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【ハッピーBL】
優秀な幼馴染をパーティから追放したら求婚された
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冒険者のセロは、幼馴染であるパーティメンバーのアベルとの関係に悩んでいる。
アベルは強くてそつがなく、文句のつけようもない優秀な双剣士だが、セロにだけは冷たく当たるのだ。
仲間にも促され、セロは良かれと思い、もっと実力のあるパーティへアベルを「追放」することを決意。
アベルもきっと喜んで移籍してくれると思っていたのに────
宿へ戻ったセロを待っていたのは、昔のように泣きじゃくってセロにしがみつくアベルの姿だった。
【キーワード】
ファンタジー / 幼馴染 / ツンギレ攻め / 年下攻め / 包容力受け
◆ ― ◆ ― ◆ ― ◆
僕の幼馴染はとても優秀だ。
冒険者としての実力は折り紙付き。
困っているものがいれば手を差し伸べる。
悪事をはたらくものがいればどんなに大人数相手でも立ち向かう。
微笑みを絶やさない整った顔立ちで、老若男女に優しいから、彼の周りは人が絶えない。
そんな幼馴染がいてすごいねって、よく言われる。
でもそんな彼にも欠点がある。
優しくて、笑顔が素敵な彼は────僕に対してだけは違うということ。
「セロ。なんだよさっきの戦闘は」
さっきまでニコニコ笑顔で人々に手を振っていた彼は今、ぶすくれ顔で乱雑に宿のベッドに腰掛けた。
僕は苦笑いを浮かべて謝るしかない。
「ごめん」
「謝罪は聞き飽きた。そうじゃなくて、なんであんなことしたのかって聞いてんだ」
「あんなことっていうのは……」
「敵の前に飛び出したことだよ! 危うく俺の剣で斬り捨てるところだった。結局ケガしてやがるし」
「あれは、その、アベルが」
「俺がなんだって?」
「……うぅん、ごめんね、足引っ張ってばかりで」
「聞き飽きたって言ってんだろ。余計なことすんじゃねぇ」
「うん……」
すっかり呆れたとばかりに窓の外へ視線を向けたアベルから、身を隠すように小さくなって部屋を横切る。
僕らが小さい頃からの幼馴染だからと、宿の部屋割りはいつも彼といっしょだけど、正直気が重い。
アベルは優秀な戦士だ。
ただでさえ重いロングソードを二本構えて使いこなすことができる、めずらしい双剣使い。
二本の剣は風より速くモンスターを切り刻み、ときには剣を盾のようにも使う変幻自在の戦い方で、弱冠18歳にして国内でも五指に数えられる強さと噂されているのを知ってる。
そんな彼が、なぜ邪魔にしかなれない僕なんかがいるパーティに所属しているかといえば……ひとえに僕が彼の幼馴染だからだ。
いろいろな人たちが彼に移籍や引き抜きの話を持ちかけたが、いつだって彼は「幼馴染のセロが心配なので」と完璧な笑顔で断ってしまう。
そのたびに僕はいろいろな人たちに睨まれることになるんだけど。
「アベル、みんなと食堂行くけど……」
「行かねぇ」
「あ……うん」
とても情が深く幼馴染想いだと思われている彼が、もはやその幼馴染と食事も共にしないなんて、みんなは知らない。
「あ、アベルは明日は……」
「出かける。夕方には戻る」
「そ、そっか……」
貴重な休みも毎回どこかへ出かけてしまうから、コミュニケーションもままならない。
とぼとぼと部屋を出て宿に併設された食堂に行くと、パーティメンバーがいた。
「はぁ……」
「また溜め息、セロ」
「さっきのケガが痛むのか?」
「あ、うぅん。ケガはすっかり治ってるよ、ありがとう」
魔術師のケーンと、治癒術師のヨナタン。
どちらも僕より優れた冒険者だけれど、アベルほど輝かしい経歴があるわけじゃない。
彼らは三年ほど前から僕とパーティを組んでくれている。三人パーティで出発した僕らは、ギルドの手引きで引き合わされた、いわゆる相性の良い釣り合ったメンバー同士。
そこにアベルという規格外の双剣士が加わって、均衡が崩れてしまった気がする。
「ケガじゃないなら、またアベルに何か言われたのか」
ヨナタンがうんざりと頬杖をつく。
アベルはヨナタンとケーンにも優しいけれど、さすがに同じパーティで行動していれば、僕にだけ当たりがきついことはすぐに知れる。
はじめはあまりに僕だけ冷たくされるので、二人はなんとかしようとしてくれてたみたいだけど、最近は諦められてる。
何を言われてもアベルは変わらなかったからだ。
「僕が悪かったんだ、アベルの前に飛び出したりして。僕じゃアベルをかばったりできないのに、邪魔になっちゃったんだ」
「そんなこと! セロはよくやってるよ、実際あのときはアベル、モンスターに囲まれてちょっと危なかったし」
テーブルに届いた前菜をつつきながらヨナタンが憤る。
治療を専門とする魔術師であるヨナタンは治癒術師と呼ばれる。
魔術専門の学院を次席で卒業しただけあって、彼の治癒術の実力はものすごい。さっきのキズもあっという間に治してくれた。
「たしかに。アベルは時々危なっかしい戦いをするからね」
ジョッキのエールをちびちび啜りながら、ケーンが言う。
中遠距離攻撃が主体の魔術師ケーンは魔術の腕は平均的だけれど、パーティ全体を見てくれる。視野が広くて、僕たちよりいくつか歳上なこともあって経験豊富だ。
そんなケーンが励ましてくれたことで、ほんの少し肩の荷がおりたけれど、アベルの嫌そうな顔が浮かんで再び落ち込んでしまう。
「にしてもなんでアベルってこのパーティにいるのかな。今までだって前衛はセロだけで足りてたし、アベルくらいの実力なら上位パーティに行けばいいのに」
それは僕も大いに疑問だ。
彼が断るときの決まり文句「幼馴染が心配」も、彼の態度を見れば言い訳だとわかる。
たとえば、実力だけ見れば最上位パーティにいてもおかしくないヨナタン。
実際彼は以前、上位の有名な大規模パーティに在籍していたが、ずいぶんと人間関係がひどいところだったらしく、心にキズを負ってパーティを抜けたという。
その後、少人数希望の僕のパーティを選んでくれた。
ヨナタンにはそういう理由がある。
ではアベルはどうだろうか。
故郷では仲の良かった僕らだけど、冒険者になってからは全然話ができていないので、彼の気持ちはわからない。もしかしたらアベルにも実力に見合った上位パーティに行きたくない理由があるのかもしれない。あれほど強くて優秀な彼でも、苦手なものがあるのかもしれない。
不思議そうにする僕とヨナタンを見つめていたケーンが、難しい顔で腕を組んだ。
「……今回のこと、俺はちょっと重く見てるんだ」
「そうなの?」
「今回、たしかにアベルにセロの援護はいらなかったかもしれないが、それは結果論だ。盾を装備してるセロがケガをしたくらいだから、セロに比べれば防御力が低いアベルはかすり傷じゃ済まなかったかもしれない」
あのとき、複数の中型モンスターに囲まれていたアベルは、見事な剣さばきで次々に敵を倒していた。
でもモンスターの中には、死に際に強力な技を使ってくるものがいる。
もしかしたら、でも杞憂かも、と思いながら飛び出した僕は、倒れたはずのモンスターの自爆に巻き込まれた。
幸いにもかすり傷で済んだけれど、あの瞬間僕は、アベルの死角にある死体が破裂したら危ないと思って走ったんだ。
ケーンはそのことを指摘してる。
「セロに庇われたことが恥ずかしいのかと思ってたが、それにしては態度がいつも通りすぎる。それにあのモンスター群の討伐依頼は、アベルの力を見込んで指名されたもの。俺たち三人だけだったら力不足で受けなかったであろう依頼だ」
「……」
「そろそろアベルも、実力相当のパーティに移ったほうがいいのかもしれないな」
ケーンは静かに僕を見た。ヨナタンも、頷いてる。
このパーティのリーダーは僕だ。
頼りなくても、みんなより劣っていても、パーティの進退を決めるのは僕なんだ。
次の日、僕はケーンに言われたことを考えながらギルドへ向かった。
依頼の達成報告と、相談事のために。
ギルドは僕たちのような戦闘を生業とする冒険者たちに広く門戸を開いている。
人々の生活を脅かすモンスターの討伐や撃退、採集や生産、果ては人探しや未踏の地の探索まで、さまざまな依頼をギルドが募集し割り振ることで僕たちの仕事は成り立つ。
また複数で活動する冒険者たちのためにメンバー募集や、冒険者同士のマッチングなどもしてくれて、僕がケーンやヨナタンと出会ったのもギルドの斡旋あってのことだ。
パーティメンバー間の軋轢や揉め事の仲介もしてくれる。
僕はギルドの受付で依頼達成を報告し、そのまま奥の部屋で相談した。
「アベル。ちょっといいかな」
夕方頃まで話し込んでしまった。
ギルドを出た僕はすぐに宿へ戻り、帰ってきたアベルに声をかけた。
少し緊張してしまうのは、彼の態度があまりにも冷ややかだからだ。
「んだよ」
胡乱げに僕を見るアベルの目は冷たい。
にこやかにしていれば気にならない切れ長の青い双眸は、僕に向けられるときだけは冬の海を思わせる。
「あの、付き合ってほしいところがあるんだ。ちょっとだけ出ない?」
「……帰ってきたばっかなんだけど」
「ご、ごめんね。でもちょっとだけで済むから」
「……」
億劫そうに立ち上がったアベルはさっさと部屋を出ていってしまう。
僕は無意識にこわばっていた肩を揉みほぐして、漏れそうになる溜め息を飲み込んで後を追う。
故郷にいた頃は、こんなんじゃなかった。
アベルは三つ年下の領主の息子だ。
領主の館で通いの洗濯婦をしていた母にくっついていた僕は、妙にアベルに気に入られて、幼い頃からいっしょに遊ぶことを許された。
小さい頃のアベルは僕より背が低くて、泣き虫で、僕の服の端っこをずっと握って離さない甘えん坊だった。
彼の兄弟や両親より僕との距離が近かった。僕らはずっといっしょにいた。
「いままでもいっしょだったんだから、これからもずっといっしょだよ。そうだよね、セロ?」
涙ぐんでそんなことを言ってくれたアベルも、今は昔。
昔とはまるで別人みたいに僕にだけ冷たいのは、本当はすごく……ものすごく悲しいし、寂しい。
でも僕は、弟みたいに慕っていたアベルがどんなに冷たくても、いっしょにいられるだけで嬉しいって思ってしまって、どうしても彼を突き放せなかった。
地元に戻れば一国の領主の子であるアベルと、洗濯婦の子である僕に接点なんてない。
僕から声を掛けることもできない身分差があるんだ。
そんな僕らは、故郷から遠く離れたここでなら、冒険者同士であれば対等で、仲間でいられる。
でも────そんな気持ちも、僕の独りよがりに過ぎなかったんだろう。
「紹介するよ。こちらは隣国を拠点に活動してる『青き竜のかぎ爪』の皆さん」
「……は?」
「『青き竜』の皆さん、アベルを連れてきました」
「あぁ、君が双剣士のアベルか。噂はかねがね聞いているよ」
アベルは固まっていた。めずらしくよそ行きの笑みも浮かべていない。
「アベル、ごめんね。僕が弱くて優柔不断なばかりに、窮屈な思いをさせてしまってた。今日ギルドで相談して、アベルの実力に見合ったパーティに移籍してもらおうってなったんだ。ちょうどギルドに『青き竜』のリーダーさんがいたから、話を通してもらって」
アベルはしゃべらない。
「それでね、アベルがパーティを普通に抜けると再度どこかに加入するには一週間くらい空けなきゃいけないんだって。でもパーティから『追放』って形なら、即日他のパーティに入れるんだそうだよ。ギルド主導の『追放』だからアベルに損はないみたいだし、まぁ僕の事務仕事がちょっと増えるけど、ぜひ『青き竜』に移って、」
「そんなに……か」
「え? 何か言った?」
「そんなに俺が嫌になったのか」
「え」
僕が覚えているのはそこまでだった。
次に気がついたとき、僕はベッドに横になっていた。
『青き竜のかぎ爪』の人たちはいない。ギルドのエントランスでもない。たぶん宿の部屋だ。
少し体がしびれてる。
気絶させられたのだろうか。頭か首を強く打たれたのかも。
身を起こそうとして、何かが絡みついていることに気づいた。
「う、何が……え、アベル?」
僕を拘束しているのは、見慣れた青銀の髪の幼馴染だった。
拘束というのは文字通りで、アベルの筋肉質な腕が僕の腰のあたりをがっちり締め付けてベッドに縫い付けている。
アベルの表情は見えない。彼の顔は僕の胸の上に伏せられている。
まるで抱きつかれているような格好に、疑問が深まる。
「あの、これはどういう」
アベルは顔を上げない。
その代わりのように、少しだけ身動きして、ぐす、と鼻をすするような音がした。
────もしかして、泣いてる?
「あ、アベル? どうしたの?」
「……」
「お願いだよアベル、声を聞かせて。僕が至らないのはわかってるから、その、理由を教えてくれないか……」
「……て、言ったのに……」
「え?」
「ずっといっしょって言ったのに」
僕は固まった。
アベルは相変わらず泣きべそ声で、僕の胸に鼻先を埋めたまま恨み言をこぼし続ける。
「ずっといっしょだって言っただろ。大人になったら二人で家を出て、セロは放牧をして、俺は畜産物を作って売るって。金を貯めて牛と山羊と羊を買って。俺はチーズを作れる小さな店を建てて。広い空を見上げながらいっしょに暮らそうって言っただろうが……」
「え、あ、アベル?」
「それなのにおまえは都会に行ったきり年明けにも豊穣祭にも帰ってこない。追いかけてみれば知らない男どもと組んで楽しそうに冒険者やってやがる。俺たちの暮らしのために稼いでるのかと思えば、報酬はほとんど実家に送ってるし、前衛なんて向いてないはずのおまえがケガしながら盾持って、俺以外の男守りながら戦ってて……俺の気持ちがわかるか? わかんないだろうな」
「ご、ごめん……」
「俺は休みのたびにいろんな店に頭下げてチーズやバターの作り方を教えてもらって、いつでも田舎に引っ込んで開業できるのに、セロは休みといえば剣の手入れしてあいつらと酒飲んで寝てるだけ。牛どころか馬とも接してない」
「休日の過ごし方がだらしないのは本当に反省します……」
「俺はセロといたくてやりたくもない冒険者やって、とにかく早く敵を倒せるから剣二本振り回して戦ってんのに、セロはケガしてるし、能天気だし、あげく他のパーティに追放だ? ふざけんじゃねぇよ、あの場で全員殴り倒してセロは俺のものだって叫びながら町中走り回るのを我慢した俺を褒めろ」
「我慢できてえらい」
「ふざけんなよ、冗談じゃねぇよ……他のパーティになんて行かねぇよ……セロといられないなら冒険者やってる意味なんてないんだよ……」
ぐすぐすと鼻声が聞こえて、また静かになってしまった。
「アベルは……僕のことが嫌になってしまったんだと思ってた」
そっと青銀の髪に触れる。
拒絶はされなかった。さらさらと指先に絡む手触りは昔と変わらない。
「僕にだけきつい態度だし……」
「セロにケガしてほしくなくて剣士やってんのに、セロがわざわざ前に飛び出していくからだろ。結局ケガするし、キレたくもなる」
「ごはんもいっしょに食べてくれないし……」
「メシ行くとあいつらもいるだろ。セロはそっちばっか構うし、ケーンは上から目線でうぜぇし、ヨナタンは好き嫌いすんなとかうるせぇし、いいことなしだ」
「最近は目も合わせてくれないし」
「それは……セロが悪い」
「僕のどこが良くない?」
これまで流暢に文句を言っていたアベルは、急に口数を減らした。
「セロ、変わっちまった。背伸びたし、剣がうまくなって姿勢も良くなって、知らないやつと肩組んで笑ってて……でも、笑顔は変わってなかった。そうしたら、垢抜けてきれいになったセロを、見てらんなくなって……」
「え? 誰がきれいって?」
「セロだよ! きれいなセロがまぶしくて、無茶してケガするセロが心配で、宿で隣に寝てるセロを見るたびかわいくて、なんかもうわけわかんなくなって……全部にイラついてた」
「そ、そうなんだ……?」
ゆっくり撫でてやると、昔を思い出した。
雨の日にがたがた鳴る窓や、大きな犬の吠え声、雲が落とす影。なんにでも怯えて泣いてしまう子どもだったアベルを、僕はよくこうして撫でてやって、怖くなくなるまでそばにいた。
時には手を引いて、楽しいところに連れ出した。
領主の息子を勝手に連れて行くなって怒られることもしばしば、でも僕が眉を下げて神妙に謝れば大人たちは許してくれたから、アベルを連れ出すのをやめることはなかった。
したたかな僕と弱虫アベル。
いつしかそれが逆転してしまったと、僕は思い込んでいたけれど、そんなことはなかったんだ。
「ごめんね、アベル」
謝ると、びくっとアベルが震えた。
また別のパーティへ行かされると思ったのかもしれない。
優しく髪を撫でるのを続けていると、彼の肩の強張りは少しずつとけてきた。
「いっしょにいるって約束を忘れたわけじゃないんだよ。僕だってそうできたらいいってずっと思ってた。でも、アベルのほうこそどんどん背が高く、立派になってって、アベルを見るみんなの目が変わっていって、僕との違いもはっきりしてきて……」
「……」
「アベルとこんな僕じゃ釣り合わないって思ったんだ。生まれの身分はどうしようもない。でも冒険者なら、大きな手柄を立てれば勲章も、爵位だってもらえる。そうしたらアベルの隣にも胸張っていられると思って、冒険者になったんだ」
「……ばか、セロの馬鹿。爵位なんてなくても俺は」
「うん、まさかアベルが追いかけてきてくれたなんて思わなかった。アベルも冒険者になりたかったのかなって、それ以上考えなかった。『青き竜』には断りを入れておくよ。こんな僕だけど、これからもいっしょにいてくれる?」
そこでやっとアベルの顔が上がった。
明らかに泣いたあとの、赤い鼻とうるんだ目元の、美形が台無しな顔。
でも僕にとっては見慣れたアベルの顔だ。
「わかった。結婚しよう」
見慣れたアベルの口から聞き慣れない単語が飛び出した。
「ん?」
「これからもいっしょにいるんだろう。籍を入れるぞ」
「んん?」
「ギルドは夜でも書類受け付けてるよな。式は後でいいからとにかく籍を入れる」
「待って待って」
飛び出して行ってしまいそうなアベルを、僕は慌てて止めた。
アベルは不満そうに唇を曲げている。
「えーと……僕と籍を入れるってことは、貴族でいられなくなるってことだよ。アベルは領主家の跡取りなんだから、まずはご両親の承認を得ないと」
問題はそこじゃない気はするが、一番最初に浮かんだ現実的な問題を提案する。
しかしアベルは僕の懸念を鼻で笑った。
「冒険者になるって言った日にあいつらとは縁が切れてる。籍も抜けてるかもな」
「な、えぇっ! なんてことを……」
「あんなやつら知らない。もう家族だとも思ってない。前からセロについてぐちぐち言ってきて鬱陶しかったんだ。友人は選べだとか、見合いしろだとか。世間体と金儲けにしか興味がないあんなやつらに育ててもらった覚えはない。俺はセロさえいればそれで、……」
「アベル?」
不意にアベルは体を起こし、まっすぐ僕を見つめた。
「セロが必要だ。セロしかいらない。セロが、好きだ」
「ぁ……」
数年ぶりに見た涙ぐむアベルの様子からなんとなく、そうなんじゃないかと薄々思っていたけれど、いざ面と向かって言われると。
「う、嬉しい、よ」
頬が一気に熱を持った。
僕だってアベルのことは一番に思っていた。友だちで、弟分で、誰よりも大事にしたいひと。
だからこそ冷たい態度が悲しかった。
顔を赤らめる僕を、アベルはまじまじと見つめてくる。
「セロも同じ気持ち、ってことか?」
「う……たぶん」
「俺はセロを伴侶にしたいんだが、同じくらいか?」
「それはちょっと早いかな……」
アベルの気持ちを知ったのすらついさっきなのに、そもそも彼と恋愛や結婚に関する話は一度もしたことがないのに、ずいぶん飛躍した結論が出ているらしい。
それにしても、僕にだけあんなに冷たかったアベルが、とんでもない変わりようだ。
「えと、イラついてたのはもうおさまった?」
「あぁ。セロも結婚を承諾してくれたし」
「あれ、承諾したっけ……?」
拒絶はしていないけど……とやりとりを思い返そうとした僕は、アベルの手によってそっと後ろに倒された。
ベッドに逆戻り。そして見上げた先にはアベル。
冴え冴えと冷ややかな青の瞳が、今は全然違う色に見える。
「結婚するんだから、触っていいよな」
言うが早いか服を剥ぎ取られ、僕は女の子みたいな悲鳴を上げた。
「ひゃあ! な、なに、なんで!?」
「婚前交渉だ」
「こ、婚前交渉……!?」
混乱する僕にそれ以上説明するつもりはないらしく、アベルは驚くほど手際よく僕を素っ裸にしてしまった。
「なんでこんなに手慣れてるの!」
「セロが酒飲んで帰ってきて床で寝てるのを、着替えさせてベッドに寝かせてたのは俺だ」
「いつもご迷惑おかけしてます……」
へべれけだったのに妙にきちんと寝てるなと思うことあったよ確かに!
恥ずかしさで顔を覆ったものの、それ以外の全部が隠れていないのでいろいろ手遅れだ。
いつの間にかアベルも上裸になっていて、素肌をさらりと撫でられる。
「ひゃ……っ」
変な声が出てしまって、さっと口を塞いだが手遅れだった。
アベルはにんまりと笑う。
それは僕がずっと向けてほしかったアベルの笑顔……に似ているけど、なんか違う。
「気持ちいいか?」
「きっ、きもちよくない!」
「うそつけ。びくびくしてるぞ」
「あっ、や……っ!」
触るだけでは飽き足らず、おもむろにかがみ込んだアベルは僕の胸を舐めた。
小さな粒があるだけの平たい胸を、赤ちゃんみたいに舐めて、吸って、揉んでくる。
いくら甘噛みだとしても、そりゃかじられたらビクッとしちゃうに決まってるのに、僕がやだと言ってもアベルは全然聞いてくれない。
「セロ、嫌か? こんな俺じゃ、セロは嫌?」
僕が拒絶の言葉を口にするたびに、アベルはこう問いかけてくる。
叱られた子どもみたいにしょんぼり聞かれて「いやだ」なんて言えるわけもなく。
「いやじゃない、けど、アベル……」
「じゃあいいってことだな」
「ちがうってば、あぁっ」
演技だってわかってるのに拒絶できない!
ぺろぺろかじかじと弄られまくった僕の乳首は赤く腫れて、ふるふると震えている。
それを指先でつんと押されると、自分でも驚くくらい体が跳ねる。
「敏感だな、セロ。もう胸で感じられるようになったのか」
「感じ……むねで……?」
「ここ、誰にも触らせてないよな?」
ない胸を揉みながら、やけに冷たい声でアベルが問うので、僕はぶるぶると首を振った。
「よかった。じゃあこっちは?」
「ひっ」
アベルの手が下半身へ伸びる。
撫でられたそこはなぜか少し硬くなっていて、そんなところをアベルに触られるなんて恥ずかしくて泣きそうだ。
僕は半泣きで再び首をぶるぶる振った。
「へぇ。女相手も?」
「う……田舎から出てきたばかりの実績のない冒険者なんて、モテないんだよ……」
「ふぅん、そんなもんか」
「モテモテのアベルにはわかんないだろうねっ」
「知らねぇ。セロ以外にモテてもどうでもいい」
「えっ」
「セロだけいればいい」
心臓を、撃ち抜かれたかと思った。
好きだって言われたけれど、それはなんていうか、親愛の情というか、弟が兄に対するものとどう違うのかわからない感覚だった。
けど今のは違う。
あんなに強くてかっこよくて、どこへ出入りしても視線を集めるアベルが求めるものは、僕だけ。
その瞬間、僕の心臓は早鐘を打ち出し、顔が熱くなって、涙腺がぽろりと決壊した。
「アベル、ぼくのこと、好きなの……」
「は? さっきからそう言ってる」
「ご、ごめん……なんか実感なくて……そうなんだと思ったらなんか、急に」
「……へぇー……」
下の方に行っていたアベルが戻ってきて、僕の顔をまじまじと見る。
ちゅ、と眦にキスされた。まるで涙を吸うように。
それから唇にも、ちゅ、が降りてきた。
「好きだ、セロ。俺はセロだけだ」
「うっ……それやめて、アベル、威力高すぎ」
「はは。昔は俺のが泣き虫だったのに、逆だな」
ぽろぽろと涙が止まらない僕をアベルは優しくあやして、何度もキスしてくれた。
唇同士が触れ合うと、なんだかぽーっとしてしまう。
好き合う同士がキスをするってこと自体はもちろん知ってたけど、したことなんてなかったからちょっと感動。しかもその相手がアベルだなんて。
「このまま抱き合って寝てもいいんだけどさ……悪いセロ。俺ちょっと収まりがつかねーわ」
「え……うわ」
そんなことを言いながら、アベルがなにか硬いものをごりっと太ももに押し付けてきた。
おそるおそる見下ろした先には、なんともご立派なアベルの逸品。
歳を重ねて大きくなったアベルだけれど、そこの成長っぷりは知りたくなかったかもしれない。
「怖がるなよ。今日は入れない。触るだけにする」
「えっえっ」
「いっしょにな。ほら」
僕のまだ半勃ちなものを押し上げるように、アベルの砲身がぴたりとあてがわれる。
ずるりと動いた。
たったそれだけの動作が、粘膜の擦れる感触が、はじめての僕には刺激が強すぎて。
「やっ……アベル、それだめ、あべるっ!」
「きもちいな。ぬるぬる出てきた」
「ひ、あっ、あぁ~っ!」
僕のとアベルのをまとめるように握られて、にちゃにちゃ音を立ててしごかれて、僕は必死に目の前の分厚い体を押したり引っ張ったりしたけど、力じゃ敵わない。
極めつけに、切羽詰まった表情のアベルに唇をがぶりと塞がれて、引っこ抜かれそうなほど舌を絡められて、アベルのにおいがして、体温が混ざり合って。
「んぁ、う、アベル……っ」
「イきそう? 俺もいっしょにっ」
「あぁっ」
ほとんど同時にお互いがびくびくっと震えて、お腹に生ぬるいものが滴り落ちた。
呼吸が乱れて、思考が戻って来る。
アベルと抜きっこしてしまった……いやどちらかというと、アベルが一人で二人分していったというか……。
「今日はこんなもんにしとく。でもいつかは、ここに入らせてもらうから」
汗ばんだアベルの手が僕のおしりをむんずと掴んで、僕は改めて情けない悲鳴を上げたのだった。
そんな騒動を隣の部屋でやっていれば、当然仲間にも知られるわけで。
「おめでとう。想いが通じて良かったね、アベル」
「なんだ、セロを独り占めしたくて拗ねてたのかよこいつ」
以前からアベルの様子に察するものがあったらしいケーンは、にこにこと祝福をしてくれた。
ヨナタンは前からアベルの態度の悪さを気に入らなかったと言って、まだ夕方だというのにエールを飲み始めてしまった。
「うるせぇ。おまえら、今後一切セロに触るなよ」
アベルはといえば、今までの朗らかな態度が嘘のように粗雑な言葉遣いで二人を威嚇するように睨む。
「そっちが素か? 愛想の欠片もないじゃん」
「おまえらに愛想振り撒いたって意味ねーだろ」
「意味はあるだろ! はぁ……イケメン凄腕双剣士様~ってきゃーきゃー言ってた町の女の子たちが泣くね」
「どうでもいい。冒険者辞めるし」
「えっ」
「えっ」
「え、アベルおまえ廃業すんの!?」
そんなのは聞いていないと全員が身を乗り出した。
アベルは当然といった顔で、僕にだけ顔を向けて微笑みかける。
「田舎でのんびり暮らす程度の蓄えはできた。乳製品加工技術はまぁ、買った土地の近くでまた習えばいい。だから俺とセロは引退だ」
「待て待て、引退には早すぎる。アベル指名の依頼が溜まってるし、おまえクラスの冒険者がいきなり辞めたら周辺地域とのパワーバランスがだな」
「知ったことか。ヨナタンとケーンだけでなんとかがんばればいいだろ」
「俺たちががんばる程度でなんとかなるわけないだろ! てかなんでセロも道連れなんだよ」
「セロは俺と結婚して牧畜をやるからだ」
「はぁ!? あーもーわけわかんねぇ!」
ヨナタンとアベルが言い争う横で、僕はおろおろと狼狽えるしかない。
アベルと結婚することについては、現実感はまだないけれど、嫌ではない。
僕が思っていたよりずっとアベルは慕ってくれていたって、身をもってわからせられたし、僕も同じ気持ちだし。
でも今すぐ冒険者を辞めたいかというと。
一方で、アベルの希望を叶えてあげたい想いもある。
俯いた僕に、ケーンが穏やかに問いかけてきた。
「セロは、どうしたい? 冒険者辞めて、アベルと住むの?」
「……僕は……」
「まぁ今すぐ何もかも決めるのは難しいよね。それに、セロもアベルも一次産業についてはまだよく知らないんじゃない? 牛や羊を飼って暮らすにしろ、チーズやパンを作って売るにしろ、いろいろ勉強してからでも遅くないと思う」
「そ、そうかもしれない」
「うん。じゃあセロ、アベルにこう伝えて。動作も……」
僕はケーンに教わったとおりに、ヨナタンと舌戦を繰り広げるアベルへ向き直った。
アベルの服の裾をつんつんと引っ張って。
上目遣いで、ゆっくりまばたきをひとつ。
「あの、アベル。僕……」
「セロ、どうした?」
「アベルが戦ってる姿、かっこよくて、好き、だから、その。もうちょっとだけ、冒険者続けない?」
「わかった。続けよう」
アベルは秒でヨナタンとの議論を放り出した。
ヨナタンが唖然としている。ケーンは「扱いやすくなった」と苦笑している。
こうして僕らはもうちょっとだけこのまま、冒険者を続けることになった。
「セロ、早く二人きりで暮らしたい」
「う、うん。そのためにも依頼、がんばろうね」
「あぁ。お互いケガしないように、だな」
隙あらば僕の額や頬にキスしてくるアベルに、僕はいつだって赤くなってしまう。
僕がアベルの希望通り、冒険者を辞めて田舎に引っ込むのも、そう遠い未来ではないだろう。
アベルは強くてそつがなく、文句のつけようもない優秀な双剣士だが、セロにだけは冷たく当たるのだ。
仲間にも促され、セロは良かれと思い、もっと実力のあるパーティへアベルを「追放」することを決意。
アベルもきっと喜んで移籍してくれると思っていたのに────
宿へ戻ったセロを待っていたのは、昔のように泣きじゃくってセロにしがみつくアベルの姿だった。
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ファンタジー / 幼馴染 / ツンギレ攻め / 年下攻め / 包容力受け
◆ ― ◆ ― ◆ ― ◆
僕の幼馴染はとても優秀だ。
冒険者としての実力は折り紙付き。
困っているものがいれば手を差し伸べる。
悪事をはたらくものがいればどんなに大人数相手でも立ち向かう。
微笑みを絶やさない整った顔立ちで、老若男女に優しいから、彼の周りは人が絶えない。
そんな幼馴染がいてすごいねって、よく言われる。
でもそんな彼にも欠点がある。
優しくて、笑顔が素敵な彼は────僕に対してだけは違うということ。
「セロ。なんだよさっきの戦闘は」
さっきまでニコニコ笑顔で人々に手を振っていた彼は今、ぶすくれ顔で乱雑に宿のベッドに腰掛けた。
僕は苦笑いを浮かべて謝るしかない。
「ごめん」
「謝罪は聞き飽きた。そうじゃなくて、なんであんなことしたのかって聞いてんだ」
「あんなことっていうのは……」
「敵の前に飛び出したことだよ! 危うく俺の剣で斬り捨てるところだった。結局ケガしてやがるし」
「あれは、その、アベルが」
「俺がなんだって?」
「……うぅん、ごめんね、足引っ張ってばかりで」
「聞き飽きたって言ってんだろ。余計なことすんじゃねぇ」
「うん……」
すっかり呆れたとばかりに窓の外へ視線を向けたアベルから、身を隠すように小さくなって部屋を横切る。
僕らが小さい頃からの幼馴染だからと、宿の部屋割りはいつも彼といっしょだけど、正直気が重い。
アベルは優秀な戦士だ。
ただでさえ重いロングソードを二本構えて使いこなすことができる、めずらしい双剣使い。
二本の剣は風より速くモンスターを切り刻み、ときには剣を盾のようにも使う変幻自在の戦い方で、弱冠18歳にして国内でも五指に数えられる強さと噂されているのを知ってる。
そんな彼が、なぜ邪魔にしかなれない僕なんかがいるパーティに所属しているかといえば……ひとえに僕が彼の幼馴染だからだ。
いろいろな人たちが彼に移籍や引き抜きの話を持ちかけたが、いつだって彼は「幼馴染のセロが心配なので」と完璧な笑顔で断ってしまう。
そのたびに僕はいろいろな人たちに睨まれることになるんだけど。
「アベル、みんなと食堂行くけど……」
「行かねぇ」
「あ……うん」
とても情が深く幼馴染想いだと思われている彼が、もはやその幼馴染と食事も共にしないなんて、みんなは知らない。
「あ、アベルは明日は……」
「出かける。夕方には戻る」
「そ、そっか……」
貴重な休みも毎回どこかへ出かけてしまうから、コミュニケーションもままならない。
とぼとぼと部屋を出て宿に併設された食堂に行くと、パーティメンバーがいた。
「はぁ……」
「また溜め息、セロ」
「さっきのケガが痛むのか?」
「あ、うぅん。ケガはすっかり治ってるよ、ありがとう」
魔術師のケーンと、治癒術師のヨナタン。
どちらも僕より優れた冒険者だけれど、アベルほど輝かしい経歴があるわけじゃない。
彼らは三年ほど前から僕とパーティを組んでくれている。三人パーティで出発した僕らは、ギルドの手引きで引き合わされた、いわゆる相性の良い釣り合ったメンバー同士。
そこにアベルという規格外の双剣士が加わって、均衡が崩れてしまった気がする。
「ケガじゃないなら、またアベルに何か言われたのか」
ヨナタンがうんざりと頬杖をつく。
アベルはヨナタンとケーンにも優しいけれど、さすがに同じパーティで行動していれば、僕にだけ当たりがきついことはすぐに知れる。
はじめはあまりに僕だけ冷たくされるので、二人はなんとかしようとしてくれてたみたいだけど、最近は諦められてる。
何を言われてもアベルは変わらなかったからだ。
「僕が悪かったんだ、アベルの前に飛び出したりして。僕じゃアベルをかばったりできないのに、邪魔になっちゃったんだ」
「そんなこと! セロはよくやってるよ、実際あのときはアベル、モンスターに囲まれてちょっと危なかったし」
テーブルに届いた前菜をつつきながらヨナタンが憤る。
治療を専門とする魔術師であるヨナタンは治癒術師と呼ばれる。
魔術専門の学院を次席で卒業しただけあって、彼の治癒術の実力はものすごい。さっきのキズもあっという間に治してくれた。
「たしかに。アベルは時々危なっかしい戦いをするからね」
ジョッキのエールをちびちび啜りながら、ケーンが言う。
中遠距離攻撃が主体の魔術師ケーンは魔術の腕は平均的だけれど、パーティ全体を見てくれる。視野が広くて、僕たちよりいくつか歳上なこともあって経験豊富だ。
そんなケーンが励ましてくれたことで、ほんの少し肩の荷がおりたけれど、アベルの嫌そうな顔が浮かんで再び落ち込んでしまう。
「にしてもなんでアベルってこのパーティにいるのかな。今までだって前衛はセロだけで足りてたし、アベルくらいの実力なら上位パーティに行けばいいのに」
それは僕も大いに疑問だ。
彼が断るときの決まり文句「幼馴染が心配」も、彼の態度を見れば言い訳だとわかる。
たとえば、実力だけ見れば最上位パーティにいてもおかしくないヨナタン。
実際彼は以前、上位の有名な大規模パーティに在籍していたが、ずいぶんと人間関係がひどいところだったらしく、心にキズを負ってパーティを抜けたという。
その後、少人数希望の僕のパーティを選んでくれた。
ヨナタンにはそういう理由がある。
ではアベルはどうだろうか。
故郷では仲の良かった僕らだけど、冒険者になってからは全然話ができていないので、彼の気持ちはわからない。もしかしたらアベルにも実力に見合った上位パーティに行きたくない理由があるのかもしれない。あれほど強くて優秀な彼でも、苦手なものがあるのかもしれない。
不思議そうにする僕とヨナタンを見つめていたケーンが、難しい顔で腕を組んだ。
「……今回のこと、俺はちょっと重く見てるんだ」
「そうなの?」
「今回、たしかにアベルにセロの援護はいらなかったかもしれないが、それは結果論だ。盾を装備してるセロがケガをしたくらいだから、セロに比べれば防御力が低いアベルはかすり傷じゃ済まなかったかもしれない」
あのとき、複数の中型モンスターに囲まれていたアベルは、見事な剣さばきで次々に敵を倒していた。
でもモンスターの中には、死に際に強力な技を使ってくるものがいる。
もしかしたら、でも杞憂かも、と思いながら飛び出した僕は、倒れたはずのモンスターの自爆に巻き込まれた。
幸いにもかすり傷で済んだけれど、あの瞬間僕は、アベルの死角にある死体が破裂したら危ないと思って走ったんだ。
ケーンはそのことを指摘してる。
「セロに庇われたことが恥ずかしいのかと思ってたが、それにしては態度がいつも通りすぎる。それにあのモンスター群の討伐依頼は、アベルの力を見込んで指名されたもの。俺たち三人だけだったら力不足で受けなかったであろう依頼だ」
「……」
「そろそろアベルも、実力相当のパーティに移ったほうがいいのかもしれないな」
ケーンは静かに僕を見た。ヨナタンも、頷いてる。
このパーティのリーダーは僕だ。
頼りなくても、みんなより劣っていても、パーティの進退を決めるのは僕なんだ。
次の日、僕はケーンに言われたことを考えながらギルドへ向かった。
依頼の達成報告と、相談事のために。
ギルドは僕たちのような戦闘を生業とする冒険者たちに広く門戸を開いている。
人々の生活を脅かすモンスターの討伐や撃退、採集や生産、果ては人探しや未踏の地の探索まで、さまざまな依頼をギルドが募集し割り振ることで僕たちの仕事は成り立つ。
また複数で活動する冒険者たちのためにメンバー募集や、冒険者同士のマッチングなどもしてくれて、僕がケーンやヨナタンと出会ったのもギルドの斡旋あってのことだ。
パーティメンバー間の軋轢や揉め事の仲介もしてくれる。
僕はギルドの受付で依頼達成を報告し、そのまま奥の部屋で相談した。
「アベル。ちょっといいかな」
夕方頃まで話し込んでしまった。
ギルドを出た僕はすぐに宿へ戻り、帰ってきたアベルに声をかけた。
少し緊張してしまうのは、彼の態度があまりにも冷ややかだからだ。
「んだよ」
胡乱げに僕を見るアベルの目は冷たい。
にこやかにしていれば気にならない切れ長の青い双眸は、僕に向けられるときだけは冬の海を思わせる。
「あの、付き合ってほしいところがあるんだ。ちょっとだけ出ない?」
「……帰ってきたばっかなんだけど」
「ご、ごめんね。でもちょっとだけで済むから」
「……」
億劫そうに立ち上がったアベルはさっさと部屋を出ていってしまう。
僕は無意識にこわばっていた肩を揉みほぐして、漏れそうになる溜め息を飲み込んで後を追う。
故郷にいた頃は、こんなんじゃなかった。
アベルは三つ年下の領主の息子だ。
領主の館で通いの洗濯婦をしていた母にくっついていた僕は、妙にアベルに気に入られて、幼い頃からいっしょに遊ぶことを許された。
小さい頃のアベルは僕より背が低くて、泣き虫で、僕の服の端っこをずっと握って離さない甘えん坊だった。
彼の兄弟や両親より僕との距離が近かった。僕らはずっといっしょにいた。
「いままでもいっしょだったんだから、これからもずっといっしょだよ。そうだよね、セロ?」
涙ぐんでそんなことを言ってくれたアベルも、今は昔。
昔とはまるで別人みたいに僕にだけ冷たいのは、本当はすごく……ものすごく悲しいし、寂しい。
でも僕は、弟みたいに慕っていたアベルがどんなに冷たくても、いっしょにいられるだけで嬉しいって思ってしまって、どうしても彼を突き放せなかった。
地元に戻れば一国の領主の子であるアベルと、洗濯婦の子である僕に接点なんてない。
僕から声を掛けることもできない身分差があるんだ。
そんな僕らは、故郷から遠く離れたここでなら、冒険者同士であれば対等で、仲間でいられる。
でも────そんな気持ちも、僕の独りよがりに過ぎなかったんだろう。
「紹介するよ。こちらは隣国を拠点に活動してる『青き竜のかぎ爪』の皆さん」
「……は?」
「『青き竜』の皆さん、アベルを連れてきました」
「あぁ、君が双剣士のアベルか。噂はかねがね聞いているよ」
アベルは固まっていた。めずらしくよそ行きの笑みも浮かべていない。
「アベル、ごめんね。僕が弱くて優柔不断なばかりに、窮屈な思いをさせてしまってた。今日ギルドで相談して、アベルの実力に見合ったパーティに移籍してもらおうってなったんだ。ちょうどギルドに『青き竜』のリーダーさんがいたから、話を通してもらって」
アベルはしゃべらない。
「それでね、アベルがパーティを普通に抜けると再度どこかに加入するには一週間くらい空けなきゃいけないんだって。でもパーティから『追放』って形なら、即日他のパーティに入れるんだそうだよ。ギルド主導の『追放』だからアベルに損はないみたいだし、まぁ僕の事務仕事がちょっと増えるけど、ぜひ『青き竜』に移って、」
「そんなに……か」
「え? 何か言った?」
「そんなに俺が嫌になったのか」
「え」
僕が覚えているのはそこまでだった。
次に気がついたとき、僕はベッドに横になっていた。
『青き竜のかぎ爪』の人たちはいない。ギルドのエントランスでもない。たぶん宿の部屋だ。
少し体がしびれてる。
気絶させられたのだろうか。頭か首を強く打たれたのかも。
身を起こそうとして、何かが絡みついていることに気づいた。
「う、何が……え、アベル?」
僕を拘束しているのは、見慣れた青銀の髪の幼馴染だった。
拘束というのは文字通りで、アベルの筋肉質な腕が僕の腰のあたりをがっちり締め付けてベッドに縫い付けている。
アベルの表情は見えない。彼の顔は僕の胸の上に伏せられている。
まるで抱きつかれているような格好に、疑問が深まる。
「あの、これはどういう」
アベルは顔を上げない。
その代わりのように、少しだけ身動きして、ぐす、と鼻をすするような音がした。
────もしかして、泣いてる?
「あ、アベル? どうしたの?」
「……」
「お願いだよアベル、声を聞かせて。僕が至らないのはわかってるから、その、理由を教えてくれないか……」
「……て、言ったのに……」
「え?」
「ずっといっしょって言ったのに」
僕は固まった。
アベルは相変わらず泣きべそ声で、僕の胸に鼻先を埋めたまま恨み言をこぼし続ける。
「ずっといっしょだって言っただろ。大人になったら二人で家を出て、セロは放牧をして、俺は畜産物を作って売るって。金を貯めて牛と山羊と羊を買って。俺はチーズを作れる小さな店を建てて。広い空を見上げながらいっしょに暮らそうって言っただろうが……」
「え、あ、アベル?」
「それなのにおまえは都会に行ったきり年明けにも豊穣祭にも帰ってこない。追いかけてみれば知らない男どもと組んで楽しそうに冒険者やってやがる。俺たちの暮らしのために稼いでるのかと思えば、報酬はほとんど実家に送ってるし、前衛なんて向いてないはずのおまえがケガしながら盾持って、俺以外の男守りながら戦ってて……俺の気持ちがわかるか? わかんないだろうな」
「ご、ごめん……」
「俺は休みのたびにいろんな店に頭下げてチーズやバターの作り方を教えてもらって、いつでも田舎に引っ込んで開業できるのに、セロは休みといえば剣の手入れしてあいつらと酒飲んで寝てるだけ。牛どころか馬とも接してない」
「休日の過ごし方がだらしないのは本当に反省します……」
「俺はセロといたくてやりたくもない冒険者やって、とにかく早く敵を倒せるから剣二本振り回して戦ってんのに、セロはケガしてるし、能天気だし、あげく他のパーティに追放だ? ふざけんじゃねぇよ、あの場で全員殴り倒してセロは俺のものだって叫びながら町中走り回るのを我慢した俺を褒めろ」
「我慢できてえらい」
「ふざけんなよ、冗談じゃねぇよ……他のパーティになんて行かねぇよ……セロといられないなら冒険者やってる意味なんてないんだよ……」
ぐすぐすと鼻声が聞こえて、また静かになってしまった。
「アベルは……僕のことが嫌になってしまったんだと思ってた」
そっと青銀の髪に触れる。
拒絶はされなかった。さらさらと指先に絡む手触りは昔と変わらない。
「僕にだけきつい態度だし……」
「セロにケガしてほしくなくて剣士やってんのに、セロがわざわざ前に飛び出していくからだろ。結局ケガするし、キレたくもなる」
「ごはんもいっしょに食べてくれないし……」
「メシ行くとあいつらもいるだろ。セロはそっちばっか構うし、ケーンは上から目線でうぜぇし、ヨナタンは好き嫌いすんなとかうるせぇし、いいことなしだ」
「最近は目も合わせてくれないし」
「それは……セロが悪い」
「僕のどこが良くない?」
これまで流暢に文句を言っていたアベルは、急に口数を減らした。
「セロ、変わっちまった。背伸びたし、剣がうまくなって姿勢も良くなって、知らないやつと肩組んで笑ってて……でも、笑顔は変わってなかった。そうしたら、垢抜けてきれいになったセロを、見てらんなくなって……」
「え? 誰がきれいって?」
「セロだよ! きれいなセロがまぶしくて、無茶してケガするセロが心配で、宿で隣に寝てるセロを見るたびかわいくて、なんかもうわけわかんなくなって……全部にイラついてた」
「そ、そうなんだ……?」
ゆっくり撫でてやると、昔を思い出した。
雨の日にがたがた鳴る窓や、大きな犬の吠え声、雲が落とす影。なんにでも怯えて泣いてしまう子どもだったアベルを、僕はよくこうして撫でてやって、怖くなくなるまでそばにいた。
時には手を引いて、楽しいところに連れ出した。
領主の息子を勝手に連れて行くなって怒られることもしばしば、でも僕が眉を下げて神妙に謝れば大人たちは許してくれたから、アベルを連れ出すのをやめることはなかった。
したたかな僕と弱虫アベル。
いつしかそれが逆転してしまったと、僕は思い込んでいたけれど、そんなことはなかったんだ。
「ごめんね、アベル」
謝ると、びくっとアベルが震えた。
また別のパーティへ行かされると思ったのかもしれない。
優しく髪を撫でるのを続けていると、彼の肩の強張りは少しずつとけてきた。
「いっしょにいるって約束を忘れたわけじゃないんだよ。僕だってそうできたらいいってずっと思ってた。でも、アベルのほうこそどんどん背が高く、立派になってって、アベルを見るみんなの目が変わっていって、僕との違いもはっきりしてきて……」
「……」
「アベルとこんな僕じゃ釣り合わないって思ったんだ。生まれの身分はどうしようもない。でも冒険者なら、大きな手柄を立てれば勲章も、爵位だってもらえる。そうしたらアベルの隣にも胸張っていられると思って、冒険者になったんだ」
「……ばか、セロの馬鹿。爵位なんてなくても俺は」
「うん、まさかアベルが追いかけてきてくれたなんて思わなかった。アベルも冒険者になりたかったのかなって、それ以上考えなかった。『青き竜』には断りを入れておくよ。こんな僕だけど、これからもいっしょにいてくれる?」
そこでやっとアベルの顔が上がった。
明らかに泣いたあとの、赤い鼻とうるんだ目元の、美形が台無しな顔。
でも僕にとっては見慣れたアベルの顔だ。
「わかった。結婚しよう」
見慣れたアベルの口から聞き慣れない単語が飛び出した。
「ん?」
「これからもいっしょにいるんだろう。籍を入れるぞ」
「んん?」
「ギルドは夜でも書類受け付けてるよな。式は後でいいからとにかく籍を入れる」
「待って待って」
飛び出して行ってしまいそうなアベルを、僕は慌てて止めた。
アベルは不満そうに唇を曲げている。
「えーと……僕と籍を入れるってことは、貴族でいられなくなるってことだよ。アベルは領主家の跡取りなんだから、まずはご両親の承認を得ないと」
問題はそこじゃない気はするが、一番最初に浮かんだ現実的な問題を提案する。
しかしアベルは僕の懸念を鼻で笑った。
「冒険者になるって言った日にあいつらとは縁が切れてる。籍も抜けてるかもな」
「な、えぇっ! なんてことを……」
「あんなやつら知らない。もう家族だとも思ってない。前からセロについてぐちぐち言ってきて鬱陶しかったんだ。友人は選べだとか、見合いしろだとか。世間体と金儲けにしか興味がないあんなやつらに育ててもらった覚えはない。俺はセロさえいればそれで、……」
「アベル?」
不意にアベルは体を起こし、まっすぐ僕を見つめた。
「セロが必要だ。セロしかいらない。セロが、好きだ」
「ぁ……」
数年ぶりに見た涙ぐむアベルの様子からなんとなく、そうなんじゃないかと薄々思っていたけれど、いざ面と向かって言われると。
「う、嬉しい、よ」
頬が一気に熱を持った。
僕だってアベルのことは一番に思っていた。友だちで、弟分で、誰よりも大事にしたいひと。
だからこそ冷たい態度が悲しかった。
顔を赤らめる僕を、アベルはまじまじと見つめてくる。
「セロも同じ気持ち、ってことか?」
「う……たぶん」
「俺はセロを伴侶にしたいんだが、同じくらいか?」
「それはちょっと早いかな……」
アベルの気持ちを知ったのすらついさっきなのに、そもそも彼と恋愛や結婚に関する話は一度もしたことがないのに、ずいぶん飛躍した結論が出ているらしい。
それにしても、僕にだけあんなに冷たかったアベルが、とんでもない変わりようだ。
「えと、イラついてたのはもうおさまった?」
「あぁ。セロも結婚を承諾してくれたし」
「あれ、承諾したっけ……?」
拒絶はしていないけど……とやりとりを思い返そうとした僕は、アベルの手によってそっと後ろに倒された。
ベッドに逆戻り。そして見上げた先にはアベル。
冴え冴えと冷ややかな青の瞳が、今は全然違う色に見える。
「結婚するんだから、触っていいよな」
言うが早いか服を剥ぎ取られ、僕は女の子みたいな悲鳴を上げた。
「ひゃあ! な、なに、なんで!?」
「婚前交渉だ」
「こ、婚前交渉……!?」
混乱する僕にそれ以上説明するつもりはないらしく、アベルは驚くほど手際よく僕を素っ裸にしてしまった。
「なんでこんなに手慣れてるの!」
「セロが酒飲んで帰ってきて床で寝てるのを、着替えさせてベッドに寝かせてたのは俺だ」
「いつもご迷惑おかけしてます……」
へべれけだったのに妙にきちんと寝てるなと思うことあったよ確かに!
恥ずかしさで顔を覆ったものの、それ以外の全部が隠れていないのでいろいろ手遅れだ。
いつの間にかアベルも上裸になっていて、素肌をさらりと撫でられる。
「ひゃ……っ」
変な声が出てしまって、さっと口を塞いだが手遅れだった。
アベルはにんまりと笑う。
それは僕がずっと向けてほしかったアベルの笑顔……に似ているけど、なんか違う。
「気持ちいいか?」
「きっ、きもちよくない!」
「うそつけ。びくびくしてるぞ」
「あっ、や……っ!」
触るだけでは飽き足らず、おもむろにかがみ込んだアベルは僕の胸を舐めた。
小さな粒があるだけの平たい胸を、赤ちゃんみたいに舐めて、吸って、揉んでくる。
いくら甘噛みだとしても、そりゃかじられたらビクッとしちゃうに決まってるのに、僕がやだと言ってもアベルは全然聞いてくれない。
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僕が拒絶の言葉を口にするたびに、アベルはこう問いかけてくる。
叱られた子どもみたいにしょんぼり聞かれて「いやだ」なんて言えるわけもなく。
「いやじゃない、けど、アベル……」
「じゃあいいってことだな」
「ちがうってば、あぁっ」
演技だってわかってるのに拒絶できない!
ぺろぺろかじかじと弄られまくった僕の乳首は赤く腫れて、ふるふると震えている。
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「ひっ」
アベルの手が下半身へ伸びる。
撫でられたそこはなぜか少し硬くなっていて、そんなところをアベルに触られるなんて恥ずかしくて泣きそうだ。
僕は半泣きで再び首をぶるぶる振った。
「へぇ。女相手も?」
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「ふぅん、そんなもんか」
「モテモテのアベルにはわかんないだろうねっ」
「知らねぇ。セロ以外にモテてもどうでもいい」
「えっ」
「セロだけいればいい」
心臓を、撃ち抜かれたかと思った。
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あんなに強くてかっこよくて、どこへ出入りしても視線を集めるアベルが求めるものは、僕だけ。
その瞬間、僕の心臓は早鐘を打ち出し、顔が熱くなって、涙腺がぽろりと決壊した。
「アベル、ぼくのこと、好きなの……」
「は? さっきからそう言ってる」
「ご、ごめん……なんか実感なくて……そうなんだと思ったらなんか、急に」
「……へぇー……」
下の方に行っていたアベルが戻ってきて、僕の顔をまじまじと見る。
ちゅ、と眦にキスされた。まるで涙を吸うように。
それから唇にも、ちゅ、が降りてきた。
「好きだ、セロ。俺はセロだけだ」
「うっ……それやめて、アベル、威力高すぎ」
「はは。昔は俺のが泣き虫だったのに、逆だな」
ぽろぽろと涙が止まらない僕をアベルは優しくあやして、何度もキスしてくれた。
唇同士が触れ合うと、なんだかぽーっとしてしまう。
好き合う同士がキスをするってこと自体はもちろん知ってたけど、したことなんてなかったからちょっと感動。しかもその相手がアベルだなんて。
「このまま抱き合って寝てもいいんだけどさ……悪いセロ。俺ちょっと収まりがつかねーわ」
「え……うわ」
そんなことを言いながら、アベルがなにか硬いものをごりっと太ももに押し付けてきた。
おそるおそる見下ろした先には、なんともご立派なアベルの逸品。
歳を重ねて大きくなったアベルだけれど、そこの成長っぷりは知りたくなかったかもしれない。
「怖がるなよ。今日は入れない。触るだけにする」
「えっえっ」
「いっしょにな。ほら」
僕のまだ半勃ちなものを押し上げるように、アベルの砲身がぴたりとあてがわれる。
ずるりと動いた。
たったそれだけの動作が、粘膜の擦れる感触が、はじめての僕には刺激が強すぎて。
「やっ……アベル、それだめ、あべるっ!」
「きもちいな。ぬるぬる出てきた」
「ひ、あっ、あぁ~っ!」
僕のとアベルのをまとめるように握られて、にちゃにちゃ音を立ててしごかれて、僕は必死に目の前の分厚い体を押したり引っ張ったりしたけど、力じゃ敵わない。
極めつけに、切羽詰まった表情のアベルに唇をがぶりと塞がれて、引っこ抜かれそうなほど舌を絡められて、アベルのにおいがして、体温が混ざり合って。
「んぁ、う、アベル……っ」
「イきそう? 俺もいっしょにっ」
「あぁっ」
ほとんど同時にお互いがびくびくっと震えて、お腹に生ぬるいものが滴り落ちた。
呼吸が乱れて、思考が戻って来る。
アベルと抜きっこしてしまった……いやどちらかというと、アベルが一人で二人分していったというか……。
「今日はこんなもんにしとく。でもいつかは、ここに入らせてもらうから」
汗ばんだアベルの手が僕のおしりをむんずと掴んで、僕は改めて情けない悲鳴を上げたのだった。
そんな騒動を隣の部屋でやっていれば、当然仲間にも知られるわけで。
「おめでとう。想いが通じて良かったね、アベル」
「なんだ、セロを独り占めしたくて拗ねてたのかよこいつ」
以前からアベルの様子に察するものがあったらしいケーンは、にこにこと祝福をしてくれた。
ヨナタンは前からアベルの態度の悪さを気に入らなかったと言って、まだ夕方だというのにエールを飲み始めてしまった。
「うるせぇ。おまえら、今後一切セロに触るなよ」
アベルはといえば、今までの朗らかな態度が嘘のように粗雑な言葉遣いで二人を威嚇するように睨む。
「そっちが素か? 愛想の欠片もないじゃん」
「おまえらに愛想振り撒いたって意味ねーだろ」
「意味はあるだろ! はぁ……イケメン凄腕双剣士様~ってきゃーきゃー言ってた町の女の子たちが泣くね」
「どうでもいい。冒険者辞めるし」
「えっ」
「えっ」
「え、アベルおまえ廃業すんの!?」
そんなのは聞いていないと全員が身を乗り出した。
アベルは当然といった顔で、僕にだけ顔を向けて微笑みかける。
「田舎でのんびり暮らす程度の蓄えはできた。乳製品加工技術はまぁ、買った土地の近くでまた習えばいい。だから俺とセロは引退だ」
「待て待て、引退には早すぎる。アベル指名の依頼が溜まってるし、おまえクラスの冒険者がいきなり辞めたら周辺地域とのパワーバランスがだな」
「知ったことか。ヨナタンとケーンだけでなんとかがんばればいいだろ」
「俺たちががんばる程度でなんとかなるわけないだろ! てかなんでセロも道連れなんだよ」
「セロは俺と結婚して牧畜をやるからだ」
「はぁ!? あーもーわけわかんねぇ!」
ヨナタンとアベルが言い争う横で、僕はおろおろと狼狽えるしかない。
アベルと結婚することについては、現実感はまだないけれど、嫌ではない。
僕が思っていたよりずっとアベルは慕ってくれていたって、身をもってわからせられたし、僕も同じ気持ちだし。
でも今すぐ冒険者を辞めたいかというと。
一方で、アベルの希望を叶えてあげたい想いもある。
俯いた僕に、ケーンが穏やかに問いかけてきた。
「セロは、どうしたい? 冒険者辞めて、アベルと住むの?」
「……僕は……」
「まぁ今すぐ何もかも決めるのは難しいよね。それに、セロもアベルも一次産業についてはまだよく知らないんじゃない? 牛や羊を飼って暮らすにしろ、チーズやパンを作って売るにしろ、いろいろ勉強してからでも遅くないと思う」
「そ、そうかもしれない」
「うん。じゃあセロ、アベルにこう伝えて。動作も……」
僕はケーンに教わったとおりに、ヨナタンと舌戦を繰り広げるアベルへ向き直った。
アベルの服の裾をつんつんと引っ張って。
上目遣いで、ゆっくりまばたきをひとつ。
「あの、アベル。僕……」
「セロ、どうした?」
「アベルが戦ってる姿、かっこよくて、好き、だから、その。もうちょっとだけ、冒険者続けない?」
「わかった。続けよう」
アベルは秒でヨナタンとの議論を放り出した。
ヨナタンが唖然としている。ケーンは「扱いやすくなった」と苦笑している。
こうして僕らはもうちょっとだけこのまま、冒険者を続けることになった。
「セロ、早く二人きりで暮らしたい」
「う、うん。そのためにも依頼、がんばろうね」
「あぁ。お互いケガしないように、だな」
隙あらば僕の額や頬にキスしてくるアベルに、僕はいつだって赤くなってしまう。
僕がアベルの希望通り、冒険者を辞めて田舎に引っ込むのも、そう遠い未来ではないだろう。
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大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
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姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
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