中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

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本編

27.帰宅勧告

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 夕闇が迫る空を指さして、誰かが叫んだ。

「流星だ!」

 複雑な色合いが滲む空を切り裂くように、天から地上へ真っ直ぐに落ちてくる黒い塊。
 それは狙ったように俺の周りにいくつも落ちて、石畳に食い込み、真っ黒な炎を噴き上げている。

(流星? でもこんな色の炎は見たことがない)

 俺の周りをぐるりと囲むように次々着弾した黒い炎の物質は、火勢を増して手を繋ぐように炎のサークルを作り上げていた。
 黒い炎に俺の黒い煙が触れ、飲み込まれて散る。
 相殺させるのではなく、破壊神の力を飲み込める炎───?

 そんなものは、俺より上位の破壊神か、創造神が直接振るう力しかない。

 はっとして天を見上げると、俺の真上には雲も空の色もなかった。
 まるでそこだけぽっかりと色を塗り忘れたかのように、黒色とも闇色とも言えない空間が円形に広がっている。
 そこから目にも留まらぬ速さで、先程の黒い流星より大きな物が俺のすぐ横に落ちた。
 飛び散る瓦礫や砂埃を予想して反射的に目をつぶった俺は、予測した衝撃がなかったことにビビりながら片目を薄く開ける。

「カイくん」

 黒炎に取り囲まれた、禍々しくもどこか静謐な空間に、あの日別れたままの同僚が立っていた。

「───ぁ、ソウ……」
「遅いから、迎えに来たよ。一緒に帰ろ?」

 真っ直ぐに差し出された手を躊躇うことなく取る。
 にっこりと笑った創造神の顔が誰かとダブって、鋭く痛んだ頭に俺は呻いた。

「カイくん? どうしたの、頭が痛いの?」
「う……大丈夫、なんでもない」
「大丈夫じゃない、顔真っ青だよ! ごめんね、一人でこんなところに……すぐ帰ろう」
「帰れる、のか……?」

 ニルと一緒に、主に文献や旅先で出会う魔道士達との雑談で俺達はさんざん雲海の上へ戻る方法を探した。
 正直、その方法は糸口すら掴めていなかった。
 神を降ろす方法に関しては、詳細は知らないものの多くの魔道士達の口に上っていた。だが、その逆がない。
 キュクロディアの魔法陣研究所に関しても、俺は言うほど期待していなかった。
 これが無駄足になれば最悪のパターンを想定しなくてはならない。俺はその準備ばかりに気を取られていた。
 それがこんなにも、あっさりと。
 しかも創造神が自ら迎えに来るという形で、達成されることになろうとは。

「もちろん。俺はこの世界の神だよ? なんでも思い通りにできるんだから。まぁ……ちょっと時間掛かっちゃったけど」
「そ、そうだよな……お前の世界だもんな、ここは」

 なんだか変に力が抜けてしまって、俺は膝から崩れた。
 慌てて創造神が抱えてくれる。
 触れた腕に先程の既視感が湧き上がるように戻ってきて、思わず距離を取ろうと創造神の体を押した。

「カイくん?」
「その呼び名、は……」

 ───カイくん───

「お前は、誰、だ?」

 腕を精一杯突っ張っても離れなかった創造神の体が、ぎしりと強張って動きを止める。
 自分の口から零れ出た言葉に、自分で動揺した。
 こいつが誰かなんて俺が一番よく知っている。同僚で、俺と同じ神であり、でも格はこいつのほうが上な、創造神……世界を作るもの。
 ───そんな役目、泣き虫のあいつに務まるはずがない。

「う゛ぅっ、なんなんだこの、記憶は……誰のことなんだ、誰の……」

 自分の思考に別の誰かの思考が勝手に口を挟んでくる。異常な感覚だった。
 仕事に疲れた時よくするように目頭を抑えたが、目眩に似た症状は収まらない。

「……力を抑え込みすぎて、破壊神の器に影響が出てるのか。普段なら存在も自覚できないはずの部分が壊れてる。カイくん、立てる?」
「くっ……」

 創造神の独り言のような言葉に疑問を返す余裕もなく、膝に力を込めて立ち上がった。
 だらだらと勝手に流れ落ちる汗を拭って、霞む目を瞬かせて周囲を見渡す。
 炎の壁のすぐそばにニルがいて、なにかを叫んでいるのが見えた。

「ニ、ル……」

 ニルにはたくさんの苦労をさせてしまった。しなくていいような苦労を。
 あの子のためになにか遺してやりたかったが、所詮破壊の力しか持たない俺では彼のためになにかしてやることはできなかった。
 ニルの後ろでセドリックが、取り囲もうとする教会関係者を牽制しているようだった。
 セドリックなら、ニルを放り出すことはないだろう。きっと守ってくれる。
 俺より上手く、俺なんかいなくてもきっと。
 重怠い腕を持ち上げて、手のひらを左右に振った。

「元気で暮らせよ……」

 背中と腰に回された創造神の腕が熱いと思う間もなく、体が上空へ引っ張り上げられるような感覚に包まれて視界が消えた。
 地上に引きずり降ろされたのと同じ状況で、俺は性懲りもなくまた意識を失った。



 見渡す限り白い霧で覆われた雲海に、ぽっかりと大きな穴が空いている。
 人の背丈ほどの歪んだ円形の穿孔には真っ黒い空間が広がっていて、どこにも繋がっていないように見えた。
 その暗黒から、突然手が生えた。
 雲海の淵を掴んだ手が、下に繋がる腕、頭、肩を引き上げる。
 腕の力だけで雲海の上に体をずり上げたのは創造神だった。もう片方の腕に抱えていた破壊神を雲海に横たえ、顔を覗き込む。
 顔色は悪いが破壊神に外傷はなく、意識を失ってはいるが呼吸は安定していた。

「お姫様の奪還、成功ですか」
「……あぁ」

 雲海の穴の淵に片膝を立てて座っていた事務員がゆっくりと立ち上がり、二人へと近づく。
 常に整えられ完璧な姿を保っている事務員にしては珍しく、彼の黒髪は乱れ、ネクタイとボタンが外され首元が緩められている。足元に脱ぎ捨てられていたジャケットを拾い上げた事務員の顔には、濃い疲労の色が滲んでいた。

「私の力が役に立ったようでなによりですよ……はぁ、疲れた。あまり年寄りを酷使しないでください」
「運動不足なんじゃないか」
「失礼な、週三日ジムのプールに通って肉体の維持に努めてますよ。『黒い炎』は厳密には私のものではないのですから、あまり無理はできないんです」

 いてて、と言いながら腰を擦る姿はどう見てもくたびれた中年のサラリーマンだった。

「次元の壁に大穴開けるなんて、物騒な事務員もいたもんだ」

 だいぶ余裕が戻ってきたのか、口端だけを持ち上げる皮肉な笑みを浮かべた創造神が事務員を揶揄した。
 横たわる破壊神の横に座り込んだ創造神の姿もくたびれていて、やややつれて見える。
 事務員は不満気な顰め面を向けた。

「上司の指示に大人しく従ったまでです、私のせいにしないでください。それより破壊神さんの様子は?」
「下で少し会話した。脳の……記憶のプロテクトにガタがきているようだった」
「え、記憶が戻っていたのですか!?」
「完全ではないようだったが、目を覚ましたら混乱するかもしれない」

 血の気の失せた頬を指先だけで撫でる創造神は、緊迫感の滲む言葉とは裏腹に穏やかな表情を湛えていた。
 さらに事実を追求しようとした事務員は、慈愛に満ちた創造神の様子に口を噤む。

「……はぁ。あとで報告書を上げてください。お一人で帰れますか?」
「あぁ」

 破壊神の背中と膝裏に腕を回してひょいと抱え上げた創造神は、危なげない足取りで家に向けて歩き去っていく。
 その後ろ姿を見送って、事務員は再び大きな溜息を吐き出した。
 足元で無残に抉り取られた、上司命令で自分が抉った雲海を見下ろして、がっくりと肩を落とす。

「さて、私はここの片付けか……残業になりそうですね」
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