短編集 【10/18追加】

キザキ ケイ

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【ハッピーBL】

心臓病の特効薬

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半年前から僕の心臓は不調だ。どきどきと鼓動が早くなったり、時にはぎゅうっと痛むことがある。
僕は兄に相談して、クラスメイトの創也に協力をしてもらうことにした。
でも考えてみると、創也が横にいるときは心臓の痛みが増すような気がする……。

【キーワード】
溺愛攻め / アホ受け / 学生 / 両片想い


◆ ― ◆ ― ◆ ― ◆



 ここのところ僕は変だ。
 家にいても、学校でも、道端を歩いている時も、不意に心臓が激しく鼓動する。
 こんなことは今までなかったし、たまに痛いくらいなんだ。

 もしかして……心臓の疾患なんじゃないかと。
 だからこうして病院に来た。

「というわけで、診てほしいんだけど」

「いやお前、ここ眼科だぞ?」



 ─── 心臓病の特効薬 ───



 本当は僕も、ちゃんとした総合病院とかに行った方がいいってことはわかってる。
 でも、僕が一番信頼している兄・圭介がお医者様だから、最初に意見を聞こうと思ったんだ。
 本当に心臓の病気だったら、遺書を書いたり家族と別れの挨拶をしたり、しなきゃいけないと思うし。

「なんでいきなり死ぬ気になってんだ? まずは投薬治療とか手術とかあるだろ」
「こんなに痛いんじゃ、僕助からないよ」
「うーん、本当に病なら大変なことだが……今も痛いのか?」
「今は痛くないよ」
「どんなとき痛くなる?」

 なるほど、問診だな。
 僕は心臓がおかしくなるときのことを思い浮かべる。

「まずは、症状はいつから?」
「えっと…半年くらい前からかな……」
「痛くなるのは、時間とか場所に関連があるか?」
「まず学校にいるとき。これはもうずっと。授業中はたまにだけど、休み時間はずっと脈が早くて、心臓が痛い」
「ふむ」
「それから、家にいるときも。勉強してるときと食事のときはあまりないんだけど、お風呂はいってたりすると痛い。あと寝る前とか」

 圭介兄さんは頷きながら、なにかを書き付けて僕の話を聞いている。

「学校から帰る途中も痛いことがあって、つらいときは座って休んだりするよ。でもそうすると創也に迷惑がかかるから、治せるなら治したいんだ」
「ん? そうや?」
「そう。中井 創也そうや

 創也は僕のクラスメイトだ。
 高校生活でたぶん一番仲良くしている。二年で同じクラスになってまだ半年だけど、これまでの誰より仲良くしてくれている。

 僕は昔からあまり友達ができなかった。
 一緒に遊ぶクラスメイトもいない、仲間に入れてと一言いうこともできない。
 ふつうに話せるのも身内くらいで、他人と話そうとすると言葉が思うように出てこなくなってしまう。
 口ごもってばかりの僕はすぐ愛想を尽かされて、そのうち誰かから話しかけられるということもなくなって、中学では一日中誰とも話さず帰宅することなんてザラだった。

 高校に入って一年目もそんな調子だったけど、二年のクラス替えで僕の生活は大きく変わったんだ。
 創也が僕と友達になってくれたから。

「創也はずっと一緒にいてくれて、帰り道も一緒なんだ。僕はいつも嬉しくて、でも同じくらい心臓が痛くて。創也に嫌われないかどうか心配で」
「うーん、待て待て、お前の心臓が痛むと創也くんに嫌われるのか?」
「だって、僕は心臓が痛すぎてよくうずくまっちゃうんだ。だから嫌われるのも時間の問題だよ」
「??」

 圭介兄さんが顔中に疑問符を浮かべているので、そういえばどういうことかなと僕も疑問に思った。

 あ、そうだ。
 前に創也が別のクラスの女子に呼び出されたとき、言ってたんだ。
 「女は面倒なやつばかりだ」「面倒なやつは大嫌いだ」って。
 僕は女の子ではないけど、持病でよく倒れるなんて面倒なやつの最上級だと思う。
 僕が男だから、あるいは友達だから、創也は僕が不調を訴えるたび心配してくれるけど、本当は面倒だって思っているはずなんだ。
 だからどうにかして病気を治すか、いっそ遺書を書いて死んでしまう方が楽なんだ。

「お前、勉強はちゃんとできるのに思考が飛びすぎて言ってることが支離滅裂なの、もはや才能かもな。で、その創也くんに嫌われるからお前は死にたくなるのか?」
「ん? うーん、そういうことになるかも?」
「はぁーー……なるほど。わかった」

 圭介兄さんが持っていたペンをぽいと放って向き直ってくる。
 もしかして、この短い問診で僕の病気がわかってしまったのだろうか。
 さすが圭介兄さんは本当に頭がいい。
 爪の垢を煎じて飲みたい。

「飲むな、気持ち悪い! 喜んでいるところ悪いけどな、あかね。お前に処方できる薬はない」
「えぇっ!?」
「総合病院とか受診する前でよかったよ。お前に薬を出してやれる病院は世界中どこにもない」

 そんな……僕の病気、不治の病だったの?
 国の指定難病だったらどうしよう。僕の生命保険どうなってるのか確認しなきゃ。

「なんでこんなに馬鹿なのに勉強だけはできるんだろうな、お前は……薬は出せないが、治らない病じゃないぞ」
「本当!?」
「もちろんだ。そのためには、お前のお友達に協力してもらうことが不可欠だ」
「創也に……?」

 ただでさえ僕のことを面倒に思っているだろう優しい創也に、これ以上負担をかけたくないんだけど……。

「心臓、痛くないようになりたいだろ? ゆっくり治していこうな」
「うん、圭介兄さんありがとう!」

 それから兄さんは色々と病への対処法を教えてくれた。
 まずは、創也に病気の症状を相談すること。創也と過ごす時間が一番多いからというのが理由だそうだ。
 両親に話さなくていいのか聞いて、話すなと言われてしまった。なんでだろう。

 大事なのは、余計なことをせず今まで通り過ごすこと、だそうだ。
 心臓の鼓動が早くなるようになったと感じたのは、半年くらい前。心臓が痛いと思うほどになったのは、一ヶ月くらい前だ。
 でもいつも通りにしていれば、登った山は下るしかないように、僕の症状も落ち着いてくるはず、という。
 この痛みがまだ続くと思うと心が折れそうだったけど、兄さんの言うことならきっと間違いない。
 今までと同じように、変化がないように、ちょっとずつ心臓が治るのを待とう。

 相変わらず心臓は不安定だけど、少しだけ気が楽になった僕は軽い足取りで登校した。
 隣の席の創也はもう教室に来ていた。

「おはよう、茜。今日はずいぶん元気だな」
「おはよう創也! 昨日ね、圭介兄さんに会ったんだ」
「一番上の医者のお兄さんだっけ」
「そう! 昔から圭介兄さんのことは大好きだったんだけど、昨日は惚れなおしちゃった」
「惚れ……え?」

 創也が目を丸くして僕を見ている。
 いつもならこんなふうに過ごしていると心臓が痛くなるんだけど、病が治ると確信しているためか、今のところ心臓はおとなしい。
 それもこれも全部兄さんのおかげかなぁ。

「圭介兄さんはね、僕の不安な気持ちを全部聞いて、受け止めてくれたんだ。圭介兄さんはほんとかっこよくて、僕大好きなんだ」
「ふーーん……受け止めてくれた、ね。茜はお兄さんのこと、好きなんだ」
「創也、どうしたの? 顔が怖いよ」

 僕の机に片肘をついて僕の話を聞いてくれていた創也だけど、今はなんだか怖い顔をしている。もしかして、怒ってる?
 鼓動が速くなってきた。

「よりによって実の兄が伏兵だったとはね。こんなことならツバつけとけばよかった」
「創也?」
「……茜」

 ちょっとだけ怒ったままの、真剣な表情の創也がいて、僕の心臓はまたぎゅうっと痛くなる。
 痛みに気を取られていたから、僕の顎に創也の手が添えられていて、僕の唇が創也のものと重ねられているのにも、ちょっと理解が遅れた。

「?」

 目の前には創也のどアップ。
 僕の顎はがっちり固定されていて、ふわふわしたものが唇に当たっている。
 しばらくすると創也の閉じられた瞳が薄っすら開いて、ちゅっという音と共に唇が離された。
 これは……これは、なんだろう?

「創也、なにしたの?」
「なにって、キスだよ」

 きす……鱚? 奇数?
 本人に聞いてもよくわからなかったけど、どういうわけか心臓の痛みがさっきよりマシになっていた。
 他人の顔があんなに近くにあることってそうないし、びっくりして逆に心臓が止まっちゃったのかな。
 いつも通り過ごさないといけないのに、変なことがあったから、死期が早まったのかもしれない。心臓が止まったら病とか関係なく死んじゃうし。

「……その顔、まさかキスも知らないんじゃ」
「奇数は小学生の頃に習ったよ」
「今時テレビも見ない、小説もマンガも読まないって言ってたけどここまでとは……」

 創也が顔を覆って天井を向いてしまった。目が痛いのかな?
 でもまた、創也と話していると心臓が痛くなって、ワイシャツの心臓のあたりを握りしめても苦しい。
 いつも通り過ごせなかったから、また痛くなっちゃったのかもしれない。この痛みは創也のせいかもしれない。
 そういえば、創也がいるといつも心臓の調子が悪くなる気がしてきた。
 家で心臓が痛むのも、学校のこと───創也のことを考えているとき、かもしれない。

「うぅぅ……創也……」
「えっ、茜!? 泣くほど嫌だったのか!?」

 高校生にもなって、心臓が痛いくらいで泣いたりしない。これは汗だ。
 目の下から流れる汗だ。
 そうしているうちにも心臓はどんどん鼓動を早めていて、僕はどんどん胸が苦しくなって、呼吸もままならなくなってきてしまった。

「茜? 茜、どうしたんだ。また胸が痛いのか?」
「いたい、痛いよ……」

 創也が背中を擦ってくれるけど、痛みは少しも和らがない。
 苦しい。こんなことなら死んだほうがマシだ。
 ん?
 死んだほうがマシ、というなら手っ取り早い方法があるかも。

「創也……さっきのやつ、もう一回やって……」
「え? は!?」
「さっきのやつ、心臓止まったから……苦しくなくなったから、もう一回」
「待て! 心臓止めるな! なんで死のうとしてるんだ!?」
「くるし、おねがい……さっきの……」

 ぜぃぜぃと呼吸もままならない僕の口に、創也は慌てたように唇を押し付けてくれた。
 その途端にすぅっと痛みが引いて、心臓の鼓動も落ち着いてくるのがわかる。口を塞がれているので呼吸も止まった。こうやって人は死を迎えていくんだな……。

「おい茜、勝手に死ぬな。まだ生きてる」
「……あれ、本当だ」

 予想に反して僕の心臓は止まっていなかった。
 唇を解放されると呼吸もできているし、創也は呆れたような顔をしている。なんでだろう?

「キスしたくらいで死んでたら、その先どうするつもりなんだ……」

 その先ってなんだろう。奇数の先は、偶数かな?
 さっきのは過呼吸に紙袋とか、喘息に吸入器とか、いわゆる対症療法ってやつじゃないんだろうか。

「本当に現代人なのか、お前? もういいや。茜と話してても埒が明かない」
「なんか失礼なこと言ってない?」
「言ってない。それで、胸の痛みはどうなんだ?」
「うん、ずっと良くなった。ありがとう創也」

 深呼吸して体を見下ろしてみる。胸の痛みはなくなって、それ以外の異常もなさそうだった。

「お兄さんに相談に行ったんだろ? 紛らわしい言い方しやがって……」
「そうだけど、紛らわしい言い方なんてしたかな?」
「……はぁ。お兄さんにはなんて言われたんだ?」

 覚えている限り正確に、正確に言えよと念押しされて、釈然としないものを感じながら昨日のことを思い出す。
 まず薬は出せないと言われたんだ。それから。

「お友達に協力してもらうことが不可欠だって言ってた」
「友達の協力?」
「創也のこと話して、それで、協力してもらえって」

 今まで通りに過ごせば痛みの峠を越えると言われたけど、今まで通りじゃないことで心臓の痛みがなくなったことはどうすればいいんだろう?
 他人が唇を触ることなんてなかったから、それがどのような応急処置にあたるのか僕にはよく分からない。
 また兄さんに相談したほうがいいのかな。

「お兄さんに相談はしなくていいだろ、どうせ薬は出してもらえないんだし。俺が協力すれば痛いのもなくなるんだろ?」
「そうだね……創也、協力してくれるの? 面倒じゃない?」
「あぁ、別にいいよ」

 なんて良いやつなんだ、創也は。
 こんなに良いやつが僕の友達になってくれたなんて奇跡みたいだ。
 さらに僕の治療に協力してくれるなんて。
 嬉しくて微笑んだ僕に笑みを返してくれる創也に───あ、また心臓が……。

「ほら」

 僕が痛みに蹲る前に、創也がまた顔を近づけてくれた。
 やってもらってばっかりだと悪いので、自分から唇を付ける。
 ちょっと場所がずれた。やっぱり創也みたいに上手くはいかないなぁ。
 患者の立場の僕が応急処置を積極的に取りに行ったことに、創也はびっくりしたみたいだった。目を見開いて固まっている。

 痛みが引いたので顔を離したら、今度は創也にぎゅっと抱きしめられた。
 なんだろう、これも処置の一貫かな?
 心臓の痛みはもうないけれど、脈は速くなっていたのでそのまま処置を受ける。

「茜、つらくなったら遠慮なく俺に言えよ」
「うん。ありがと、創也」
「さぁて……ここからどうするかな」

 創也はお医者様でもないのに、僕の病気のことを真剣に考えてくれているようだ。
 僕も心臓病で若くして死にたいってわけじゃない。
 できることなら長生きしたい。
 このまま創也が協力してくれるなら、きっと彼は僕の心臓の特効薬になってくれる。そんな気がするんだ。



おわり
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