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本編

35.破壊神と創造神の仕事

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 俺達破壊神の間でしばしば話題になっていた論点のひとつに、職場に時計を置くかどうかというものがあった。

 先輩破壊神も交えて、たびたび激論が交わされるテーマだ。
 雲海の上にも昼夜の区別があるので、明るい内は仕事をして、暗くなれば仕事をやめる。もしくは一日中働く。だから時計はいらないという考え方があるのだ。
 特に創造神と仲が悪い世界の場合、四六時中ケンカか戦争で仕事が終わる時間というものは実質ない。だから時計を見る暇もないらしい。

 逆に、やはり時計はあったほうがいいという意見も多い。
 書類仕事が多い世界では働き方はどうしてもサラリーマン的になる。定時を指す長針を待って、毎日きっちりと決まった時間から休めるという意識が大事だという考え方だ。
 派遣先の世界情勢に合わせることが肝要だという先輩からのアドバイスで締められることが大半になるが、仲間とのディベートは俺にとって楽しい時間だった。

 時計の話に戻ると、俺は時計設置賛成派だ。家にも、事務所にも置いてある。
 だから嫌でも把握してしまう。
 戻ってきてからこっち、俺は一日の四分の三くらいの時間を創造神の腕の中で過ごしているという事実を……。



 事務員さんから書類と物資を渡されてのんびり雲海を歩いて帰った。

 総司郎はここ数日、雲海に地上の魔法が届かないようにする方法について慎重に吟味していた。
 実際によく外へ出て、なにかしら試行錯誤していたようだ。
 そもそも四阿のように、雲海には小さいながらところどころ穴が空いているし、すべての範囲を魔法の影響力から防ぐことが可能なのかどうか俺にはわからない。
 一週間の外出禁止の間に、総司郎的になんとか納得できる水準に達したのか……渋られながらも外に出られるようになったのが今日。

 平坦で歩きやすいが景色の変化に乏しい雲海を、いままでより新鮮な気持ちで眺めながら家の前に立つと、玄関ドアが勢いよく開いて、中から伸びてきた腕に引きずり込まれたのがさっき。

 昔見たホラー映画みたいな現象に遭って絶叫しそうになったが、相手が同居相手だとすぐに分かったのでなんとか情けない声を出すのだけは防げた。
 玄関先でがっちり拘束され、腕に抱えていた荷物を外に落としてしまった。

「なにすんだ総! 荷物に卵がはいってたら大変なことに」
「海くんが遅いのが悪い」
「はぁ?」

 首筋にぐりぐりと額をこすり付ける総司郎は、すっかり甘えん坊になってしまった。
 俺の姿が見えないとすぐさま探し、俺が掃除中だろうが洗濯中だろうが仕事中だろうが構わず抱きついてくる。
 今までもスキンシップ過多ではあったが、以前の比ではない。
 辛うじて距離を取れるのは料理をしている時間くらいで、そのときですらかなり至近距離でじっと見つめられるのが常だ。正直邪魔だし、身の置き所がない気持ちにさせられる。
 監視とか束縛とかそういう次元じゃない。まるで赤子のようだ。
 別々の個体であることが不安だとでもいうような態度だった。

「雲海の上も、あんまり遠くに行かれると保護できない。まっすぐ帰ってきてって言ったでしょ」
「まっすぐ帰ってきたぞ」
「じゃあ単純に遅い」
「あのなぁ、事務所まではある程度時間が掛かるし、事務員さんと話したことだって仕事だし、内容も業務的だし、そこを非難される謂れはねぇよ?」
「海くんは働きすぎなんだよ。どうして事故で死んじゃったのか忘れたの?」
「……」

 それを言われると弱い。
 確かに「前世」の俺は働きすぎだった。過労で、事故がなくとも遅かれ早かれ死んでいただろう。
 総司郎が仕事を積極的にやりたがらない上に俺にもサボりを強要するのには、「前世」のことがトラウマになってしまっているからのようだ。
 とはいえこの職場の仕事量では過労になりようもない。
 総司郎の取り越し苦労だといくら言っても聞き入れてもらえず、結局俺は渋々労働時間を減らしている。そのうち仕事の遅れを本部に叱責されるかもしれない。

「本部なんてうるさく言わせておけばいいんだよ。この世界はちゃんと運営できてる。現場のこと知らない奴に上から言われたって気にならない」
「うっ……お前が言うとそうなのかなと思っちゃうなぁ」
「俺が優秀なのは海くんが一番よく知ってるでしょ?」

 自信たっぷりに微笑んで顔中にキスを降らせる総司郎の様子に、社畜が染み付いた俺ですら今日の仕事はもうやる気が無くなった。
 どのみち、創造神の承認が必要な書類仕事が残っているのみだ。こいつが仕事をする気がなければ明日までなにも進まない。
 絆されている自覚は、ある。

「は~ぁ。もういいや……」
「もう仕事しない?」
「あぁ、明日でいいや。とりあえず荷物と書類だけ運ぶか」
「はーい」

 さっきまでの異常な執着はなんだったのかと思うほどあっさりと、総司郎は離れていった。玄関外に放置した荷物を取りに行ってくれたらしい。
 くそ、こういうときだけ聞き分けが良いんだよなこいつ。
 書類をリビングのテーブルにぽいと放って、ダンボール箱に詰め込まれた物資を仕分ける。
 荷物に卵が入っていて血の気が引いたが、割れていなかったのは幸いだった。割れていたら一個につき一発殴ってた。

「終わった?」
「おう。排水口のネット入ってて助かったわ」
「そっか。じゃ行こうか」
「は?」

 膝裏をひょいと掬われて抱き上げられた。
 補足しておくと、俺は決して軽々と抱き上げられるような体重でも体格でもない。見た目の絵面は相当悪いだろう。
 廊下を運搬されて、数時間前まで寝ていた総司郎の部屋のベッドに降ろされる。

「……は?」
「もう仕事終わりでしょ?」
「いや、いやいや。しないよ? 昨日の夜も散々……」
「そう? 全然足りなかったけど」
「嘘だろ……」

 すでに臨戦態勢に入っている総司郎から離れようと、無意識にベッドをずり上がって、逆にヘッドボードに追い詰められる結果になる。
 毎日、本当に毎日求められて、疲れ果てて眠るような日々なのに、安息であったはずの日中まで貞操の危機となると、もう俺が心休まる時間は少しもないじゃないか!
 仕事よりよっぽどキツい。

「海くんの負担が大きいのはわかってるんだけど……いくら触れても抱きしめても、全然足りないんだ」

 抵抗しようとして、ぽつりと落とされた呟きにその気が失せる。

「総司郎」
「お願い、確かめさせて……」

 俺の腹に顔を埋める総司郎は、まるっきり記憶にある子供時代の姿だった。
 怖いこと、嫌なことがあったときに、こいつはよくこうして俺に甘えた。
 総司郎が怯えていると、自分だって恐ろしいのにしっかりしなくてはと思わされて、髪を撫でて励ましてやるのが小さい頃の決まりごとだった。

「仕方ないやつだな、ほら」

 のしかかっている体を引き上げて横に転がす。
 大人しく横たわっている総司郎の頬に傷がないことを少し寂しく思いながら、目元から後頭部へ梳くように髪を撫でる。

「仕事は終了、セックスもなし。その代り添い寝してやるから、我慢しろ」
「……」
「不満そうにするな!」

 髪に触れていた手をぺちんと振り下ろすと、不服そうな表情はそのままに、総司郎は大人しく目を閉じた。
 眉間の皺を指で揉みほぐしてやる。
 連日の仕事と、雲海のセキュリティ対策で総司郎の方も疲れているはずなのだ。
 創造神の体調管理も俺の仕事だ。

「……俺が目を覚ますまで、一緒にいてくれる?」
「あぁ」
「……おやすみ」
「おやすみ、総」

 前髪を軽く掻き上げて額にキスを贈って、俺も目を閉じる。
 明日からまた仕事だ。
 まだやるべきことは山積みだった。
 それでもどうしてか、焦らずにひとつずつやっていけばいつかすっかり問題が片付くという確信がある。

 過剰労働、長時間勤務、果ては同僚のセクハラ。
 暗黒とも言えるほどブラックな職場環境だが、これまでもこれからも世界のために働いていく。

 神の気まぐれでもう一度手に入れた大切なものを、二度と失わないために。


おわり
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