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本編

25.出張先

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「ついた……!」

 俺とニルの言葉がハモった。
 しかしそんなことを気にしている場合ではない。
 やっと着いたのだ。魔法王国レンライトの王都、キュクロディアに。

 いつものようにセドリックの護衛として関所を通り抜け、王都に足を踏み入れる。
 俺が想像していた魔法の聖地は───不必要に丸っこい建造物の合間を魔力を動力源にした移動装置が縦横無尽に飛び回り、人々は作業効率が著しく低そうな裾の長い服で、無駄に片眼鏡かなんかつけてて、尊大で魔力絶対主義みたいな……そんな姿だったのだが。
 キュクロディアはそれまでの町より面積が広く、活気に溢れている程度で、少なくともSF小説の中から飛び出してきたような都市ではなかった。

 魔道士が住んでいる数が多いだけで、魔力が少ない人も大勢生活しているという。
 ただやはり聖地と言うだけあって、町の中に魔法関連の研究所や学校、専門機関が数え切れないほどあるらしい、
 道中すれ違うことが多いかもしれない、という程度だった魔道士の数は、王都の中では魔道士でない者を探すほうが大変という有様だった。
 魔道士たちもズルズル長いローブばかりではなく、近所への買い物なら麻のチュニックとボトムという威厳もへったくれもない格好のやつが少なくない。
 要は魔道士の比率が高いだけの、ただの大規模都市だ。

 キュクロディアは中心の王城から東西に、広い扇形のように発展している美しい都市だった。
 俺達の目的は召喚魔法の発展形を模索することなので、目指すは王城の裾野に多く存在する研究機関だ。
 飛び込みで相手にしてもらえるとも思えないが……。

 キュクロディアの王城がぼんやり見えてからは、ニルとセドリックに無理をさせて急いでしまったので、俺達は早々に宿を求めた。
 セドリックがよく利用するという、関所からやや歩いた下町らしい雰囲気の区画の宿に部屋を取る。

「やっと一息つけましたね……」
「悪かったな、二人には無理させた」
「肉体的限界がないカイ様に比べればだいぶ無理はしましたけど、こうして無事に着けましたし」
「……」

 まだ気丈に振る舞う余裕のあるニルが笑い飛ばす。
 俺も別に限界がないわけじゃない。破壊の力を生命力に変換する構造なので実質無尽蔵なだけだ。
 疲れた様子はあるもののしっかり立っているセドリックも頷いてくれた。
 気は急いていたが、行動を開始するのは明日からにする他ない。
 三人で泊まるにはやや手狭な部屋で、ろくに食事も取らず俺達はさっさと眠りに落ちた。



 三人で泥のように眠り、目が覚めたのは次の日の昼過ぎだった。
 眩しい日差しに背を向ける形で身を起こす。

「……」
「……」

 寝すぎてぼんやりしている俺と、ほとんど目が開いていないセドリックで顔を見合わせる。
 ニルはまだ眠っていて、起きる気配もない。

「ごはん、かってくる」

 俺は一言セドリックに言い置いて部屋を出た。
 そう、俺はこの地上暮らしのあいだに、あれだけ苦手だったデミシェ語を少しだけ話せるようになったのだ!
 リスニングだけならほぼ完璧だ。
 リーディングは、絵本程度ならいける。
 ライティングは諦めた。
 ここまで出来たのは根気強く教えてくれたニルのおかげであり、セドリックが持ってきていた辞書のおかげであり、俺がひたすら知識を貯め込むマシンに徹したためだ。

 宿の外はすぐ広場になっていて、そういう場所には大抵いくつかの出店が並んでいる。

「みっつください」

 メニューを指さして、未だ発音が辿々しいデミシェ語で注文する。
 あとは適切にお金を払えば、食べ物を買うことくらいは難なくできるようになった。
 言葉がおぼつかないせいかジロジロ見られることもあるが、特に相手にせずさっさとニル達のところへ戻ればトラブルになることもない。
 すぐそこの広場でメシを買うだけだと思ってローブを羽織ってきていなかったから、俺は足早に宿へと引き返した。



 露店で買ってきた、ハンバーガーに限りなく似ているが何かが決定的に違う、レンライト名物の軽食を三人でもそもそ食べる。
 俺とニルはこれが大好きなのだが、セドリックは普段から野菜しか食べないのかと思うような草食系男子なので、あまり食が進まないようだ。
 とはいえ出店で野菜料理はなかなか買えないし、これで我慢してもらうしかない。

「本命は王城の魔法陣研究所ですが、それには最低でも紹介状を書いてもらう必要があります」
「そんなもの手に入るのか?」
「いえ、普通は無理ですね。なのでもう少し小規模の研究所で興味を持ってもらって、繋いでもらうしかないでしょう」

 俺の語学の訓練のため、ニルは普段からデミシェ語で話すようになった。
 簡単な内容なら俺もデミシェ語で返すんだが、今は難しい話題なので日本語で返事している。
 こういう話の時は聞き役に徹することが多いセドリックが、珍しく口を開いた。

「……王立騎士団に話を持っていくというのは、どうだろうか」
「騎士団ですか?」
「カイの力は脅威だ。兵器、と言っても過言ではない。敵国の手に落ちるのは絶対に避けたいだろうし、かといって手元に置くにも手に余る。危険な存在だとわかってもらえれば、国防軍として魔法陣研究所に直接話を持っていくかもしれん」

 セドリックは努めて感情的にならない話し方をした。
 申し訳なさそうな視線がちらちらと寄越されて、俺は苦笑する。
 俺の力が人間たちの扱える部類でないことは事実だし、今更なんと言われようと気にならない。
 はじめこそ俺を兵器扱いする言い方に憤ったニルも、セドリックが進んでそういう表現をしているわけではなく、ただ客観的に捉えればそうなってしまうということを理解してからはなにも言わなくなった。

「帰る、はやいほうがいい」
「カイ様」
「おれのちから、もう限界。創造神も、限界」

 これまで隠していたことをデミシェ語で告げると、ニルとセドリックが息を飲んだ。
 ニルが慌てて日本語に切り替える。

「カイ様、創造神様が限界というのは?」
「俺の力で創造神の過剰な創造を防いでいるって話はしたよな? そういう構造上、俺は長く創造神の傍を離れられないんだ。でもこれだけ離れていると力を相殺できないから、創造が垂れ流しになる。作り過ぎは毒なんだ」
「そんな……」
「今すぐ世界が真っ二つに壊れるってわけじゃないけどな。俺としては一日でも早く上に帰りたい」

 ニルが押し黙る。たくさんのことを頭の中で考えていることがわかる。
 こういう空気になるだろうからあんまり言いたくなかったんだが、背に腹はかえられない。
 市場や宿の客、通行人や警邏の人間達が話す世界の情勢は、日に日に悪くなっている。
 天候に影響が出ている地域もあるようで、そうなれば大規模災害が発生するのは時間の問題だ。
 創造神に自らの子を殺させるようなことはさせたくないし、なにより俺もニルやセドリック、行く先々で親切にしてくれた人間達を見殺しにするのは本意ではない。

 セドリックの言うように、騎士団から魔法陣研究所に直接顔をつないでもらえたとしても、俺を送り返す魔法が実際に運用できるようになるまでどれほどの時間が掛かるのか見当もつかない。
 ましてや、俺を召喚するのに教会は一ヶ月掛かっている。
 それもニルのような魔力の高い人間を使い捨てにする勢いで、だ。
 雲海の上だけでなく、本部にもこの異常事態はとっくに知られているだろうし、向こうがなにかしら対策を取ってくれるのを俺は密かに期待している。
 日本語で話した内容をニルがセドリックへ翻訳して聞かせた。

「そういうことなら、私が明日にでも騎士団に行く。知り合いがいる」
「お願いします。正攻法でダメなら、研究所のお偉方を脅してでも魔法陣を作ってもらわないといけなくなりますから」
「……そうならないよう努力する」

 ニルがとんでもなく物騒なことを言っているが、聞かなかったことにしよう。
 セドリックがきっと騎士団に掛け合って平和的に、そう極めて平和的に研究所の協力を取り付けられるはずだ。

「さて、難しい話はこれくらいで。もしセディの説得が上手く行けば、カイ様は観光どころじゃなくなっちゃいますから、明日は一日街を回りましょう」
「お、気が利くなぁニルは」
「キュクロディアは僕もはじめてなので、カイ様は荷物持ちですよ」
「観光って、お前のかよ……」

 もはや呼び名にしか敬意が残っていない部下の態度に、俺はがっくりと項垂れた。

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