷布団はない。
なので冬用の分厚い毛布を出してもらって、それを折りたたんで布団代わりにすることにした。これに枕を置いてブランケットを巻きつけて丸まれば、立派な寝床だ。
「待って、布団部分が薄すぎる。体を痛めてしまうよ」
「そうですか? たしかにベッドに比べれば薄いけど、こんなものですよ」
「いやこんな場所で御影を寝させられない。床にはわたしが寝る」
「それじゃ意味ないじゃないですか! ここにはぼくが寝ます! お布団があるだけ上等ですからっ」
硬い床にバスタオル一枚で寝ることもめずらしくなかった。体が丈夫なのがとりえのぼくだ。
でも響己さんはどうしても納得してくれなくて、どこかに電話をかけはじめた。
それから一時間ほど経って、呼び鈴が鳴った。配達の業者さんだった。
「これを使って。すぐに届けてもらえるものを優先したから、御影が気に入るかわからないけど……」
「わ、すごい。ふかふかですよ、このお布団!」
なんと響己さんはどこかから敷布団を調達してしまった。
これなら寝室のドアのじゃまにならずにお布団を敷くことができる。まるで天日干ししたばかりみたいにふかふかなのに、他人のにおいはしなくて、どう見ても新品だ。
もう深夜にもなる時間なのに、どういうツテでこのお布団を買ったんだろう。
いろいろ気にはなったけど、お礼を言ってお布団をのべて丸くなると、いきなり眠気がやってきた。
「ぁ……ひびきさんごめんなさ……ぼく、ねちゃう……」
「あれ、早いね。おやすみ御影」
しずみこむ感覚がどこかなつかしく眠気をさそう。
同じ部屋にぼくがいても響己さんが眠れるかどうか、見届けるまで起きてるつもりだったのに。
まるでだれかに引きずり込まれたみたいに、あっという間に深い眠りに落ちてしまった。
夢を見た。とてもこわい夢。
はっとして目を開くと、暗い部屋だった。
こわくて強張った体をなんとか動かして起き上がる。呼吸が荒れて、視界がちかちかする。
(ゆめ……夢でよかった……)
こわい夢の内容はどんどん薄れて遠くなっていったけれど、恐怖は色濃く残った。ふるえる腕をさすりながら周囲を見る。
そうだ、今日は響己さんのお部屋にお邪魔してるんだった。
ベッドの上がこんもりしている。
ぼくはなるべく息をころして、足音をさせないように響己さんの横へ立った。
(わ……)
横向きで、おだやかに眠る響己さん。
いつもきっちりしてる人のあどけない寝顔は、かわいらしくて無防備だ。
目元に落ちかかっている前髪をどけてあげようと手を伸ばして、やめた。起こしてしまってはかわいそう。
響己さんが近くにいるとわかって、全身のちからがゆっくり抜けていく。
ぼくは来たときと同じように数歩の距離をぬき足さし足、新品のお布団まで戻った。
(おやすみなさい)
ブランケットを口元まで引き上げて丸くなる。
響己さんはぼくといっしょに眠りたいと言っていたけど、そうすることで救われるのはきっとぼくのほうだ。
ほんのかすかに聞こえる寝息に、ほらこんなにも安心する。
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