中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

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本編

29.破壊神の履歴書

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 あまり出来のいい人間ではなかった。
 それこそ地味で、実力は中の下、替えのきく誰にとっても取るに足らない存在。
 神になった今ですら、変わらないほどに。

 別に両親に虐げられていたとか、特別な家庭環境だとか生まれが特殊だとか、そんなことは一切なかった。
 人並みに友人もいたし、勉強もそれなりでテストや授業態度は良くも悪くもない。教師の覚えはイマイチ、それは周りのすべての人間が俺に対して取る態度だ。
 なにかの一番にはなれない。誰かの一番にもなれない。
 そういう星のもとに生まれたんだと思って、ほどほどに人生諦めて生きていく。そう考えていた。

カイくんのことが好きです」
「……は?」

 何にでも一番になる、誰の一番にでもなれる、そんな男に俺自身を望まれたあの日までは。



 俺の三つ下の幼馴染、総司郎ソウシロウはなんでもデキる男だった。
 子供の頃は俺が面倒を見てやっていた時期も、ほんのひと時だけあったが、元来の天才肌に努力も怠らない性質のおかげでなにもかも成熟が早くて、俺が年上ぶって彼を庇護することができた期間など僅かな間だけだった。
 明るく朗らか、人当たりが良く、勉強も運動も人一倍できて、おまけにルックス良し、背も高い。
 幼い頃、遊具に引っ掛けて作った目の下の頬の傷も、整った相貌に隙を与える役割とでもいうように好意的に受け入れられてしまう。
 他人に嫌われる要素がなに一つない完璧な男。

 そんな総司郎が、俺にだけは我儘を言ったり、甘えてみせたり独占欲を滲ませてきたりする。
 たまらなく気分が良かった。
 完璧な男の手綱を握っているという優越感があったからだろう。

「好きっていうのは、その……朝飯に出すトーストはマーガリンよりバターが好きとかそういう、」
「違うよ。恋愛感情として、海くんが好きなんだ」
「……ま、マジかぁ~……」

 可愛い弟分として溺愛してきた自覚はあった。
 まさか手を噛まれることになろうとは。
 実際に俺は今、一人暮らしの自宅のソファに押し倒されていて、さっき色々なところを舐められたり噛まれたりしたわけだが───決定的な言葉を聞くまではちょっと行き過ぎたじゃれ合いに違いないと高を括っていたんだ。

「お前、男が好きだったのか?」
「うーん、男は海くんだけ。というか、男も女も海くんじゃなきゃ好きじゃないし」
「えぇっ、あんなにモテモテで女の子取っ替え引っ替えの総ちゃんが、まさかそんな……」
「ああいうトモダチは全部切った。今は海くんだけだから」

 額や鼻先にちゅっと音を立てて落とされるキスが恥ずかしすぎて顔を背ける。
 そもそも、俺が了承していないのにもう恋人同士のような体勢で恋人同士のようなことに及んでいるのはどういう了見なのか。
 あんまりにも近すぎる幼馴染の顔をぐいっと押して距離を取り、俺を見つめる視線を受けて立つ。

「お前の気持ちはわかった。とにかく離れて、話し合おう」
「何を話し合うの」
「へ?」
「海くんも俺のことが好きでしょ?」

 この年下の幼馴染はたまにこういう、自信たっぷりなニヒルな笑みを浮かべることがある。
 その傲慢を感じる笑顔は、頬の傷と相まってまるでヤクザのようだが───普段は優等生っぽく振る舞っている彼と印象が違いすぎて、俺は密かに気に入っている。
 俺はこの幼馴染の笑顔なら、どんなものでも好きだ。
 しかし今この場面で、その顔を見るとは思わなかった。
 乱暴なほどに唇を奪われて抵抗の一つもできないのは、幼馴染の顔が好きだからであって、他意はないはずで。

「海くんは、嫌なことはきっぱり断る。こんな風にされて殴る気にならないのは、嫌じゃないからだよ」
「そんなことは───ん、んぅ……」
「ほら……嫌じゃない」

 思えばこいつはずっと昔から、俺に対しては強引で理不尽で、独占欲を隠しもしなくて。
 背筋をぴんと伸ばして立つ姿は立派で、何事にも優秀で、でも本当は泣き虫でいじっぱりで負けず嫌いな、ちゃんと子供らしい面も持っている。
 そんな総司郎だから、俺はずっと傍で彼を見守ってやりたかった。
 その感情がいつの間にか、異性に対するのと同じような種類の愛情に変わっていたとしても、後悔がないくらい彼に執着していたのは───自分の方だった。

「海くん、好き。大好き」

 熱に浮かされた目で、顔中に触れるだけの柔らかな口付けを施す男の首に腕を巻き付けてぐっと力を込める。
 驚いた様子の総司郎の頭が降りてきて、自分から唇を合わせた。

「まったく……お前はいつも俺の上を行ってくれるな」
「海くん、今、海くんから」
「仕方ないから───好きってことにしといてやる」

 自分のほうが年上だという変なプライドが邪魔して、素直に告げることはできなかったが、続けようと思った照れ隠しの言葉は乱暴に重ねられた口唇に吸い取られて消えてしまった。

 それからは、あれよあれよという間に俺達は恋人同士になってしまった。
 告白をしあったその日に、である。
 年上の俺が当然男役だと思った総司郎とのセックスは、気がついたら組み敷かれていて、翌日の腰の痛みがハンパなかった。
 もう若くないのか、俺……。
 高校、大学と一点の曇もなく順調に卒業した総司郎は、就職を機に実家を出て一人暮らしをしていた俺のところへ当然のように転がり込んできた。
 それ以来一緒に暮らしていて、恋人関係も継続中だ。
 最近は、総司郎がテーブルの上に放置したスマホ画面がマリッジリングのウェブページだったり、共用のパソコンの検索履歴が「同性結婚」で埋め尽くされたりと、実に遠回しに圧を掛けられている。

「海くん、新婚旅行はどこがいい? やっぱりハワイかなぁ、それともシンガポール、もしくは沖縄とか」
「待て待てお前、気が早すぎるだろ。そもそも男同士で結婚って……」
「あ~海くん、差別発言だよそれ。今時同性なんて珍しくもないじゃん」
「そ、そうなのか……?」

 総司郎が見せつけてきたスマホ画面には、二人の女性が共にウェディングドレスを着て微笑む写真がトップに配置されている、結婚式場のページだ。
 ご丁寧に同性カップル専用の結婚式プランがあるらしい。
 俺は同性同士なんて、総司郎とこうなるまでは考えたこともなかったが、今まで目を背けていただけでもはや一般的なものなのかもしれない。
 とはいえ、指輪と旅行はさておき、結婚式なんて死んでもやらないけどな。

「えぇ~! 式挙げようよぉ。一生の思い出になるよ」
「馬鹿、誰も呼べないのにそんなもんやってどうする。それに俺が忙しいのは総も分かってくれてるだろ?」
「……でも……」

 スマホを抱えてシュンとしてしまった総司郎の頭を撫でる。
 輝かしい学歴と類い稀な能力で一流企業に就職した総司郎は、日々責任ある仕事をこなしながらもきちんと休みを取り、残業もほとんどなく帰宅できている。
 一方俺は新卒で入った会社を辞めてから、転職に失敗し、適性があるとは思えない営業職についてしまった上に残業だらけの仕事で、日々疲れ果てながらも馬車馬のごとく働く毎日だ。
 いわゆるブラック企業、いわゆる社畜。
 今の俺に結婚だの旅行だの、そんなキラキラしたものに目を向ける暇があるはずもない。

「結婚式は無理だけど、指輪は買おうか」
「ほんと!?」
「あぁ。どんなデザインがあるんだ」
「えっとね───」

 すぐにマリッジリングのページを開き始める総司郎からは見えない位置で、無意識に指の付け根を強く撫でつける。
 浮いた話がないどころか、恋人を作る暇もないはずの俺の立場では、指輪を買ってもほとんど付けられないだろう。それを告げれば総司郎は、きっと悲しむ。
 仕事ができない俺の、職場の立場は弱い。
 突然指輪など付けて出勤したら、普段からキツい言葉を投げつけてくる上司にどんな嫌味を言われるか……。

『───おい、聞いているのか!』
『お前のような愚鈍なクズがいるから、営業所全体に迷惑が掛かるんだ』
『色気付きやがって、仕事しないでやることだけはやってるってワケか?』
『余計なこと言ってる暇があれば一件でも契約取ってこい!』

 謝罪のために下げた頭にたくさんの言葉が降ってくる。
 言葉は鋭利な刃物のように、体の表面に次々と刺さって抜けず、いくつかは皮膚を突き破って心を凍らせる。
 いつも握りしめてしまう左の手首は軋むほどだが、そうでもしなければ叫び出してしまいそうだった。
 他人からの悪意、劣等感、ちっぽけなプライドが粉々に砕け散る音。

「───海くん?」

 はっとして肩を震わせると、こめかみを脂汗が伝うのが分かった。
 横に座る総司郎は、眉の下がった心配そうな表情で俺を覗き込んでいる。
 せっかく恋人とゆっくりした時間を過ごせているのに、わざわざ職場を思い出すこともないだろうに。俺は頭を振って嫌な想像をかき消した。

「悪い、ボーっとしてた。ちょっと疲れてるみたいだ」
「海くん、真っ青だよ。仕事つらいんでしょ……?」
「そりゃそうさ、仕事ってのは楽しいことばかりじゃないからな」

 曖昧に笑って誤魔化そうとしたのに、付き合いの長い幼馴染には俺の作り笑いなどお見通しらしい。
 手首を握る力を抜くことができない右手に、総司郎のあたたかな手が重ねられる。

「逃げても、いいんだよ」
「……総……」
「海くんが仕事をやめても、俺がそのぶん頑張るから。海くんがつらそうだと俺もつらいよ」
「……ありがとな。本当にヤバくなったら、逃げて、総に養ってもらうか」
「うん、任せて!」

 よく懐いている動物のように頭を擦り付けてくる総司郎の肩を抱いて、甘える仕草を受け入れる。
 俺が世話してやっていたはずの年下の幼馴染は、すっかり立派に育った。
 それなのに俺が弱音を吐いて、彼に寄りかかって、いつか彼の重荷になって輝かしい未来の負担となる。そんなこと、許せるはずがない。
 なにより、負けたと、逃げたと思いたくなかった。

 あの時───総の言葉を素直に受け止めていたら、なにか変わっていたのだろうか……。

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