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本編

16.決め手は目でした

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 頬に添えられた手にアスモの手のひらが重なる。

「あの日のことはもういいよ。それよりオレは、脈アリだと思っていいわけ?」
「……?」
「だからァ! こんなふうに手つないだり、優しく触ってきたりさ、好き合う同士みたいじゃん。期待しちゃうよ」

 わざと軽く、茶化すような言い方をしたが、アスモは内心ドキドキが止まらなかった。
 淫魔に恋は必要ない。
 そう言われて育ち、自らもそうだと疑っていなかった。だからゼフォンを好きだと気付いても、どうすればいいかは全く分からなかったし、心の準備もまるで出来ていない。
 ましてや、獲物をベッドに誘うことすら失敗する落ちこぼれ淫魔に恋の駆け引きなどできるはずもない。

(こういうときってどうすればいいんだ? 直接誘いをかければいいのか!? 一回目が強姦で二回目は青姦って、オレ変態みたいだよな……)

 自信なさげに徐々に俯いていく顔を、ゼフォンの手が上向けた。
 見つめ合ったまま距離が近付く。
 触れ合う、という近さまで寄せられたゼフォンの顔がぴたりと止まった。美しい紅珠に射抜かれ、アスモはゆっくりと目を閉じる。
 そっと重ねられた唇は、さっきより少しだけあたたかくて、泣きたくなるほど甘い味がした。
 角度を変えることすらなく離れた薄い皮膚を名残惜しく思いながら瞼を開くと、睫毛の先が触れ合いそうな距離は保たれたままだった。

「……はじめは、確かにおまえをフラジリエルの転生体として連れ帰った」

 屈み込み、アスモの低い肩にゼフォンの額が収まる。
 呼気が皮膚を撫でるのをくすぐったく思いながら、アスモは黙って言葉に耳を傾けた。

「フラジリエルは、これまで何度か俺に会いに来てくれた。しかしその度に俺は間違え、彼は去っていった。無理に閉じ込めて死なせてしまったこともあった……」

 つないだ手を少し痛いくらいの力で握られる。アスモはそのまま手を預けた。
 セイルの言っていたことは、やはり事実らしい。
 少なくともゼフォンにとって、今まで彼の元にいた小さな生き物たちはすべてフラジリエルの生まれ変わりだ。

「だからおまえと会った時、残酷にも考えた。────悪魔の体で生まれてきてくれた。これなら簡単に死んだりしないだろう、と」

 吐き出された言葉には苦味だけが滲んでいて、アスモは小さく笑ってしまった。
 そんなこと、言わなければ永遠に分からないのに。稀代の魔王様は見かけによらず正直者らしい。

「なぜ笑う……俺はおまえを過去の人物と重ね、都合よく扱おうとしたんだ」
「それを言ったら、オレだってアンタを利用した。アンタの傍にいれば苦労せず精気をもらえるからな。住処にも困らないし、仕事もしなくていいし」
「だがおまえは、他の者の精気を欲しただろう。俺はそれが許せなくて、また逃げられるかもしれないと怯えて、おまえを────」
「だからそれはもういいんだって!」

 空いている右腕をゼフォンの首に回す。
 アスモの肩に押し付けられたままの頭が怯えたように揺れ、しかし姿勢はそのままだった。

「それより、そんなことを告白してきたってことは、今は違うってことなんじゃねーの?」
「……そうだ。おまえはフラジリエルとは全く似ていなかった……軽率で、向こう見ずで、態度が大きい割に弱々しい。大らかで高潔なフラジリエルとは何もかも似ていない」
「オレの悪口を言うためにあんな前振りしたのか!?」

 あんまりな羅列にムカついて肩口に埋められた顔を離そうと藻掻いたが、自分より体格の良いゼフォンを押しのけられるはずもない。
 それどころか、アスモの抵抗が小動物並だったことにゼフォンは体を震わせて笑い、アスモはますます怒りが増した。

「悪かったな、オレはおキレイな天使サマと違って、乱暴でガサツで考えなしのチビだよ!」
「そこまでは言っていない」
「透けて見えるんだよ! 下級淫魔が魔王様に惚れたのがそんなにおかしいか?」
「いや」

 伏せられていた面が上げられ、真紅と見つめ合う。

「嬉しい」
「────っ」

 ゆっくりと細められる双眸にアスモは大きく胸を高鳴らせた。
 そんなことをそんな顔で言われたら、気持ちを抑えることなどできない。
 握られた手を振り払って、漆黒の髪に縁取られた頬を両手で挟み、噛み付くようにキスをする。アスモから仕掛けたそれはいかにも不慣れで、少し前歯が当たってしまった。
 一瞬驚いた気配を見せたゼフォンはすぐに調子を取り戻し、主導権を握り返す。
 喰らい尽くしてやりたい気持ちで口付けたつもりが、唇が離される頃にはすっかり貪られ息も絶え絶えになってしまっていた。
 膝から力が抜けそうになるのを、ゼフォンの服にしがみつくことでかろうじて押し留めている。
 荒い呼吸を繰り返すアスモの背に、そっと手のひらが添えられた。

「戻るぞ、アスモ」
「……うん」

 両足に力を込めて立ち、ゼフォンの手助けで再び馬に跨り、ゆっくり揺られながら魔王都へ戻った。
 最後に少しだけ振り返って、今はもう遠く見えなくなってしまった故郷を眺める。
 もう二度と戻らないだろう場所を、しっかりと目に焼き付けた。

「そういえば、オレもそうだけど、鳥とか魔物とか……どうやって『こいつだ!』と思うわけ?」

 背に感じる胸板に体重を凭せ掛け、上を仰ぎ見る。
 アスモの重みなどなんとも思っていないのだろう、ゼフォンは涼しい表情だ。

「その目だ」
「目?」

 アスモは大きく瞬きした。
 髪と同じ濃い紫の睫毛に縁取られたアスモの瞳は、光を通す薄紫色だ。
 魔界の生き物が纏う色味は、生まれるまでに体内に蓄積された魔力の量や質で決定付けられると言われている。魔力が強く多いほど濃い色が出る。
 カミオの独断と偏見によれば、アスモは魔力の質は良いが量が少ないのだろうということだった。その証が濃い色の髪と薄色の瞳だ。
 魔法を扱うための魔力量が僅かしかなければ、いくら良質でも宝の持ち腐れになる。

「フラジリエルも、水晶のような薄紫色を持っていた。天使の持つ神力と対立する魔を感じさせる色を、あいつは嫌っていた」
「そっか……」
「だが、俺は美しいと思う。これのおかげでアスモと出会えた」

 目のふちをそっと指でなぞられ、くすぐったさに身悶える。小さく笑む秀麗な美貌に見惚れそうになって、アスモは慌てて頬を撫でる手をはたき落とした。

「ま、まだ触っていいと許可してないぞ!」
「そうだった。すまない」

 はっとしたゼフォンが急いで手を引っ込め、再び馬の手綱を握った。
 自分で言ったことなのに、あっさり引き下がられたのがアスモには意外で、同時にそれを寂しく思う心にも気付かされる。
 しかし素直に「触ってくれ」とは言えなくて、アスモは仕方なく口先を尖らせながら背中に体重を掛けた。後頭部を遠慮なくゼフォンの胸に乗せ、ぐりぐりと押し付けそっぽを向く。

「…………痛いことするんじゃないなら、触ってもいいけど」
「……そうか」

 ぴったりとくっついた体が笑って微かに揺れる。
 おとがいを取られ、促されるまま唇を重ねた。後ろに体を捻らなくてはならない姿勢が慣れず、アスモのほうからすぐに口付けを解く。

「こんな揺れるとこで、やめろよな!」

 さっきまでくっつけていた体を目一杯離し、アスモは前傾姿勢を取った。
 自分の背中でどたばたされるのが気に入らなかったのか、飛馬が不満げな声を漏らす。アスモは慌ててたてがみを撫で、馬の機嫌を伺った。
 忙しない様子にますます笑いを誘われたゼフォンは、顔を真っ赤に染めたアスモから肘による渾身の攻撃を受けることとなった。
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